魔法少女(格闘タイプ)が平和を守ったその陰で、ひっそりと失業した元幹部さんの新しいお仕事 作:米ビーバー
【アイテム】の仕様を許される【幹部】クラスにはいくつかの権利が許される。
例えば、「めぼしい相手を見繕って自分の専属の部下にする」だとか
例えば、「怪人化した対象を連れて帰って飼っても良い」だとか
例えば、「子飼いの怪人が立てた功績は飼い主のもの」だったりとか。
思えば、最初自分の上司だったキャリアウーマンは俺をいずれ怪人化してペットにするつもりだったのかもしれないし、後の上司の糸目男は、俺を幹部見習いとしつつもアイテムを渡して放任してたので、「功績を挙げれば自分のもの。功績が無ければそれを理由にアイテムを取り上げて降格」くらいのノリだったのかもしれない。
―――なんてことを、“無職”になりたての頃、ぼんやりと現実逃避して考えていた……
「ア……ぁ……」
目の前でぐらりと倒れる様子の女性。有馬朱満乃と名乗っていた女性を前に、身体が先に動いていた。一足で距離を縮めてぐっと踏ん張りを聞かせて肩で受け止め、両足と腰で支えてゆっくりとソファに寝かせる。
―――無理もないよなぁ。と独り言ちる。
ポケットの中で隠すようにして“銀色の棒”を握りこむと、目の前に広がったのは、真っ黒に染まりかけた有馬さんの姿。
この、“なんか虹色の鍵が飛び出る銀色の棒”には、3つの【効果】がある。
1つは、「対象の【心の闇=表に出せない欲望】を解放する」効果。
1つは、「【心の闇】を解放して纏うことで怪人化した対象に命令できる」効果。
そしてもう1つ―――この“鍵”の3つ目の効果は【鍵を使うべき相手の“抱えている闇”の大きさを視認できる】という効果である。
【心の闇】というのはいわゆるところの「フラストレーション」のさらにヤバいバージョン。というものだと、かつての俺は社内講習会で元上司だったキャリアウーマンから聞いていた。
【心の闇】を抱えて生きている人間は、いずれ自分の内側に抱え込んだ【闇】に飲まれ、心も体も病んでしまう。身を病んだものの行きつく先は、ボロボロになって倒れて死ぬだけ。
だから我々『ペスメーノス』は、それを事前に引きずり出して暴走させることで、結果的にその人間が死なないようにしている。故にこれは「人助け」なのだ。と―――
―――入社前まで「すげー!かっけー!!」と心から信じていた時期が、俺にもありました。
よしんばそれが真実だとして、『怪人化した人間を欲望のまま暴れさせて戦力に組み込んで勢力を拡大させて支配地域を増やしていく』という方法を取る組織が、真っ当な組織のはずがないのだ。
―――それはともあれ(閑話休題)
目の前にはソファに横たわって呂律が回っていない有馬さん。どう考えてもこのまま放置しておくとヤバいことになるのはわかり切っている。その上さらに問題のある事実―――
―――救急車を呼ぶとして、このビルの正確な位置もわからんし、通報によって住所不定無職の俺が警察のお世話になりかねないという事情―――!!
割かしシャレになっていない事情もあり、通報の選択はナシ。
となるともう残りは一つしか残っていない。
俺はひとまず礼儀として、瞳が揺れている様子から意識がまだ健在だと判断した有馬さんに「ごめんね」と一言謝って
―――“銀色の棒”を取り出した。
棒に反応して、有馬さんの身体を覆うような有様の【闇】が、身体の上に集中して球体状になって浮かびあがる。
うぉ……でっか(感嘆)
有馬さんの体格が成人女性の平均身長かややそれ以下くらいとして体を覆う程度ならさほどでもないとたかをくくってた部分はあるが、それを鼻で笑って来るレベルで巨大な球体が有馬さんの身体の上にどどんと控えていた。
一瞬、流石にこれは無理じゃね?という予感が胸をよぎったが……
「―――その【闇】を、【曝け出せ】―――!!」
一瞬の迷いなどどこ吹く風で“鍵”を差し入れていた。放置しても何にも解決しない以上、どうにかするしかないからだ。
ドロリ と、熱したラクレットチーズのように、差し込んだ切り口部分から溶け出した【闇】が溢れ始めた。少し焦りはしたが、胸元から“匣”を取り出す。
ポケットサイズの“匣”ではあるが、こいつの中はドラ〇もんのポケットのように、見た目以上に入るようになっている。とはいえ、容量に限界はあるけれど。
ドロドロと溶けだした【闇】を“匣”にずるずると吸い込ませながら、斃れたままの有馬さんを見ると、顔色はやや回復している様子で、肌に朱が差しているように見えた。どうやら体温が戻りつつあるようで、安心した。
―――ごぼっ と、ちょっと絶望的な音がした。
「えぇ……!?」
“匣”の上部分から注ぎ入れていた【闇】が、“匣”の上から溢れた。
ウッソだろオイ……!闇落ち不可避のヤンデレ娘の欲求を呑み込んでまだ余裕があるくらいの容量のはずなんだが……!?
困惑する間にも【闇】は溢れ出し、“匣”の上から零れた【闇】が腕に纏わりつき始めた。
「―――うわっ!!」
短く悲鳴を上げて思わず“匣”から手を離すと、“匣”は自由落下して床に落ちてカラカラと転がっていく。一応上蓋部分は自動でロックされているため、容量限界より溢れた分が抜けた“匣”は、内部の【闇】を零さないまま床の上を転がって行った。
次の“匣”を取り出そうとするも、それよりも先に【変化】が始まった。
真っ黒いゲル状の液体に変化した【闇】は、真下に居た有馬さんを「どぷん」と呑み込んだ。かつて、キャリアウーマンの下で候補生をやってた時、幹部見習いとして昇格してから組織が物理的に潰れるまでの半年間の前半3か月くらい。
“この状況”を腐るほど見て来た。
本来、『その闇を、曝け出せ』により溢れ出した【闇】はこんな風に持ち主の身体に纏わせることで【怪人化】するのが正しい使い方である。【心の闇】つまるところ【欲望】が暴走した状態になる【怪人】は、己の心の裡にある欲望に“全力で正直になる”。
例えば、「ダイエット中で食事制限をしているけれどもっといっぱい食べたい」という状態の人を怪人化すると、怪人状態で料理の臭いを嗅ぎつけて全力でそこに向かい、心の赴くまま食いまくる。だとか、「嗚呼……それにしても、金が欲しい……ッ!!」という状態の人を怪人化すると、銀行や現金輸送車、果ては金を溜め込んでそうな場所を手当たり次第に襲撃して現金を奪っていく。なんてオチになるのだ。そういうのを止めようとやってくるのが【魔法少女】なのである。
逆説的に言うと、今の状況は本当に拙い。
【怪人化】した有馬さんは、目の前にあったクソデカ欲望に従い、盛大に暴れまわるだろう。
そうなると、間違いなく【魔法少女】が現れる。
そして【魔法少女】は怪人を倒すだろう。ここまでは別に良い。
―――『ペスメーノス』が物理的に潰れたのに怪人が現れている=残党がまだ街で暗躍している。という結論に達するのは火を見るより明らかだ。
(一先ず、彼女の目的を確認。その上で、欲望の解消が容易に出来そうなら、可能な限り大人しく、騒ぎにならないように行って、出来れば自然に消滅する感じの終わり方を―――)
脳内で目まぐるしく思考を回転させて状況打開の方法を検索していた俺は、突然ドンと衝撃を受けて、ソファの上に転がされていた。胸元を押された、と気づいた時には、そのすぐ目の前に【真っ黒な全身ラバースーツ姿の有馬さん】が立っていた。じろじろと俺の様子を見下ろすような視線で眺めていた有馬さんは、不意に手を合わせ―――
「いただきまぁす」
―――あ。食われる。と思った時にはもう既に、腰のあたりをがっしりと両手で捕まれ逃げる選択肢を奪われていた。
≪ アイキャッチ ≫
ふーーーーっ すーーーーっ
現在絶賛股間に顔を埋めて深呼吸を続けておられる怪人有馬さん。逃げようにもがっしりと両手が脇腹から腰に掛けてを掴んでロックされている。上気した熱っぽい顔で鼻息荒く深呼吸しているのを見るとこう、逆に萎える。
見た目は悪くないのだ。今も太腿のあたりに柔らかく温かい感触が押し付けられている。だが何というか……今のこの状況にものすごく冷静に思考している自分がいる。
【怪人】になった場合、大体の場合は【欲望を誇大解釈して行動する】ようになる。例えばダイエットしていて痩せようとする意志と裏腹に「空腹で美味しいものを食べたい」という欲求を解放した場合、【何を置いてもとにかく美味しいものを視覚聴覚嗅覚で感じ取って最短で駆け抜け、食い尽くす】ようになる。
―――だというのにこの目の前の怪人は、ただ股間に顔を埋めて深呼吸しながら発情してるだけ。端的に言っておかしいのだ。甘ったるい独特の臭いが充満しているのが鼻孔にこれでもかとパンチを叩きつけてくるのと、さっきからむき出しのコンクリの床の上で水音が凄まじいので、蛇口をひねったみたいにドバドバ漏らしてるんだろうと容易に推測が出来た。が、それだけなのだ。
【発情しているのに、行動に移さない】
その二律背反が謎過ぎた。
ガチンッ
不意に、金属音がした。
「ふ――――ッ ふーーーーッ 」
鼻息荒く股間に顔を埋めていた怪人有馬さんが、ズボンのファスナー部分を口で咥えて下ろそうとしているような動きを見せている。が、そもそもこういうのは上手にできる方がレアケースだし、社会の窓()部分に限らず、ファスナーは使われているか使われていないかで開閉運動の難易度が変わるのでそれほど使われていないファスナーは思ったように開けないらしく、口で咥えていたファスナーがその都度外れて金属音を立てているようだった。
―――なんだろうか……このありえない違和感は……?
俺は……何を見落としている―――?
1人思案に沈んでいる間も、荒い息使いと口でファスナーを開けようとする怪人有馬さんの行動は続いている。両手で俺の身体をロックしているのを片手にして、手でチャックを開ければいいだろうし、何だったら、怪人のパワーならズボンの一つや二つ、噛みちぎってズタズタにして肌かに剥けるだろうに……
ちらりと下を見下ろすと、こちらを上目使いで見上げている怪人有馬さんのぎょろっとした目とバッチリ目が合った。
―――こちらを見上げてくる熱に潤んだその瞳に、俺はある「仮説」に行きついた。
次回、有馬さん編完結(R18)