四〇万人という途方もない人間を飲み込む巨大な祭典、『麻帆良祭』。
その開催を前々日に控えた夜中、麻帆良学園都市はまるで不夜城のように煌々と明かりが灯り、異様な熱気と喧騒に包まれていた。本来なら静まり返っているはずの深夜の校舎も、今は例外ではない。
学園のあちこちで生徒たちが蠢いている。怪異でもなんでもない、ただの『徹夜組』だ。
我が三年A組の教室も、段ボールや木材、塗料の匂いが充満し、大勢の生徒たちが「お化け屋敷」の設営のために汗を流していた。
「よし、ここの壁はもう少し暗い色で塗って! 驚かすタイミングが早すぎるから、仕掛けの調整を急いでちょうだい!」
教室の中心で的確に指示を飛ばしているのは、クラス委員長である雪広あやかさんだった。彼女は体操着姿で、顔に少しペンキをつけながらも、持ち前のリーダーシップを遺憾なく発揮している。
(……つい昨日、僕のダイオラマ魔法球の中で『高貴なる義務』を歪められ、透明なドレス越しに下腹部の淫紋を輝かせて、限界まで僕の白濁を欲しがって泣き叫んでいた牝犬とは、とても思えないな)
僕は教室の隅から、その真面目で凛々しい委員長の姿を眺め、内心で下劣な笑みを浮かべた。あやかさんの下腹部には、今も僕がたっぷりと注ぎ込んだ精液が魔法のストックとして変換され、淫紋として刻み込まれているはずだ。しかし、表向きは完璧なお嬢様委員長として振る舞っている。
ふと視線を移すと、図書委員の宮崎のどかさんや、新体操部の佐々木まき絵さんたちも、一生懸命に小道具を作ったり、装飾を手伝ったりしている。
(皆、本当に真面目に頑張っているな。……こうしてクラス一丸となって健全に汗を流されると、さすがに僕も、この教室の裏で誰かを捕まえてエロティックに犯してやろうという気にはなりにくい)
お化け屋敷の完成は、僕の「合法的な欲望の狩り場」の完成を意味する。だからこそ、今は彼女たちの自主性に任せ、僕は良き担任教師としての顔を保つのが最善だった。
「あ、ネギ先生!」
僕が教室を見回していると、のどかさんがパタパタと駆け寄ってきた。彼女の背後には、あやかさんとまき絵さんも続いている。
「皆、夜遅くまで本当にお疲れ様です。無理はしていませんか?」
僕が英国紳士の柔和な笑みで労うと、のどかさんは顔を赤らめながらモジモジと上目遣いになった。
「あ、あの……ネギ先生。明後日から、いよいよ麻帆良祭が始まりますけど……その、もし良ければ、少しだけ……私と一緒に、学園祭を見て回っていただけませんか?」
「えっ!? ちょっとのどか、ずるい! 私だってネギ先生と一緒に回りたいのに!」
まき絵さんがプクッと頬を膨らませて抗議する。
「まき絵さん、抜け駆けはいけませんわよ。先生、委員長である私こそ、学園祭のパトロールを兼ねて先生とご一緒するべきですわ。……それに、昨日のお礼もまだですし」
あやかさんは周囲に聞こえないような小声で意味深に囁き、僕に熱っぽい視線を送ってきた。
さらに、彼女たちの声を聞きつけた他の生徒たち――チアリーディング部の柿崎美砂さんや椎名桜子さん、さらには他の部活の生徒たちまでが「先生、私たちの出し物も見に来てくださいよ!」「絶対に来てね!」と次々に声をかけてきたのだ。
(クラスの皆からの誘いに乗っていたら、三日間という麻帆良祭の期間では、どう考えてもスケジュールがパンクする。死ぬほど忙しいどころの騒ぎではない)
だが、僕には確算があった。
(……まあ、何とかなるだろう。何故なら、この麻帆良祭の期間中に、超鈴音(チャオ・リンシェン)が『カシオペア』という懐中時計型のタイムマシンをくれるはずだからだ)
僕が持つ「原作」の知識によれば、時間を巻き戻せるそのアイテムさえ手に入れば、どれほどスケジュールが被っていようと、時間を遡ってすべての女の子との約束をこなし、フラグを立てて回ることが可能になる。
(確か、魔法先生たちに追われているチャオを、タイミング良く助けてやれば、そのお礼としてカシオペアを譲ってくれる展開だったはずだ。それまでは適当に調子を合わせておくとしよう)
「ええ、もちろんですよ、皆さん。僕は三年A組の担任ですから、できる限り皆さんの頑張りを見に行かせてもらいますよ」
僕が笑顔でそう約束すると、教室中に歓声が響き渡った。
そして夜が明け、麻帆良祭の前日。
僕は早朝から、学園長である近衛近右衛門に呼び出され、学園の中央にそびえ立つ巨大な『世界樹』の根元へと足を運んでいた。
僕の隣には、護衛の桜咲刹那さんが控えている。昨日の商業施設での白昼堂々の公開絶頂という凄まじい調教の記憶が新しいのか、彼女の顔は少し赤く、僕の視線が合うたびにビクッと肩を震わせていた。
さらに、どういうわけか犬上小太郎までがその場に同席していた。
(チッ……なんでこの鬱陶しい犬耳のガキがいるんだ。ヘルマン戦では利用してやったが、僕のエロティックな計画には微塵も必要ない存在だというのに)
僕は内心の舌打ちを隠し、「やあ、小太郎君。元気そうですね」と爽やかに挨拶をしてやった。
「おお、ネギ! 昨日は世話んなったな!」と、小太郎は無邪気に笑っている。
世界樹の根元には、学園長の他に数名の見知らぬ人物が立っていた。スーツ姿の壮年の男性が一人と、魔法使いのローブを纏った女生徒が二人。彼らから放たれる魔力の質で、彼らが麻帆良学園の『魔法先生』と、その関係者(魔法生徒)であることがすぐに分かった。
「おお、ネギ君、来てくれたな。彼らは麻帆良祭の警備を担当する魔法先生と、その協力者の生徒たちじゃ」
学園長が彼らを紹介する。彼らはここでは名乗らず、ただ軽く会釈をしただけだった。
「本日は、他でもない。この世界樹にまつわる『ある真実』と、それに伴う極秘任務について説明するためにお主を呼んだのじゃ」
学園長の言葉に、僕は静かに頷いた。
「世界樹の真実、ですか」
「うむ。生徒たちの間で『麻帆良祭の最中、世界樹の下で愛の告白をすると必ず成就する』という噂が広まっておるじゃろう。実はあれは、ただの都市伝説や噂ではない。真実なんじゃ」
学園長は渋い顔で髭を撫でた。
「この世界樹は二十二年周期で膨大な魔力を蓄積し、それを放出する。その魔力溜まりの影響で、ここで告白した者の想いが、まるで『呪い』のように相手の精神に干渉し、強制的に成就させてしまうのじゃよ」
(……ほう。告白が呪いとして強制的に成就する、か)
僕は瞳の奥で怪しく光る欲望を抑え込んだ。
(それは素晴らしい。もしその魔力を利用できれば、僕が面倒な洗脳や催眠の手間をかけずとも、意中の女生徒をここへ呼び出して告白させるだけで、永遠の愛という名の絶対的な呪縛をかけられるということだ。僕の性奴隷ハーレムを拡張するには、これ以上ない極上のシステムじゃないか)
僕は一瞬、世界樹の魔力を独占してやろうと企んだ。だが、続く学園長の言葉が、その目論見を打ち砕いた。
「しかし、魔法が一般人に干渉し、人の心をねじ曲げるなど、魔法協会の規定で絶対に許されることではない。故に、我々魔法先生の任務は、麻帆良祭の期間中、この世界樹の周辺を徹底的に監視し、生徒たちの『愛の告白を全力で阻止する』ことにあるのじゃ」
学園長がそう言うと、隣にいた魔法先生(男)と女生徒二人が、力強く頷いた。
(……なるほど。この周辺は魔法先生たちの厳重な監視下に置かれるというわけか)
僕は内心でため息をついた。
(世界樹の魔力は魅力的だが、これだけ魔法使いがウヨウヨしている中でコソコソと生徒を洗脳するのはリスクが高すぎる。お化け屋敷という確実な狩り場がある以上、無理をしてここで目立つ必要はないな。世界樹の件は諦めるとしよう)
「分かりました、学園長。僕も教師として、不純異性交遊……いや、生徒たちの健全な学園生活を守るために、微力ながら協力させていただきます」
僕は優等生そのものの態度で、深々と頭を下げた。
学園長たちとの集会が解散し、僕は学園都市内を歩いていた。
広大なキャンパスには、明日の本番を控えた模擬店やステージの準備が進められ、まるでお祭りの前夜のような高揚感が漂っている。
そんな中、僕はふと、人気のない路地裏からドタバタとした足音と、切羽詰まった声が聞こえてくるのに気づいた。
「アイヤー! しつこいアル! なんでこんなに追いかけてくるネ!」
独特の中国語なまりの口調。間違いない、出席番号十九番、超鈴音(チャオ・リンシェン)だ。
路地裏を覗き込むと、チャオが数冊の分厚いファイルのようなものを抱え、必死の形相で走って逃げてきている。そしてその後方から、先ほど世界樹の根元で紹介された魔法先生(男)と女生徒二人が、魔法の杖を構えて猛烈な勢いで追跡してきていた。
(……来たな。原作通りの展開だ。ここでチャオを庇って恩を売り、タイムマシン『カシオペア』を手に入れる)
僕は絶妙なタイミングを見計らい、路地から飛び出してきたチャオと、追手の魔法先生たちの間に、すっと割って入った。
「やあ、先生方。こんな路地裏で、いったい何の騒ぎですか?」
僕が両手を広げて立ち塞がると、魔法先生と女生徒二人は慌てて急ブレーキをかけた。
「む、ネギ先生!? どいてください、その後ろの生徒は、学園の規定に違反する危険なマジックアイテムを所持している疑いがあるのです! 今すぐ取り押さえなければ!」
魔法先生が血相を変えて叫ぶ。
だが、僕は一歩も引かず、背後に隠れたチャオをかばうように立ち塞がった。
「それは穏やかではありませんね。ですが、彼女は僕のクラスの、大事な生徒です。頭ごなしに取り押さえるような真似は、担任として見過ごせません。事情があるなら、まずは僕が彼女からしっかりと話を聞き、適切に指導しましょう。……同僚として、僕に任せてはいただけませんか?」
僕が英国紳士の誠実な笑みを浮かべ、少しだけ魔力を込めて「圧」をかけると、魔法先生は怯んだように言葉を詰まらせた。
「うっ……し、しかし……」
「僕が責任を持って対処します。どうか、ここは矛を収めてください」
僕のあまりにも真っ直ぐで嘘偽りのない(ように見える)瞳と、学園内でも評価の高い『若き天才魔法使いネギ』という肩書きの前に、追手たちは顔を見合わせた。
「……分かりました。ネギ先生がそこまで仰るなら、今回はお任せします。ですが、妙な動きがあればすぐに報告してくださいよ」
魔法先生たちは渋々といった様子で引き下がり、路地の奥へと消えていった。
「……ふぅ。これで一安心ですね」
僕が振り返ると、チャオは壁に背中を預け、荒い息を吐いていた。
「助かったアル……。危うく捕まるところだったネ。ありがとう、ネギ坊主」
チャオはそう言って汗を拭ったが、その表情には、僕に対する安堵よりも、鋭い『警戒心』が色濃く表れていた。
彼女は天才であり、そして何より『未来人』だ。僕の転生前の原作知識の中枢に関わる最重要人物の一人である。彼女の瞳は、まるで僕の被っている優等生の仮面を透かして、その奥にある邪悪な正体を探ろうとしているかのようだった。
「どうしました、チャオさん? そんなに僕の顔を見つめて。僕の顔に何かついていますか?」
僕が笑顔で尋ねると、チャオは一瞬だけ目を細め、すぐにいつもの飄々とした態度に戻った。
「いや、なんでもないヨ。……一応お礼は言うネ。ネギ坊主がいなかったら、計画がパーになるところだったアル」
チャオはそう言って、懐から銀色に輝く美しい懐中時計を取り出し、僕に向かって放り投げた。
「おっと」
僕はそれを受け取る。手の中で冷たく重い感触を放つそれこそが、僕が狙っていたタイムマシン『カシオペア』だった。
「これ、あげるアル。麻帆良祭は忙しいアルから、それで時間を確認しながら、上手く楽しむネ」
チャオはそう言って背を向けたが、その声や態度は、かつてのクラスメイトとしての親しさよりも、どこか『よそよそしさ』を感じさせるものだった。
(……おかしい。原作ではもう少し打ち解けた雰囲気でカシオペアを渡してくれたはずだ。なぜここまで警戒されている?)
僕が疑念を抱いていると、路地を出ようとしたチャオが、不意に足を止め、肩越しに僕を振り返った。
その瞳には、未来を見通すような冷徹な光が宿っていた。
「……なぁ、ネギ坊主」
「なんでしょうか?」
「ネギ坊主は、本当に……あの英雄『ナギ・スプリングフィールド』の息子、ネギ・スプリングフィールドなのかアルか?」
ドクンッ、と。
僕の心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
それは、僕という存在の根本を揺るがす、最も危険で鋭い問いだった。僕はネギの身体に憑依転生した別の精神であり、本物のネギ・スプリングフィールドではない。その事実を、未来から歴史を監視している彼女が、何らかの理由で気づき始めている……?
(落ち着け。ここで動揺を見せれば、奴の疑念を確信に変えてしまう)
僕は瞬時に表情筋をコントロールし、英国紳士の完璧な笑顔を貼り付けた。
「……はい、そうですよ。僕が偉大なるサウザンド・マスター、ナギ・スプリングフィールドの息子であることは、紛れもない事実です。それがどうかしましたか?」
僕がはっきりと返答すると、チャオは数秒間、僕の瞳の奥をじっと探るように見つめ返した。
「……そうアルか。なら、いいネ。お節介焼いて悪かったヨ」
チャオはそれ以上は何も言わず、今度こそ路地の奥へと足早に去っていった。
彼女の背中が完全に見えなくなってから、僕は手の中のカシオペアを強く握りしめた。
背中には、冷たい汗がびっしょりと掻いていた。
(……今更ながらに思い知らされる。未来人たるチャオは、俺が介入したことによって『狂い始めている歴史』の異常を、確実に察知している)
僕が明日菜たちを性奴隷に堕とし、アーティファクトの仕様をエロティックに歪め、原作のストーリーを無茶苦茶に破壊している事実。彼女がどこまで知っているのかは分からない。だが、少なくとも「今のネギは、歴史上のネギとは何かが決定的に違う」という警戒心を抱いているのは明白だった。
(……厄介だ。完全なる世界(コズモエンテレケイア)の連中よりも、歴史の修正を試みる未来人の方が、俺の欲望のハーレムにとって最大の障害になるかもしれない)
チャオはどこまで知っているんだ?
もし俺の正体がバレれば、奴はどう動く?
タイムパラドックスを利用して、俺の存在そのものを消し去りに来るのか?
夕暮れの路地裏で、僕は一人、これから始まる麻帆良祭の影に潜む、得体の知れない不安と焦りに包まれていた。