※この作品はR-18です。

欲望のネギ   作:おっさん

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第5話:吸血鬼の襲来と、夜桜の舞

春の暖かな日差しと共に、麻帆良学園は新学期を迎えた。

3年A組の教室は、久しぶりに顔を合わせる生徒たちの賑やかな声で溢れている。

だが、その平和な空気を切り裂くように、教室の扉が重々しく開かれた。

 

現れたのは、金髪の幼女。

ゴシックロリータ調のドレスに身を包み、不機嫌そうに教室を見渡すその姿は、まるで精巧なフランス人形のようだった。

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

『登校地獄』の呪いにより、長らく不登校を決め込んでいた彼女が、ついに教室に姿を現したのだ。

「……ふん」

エヴァは教室に入ると、真っ直ぐに教壇のネギを見据えた。

その碧眼には、明確な敵意と、獲物を狙う狩人の色が宿っている。

(……来たか)

ネギは表情を変えずに、視線を受け止める。

彼女の目的は分かっている。ネギの血だ。

 

かつて彼女に呪いをかけた男、ナギ・スプリングフィールド。その息子であるネギの血こそが、彼女を縛る呪いを解く鍵となる。

(まったく、親父のツケを息子に払わせようとは迷惑な話だ。……ま、その強力な魔法を見せてくれるなら、多少は相手してやるが)

ネギは軽く会釈をして見せるが、エヴァは鼻を鳴らして無視し、一番後ろの席へと歩いていった。

 

その道中、ネギはふと教室の端に視線をやった。

そこには、長谷川千雨がいる。

彼女は机に向かって教科書を広げているが、その視線はキョロキョロと泳ぎ、決してネギと目を合わせようとしない。

だが、その全神経がネギに向けられているのが分かる。

耳まで真っ赤だ。

(クックック……思い出してるな?)

春休みに植え付けられた(と思い込まされている)記憶。

コスプレ姿を褒められ、自ら懇願して写真を撮られ、身体を弄られた記憶が、彼女を苛んでいるのだろう。

ネギと目が合いそうになると、千雨はビクリと肩を震わせ、さらに顔を伏せた。

その反応だけで、ご飯三杯はいけそうだ。

 

「さて、今日は始業式ですが、午後からは身体測定があります。皆さん、体操着に着替えて体育館へ移動してください」

ネギが告げると、女子生徒たちがワイワイと騒ぎ出す。

ネギとしては、更衣室や測定現場に立ち会いたいのは山々だが、教師としての建前がある。

ここは紳士的に退散するのが吉だ。

 

廊下に出ると、すれ違う生徒たちが何やら不穏な噂話をしていた。

『桜通りの吸血鬼』。

最近、夜の学園内で生徒が襲われる事件が起きているらしい。

(十中八九、エヴァの仕業だな)

そう考えていると、校舎の奥から悲鳴が上がった。

「きゃぁぁぁっ! まき絵が! まき絵が倒れたーっ!」

ネギが駆けつけると、佐々木まき絵が廊下で気を失っていた。

チア部の仲間たちが心配そうに取り囲んでいる。

ネギは素早く彼女の脈を診るフリをして、首筋を確認した。

あった。

小さな二つの噛み跡。そして、そこから漂う独特の魔力の残滓。

(……やはりエヴァか)

魔力を吸い取られているが、命に別状はない。

しかし、あからさまだ。

学園長め、吸血鬼を野放しにしているくせに、「生徒には手を出さない」という最低限の協定も結んでいないのか。

それとも、エヴァが協定を破るほど切羽詰まっているのか。

(……まあいい。この様子なら、今夜あたりまた動きがあるだろう)

ネギは保健委員にまき絵を任せると、眼鏡の奥で目を細めた。

エヴァが動くなら、彼女の魔法を見る絶好の機会だ。

 

 

その夜。

満開の桜が咲き誇る学園の大通り。

街灯の明かりもまばらなその道を、宮崎のどかが一人で歩いていた。

図書館で本を借りていた帰りだろうか。

「……誰?」

のどかが足を止める。

風が止み、桜の花びらが不自然に舞い落ちる。

街灯の上に、小さな影があった。

「くっくっくっ……良い月夜だと思わんか」

 

エヴァンジェリンだ。

彼女は重力を無視してふわりと降り立つと、嗜虐的な笑みを浮かべてのどかに近づく。

「な、なんですか……あなた、同じクラスの……」

「悪いが、少し魔力を分けてもらうぞ。……とびきりの恐怖と共にな!」

エヴァの手から魔力の糸が伸びる。

のどかが悲鳴を上げようとした、その瞬間。

「そこまでです!」

 

ネギが二人の間に割って入った。

「……チッ。邪魔が入ったか」

「エヴァンジェリンさん。クラスメイトになんてことをするんですか」

ネギはあくまで「生徒を守る教師」として、毅然と立ちはだかる。

しかし、その目は冷静にエヴァの挙動を観察していた。

「何故、こんなことをするんです?」

「ハハハハハハ! 何故、だと?」

エヴァは楽しそうに高笑いをする。

その背後に、巨大なコウモリのような影が揺らめいた。

「決まっているだろう、ボーヤ。……この世にはな、『悪い魔法使い』がいるんだよ」

「……なるほど。それが答えですか」

その言葉、悪役としては百点満点だ。

 

ネギが感心していると、背後から駆け足の音が聞こえてきた。

「ネギ先生!」

神楽坂明日菜と近衛木乃香だ。

のどかの帰りが遅いのを心配して探しに来たのだろう。

「ふん、ギャラリーが増えたか。興が削がれた」

エヴァは舌打ちをし、黒い霧となってその場から飛び去った。

「待てっ!」

「明日菜さん、木乃香さん! のどかさんをお願いします!」

ネギは生徒たちに指示を飛ばすと、身体強化魔法を発動させ、エヴァの後を追った。

 

 

(速い……! 魔力を封印されているとは思えない機動力だ)

屋根から屋根へ飛び移るエヴァ。

ネギは『写輪眼』を開眼し、その魔力循環を必死に目で追う。

呪いで魔力を制限され、触媒を使わなければまともに魔法を使えないはずなのに、その魔力操作は精緻を極めていた。

 

無駄がない。美しさすら感じる。

(これが600年を生きた吸血鬼の技術か。……素晴らしい!)

 

コピーする。

魔力の練り方、放出のタイミング、重心移動。

その全てを網膜に焼き付け、自分の技術として取り込んでいく。

学園の外れ、人気の無い公園でネギはエヴァに追いついた。

「逃しませんよ」

ネギは指先から魔力の弾丸を放つ。

牽制射撃。

エヴァはそれをひらりと躱すが、着地の隙を狙ってネギは距離を詰めた。

 

マントを掴み、地面に組み伏せようとする。

「捕まえました」

「……くっくっくっ。それはどうかな?」

エヴァが不敵に笑う。

 

直後、ネギの側頭部に鋭い殺気が走った。

「!」

ネギは咄嗟に腕を上げ、魔力で肉体を鋼鉄以上に硬化させる。

ガギィィィンッ!

金属同士がぶつかり合うような重い音が響いた。

ネギの腕を受け止めていたのは、糸で操られた絡繰(カラクリ)人形。

エヴァの従者、絡繰茶々丸だ。

「マスターに、指一本触れさせません」

「茶々丸さんですか」

ネギは痺れる腕を振るい、一旦距離を取る。

茶々丸の拳には、ロケットパンチのような加速機構が内蔵されている。

まともに食らえば骨ごと砕かれていただろう。

 

それを防ぎきったネギを見て、エヴァが目を細めた。

「ほう……。茶々丸の一撃を防ぐとはな。やるじゃないか、ボーヤ」

「先生と呼んでいただきたいですね」

「ハハハハ! 我こそは闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)である! 先生などという肩書き、我の前では無意味よ!」

エヴァが両手を広げ、強大な魔力を練り上げようとしたその時。

 

「どりゃあああああっ!」

上空から、神楽坂明日菜が降ってきた。

理屈抜きの飛び蹴りが、エヴァの小さな身体を捉える。

「ぐべっ!?」

不意を突かれたエヴァが、ボールのように吹き飛んだ。

「あ、明日菜!?」

「何やってんのよ、このチビッ子! のどかに何しやがったーっ!」

怒り心頭の明日菜が追い討ちをかけようとする。

エヴァは体勢を立て直し、忌々しそうに明日菜を睨んだ。

「ええい、野蛮な猿め! 今日はここまでだ!」

エヴァは茶々丸に抱えられ、夜の闇へと消えていった。

明日菜が追いかけようとするのを、ネギは手で制した。

「待って下さい、明日菜さん。深追いは危険です」

「でもっ!」

「彼女の目的は僕です。……いずれ、決着をつけねばなりません。ですが今は、のどかさんが優先です。」

 

ネギは逃げ去るエヴァの気配を見送りながら、冷静に計算していた。

今の戦闘で、エヴァの体術と茶々丸の機動パターンはコピーできた。

だが、エヴァの本気はこんなものではないはずだ。

(確か、次の満月……学園の結界が最も弱まる時が本番だったな)

その時こそ、彼女の魔法が見られるはずだ。

それを全て頂いた時、俺はこの世界でまた一つ最強に近づく。

「帰りましょう。のどかさんが待っていますよ」

ネギは明日菜に向き直り、優しく微笑んだ。

その笑顔の裏で、来るべき満月の夜を心待ちにしながら。

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