エヴァンジェリンが夜の闇へと消えた後、興奮冷めやらぬ様子で神楽坂明日菜が詰め寄ってきた。
「ちょっとネギ! さっきの何よ! 凄いじゃない!」
「落ち着いてください、明日菜さん」
「落ち着いてらんないわよ! 空飛んでたし、手からビームみたいなの出してたし! アンタ、何者なの!?」
明日菜の瞳はキラキラと輝いている。恐怖よりも好奇心と興奮が勝っているようだ。
ネギは眼鏡の位置を直し、あらかじめ用意していた「善良な魔法使い」のシナリオを語り始めた。
「……実は、僕は魔法使いなんです。まだ修行中の身ですが」
「魔法使い……ホントにいるんだ」
「ええ。そして先ほど襲ってきたエヴァンジェリンさんは、悪い魔法使いです。彼女はまき絵さんの血を吸い、さっきはのどかさんを狙っていたんです。茶々丸さんも彼女のパートナーです。」
ネギは、あくまで被害者としての立場を強調する。
嘘は言っていない。情報の切り取り方を変えているだけだ。
「へぇー、あの子、悪いヤツだったんだ!」
明日菜はポンと手を叩き、あっさりと納得した。
ネギは内心で首をかしげる。
(……おかしいな)
彼女には『魔法無効化(マジック・キャンセル)』の能力があるはずだ。
それは単に魔法を弾くだけでなく、魔法的な隠蔽や認識阻害を見破る力も含まれているはず。
以前、千雨への認識阻害が彼女には通じにくいのではと警戒したが、今の「魔法使い設定」の話は、彼女の常識の外にある話だ。
にも関わらず、彼女は「嘘つき」と否定することなく、ネギの言葉を事実として受け入れている。
「明日菜さん。この事は他の生徒には秘密にしてくださいね。危険に巻き込みたくありませんから」
「わかってるって。……でもさ、ネギ」
明日菜は真剣な表情でネギを見つめた。
「エヴァちゃんって、また襲ってくるんでしょ?」
「ええ、おそらく」
「だったら、アタシも協力するわよ。同じ部屋で暮らしてるんだし、ネギ一人で戦わせるなんて出来ないわ」
「……え?」
ネギは驚いたフリをした。
(完全にこちらの話を受け入れている……どころか、協力まで申し出てくるとは)
「お気持ちは嬉しいですが、危険すぎます」
「大丈夫よ! さっきだってアタシの蹴り、入ったでしょ? 意外と戦力になるんだから!」
明日菜はニカっと笑い、力こぶを作るポーズをとる。
その笑顔には一点の曇りもない。
「……ありがとうございます。ですが、今日はもう遅いです。詳しい話はまた後日ということで、一度寮に戻りましょう」
ネギは明日菜をなだめ、その日は解散することにした。
自室のロフトベッドで横になりながら、ネギは明日菜の能力について考察を深めていた。
(明日菜の魔法無効化……あれは絶対的なものではないのか?)
作中の知識を掘り起こす。
彼女の能力は無意識下でも発動し、魔法による攻撃や拘束を無効化する。
だが、もし「常時・完全」に発動しているのなら、魔法使いと従者が結ぶ契約『仮契約(パクティオー)』など出来るはずがない。
契約は、互いの魔力と魂を繋ぐ儀式だ。無効化能力が壁になれば成立しない。
(つまり……彼女の能力には「穴」がある)
それは物理的な条件ではなく、精神的な条件ではないか。
本人が「受け入れる気がある」相手、あるいは「信頼している」相手の魔法は、無効化の対象から外れる、もしくは効果が弱まるのではないか。
さっきの会話で彼女が疑わなかったのは、ネギに対して一定以上の信頼、あるいは好意を持っており、無意識に「ネギの言葉(魔法)」を受け入れたからだとしたら?
(……これは使えるな)
暗闇の中で、ネギの口元が三日月形に歪む。
もしこの仮説が正しければ、彼女を精神的に籠絡し、俺に依存させればさせるほど、彼女の鉄壁の防御は脆くなる。
信頼という名の鍵を使えば、あの健康的な肢体にも、魔法による快楽を流し込むことができるということだ。
(クックック……攻略の糸口が見えた気がするよ、明日菜ちゃん)
翌日の放課後。
ネギは学園の裏手にある森の中にいた。
麻帆良学園を覆う強力な結界に、小さな反応があったからだ。
誰かが結界をすり抜けて侵入してきた。
「へっへっへ。久しぶりじゃんか兄貴!」
草むらからガサゴソと現れたのは、白い毛並みの小動物。
オコジョだ。
だが、そのオコジョは葉巻をくわえ、二足歩行で器用に立っていた。
アルベール・カモミール。通称「カモ」。
「カモミールか。よくここがわかったな」
「兄貴の魔力の匂いは忘れないっすよ!」
カモは尻尾を振ってネギの足元に擦り寄ってくる。
この出会いは偶然ではない。ネギが仕組んだものだ。
数年前、ウェールズの山奥で罠にかかっていたカモを助けたのは、彼が原作において非常に有用な「従者(ミニステル・マギ)斡旋役」であることを知っていたからだ。
恩を売っておけば、必ず役に立つ。そう計算しての行動だった。
「どうした? イギリスでの商売はあがったりか?」
「いやぁ、それがヘマしちまって追われる身でしてねぇ。兄貴が日本にいるって聞いて、頼ってきたわけですよ」
カモは頭をかきながら、悪びれもせずに言う。
こいつは基本的に小悪党だ。
金に汚く、女好きで、特に女性の下着収集に関しては異常な執着を見せる。
まさにスケベオヤジがオコジョの皮を被ったような存在だ。
だが、こいつには利用価値がある。
魔法使いとパートナーの契約を結ぶ『パクティオー』の知識と仲介能力に関しては、右に出る者はいない。
それに、ネギの「本性」を知っても引かないどころか、面白がって協力するような倫理観の欠如も好都合だ。
「……ちょうどいいところに来たな、カモ」
「へ? 何です兄貴、その悪い顔は」
ネギはカモを拾い上げ、ニヤリと笑った。
「俺はこの学園で、最強のハーレムを作るつもりだ。お前の協力が必要だ」
「ハーレム!? ひょーっ! さすが兄貴、考えることがデカイ!」
カモは目を輝かせた。
ハーレムと聞けば、当然そこには大量の女性と、大量の下着がある。
利害は完全に一致していた。
「協力するぜ兄貴! 俺っちに任せてくだせぇ! 兄貴のためなら、パンツの一枚や二枚、いや百枚でも集めてみせやすよ!」
「パンツだけじゃない。契約(パクティオー)だ。俺の手足となる従者を増やす」
ネギはカモを肩に乗せ、学園へと歩き出した。
これで舞台装置は整いつつある。
最強の魔力、コピー能力、そして悪知恵の働く相棒。
原作ブレイクの準備は万端だ。