オリジナル:SF/戦記
タグ:R-18 残酷な描写 転生 ミリタリー ハードSF シリアス リアル ミリタリー ハードSF リアル ハードコア 高速アクション 空戦 ロボット 近未来
正体不明のコックピットで目を覚ました「おれ」は、味方信号の途絶えた空域にただ一人、取り残されていた。
損傷した機体、途切れる警告、常識外れの世界。
何が起きたのかも分からないまま、空だけが異様な現実感をもって迫ってくる。
超高速で交錯する2機。
逃げるか、抗うか、考える暇はない。
空では一瞬の選択が、生と死を分ける。
これは勝利の物語ではない。
名も残らない一兵士が、空に何を想い、選択をするのか...
その記録である。
※1 本作には、戦闘や死を扱う描写が含まれます。
残酷な表現が苦手な方、体調や精神状態に不安のある方は、無理をせず、十分にご配慮のうえでお読みください。
※2 この物語内に登場する組織、名称は実在のものと一切関係ありません。
LOG31:アリオン戦線
現座標:34.6S 808.22B アルオン補給基地
現状況:NO SIGNAL
現気象記録:高濃度放射能汚染による恒久的な曇天
「おい誰か!ぃ、生きてるか?!」
図太い声が耳元で聞こえた。
掃除機のような騒音が耳に入る。
(うるせぇ…)
寝起き独特の不機嫌さが纏わりつく。
少しすると小さな無数の光が目に入ってきた。
やかましい騒音はヘッドホンのようなものから聞こえているようだった。
「クソが!!なんだってんだよぉ…」
「話が違うだろうが…『彗星』相手にどうしろってんだよぉ!!」
図太い声の主が何か言っている。
金属の擦れ合う嫌な音が聞こえてきた…
近くで工事でもしているのだろうか?
そう思ったのも束の間、鼓膜を破るほどの爆発音がおれを呑み込んだ。
「ぁあぁあああぁ!」
鋭いノイズとガムを噛んでいるような、気持ちの悪い音とともに図太い声の主が叫んでいる。
あまりにも生理的に気持ちの悪い音だったため、おれはヘッドホンのようなものを必死に取ろうともがいた。
…ヘッドホンは思いの外簡単に取れて、気色の悪い苦痛から逃れられた。
(なんなんだよもう…)
周囲からはビーッビーッという警報のような音と金属の嫌な音がする。
機械的な男性のボイスが耳に入る。
「損傷率83%」
「エネルギーバイパス最適化試行」
「FAILED」
「直ちに脱出してください」
ずっとなにかを言っている。
おれは段々と感覚が戻り、痛みと気持ち悪さとともに状況を把握し出していく。
今更気付いたが、酷い臭いだ。
金属独特の血のような臭いとガスに似た臭いが混じりあっている。
一瞬で気分が悪くなった。
スイッチとモニターが視界いっぱいにある。
モニターには小さな文字が映っているのみで、映像は出力されていないようだ。
膝の上には操縦桿のようなものが左右にひとつずつあり、足元にはペダル?があるようだ。
自分の手を少し握ってみる。
少し違和感があるが、大丈夫そうだ。
視界もはっきりしてきて、それぞれのスイッチやレバーに目をやる。
ありがたいことに、それぞれの真下やモニターに役割が示されていて理解には時間がかからなかった。
スイッチ類を見る限り、戦闘兵器のコックピットのようだ。
正面のモニターに意識を移す。
左上に「CANT ACCESS:VIPER」の点滅している赤い文字が目に入った。
恐らく、先程の野太い声の主だろう。
(CANT ACCESS…死んだのか?)
…やはり分からない。
なぜこんなところにおれがいる…?
空軍のF-16戦闘機専属パイロットだったおれは、夜間の小規模爆撃任務のためにF-16を操縦していたはず…
いや、オートパイロットにして寝落ちした気がするな。
とはいえ、いきなりこんなところで目覚めた意味が分からない。
自分のシミュレーター機材かという考えもよぎったが、ここまで錆びや擦れた痕はないはずだ。
右の方の膝上のレバーに震えている手をかける。
意外にも暖かった。
金属の棒を自分の右手が包み込む…
そして、手前に引こうと力を込めた。
だがロックがかかっているのか、一切動かない。
左の方のレバーはどうなのかと左手を伸ばし、引いてみたが同じだった。
(もしや模型…?)
そう考えながら、右足の方のペダルも動かそうと試みた。
「WARNING」
モニターにそう表示された。
そして先程の機械音声の内容が変わる。
「パイロットのAC出力を検知」
「エネルギーバイパスをブースターに全割り当て開始」
「COMPLETE」
ジェットエンジンをスタートさせた時のような高音がコックピットを駆け巡る。
映像が出力され、燃え上がる炎がモニターを埋めつくした。
その瞬間、F-16戦闘機のジェットエンジンのような爆音がコックピットを満たし、車が急発進したようなGがかかってシートに押さえつけられた。
動いた。
ペダルはレバーよりもはるかに軽く動いた。
だからなのだろう。
思いっきり踏んでしまったのだ。
爆音が視界と聴覚を引き裂く。
モニターの映像は燃え上がる炎ではなくなり廃ビルの群れが目まぐるしく流れ、あちこちから金属の嫌な音がしていた。
(ヤバいヤバいヤバい!!)
(ぅ…足を…)
ジェットコースターのような感覚に襲われながら、慌ててペダルから右足を離す。
一瞬で、目覚めた時と同じ静寂が訪れた。
「ぶはぁ!」
肺の空気を一気に外に出した。
…死を感じた。
シミュレータではない。
「体験」として違いすぎる。
没入感とかそういうレベルの話ではない。
乗っている。
間違いなく、人殺しの機械の心臓にいるのだ。
そんな異常な事実に慄きながら前を向く。
目の前のモニターは廃ビルの窓が全体を占めていた。
そこには、無骨で無機質な人型ロボットがこちらを睨んでいる…
(反射…だよな?)
少しずつ状況が分かってきていたが、VIPERが悲鳴をあげた時と同じ爆発音が聞こえた。
しかし今度は空気を震えさせるほどの音圧を感じる。
音が聞こえたと同時に真正面のモニターに全意識がいった。
ずっと廃ビルの窓だけを映していたモニターが一瞬で灰色の煙に覆われたのだ。
(今度はなんだってんだ?!)
…光が見える。
彗星のようだ。
しかしそれは空を流れていくものではなく、轟音と比例して段々と大きくなっている。
耳を塞いでも、鼓膜がイカれそうなほどにまで音が大きくなった。
もうモニターはほとんど青白い光で覆われている。
その光の中に、小さな赤い点が見えた。
おれはずっと鼓膜が破れないよう必死に耳を塞ぎ、眩い光で力を込めて瞼を閉めていた。
…10秒ほど経っただろうか。
何故か、青白い光が消え、コックピットを揺らすような地震とともに、大きい金属の塊が落ちたような鈍い音が轟音を終わらせた。
ゆっくりと耳から手を離し、力んだ目の筋肉を緩めると、モニターには白い人型のロボットが映っていた。
先程の廃ビルの窓に映っていた灰色のロボットとは違うが、姿形はそっくりだ。
頭部の部分のカメラやセンサーのようなものがおれを見ている。
胸部には大きな排気口のようなものがある。腕部はガンダムのような外見だが、パイプ、関節などが剥き出しだ。そして、人間の手の部分にあたる場所には、武器のようなものがあった。右腕は大型ガトリングガン、左腕は刀のようなもの。胸部の下の脚部…いや、推進器と思われるものには、脚のような流線型の骨格フレームに沿って無数のブースターが様々な方向を向いて付いている。その骨格フレームの一番下には、恐竜の足のような2本の小さなバーがあり、それで立っているようだ。
全体的にボロそうだ。
白い装甲は灰と擦れた跡で塗装があちこち剥がれている。
ガトリングガンの銃口は少し変形しており、刀には刃こぼれが見える。
(かっけぇ…ロマンあるじゃないか)
圧倒的強者感がある。
無機質で、機能性を最重視した見た目がおれには刺さった…
そんなプラモデルでも見るように観察している暇は当然ある訳もない。
我に返ったのは、モニターの変化のせいだった。
モニターは「信号を検知」と機械的な文字を表示し、モニターのあちこちで無数の照準UIが動く。
モニターに解析結果が次々と表示され、先程の機械音声が聞こえてきた。
「味方機AC 48機検知」
「全機NO SIGNAL」
「解析のリソースを優先目標に移行」
「前方UNKNOWN解析」
「UIS照合結果敵機と判断」
「型式SG-117 識別名スイセイ」
無駄な情報の一切ない音声を耳にした瞬間、おれは凍りついた。
おれにとっては全機NO SIGNALの文言が刺さった。
おれが経験した最悪の戦闘を思い出したのだ。
激しく頭を抱え込み、ダンゴムシのように丸まった。
地獄のような考え事を必死に頭から振り払おうとする。
「ンァ”ァ”...ァ”ァ”ァ”!!!」
(考え゙ちゃ゙ダメ゙だ)
(考え゙る゙な゙ぁ゙!)
…落ち着いた。
「スイセイ」…
それはさっきの野太い声が発した言葉の中で聞いたようだった。
点と点が繋がり出す。
味方機48機、VIPER含め全滅。
VIPERの野太い声から聞こえた「彗星」…
目の前の白い機体は恐らく彗星。
こちらは明らかに戦闘不能な状態にも関わらず、彗星が来た事。
そう、目的はきっと……
(…嫌だ)
理屈を考えている途中で出てきた心の言葉はそれだった。
おれは、意味わからんまま殺られるのだろう…
(置かれた状況は知らんが、知る前に殺られる!)
(動け!)
手をMASTER SWITCHのダイヤルに伸ばし、RESETの位置に調整する。
「ALL COMBAT SYSTEM RESET REQUEST」
その音声と共にモニターの映像が消え、全スイッチがOFFに切り替わり、膝上のレバーと足元のペダルも定位置に戻る。
(…?)
真っ暗なコックピットで恐怖と不安で押しつぶされそうになる。
モニターに緑色の文字列が表示された。
START
その瞬間スイッチ類に光が灯り、APUのスイッチが点滅した。
恐らく、ガイド付きのスタートアップだろう。
APUのスイッチを押すと、ドラゴンの咆哮のような音が背後から聞こえてきた。
モニターに外部の映像が出力されていく。
次にモニター内のBATという項目に囲われた部分をタッチしていき、ガイドに従ってスタートアップを進める…
ジェットエンジンをスタートさせる。
「JMS-351 MAIN JETENGINE START」
英語というよりは日本語に近い発音の機械音声とともに風のような音がドラゴンの咆哮に加えられていく…
モニターでは青白い光が大きくなっていた…
ドゴォ!!!!!
おれは凄まじい衝撃・音を直に受けた。
「彗星」が突進してきたのだ。
それはそうだろう。
敵からすれば最も殺りやすい状況。
起動していない兵器を起動するまで待ってくれるはずがない。
現実はそういうものなのだ。
衝撃と音は今までと違ってなくならない。
何かが壊れていくような嫌な音が次々と耳に入る。
ヘッドホンと思っていた無線機を付け直し、振動と衝撃に耐えながらもスタートアップを続ける…
INS ON…
計器類起動…
(高度が上がっている?)
戦闘支援システム準備完了…
モニターにはNO WEPONの文字。
これから戦闘が始まるというのに武器がないのは絶望的だ。
(……大丈夫だ。殺らなくてもいい)
そう自分を落ち着かせている間に、聞きたかった言葉を機械音声が発した。
「MAIN SYSTEM OPERATION ALL COMPLETE」
最低限の戦う準備が、終わった…
「いっきなりぶち殺すんじゃねぇー!!!!」
至極真っ当な捨て台詞を吐きながら、ペダルを両足で思いっきり踏み込み、レバーのジョイスティックで推進方向を調整した。
「彗星」の突進の離脱に成功し、逃げる。
計器類が起動した時から気づいていたが、ここは既に高度35000ft。民間航空機が飛ぶ高度だ。
この高度では、空気抵抗が少なく、程よい空気密度なため、ジェットエンジンが最も真価を発揮する。
だがそのメリットは相手側にもあり、こちらは損傷していて、出力自体で言うならば「彗星」の方が高いだろう。
単純なスピード勝負ではすぐ追いつかれる。
色々考えるよりもまずは不規則な機動で、相手の性能を測るしかないだろう。
ことごとくF-16戦闘機を操縦していた時の知識が役に立っている。
(空はおれのもんだ)
まさにドラゴンの如くジェットエンジンを吹かし、あっという間に音速を超えていく…
後ろに彗星が青白い光の尾を引きながら迫ってくる。
機体の速度はものの数秒でMach10に到達した。
正直、そんな速度域で機体が形を保てていることに驚きを隠せない。
民間航空機はMach0.4程度。
F-16戦闘機ですらMach2.1が限界であるのに対して、この機体はMach10で飛行しているのだ。
案の定、機械音声が警告を発する。
「ジェネレーター過負荷」
「冷却リソース超過」
「直ちに減速してください」
モニターにも警告が出ているものの機動戦において速度は命。
そのまま全速で機体を横に向かせ、進行方向を変える。
この速度での方向転換はGが凄まじい。
内臓がひしゃげ、耳鳴りが酷く鳴り、血が下に押し流されて視界がブラックアウトしていく…
ふと見ると、G検知計器は17Gを指している。
人間が耐えられるのは9Gまでで現実の戦闘機もそこまでしかGをかけない。
だがそんな事を気にする暇なんぞない。
実戦は、用語や理屈うんぬんより感覚の方が大事なのだ。
G負荷から休む暇もなく、すぐに急降下し、変則的な機動を取りつつ、速度を更に上げる。
Mach13…
装甲の表面が空気との摩擦で赤くなっている。
機械音声の内容が不安を煽ってくる。
「制御可能限度超過」
「直ちに脱出してください」
機体が悲鳴を上げるように軋む音が酷くなっていく。
コックピット内の冷却機能は限界でサウナ並に暑い。
だが、進む。
損傷した機体を精一杯振り回している中、左のモニターに青白い光が映った。
彗星がより速い速度で追い越していく。
彗星の機体には水色の線が見えたり消えたりしている。
超高速化によるプラズマ現象だろう。
瞬間、空気がつんざかれた。
ソニックブームである。
速度で音を置き去りにしたために起こるその衝撃波は、おれの機体の姿勢を激しく乱す。
姿勢を必死に保とうとするおれを横目に、彗星はさらに加速していき、完全におれの機体を追い越した。
プラズマ現象はより激しくなり、水色に包まれた彗星はその名の通りまさに彗星のようだ。
あんな速度域まで到達したらいくら冷却性能が高かろうと、中の人間は炙られるだけだろう。
…人間ではないのかもしれない。
彗星がこちらに翻り、ガトリングガンを発射してきた。
ガトリングガンと言っていいのかというほどの発射レートで一瞬で弾丸に嵐に飲まれてしまった。
ギリギリな制御をしている機体に回避の余地はなく、どんどん被弾していく。
このままでは、堕とされる。
(は、墓場を荒らさせねぇ!)
左右のペダルとレバーの重みが変わり、気色の悪い感覚に包まれる。
焦っているうちに機体の右腕が吹っ飛んだのだ。
その瞬間右のモニターが真っ暗になった。
他のモニターには先程よりWARNINGの表示が多くなり、機体自体も制御を失いかけている。
機械音声は同じ文言を続けている。
「直ちに脱出してください」
右腕の空気抵抗がなくなったため、機体の姿勢制御が追いつかず、ものすごい勢いで高速回転をし出した。
速度計を見ると、速度は急速に落ち続けている。
そして、フラットスピンに入り、完全に制御を失った。
レバーとペダルをどう操作してもスピン状態から抜け出せない。
何かないかコックピットを見回す…
MAP
そう印字されたスイッチが点滅している。
(スタートアップを完了させてみるか!)
できることはできるだけやる。
兵器にとってスタートアップ未完段階は、システム的に多くの制限がかかっている。
もしかすると、完了させれば新たな手があるかもしれない。
凄まじい高速スピンのGに耐えながらも、ガイドに従ってスタートアップを完了させていく。
MAP起動とともに座標情報取得が自動で行われる。
APGパルスレーダー起動を起動すると、彗星がMAPに表示される。
今までの点滅よりも明らかに早い点滅をしている、IJSと示されたスイッチを押す。
状況把握支援システムIJSが起動し、周囲の情報は一通り理解できた。
「STARTUP ALL COMPLETE」
こんな緊迫した状況にも関わらず、機械音声はずっとテンションを保っている。
このことは、絶望的な状況では少しばかりの励ましになった。
スタートアップが終わった。
とはいえ、支援システム関連ばかりで機体自体に何か変化がある訳ではない。
スタートアップ完了に伴って、姿勢制御システムの制限が解除され、システム側がアシストしてくれてすぐさまスピンから抜け出すことができた。
スピンから抜け出し、モニターで周りの状況を確認すると、弾丸の嵐は止んでいた。
そして、空が目に入った。
先程までの灰色がかった空ではなく、夕焼けで紫色に染まった空だった。
その空を見た瞬間、轟音は耳から離れ、悲しみに包まれる…
仲間達の声が聞こえる。
「イジェクト!イジェクト!」
「ソクラスごときに…あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!」
「熱い熱いあ゙づい゙…」
苦しみに悶え、悲しみ混じりの悲鳴が聞こえる。
仲間だった戦友達の最後の無線だ。
(ごめんな…ごめんなぁ…)
目の前がぼやける。
この幾度も仲間を見送ってきた空は、表情を崩さない。
いつだって高貴で美しく見える。
マンセル...ジュリアン...アルメリオ...イーサン...トッド...
空に憧れ、空に酔い、空に執着した奴ばかりだった。
生きたい…
そう願って逝った仲間達は、この空に眠っている。
あいつらは休めているだろうか...
おれはあいつらの休む場所を守れているのだろうか...
そんな、幻惑の空も一瞬で雲に覆われ、我に返る。
轟音がおれを再び握りつぶす。
レーダーを見ると、ほぼ宇宙空間と言える高度に彗星がいることが知れた。
レーダーで示された方向を見ると、糸のような青白い尾を引いた光とともにかすかに赤い点が見える。
モニター越しに更に拡大する。
胸部の排気口からは煙が上がっており、ガトリングガンの銃口も溶けているようだ。
プラズマ現象が起きるほどの極超音速域では機体の表面温度は5000℃まで上がる。
そんな中で銃撃の温度上昇も加わり、銃身が耐えられるはずがない。
冷やすためにより気温の低い超高高度まで登ったのだろうか。
もしかしたら、案外高速戦闘に疎いのかもしれない。
そんなことを考えながら、おれは急降下して、またもや速度を上げる。
(逃げるが勝ち…かな)
中途半端なスタートアップによって知ることができなかった情報がMAPに統合化・表示された瞬間、おれは幸運だと思った。
MAPには南西300km先に味方防空網があると表示されている。
それもかなり強力なもので、システムによる脅威度判定は71%。
レーダーによって感知された彗星は53%なため、効果はあるはずだ。
とにかくその防空網に入りさえすればこちらの勝ちというわけである。
現在、速度はMach15まで出ている。
流石にもう頭打ちなものの、Mach15もあれば味方防空網までの残りの距離はあっという間だろう。
そんな地獄の中の安心に包まれている頃、今までとは違う警報が鳴った。
「MISSILE INCOMING」
機械音声がミサイルアラートを告げる。
モニターにはMISSILEの飛行予測を示す矢印が5つ表示されていた。
彗星がミサイルを放ってきたのだろう。
MAPを見ると、彗星は既に1kmまで距離を詰めてきていた。
先程と同様、警報まみれで機体はギリギリだ。
少しでも過負荷をかければ自壊する。
(二の舞になってたまるか…!)
だがしかし……
避けることはできない。
当たるしかないのだ。
ならば被害を最小限にするしか方法はない。
高度はある。
速度も十分。
防空網まではあと110km…
彗星のミサイル攻撃によってブースターが使えなくなっても、慣性で十分たどり着ける条件下だ。
理屈は通っている。
(死ぬ…かも…)
結局のところおれは、人間なんだ。
どれだけ最適解を出せても、恐怖は感じる。
戦争を経験する中で、いつも仲間だけが死に、おれだけが生き残ってきた…
死んだ仲間の墓場はこの空だ。
(おれが墓場を守らなきゃ顔向けできないだろうが...!)
戦友達の墓場を他人に荒らさせないという想いと純粋な空への愛が恐怖を消し飛ばし、おれを突き動かす。
……一瞬の迷いの中で決意する。
「何もしなけりゃどうせ死ぬ」
そうおれは呟く。
現実はそうなのだ。
実際、逝った仲間の半数は「迷い」が原因で堕とされた。
一瞬の選択を求められる空戦において迷いは致命的なのだ。
理解したくない事実を理解して、おれは腹を括る。
「空は…おれのもんだ!」
そう自分に言い聞かせ、機体の姿勢をミサイルに対して最も装甲が厚くなるように微調整する。
激しくプラズマを纏った水色の矢が後ろから迫る。
これはすでに理屈の域ではない。
空はおれのもの。
そう喝を入れられるほど空を愛し、逝った仲間を想う漢の執念の上でのみ成り立つ、絶対領域なのだ。
機体が急激に傾く…
そう感じた瞬間、爆発音が轟いた。
一発目のミサイルが当たったのだ。
「警告」
「損傷率92%」
「警告」
「損傷率93%」
左のモニターが消え、正面モニターは酷いノイズに包まれていく。
ミサイルの嵐は続く…
コックピット内は、モニターの光を徐々に失い、警告灯の赤い光で満たされていく。
機体は激しく揺れ、捻り潰さそうになりながらも必死に耐える。
「んぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!!」
「警告」
「損傷率95%」
「警告」
「損傷率97パーセ…ズッザザ…」
ずっと戦況を伝えてくれていた機械音声はただのノイズになり果てる。
途切れることなく聞こえていたエンジン音は、風船の空気が抜けるような情けない音を最後に聞こえなくなり、計器類の指針は振り切れるものもあれば、メトロノームのような動きをするものもある。
コックピット内はあちこちから火花が散り、金属の溶けたツンとした臭いと灰色の煙で充満する。
警告を表示するモニターは、砂嵐が混ざりながらも未だに機体情報を表示してくれている。
脚部全損、右腕信号LOST、左腕損傷率91%、頭部センサーLOST、燃料なし、ブースター出力73%低下…
何ひとつ正常に動作していない。
だが、まだ飛べている。
感覚的に姿勢制御もできているようだ。
ノイズ混じりの正面モニターに映る映像を頼りに、直進する。
(耐えろよぉ…!)
そう言い聞かせ、空の漢の意地を見せる。
…カッコつけられるほど、現実は甘くない。
正面のノイズの入り交じったモニターに青白い光が映る。
溶けた銃身のガトリングガンはもう装備しておらず、武器と言えるものは刀だけなものの、先程よりも煙を吐く量は明らかに多い。
そんな煙に巻かれた彗星は、遠くまで距離を取り、攻撃するには早すぎる刀の振りの構えをする。
何をするつもりだろうか。
頼りない正面モニターで拡大して見ると、何やら刀の刀身が赤熱しているように見える。
(冷やしているのか?)
構えは抜刀する前の構えに似ており、若干伏せ気味だ。
おれは彗星が何をしているのか分からないまま、機体の損傷が酷くならないよう、手動でエネルギーバイパスを行う。
スイッチを押そうとモニターから目を離した瞬間、大太鼓のような音が聞こえた。
モニターを再度確認するも、彗星は構えの姿勢を崩しておらず、何も変化はない。
また、大太鼓のような音がした。
独特の重低音が影響し、機体とおれをビリビリと震わせさせる。
なにかヤバい気がする。
ほとんど壊れているコックピット内で手に入れられる情報を最大限知ろうとした。
だがしかし、何一つ正常に機能していない。
彗星の攻撃に怯えながら必死に考えるうちに大地が見えた。
速度も落ちてきて、地面の詳細が見えてくる。
既に、防空網に到達していたようで、大量のSAMとレーダー設備、格納庫が見えた。
SAMが極超音速ミサイルと思われるものを発射し出した。
射程圏内に入ったのだろう。
…勝ったのだ。
更に滑走路のようなものも見えた。
このまま行けばあそこに着陸できそうだ。
やっと終わる。
そう思った瞬間、全身の力が抜けた。
未だに危ない状況に変わりはないのだが、目の前の安全が天国のように見えたのだ。
SAMの発射したミサイル群は彗星に届き始めている。
案の定、彗星は回避に手一杯になり、煙を吐き出しながら、速度は音速以下となった。
依然として抜刀の構えは崩さない。
しばらくすると、彗星は味方防空網の集中砲火によって、おれの機体の速度よりも遅くなったようで、上手く行けば振り切れそうだ。
繊細に、細心の注意を払って、機体制御をしつつ着陸コースまで辿り着く。
後は静かに機体を着陸させるだけだ。
滑走路を確認すると、バルカン砲が撃っている様子が目に入った。
(おかしいな)
おれの中で不安がよぎる。
バルカン砲などの砲弾兵器は遠距離の標的には向かないのだ。
そんな事を思っていた束の間、正面モニターの端に紅い光が映る。
拡大して見ると...彗星だ。
先程までの構えはもうしておらず、ミサイルと砲弾の雨をもろともせず、まっすぐこちらに刀を突き刺しに来ている。
ほぼ全ての攻撃を無視し、頭部のカメラは砕けているが、それは確かに殺す目でおれをしっかり捉えている。
推進器も正常に作動していないようで、所々小さな爆発を起こしている。
それでもなお、プラズマのベールを孕んだまま突進してくる。
刀は紅に染まり、赤い雷のような粒子が見えたり消えたりしており、見える度に、あの大太鼓のような音が聞こえた。
段々とその紅い雷は激しくなり、彗星は紅の彗星となる。
先程の奇妙な動きはやはり無視していいものではなかった...
(もういいだろぉ…やめてくれよ゙ぉ!)
目の前の希望が一瞬で消された気がして、絶望で埋め尽くされる。
もうブースターは使えない。
自由落下と慣性だけで、天国へ着陸しようとしていた状態で何もできやしない。
(ここまでか…)
今まで何度も絶望してその度に手を打ってきた。
だがもう、成せる術が残っていない。
本当にもう終わるのだ。
少しずつ、血のような紅い光が近づく。
(……)
更に、近づく…
(……)
紅い彗星の刀との距離は、既に1mを切っていた。
「なぁ戦友、今いくぜ」
そう言って空に生きた漢は上を向く。
その漢は自分の運命を受け入れるように笑っていた…
「空だけは...おれのもんだ」
LOG31 END
現座標:01.6S 779.33B アルオン中央司令基地
現状況:NO SIGNAL
現気象記録:原因不明の長期降雨継続中
<あとがき>
この物語に、派手な勝利や英雄的な結末はありません。
描きたかったのは、泥臭い現実的な「戦争」です。
現実の戦争は、映画やアニメで見るように、かっこよく、魅力のあるものではありません。
絶え間ない砲撃、いつ攻撃されるか分からない緊張、自然環境の厳しさ...そういったものによって極度のストレスが常に支配し、人は狂います。
人同士の殺し合いにおいて重要なのは、「頭の良さ」でも「力の強さ」でもなく、実際に人を殺す兵士の「覚悟」が最も大切です。
戦闘における様々な選択の責任は、「覚悟」が支えます。
極限の状況に追い込まれた一兵士が、どのような気持ちでどう選択をするのか...読者に伝わっていると幸いです。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。