「す、凄いですぜ兄貴! あの神楽坂明日菜の魔法無効化能力を突破して、完全に催眠状態にかけてやがる!」
明日菜が意識を失い、ネギの腕の中で人形のように静止すると、カモミールが興奮気味に飛び出してきた。
彼は明日菜の顔を覗き込み、その瞳孔が開いているのを確認して震え上がった。
「上手くいったな」
「一体どういう理屈なんで? 魔法無効化は常時発動してるんじゃなかったんで?」
「勘違いするな、カモ。俺が最初にかけたのは『催眠術』だ」
ネギは冷静に眼鏡の位置を直した。
「催眠術?」
「ああ。医療現場や心理療法でも使われる、純粋な技術だ。そこに魔法的な要素は一切ない。だから、魔法無効化の対象外だ」
「なるほど! でも、そんな技術いつの間に……」
「俺の目を忘れたか? 動き、声のトーン、呼吸の合わせ方……そういった『技術』ならば、この写輪眼でコピー可能だ」
ネギは赤い瞳を細めた。
前世の知識に加え、この世界で目にした心理誘導のテクニックをコピーし、体系化したのだ。
「もちろん、あくまで技術だ。魔法ではない以上、漫画やアニメのようにパチンと指を鳴らして一瞬で奴隷にするような真似はできない。相手の同意や、深いリラックス状態が必要になる」
ネギは部屋を見回した。
「だからこそ、お前に用意させたんだ。あの香草、環境音楽、そして部屋の配置や置物……それらは全て、明日菜を『催眠導入』の状態へ誘うための舞台装置だ」
「へぇ~、あのがらくたにそんな意味が……」
「それらによって明日菜の警戒心を解き、トランス状態へ近づけ……そして、『俺の魔力を受け入れる』と強く思い込ませた。本人が心から受け入れようとすれば、無効化の壁には穴が開く」
ネギは明日菜の頬を愛おしげに撫でた。
「そして俺の予想通り、無意識レベルで『受け入れなきゃいけない』と思い込んだ明日菜は、その隙間から俺の魔力を招き入れ……今度は本物の『催眠魔法』にかかったというわけだ」
「ひょーっ! 魔法を通すための下準備に、科学的な催眠術を使うとは……! 兄貴、あんた悪党の鑑だぜ!」
カモミールが感動して涙ぐんでいるが、ネギはそれを無視して明日菜に向き直った。
彼女は完全に虚脱し、ネギの言葉を待つだけの受信機と化している。
(さて、仕上げといくか)
ネギは静かに、しかし威厳を持って語りかけた。
「明日菜さん」
「……はい」
「貴方は、ネギを助けるために、ネギと契約したのですよね?」
「……はい、そうです」
明日菜の声は平坦で、感情が抜け落ちている。
「なるほど。つまり、ネギと契約することは、ネギを助けることになるのですね?」
「……はい、そうです」
「ところで、ネギを助けるためには、ネギの魔法を受け入れることが必要です。……今後も、ネギの魔法を受け入れますか?」
「……はい、もちろん」
ここまでは順調だ。次が重要だ。
ハーレムを作る上で、正妻ポジションの明日菜が嫉妬や正義感で邪魔をしては面倒だ。
「そうなると、明日菜さん。……他の生徒をネギの従者とするのも、ネギの戦力を増やし、ネギを助けることになりますね?」
「…………はい、そうです」
「わかりました。では明日菜さんは、他の生徒がネギの従者になっても、疑問を持ちませんね? それは正しいことですね?」
「……はい、そうです。……正しいことです」
明日菜の常識の防壁が、音を立てて崩れ去っていく。
彼女の中の優先順位が書き換えられていく。
ネギを助けることこそが最優先であり、そのための手段は全て肯定される。
「明日菜さん。貴方は自分で望んで、ネギのミニステル・マギと成りましたね?」
「……はい、そうです」
「従者である以上、主人の望みが大切ですよね?」
「……はい、そうです。主人の望みが、大切です……」
ネギはそこで言葉を切った。
(ここで『絶対服従』や『奴隷になれ』と言うのは簡単だが、あまり過剰な要求を急に突きつけると、精神崩壊を起こすか、無効化能力が暴走して洗脳が解けるリスクがある)
今はまだ、種を植えるだけでいい。
「主人の望みが大切」という基本原則さえ植え付けておけば、後は徐々に水をやり、歪んだ大樹へと育て上げればいいのだ。
「……クックック」
どこまでも悪辣で、慎重なネギの笑みがこぼれる。
ガチャリ。
遠くで、寮の玄関が開く音がした。
「おっと、そろそろ木乃香ちゃんが帰ってきたようだ」
「へい! 撤収しやす!」
カモが素早く隠れる。
ここまで深く根を張れば、あとは幾らでも好きなように出来る。
ネギはパチンと指を鳴らした。
「明日菜さん、おはようございます」
その瞬間、明日菜の目に光が戻った。
「……はっ! あれ? アタシ……」
明日菜はキョトンとして周囲を見回し、目の前のネギを見て、パァっと笑顔になった。
「あ! そうだった! 契約したんだったわよね!」
「ええ。ありがとうございます、明日菜さん」
「へへっ、任せなさいって! これでネギも一人じゃないわよ! あー、なんか力が湧いてきた気がする! これでエヴァちゃんをギャフンと言わせてやるんだから!」
明日菜は無邪気にガッツポーズをして浮かれている。
その思考の奥底に、決して解けない鎖が巻き付いていることなど、微塵も気づいていない。
「頼りにしていますよ、僕のパートナー」
ネギは聖職者のような優しい笑みを浮かべ、心の中で舌を出した。