ハイルブロンの英雄 作:松木ユキ
少女は不安そうに両手を胸に置いて、俺のことを見ていた。服とも言えないような薄汚れた布切れを身にまとっているが、その割には妙に小綺麗だとも感じる。木々の隙間から差し込む微かな光が金髪を照らし、碧く美しい瞳とのコントラストを生み出していた。
「お前、いったい何者だ?」
「……」
俺の問いかけに、少女は何も言わない。森に迷い込んだところに助けが来て喜んでいる……という雰囲気ではないし、こちらに怯えているのだろう。
俺の考えが正しければ、コイツは腕利きの魔術師。やはり――
『俺の言葉が分かるか?』
『!』
王国語で話しかけると、少女は驚いたように目を見開いた。……密入国者か、あるいは諜報員か。いずれにせよ、このままここを立ち去るわけにはいかなくなった。
「答えろ。俺の言葉が分かるか?」
「どうして私たちの言葉を……」
「前の仕事で使っていたんだ。それより、お前は何者だ?」
「……」
「魔力を悟らせなかったあたり、相当な魔術師だろう? 少なくともただの浮浪者じゃないな」
図星だったのか、少女は再び口を閉ざしてしまった。さて……コイツはどうしたものか。このまま拘束して、然るべきところに突き出すしかないな。
「連行させてもらう。運が悪かったな」
「いっ……嫌です。見逃していただけませんか」
「抵抗するならこの場で始末する。逃げても無駄だ」
「やっ……やめてください……!」
少しずつ近寄ると、少女が後ずさりしていく。だがここは茂みに囲まれた狭所。駆け出したところで、せいぜい木の根っこに足を引っかけて転ぶだけだ。
「逃げるなと言っている」
「ひっ……!?」
腕を掴むと、少女が悲鳴をあげて背後の茂みに寄り掛かった。パキパキと枝が折れる音が響き、少女が体勢を崩す。しかし、細くて頼りない腕だな。まともに飯なんか食ってないんだろう。
「お願いです……! 私にはまだ為すべきことが――」
「お前の願いなど知ったことか!」
「やっ、やめてください……!」
碧い瞳を潤ませて、少女は必死に抵抗している。諜報員にしてはなんとも情けないが……怪しいことには変わりない。なんとしても拘束して――
「あっ!」
「はっ?」
その時、少女が空を見上げて驚いたような声を上げた。俺の気をそらして、その隙に逃げようって魂胆だろうが……引っ掛かるわけがない。
「何のつもりだ? 往生際が――」
「いえ、違います! 何かが空を飛んでいったような……」
「空?」
少女はしゃがみこんだまま顔を上げ、何かを目で追っていた。ふと耳を澄ますと、街の方から鐘の音――空襲警報として使われている――が聞こえてくる。……まさか、本当に何か来ているのか?
「探索魔法を展開する」
掴んでいた腕を離し、右手でさっと目の前の空間を払った。ピンク色をした球形の光が浮かび上がり、その中に輝点が五つ。
「……西方より敵の航空魔術師が五人。よく気がついたな」
「いえ、その……」
少女は口をもごもごとさせて、再び黙り込んでしまった。俺は再び探索魔法に視線を戻す。輝点は徐々に東方、街の郊外へと移動していく。
しかし妙だな。我が帝国と王国は停戦中だし、戦争していた頃だってこの街が空襲されたことはなかったはず。
偵察か? いや、それも不自然だ。航空魔術師というのは基本的に無敵。地上の魔術師に迎撃されることがないわけではないが、撃墜に至ることはほとんどない。偵察をするだけなら一人で事足りるだろう。
奴らの目的は分からんが、いまの俺がすべきことはコイツの連行だ。逃げられる前に済ませてしまいたい。
「敵の襲来を教えてくれたことには感謝する。が、逃がしてやる理由にはならない」
「でっ、でも――」
「痛い目を見たくなければ――」
大人しくしろ、と言おうとした瞬間だった。鼓膜を突き破りそうな爆音が響き渡り、衝撃波に木々がざわめく。何が起こったのか分からず、思わず振り向いてしまう。
「ひっ!?」
「んっ!?」
そこにあったのは――上空から赤い光線が次々に放たれ、爆炎へと変わっていく光景だった。