ハイルブロンの英雄 作:松木ユキ
連続的に発射された赤い光線が、次々に郊外の方に着弾する。それと同時に爆炎が巻き起こり、一拍遅れてから爆発音が俺たちの鼓膜を震わせた。
「そんな……」
信じられないといった顔で、少女は口元を覆って呆然としていた。我が帝国の被害に心を痛めてくれるとは、珍しい王国人もいたものだな。
いや……そう考えるのは楽観的すぎるか。森に潜んでいた謎の少女を見つけた直後に、空から王国の魔術師が飛んできたんだ。この二つに全く関連がないと考える方が不合理というもの。
「……おい」
「は、はい? ひっ……!」
強引に右腕を掴んで引き寄せると、少女が怯えたような声を出した。爆音が鳴りやまぬ中、俺は少女を睨みつけ……密かに右手で火力魔法を構える。
「どういうつもりだ!!」
「な、なんですか!?」
「お前、あの航空魔術師を地上から援護するためにここにいるんだろう!?」
「ちっ、違います! 私だって驚いているんです!」
「口では何とでも言える! 今すぐ消し炭になりたいか!?」
「やっ、やめてくださいっ! ほっ、本当に違うんです……!」
少女は目を潤ませて必死に逃れようとするが、満足に力が出ないようだ。よく考えれば……コイツだって恐らく魔術師なのだから、疑うに足る理由は十分だ。上空の航空魔術師が地上を攻撃した後、この者が何らかの行動をとる。そういう計画でもおかしくはない。
「下手な真似をすれば直ちに魔法を使う。抵抗しても無駄だ」
「お、お願いです! 命だけは、命だけは……!」
「国民の命が危機に晒されているんだ! お前なんかの命乞いなど聞くものか!」
「ほっ、本当に違うんです! やめっ……やめてくださいっ……!」
「これ以上抵抗するなら――」
本当に殺してやるぞ、と口に出そうとした瞬間だった。目を真っ赤に腫らした少女が、腰を抜かしたように地面にへたりこんだ。何かと思えば……薄汚れた服の股の部分から、染み出すように黄色い液体が流れ始める。
「いや、いやぁ……」
「お前……」
思わず腕を離してやると、少女は両手で顔を覆った。ただただ恥ずかしそうに頭を振って、再び声を上げて泣き始める。その姿を見て……俺はハッと我に返った。
「お前、本当に関係がないのか?」
「……」
何も言わず、少女はただ首を縦に振った。股のところの地面には小さな水たまりが出来ていて、アンモニアの臭いが漂っている。敵に迫られて小便を漏らすような諜報員はいないだろうし……やはりただの密入国者なのか。
そもそも俺より年下のようだし、王国軍がこんな奴を単身で敵地に送り込むのも不自然と言えば不自然だ。腕利きの魔術師であるのは間違いないし、いまだに空襲が続いているのも気になるが……コイツの首を刎ねたところであまり意味はなさそうだ。
「分かった。命までは奪わない」
「ほっ、本当ですか……?」
少女は顔からそっと両手をのけた。表情を少し明るくして、俺のことを見上げている。
「小便を漏らすような奴に、航空魔術師の手伝いが出来るとも思えん」
「そ、それは……」
「必要なら魔法で水を出してやるが」
「じっ、自分で洗います……」
よろよろと立ち上がり、少女は近くの茂みに入っていった。まさかこの状況で逃げるとも思わないから、一人にしてやるか。
「……」
なんとなく目を動かすと、茂みの隙間から小ぶりで綺麗なお尻が見えたような気がして……慌てて視線を空に戻す。攻撃は断続的に続いており、郊外の方からもうもうと黒煙が立ち上っている。
敵の狙いはあの地域にある軍需工場か。とはいっても重要品目を生産しているわけではないし、停戦協定を無視してまで攻撃する意味が分からない。しかし、このまま一方的に嬲られるのも腹が立つ。
右手で目の前の空間を払い、再び探索魔法を展開する。やはり五人いるな。昔の俺だったら屁でもない相手だが……今の状態では手出しできない。地上から魔法を撃つことも出来なくはないが、焼け石に水だろう。
「あの……」
少女が恐る恐る戻ってきた。小便まみれだった服は何事もなかったかのように乾いている。きっと火力魔法でも使って水分を飛ばしたのだろう。
「戻ったか。悪いが、どのみち今は下手に動けん。この空襲が終わってから連行させてもらう」
「……」
「なんだ?」
俺の展開している魔法をじっと見たまま、少女が何か考えている。
「先ほども思ったのですが……もしかして、あなたは帝国軍の……?」
「なぜそう思う?」
「高度な探索魔法を使われていたので、そうかと……」
魔法を見ただけでそこまで分かるとは、この少女もかなりの魔術師と見えるな。だが、俺が軍の関係者だからといって何だと言うのだろう。
「そうだったとして、だから何だ?」
「いえ……軍人の方なら、空にいる魔術師を追い払わないのかと……」
「俺にそんな力はない」
「えっ?」
「軍人は軍人でも、俺は傷痍軍人だ。現役の頃なら分からんが、今の状態じゃ到底無理だ」
「……」
少女はぽかんとしていた。王国人相手に話し過ぎたか? まあいい、どうせコイツは憲兵にでも突き出すんだ。
「あの……」
「今度は何だ?」
「つまり、あなたは戦争で怪我をされて魔法を使えなくなったのですよね?」
「まあ、そんなところだ。昔のような力は出せない」
「もし、怪我が治るとしたら……いかがですか?」
「は?」
怪我が治る? 何を馬鹿なことを言っているんだ?
「言っておくが、軽い怪我じゃない。腹に大穴が開いたのをなんとか塞いでもらったんだ」
「それで魔法を使えなくなったのですか?」
「お前も魔術師なら分かるだろう。一度身体の
「私がそれを元通りにすれば……あなたはあの魔術師たちと戦えるのですね?」
「何を言っている? 国中の医者が匙を投げた傷だぞ。世迷言はよせ」
こんな奴にそこまでの力があるとは思えない。医者どころか魔術師だってこの傷を癒すのは不可能だろう。連行されるのが嫌で、必死におべんちゃらを言っているんだろうが――
「――神よ、私に力を」
「何をする!?」
少し目を離した隙に、少女がぶつぶつと詠唱を始めた。両手を広げ、その上に術式が浮かんでいる。……やはり王国式の魔法か。
「勝手な真似をするな!」
「神よ……」
俺が叫ぶのも気にせず、少女は静かに目を閉じた。徐々に術式が光を放ち始めて、俺はただただ呆気にとられる。王国の魔法を勉強したことはあるが……こんな物は見たことがない。コイツ、ただの魔術師じゃない……!
「神よ、この者の傷を癒したまえ」
「なっ……!?」
少女が両手を組んだ瞬間、術式が弾けた。光の粒が舞い上がったかと思えば、俺の右腹に集積していき――みるみる身体の感覚を元通りにしていく。
「……完了です。いかがですか?」
「し……信じられん。昔の自分に戻ったみたいだ」
「良かったです。これで……あの魔術師を追い払っていただけるのですね」
「お前の同胞だろう? いいのか?」
「誰であろうと、平和な街を襲うことは許されないはずです」
俺の様子を見て、少女がニッコリとほほ笑む。謎の魔法であっさり俺の古傷を治し、それでいて帝国臣民を案じてくれる王国人。気になる点は多いが……今はあの航空魔術師をどうにかするのが先決か。
「……分かった。やるよ」
肩にかけていた鞄をその場に置いて、ふうと息を吐いた。戦場から退いて四年。本気で魔法を使うのは久しぶりだが……すぐに片付くだろう。
「あの、良ければお手伝いを――」
「必要ない。黙って見ていろ」
「へっ?」
少女はきょとんとして俺の方を見ている。今度はこっちが驚かせる番だな。俺は全身の魔力を集中させ、精神を統一する。
「風……?」
つむじ風が巻き起こり、徐々に強さを増していく。少女の美しい金髪がたなびき、近くの木々もさわさわと音を立てて揺れ始める。足の裏が地面から離れて、重力から解き放たれていく。
「あなた、まさかっ……!」
「俺はただの魔術師じゃない。航空魔術師だ」
「嘘っ……!?」
少女が驚くのも無理はない。航空魔術師というのは一国に百人もいない貴重な存在なのだからな。
「奴らの相手をしてくる。ここで待っていろ」
「なっ……!」
そして――俺は四年ぶりに宙を舞った。目を見開いて呆然とする少女を尻目に、一気に高度を上げていく。冷たい風が頬を撫で、足元の木々がどんどん小さくなっていった。
魔力が瞬く間に消費されていき、浮力へと変換される。そうだ、こんな感覚だったな。
「探索魔法を展開する」
ある程度まで上昇した俺は、敵の現在位置を確認した。向こうの五人はまだ俺に気がついていないようで、攻撃を続けている。大火力で一気に撃ち落とす方法もあるが……それでは下の街まで巻き添えになるからな。
「ソラ・シュトラウス、対空迎撃に入る」
昔の癖でそう呟きながら、さらに加速していく。ようやく敵の魔術師も気がついたようで、驚いた様子で迎撃態勢に入っていた。
「なんだ貴様っ!?」
「なぜ航空魔術師がここにいるっ!?」
この街に航空魔術師の配置が無いことは知っていたようだが、運が悪かったな。
「隊列を乱すなっ!」
敵は俺に向かって魔法を撃つ構えだが……ひとり置いて行かれているのがいるな。迷うことなく火力魔法を放つと、真っ赤な光線が一直線に突き進んでいく。
「うわあああっ!!?」
爆炎が上がり、熱い空気が全身を突き刺してくる。まだ四人いるな。
「なんだあの魔術師は!?」
敵は隊列を組もうとするが、混乱していて統制が取れていない。俺は素早く距離を取りつつ、再び攻撃態勢に移る。数的には劣勢だが、向こうの混乱に乗ずれば活路は見出せるはずだ!
「隊長、あれは……!」
「ああ、間違いない……!」
どうやら敵は俺の正体に気がついたようだ。自分たちの不利を悟ったのか、みるみる距離を離していってしまう。
そして――隊長らしき男が、恐れをなして部下たちに叫んだ。
「あの男、『ハイルブロンの悪魔』だ……!」