悪魔ヘルマンによる女子生徒誘拐事件は、ネギと小太郎の共闘(実質的にはネギの理不尽な暴力)によって幕を閉じた。
攫われた生徒たちも無事に解放され、麻帆良学園には再び平和な日常が戻ってきた……かに見えた。
だが、ネギにとっては一つ、非常に鬱陶しい問題が残されていた。
「……で? どうして君は、まだこの麻帆良学園に居座っているんですか、駄犬」
学園の片隅、人通りの少ない旧校舎の裏庭で、ネギは冷ややかな視線を足元の少年――犬上小太郎へと向けていた。
ヘルマンが送還された以上、小太郎がここに留まる理由は無いはずだ。それなのに、彼は学園内に勝手に寝床を作り、野良犬のように居座り続けている。
「るっせぇな! 俺がどこにいようと俺の勝手だろ! それに、まだお前には京都の時の借りをきっちり全額返してねぇからな!」
キャンキャンと吠え立てる小太郎を見下ろし、ネギは内心で深いため息をついた。
そもそも、関西呪術協会の規律はどうなっているのだ。こんな問題児の半妖を、関東の、しかもエヴァンジェリンの封印指定区域である麻帆良に放置するなど、組織としてあり得ない。
(……十中八九、学園長の差し金だろうな)
ネギは、麻帆良の頂点に君臨する近衛近右衛門の狸オヤジの顔を思い浮かべた。
あの学園長は、常に学園都市全域に強力な監視網を張り巡らせている。小太郎という「異物」をあえてネギの近くに配置することで、何らかの化学反応や、ネギのボロを引き出そうとしている陰謀の匂いがした。
だからといって、小太郎に「僕に関わるな」「生徒に近づくな」とあからさまな洗脳をかければ、不自然な行動の変化として学園長に怪しまれてしまう。
(……鬱陶しいですが、少しだけ『認識』を弄ってやりましょう)
ネギは静かに指を鳴らした。
魔力による精神干渉――極めて高度な『催眠魔法』の術式を、無詠唱で小太郎の脳髄へと直接叩き込んだのだ。
「なっ……!? てめぇ、何を……がっ、あ……」
小太郎の瞳孔がカッと開き、そしてすぐに焦点がぼやけ、虚ろなものへと変わる。強靭な闘争心を持つ半妖であっても、エヴァンジェリンの10倍という圧倒的な魔力量から放たれる強制的な精神書き換えには、一秒たりとも抗うことはできなかった。
「よく聞きなさい、小太郎。君はこれから、この学園の敷地内で『一人暮らし』をします。そして、僕や、僕の生徒たちとは今まで通り普通に関わって構いません。……ただし」
ネギは小太郎の耳元に顔を寄せ、冷酷な声で、極めて精巧な洗脳の鍵を刻み込む。
「僕が裏で、生徒たちを従者として『調教』し、弄んでいるという事実。それに気づいたとしても、君は一切の疑問を抱かず、『そういうものだ』とスルーしなさい。僕の異常な行為は、君の頭の中では日常の風景に過ぎない」
「……あ、あぁ……。俺は、一人暮らしをする……お前が生徒たちに何をしていても、俺には、ただの日常だ……」
小太郎は、虚ろな声でネギの命令を反芻した。これで、彼がどれだけネギたちに嗅ぎ回ろうとも、ネギの「原作破壊」の障害になることはなくなった。
「あらあら、小太郎くん。こんな所にいたのね」
その時、ふわりと温かい声が響いた。
振り返ると、そこには豊かなGカップの胸を揺らし、優しく礼儀正しい微笑みを浮かべた那波千鶴が立っていた。彼女は先日小太郎を手当てして以来、すっかり彼に母性本能をくすぐられているのだ。
「ネギ先生もご一緒でしたのね。……私、彼が一人で暮らすなんて、やっぱり心配ですわ。身寄りもないようですし、せめて私がきちんとお世話をしてあげないと……」
千鶴は小太郎の頭を撫でようと手を伸ばす。彼女の持ち前の面倒見の良さが、ネギの「小太郎を一人で生活させる」という命令の邪魔になりかけていた。
「千鶴さん。彼を甘やかしてはいけません」
ネギは千鶴の言葉を遮り、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。そして、小太郎にかけたものと同じ、強力な『催眠魔法』の波長を千鶴の脳波へと同調させる。
「え……?」
「古の言葉にもあるでしょう。『獅子は我が子を千尋の谷へ突き落とす』と。彼の本当の自立を願うなら、ここは彼自身の好きにさせるよう仕向けるのが、本当の優しさというものです。そうは思いませんか?」
ネギの魔力が、千鶴の強固な母性を「彼を突き放すことこそが愛」という論理へと強引にすり替えていく。
「獅子は、我が子を……千尋の谷へ……」
千鶴の瞳から一瞬だけ理性の光が消え、すぐに穏やかな、しかしどこか盲目的な色を帯びた光が灯った。
「……ええ、そうですね。私としたことが、少し過保護になりすぎていたようですわ。あの子の成長のためには、私が手を出さず、彼の好きに生活させるべきですわね」
完璧だった。千鶴は自らの意志で小太郎から手を離し、ネギの洗脳を「自身の教育方針」として完全に受け入れたのだ。
(……素晴らしい。このまま、彼女も僕の従者(ミニステル・マギ)にしてしまおうか)
ネギの視線が、千鶴の肉感的なプロポーション――特にその圧倒的な質量を誇るGカップの双丘と、大人びた顔立ちへと舐め回すように這う。
京都での一件で魔法の存在を知り、すでに魔法の世界に足を踏み入れている彼女だ。今ここで催眠を深め、強引に唇を奪って仮契約(パクティオー)を結んでしまえば、どんな変態的なアーティファクトが現れるか。想像するだけでネギの股間が熱く疼いた。
だが、ネギはすんでのところでその欲望を抑え込んだ。
(いや、待て。ここはダイオラマ魔法球の外だ。先ほども警戒した通り、学園長の監視網がある野外で、あからさまな契約の儀式や調教を行うのはリスクが高すぎる。……極上の獲物を味わうのは、完全に安全な僕の城へ引きずり込んでからだ)
ネギは紳士の仮面を被り直し、優しく微笑んだ。
「分かってくれて嬉しいですよ、千鶴さん。では、僕はこれで失礼します。彼には自立への第一歩を歩ませてあげてください」
「はい。ネギ先生、ご指導ありがとうございますわ。……さあ小太郎くん、頑張るのよ」
ネギは千鶴を開放し、その場を後にした。背後では、洗脳された二人が、ネギにとって完全に都合の良い、歪んだ日常のワンシーンを演じ始めていた。
***
鬱陶しい障害を排除したネギが3年A組の教室へと向かうと、そこはすでに普段の授業の空気とは全く異なる、異様なほどの熱気と喧騒に包まれていた。
黒板には大きく『麻帆良祭 準備期間スタート!』と書かれ、クラスメイトたちがグループに分かれて騒々しく議論を交わしている。
「みんなー! 今年の麻帆良祭も、ウチら3-Aが一番目立つわよー!」
「おーっ! 屋台のメニューはどうするアルカ!? 肉まんは絶対外せないアル!」
「ちょっとくーちゃん、食べ物のことばっかりじゃない。まずはクラスの出し物の企画書を……」
神楽坂明日菜が音頭を取り、古菲が騒ぎ、雪広あやかが呆れながらも場を仕切る。ネギの裏の顔と変態的な調教を知る者も、まだ何も知らない者も、今は一様に「お祭り」の熱に浮かされていた。
「くーふぇ、肉まんだけじゃなくて、もっと色んなメニューを考えないと」
「そうだぞクーフェイ、修行の合間に食べられるスタミナメニューとかはどうだ?」
古菲は楽しそうに笑っている。その姿は、昨夜ネギのダイオラマ魔法球で精液を注ぎ込まれ、淫乱に喘いでいた牝の顔とは完全に切り離されていた。
麻帆良祭。
それは、巨大な麻帆良学園都市全体が一つになって盛り上がる、規格外の超巨大学園祭である。期間中の入場者数は、外部からの観光客を含めて約40万人とも言われており、その規模は一都市の国家行事にも匹敵する。
各部活の気合の入った発表はもちろんのこと、学園内を練り歩く大規模な『仮装パレード』、空を飛ぶロマンを競う『鳥人間コンテスト』、魔法や科学が入り乱れる大迫力の『空戦ショー』、そして、裏の事情を知る者たちにとっては最大のイベントとなる格闘大会『ウルティマホラ』など、ありとあらゆる催しが同時多発的に開催されるのだ。
教壇に立ったネギは、目を輝かせる少女たちを見渡しながら、その口角をわずかに吊り上げた。
(40万人が押し寄せる、巨大な熱狂と混沌。……素晴らしい。これだけ大規模なお祭り騒ぎになれば、学園長の監視網にも必ず綻びが生じる)
誰もが祭りの熱狂に酔いしれる中、ネギの思考はただ一つ、「さらなる支配と堕落」へと向かっていた。
(この麻帆良祭は、僕がこのクラスを完全に掌握するための、最高の隠れ蓑になる。さあ、次は誰を僕のダイオラマ魔法球に引きずり込み、どんな快楽で狂わせてやろうか)
表向きは生徒たちを優しく見守る好青年の教師。しかしその内心では、迫り来る巨大な祭典を舞台にした、エロティックで邪悪な原作破壊のシナリオが、黒い欲望と共にどろどろと渦を巻いていた。