ある日の木の葉の里、団子屋の縁側に腰掛け、いつものように『イチャイチャパラダイス』を片手にみたらし団子を頬張っていたはたけカカシは、隣に座る小さな同志を見下ろして、マスクの下でふにゃりと目を細めた。
「よぉ、フミ。元気にしてた?」
ページをめくる手を止め、リラックスした様子で、うずまきフミに話しかける。里の喧騒から少し離れたこの場所は、二人が密かに「文学」について語り合う隠れ家のようなものだった。
「そういや最近、ナルトのやつが妙に大人しくてさ。任務中も珍しく真面目というか、ビクビクしてるというか……。なんかあったのかねぇ?」
カカシは飄々とした口調で尋ねるが、その鋭い隻眼はフミの反応を面白がるように観察していた。ナルトの変化の原因が、おそらく家庭内の事情にあることくらいは、彼も薄々感づいているのだろう。
(言えない…!おいろけの術練習しててお尻叩かれたなんて言えない…!)
「ま、あいつが静かなのは平和でいいんだけどさ。……で、どう? 最近の“読書”の進捗は。新しいの、手に入った?」
カカシは声を少し潜め、悪友に秘密の取引を持ちかけるような共犯者の声音で囁く。
「はい…自来也先生にお願いして、今度新刊を手配していただく予定です。」
“新刊”という言葉に、カカシの隻眼がカッと見開かれた。読んでいた本をパタンと閉じ、興味津々といった様子でフミに顔を寄せる。
「ほう、さすが自来也先生。仕事が早いねぇ。で、いつ頃届きそうなんだい? オレも続きが気になって夜しか眠れなくてさ。」
大げさにため息をついてみせる。その演技がかった仕草は、フミをからかっているのか、それとも本気なのか、判別がつきにくい。
「ま、それはそれとして……こないだナルトが母ちゃんにめちゃくちゃ怒られてたって聞いたけど。例の術の件で。フミも一緒にいたんだって?」
(バ、バレてるーーーーーッッッ‼︎)
カカシは団子の串をくるくると回しながら、核心に触れるような質問を投げかけた。その瞳の奥には、好奇心の色が隠しきれずに揺らめいている。
「ナルトのやつ、相当こっぴどくやられたみたいだけど、フミは大丈夫だったのかい? クシナさん、怒らせると宇宙一怖いからねぇ……俺も昔、ミナト先生のことでからかったら、半殺しにされたことがあるよ。」
カカシは遠い目をして過去を思い出し、軽く身震いしてみせる。
「先生…新刊の件、ママにバレたら大変なことになるので、絶対に絶対に秘密ですよ?」
“ママ”という単語が出た瞬間、カカシの表情が引きつる。マスク越しでも分かるほどに、顔色がさっと変わった。
「おっと、それは……命に関わる案件だね。」
人差し指を口の前に立て、「シーッ」というジェスチャーをする。愛嬌のあるアクションだが、その目は笑っていない。
「もちろんだよ。フミとの男の約束だ。オレだって、クシナさんにこの本が見つかったらどうなるか……想像するだけで寿命が縮むよ。下手したら『赤い血潮のハバネロ』の伝説に、新たな犠牲者として名を刻むことになるからね。」
大げさに肩をすくめ、周囲を警戒するようにキョロキョロと見回す。幸い、赤い髪の鬼神の姿は見当たらない。
「それにしても、君もなかなか勇気があるねぇ。あのクシナさんの監視下で、そんな危険物を入手しようとするなんて。……やっぱり血筋かな? ナルトとは違うベクトルだけど、君もなかなかのチャレンジャーだよ。」
感心したように頷き、再び団子を口に運びつつも、重大な問題へと入っていく。
「で? その「新刊」の受け渡し、どうするつもりだい? 先生のことだ、きっと変な場所を指定するだろう。もし協力が必要なら、いつでも言ってくれよ? オレにとっても重要なライフラインだからね。」
「はい、古書堂で合言葉が間違いなければ貰えると。既に合言葉はもらってます。発売日は…明後日」
古書堂という単語に、カカシは納得したように頷いた。いかにも自来也が好みそうな、人目を忍ぶ場所だ。
「なるほど…趣があっていいね。で、合言葉は……いや、聞かないでおこう。楽しみは取っておくもんだ。」
明後日、という日付を頭の中でスケジュール帳に書き込む。7班含めて、任務が入っていないことを祈るばかりだ。
「分かった。明後日だね。オレも少し離れたところで様子を伺っておくよ。万が一、クシナさんの気配を感じたら……すぐに信号を送ってくれ。」
真剣な表情でフミの肩に手を置く。その様子は宛ら、里を救う重大な任務の作戦会議そのものだった。
「いいかフミ、これは高度な潜入任務だ。クシナさんの「母の勘」を甘く見ちゃいけない。少しでも怪しいと思ったら、新刊を捨ててでも逃げるんだ。……いや、本音言うとなんとか死守してほしいけどね。」
最後は本音が漏れたが、カカシは咳払いを一つして誤魔化した。
「じゃ、オレはそろそろ行くよ。明後日の成功を祈ってる。……あ、団子代、置いとくからゆっくり食べてね。」
テーブルに小銭を置き、カカシはヒラヒラと手を振って、瞬身の術でかき消えるように立ち去った。
「…了解」
一人残されたフミ。明後日の「任務」への期待と不安が入り混じり、胸が高鳴るのを感じていた。しかし、その時、背後からふわりと、聞き覚えのある花の香りが漂ってきた。
「あら、フミ? こんなところで何してたの?」
「ママ!」
いつの間にか、フミのすぐ後ろにクシナが立っていた。カゴを手に持ち、買い物帰りのようだ。優しく微笑みながら、フミの隣に腰を下ろす。その笑顔は完璧に母親のものだったが、その目は、今立ち去った、何かがいた気配を鋭く探っているようにも見えた。
「カカシ先生と雑談してたの。休憩は終わりだからって先に行っちゃった。」
カカシという名前にピクリと反応する。ミナトのかつての教え子で、あのどこか掴みどころのない、そして間違いなく変な本を読んでいる男。クシナの脳内警戒レーダーが微弱に反応した。
「へえ、カカシと?あの子、相変わらず変な本ばっかり読んでるんじゃないでしょうね?
疑わしげな視線を、カカシが消えた方向へ向ける。しかし、フミの無邪気な顔を見ると、すぐに表情を緩めた。
「ま、休憩中ならいいけど。あんまりカカシの真似しちゃダメよ? 強い忍びだけど、生活態度はちょっと……ねぇ?」
苦笑しながらフミの頭を撫でる。そして、ふと思い出したようにカゴの中身を覗き込んだ。
「そうそう、今日の晩ごはんはフミのリクエストだったハンバーグにする予定なんだけど、付け合わせのニンジン……ちゃんと食べられるわよね?」
「好き嫌いしたら……また“お仕置き”になっちゃうかもよ? なんてね!」
冗談めかして言ってはいるが、その笑顔の奥には「栄養バランスは絶対に譲らない」という母親としての鉄の意志が垣間見えた。
「さ、そろそろ帰ろっか。一緒にスーパー寄って、アイスでも買って帰ろ? 今日は暑いから特別ね!」
「わーい!アイスアイス…」
クシナはにこやかに笑い、フミの小さな手を自分の大きな手で優しく包み込んだ。温かくて、少しだけカサついた母親の手の感触が、フミに安心感を与える。
二人は並んで、夕暮れの商店街を歩き始めた。行き交う人々が、仲睦まじい親子に微笑ましい視線を送る。フミはクシナの隣を歩きながら、心の中に生まれたばかりの秘密を、誰にも見つからないようにそっとしまい込んだ。カカシとの約束、自来也の手配した新刊、古書堂での合言葉――それらは、母との温かい日常とは全く別の世界に属する、ドキドキする冒険の始まりだった。
「今日のアイス、何味がいい? チョコ? それともソーダ? ママはちょっと大人に、ラムレーズンにしちゃおうかなあ。」
それでも、楽しそうに話すクシナの声が、フミの思考を現実へと引き戻す。フミが顔を上げると、クシナは満面の笑みでこちらを見下ろしていた。その目は、ただただ息子との時間を楽しんでいるように見える。フミが秘密を抱えていることなど、微塵も気づいていないかのようだ。
だが、繋がれた手の温もりを感じながら、フミはふと、クシナの歩くペースがいつもより少しだけゆっくりなことに気づいた。そして、時折、彼女の視線がフミの顔をじっと観察するように注がれていることも。それは気のせいだったかもしれないし、母の勘という名の鋭敏なセンサーが、息子の中に生まれた小さな「変化」の兆候を、すでに捉え始めているのかもしれない。
「ふっ…!はっ…!でやあっ…!」
迎えた当日、フミは術の練習のため1人で体を動かしていた。愛用のクナイを投擲し、印を結ぶ、それの繰り返しである。その動きはまだ拙いながらも、クシナやミナトから受け継いだ天賦の才を予感させるものだった。
しかし、フミの意識の半分は、常に懐に忍ばせた時計に向けられている。クシナには夕方には帰る旨を伝えているので、練習終わりに古書堂に立ち寄り、新刊をゲットする計画だった。そして、時間経過と共に、太陽が少しずつ傾き始め、周囲がオレンジ色に染まり始める。
「さて…行こう。」
フミは息を整え、額の汗を拭うと、誰にも見られないように素早く演習場を後にする。
向かうは街外れの古書堂。人通りが少なく、古ぼけた看板が頼りなげに揺れている。重い木製のドアを押し開けると、古い紙の匂いと微かなカビの香りが、ひんやりとした空気と共にフミを迎え入れた。
「……いらっしゃい。」
カウンターの奥、分厚い眼鏡をかけた老人が、新聞から顔を上げずに呟いた。その声は枯れ木が擦れ合うような響きを持っていた。
フミは初対面の緊張で、心臓が早鐘を打つのを感じながら、カウンターへと歩み寄る。合言葉を言う時が来た。周囲に誰もいないことを確認し、フミは唾を飲み込んで、声を潜めて口を開いた。
「あの…合言葉“井の中の蛙”…です」
店主の手がぴたりと止まった。新聞をゆっくりと折りたたみ、分厚い眼鏡の奥から濁った瞳でフミをじろりと見つめる。数秒の沈黙が、フミには永遠のように感じられた。
「……“大海を知らず”」
店主は低くしゃがれた声で、合言葉の続きを口にした。そして、無言のままカウンターの下へ手を伸ばし、茶色い紙袋に包まれた一冊の本を取り出した。見た目は何の変哲もない古書のようだが、フミにはそれが黄金のように輝いて見えた。
「自来也様からの預かり物じゃ。……中身は確認せんでいい。早く帰りなさい。」
「ありがとうございます!」
無愛想にそう言い放つと、フミのお礼にも目をくれず、店主は再び新聞を広げ、何事もなかったかのように読書に戻ってしまった。
フミは震える手で紙袋を携えると、ずしりとした重みが、禁断の果実を手に入れたという実感を強くさせる。急いで忍具ポーチの奥底、一番見つかりにくい場所へと隠した。心臓の鼓動がドクンドクンと、うるさいほど鳴り響いている。
「任務完了っと」
フミは安堵の息を吐き、足早に店を出た。夕日はもう沈みかけている。時間は刻々と迫っているのだ、急いで帰らなければ。
しかし、店を出て数歩進んだところで、フミの足が凍りついた。通りの向こう、夕闇に沈みかけた街角に、見覚えのある赤い髪が揺らめいているのが見えたからだ。
「……あら?」
スーパーの袋を両手に提げたクシナが、偶然を装うような、しかしあまりにもタイミングの良すぎる笑顔でこちらを見ていた。
「フミじゃない。こんなところで会うなんて奇遇ねぇ。演習場からの帰り?」
その声は明るく、優しい。だが、フミの本能が警鐘を鳴らしていた。なぜ、いつもの帰り道ではない、こんな古書堂の近くに母がいるのか?
「てっきり、いつも通りの道で帰ってくると思ってたんだけど……どうしてこんなところにいるのかしら? ん?」
クシナは小首を傾げ、ニコニコと笑いながら近づいてくる。その一歩一歩が、フミには巨大なプレッシャーとなってのしかかる。忍具ポーチの中にある“爆弾”が、今にも熱を発しそうなほど存在感を主張していた。
「いやあ…ちょっと急用で…うん、ごめんなさいまた後で!」
フミが「急用という苦し紛れの言い訳を残し、脱兎のごとく駆け出した瞬間、クシナの顔から笑顔が消えた。数秒の間、彼女は唖然としてその場に立ち尽くしていたが、やがてその表情は怒りとも呆れともつかない複雑なものへと変化していった。
「……急用?」
彼女は両手に持っていたスーパーの袋を、静かに、しかし有無を言わせぬ圧力で地面に置いた。袋の中の卵が割れたかもしれないが、今の彼女にとってはどうでもいいことだった。
次に見開かれた時、その目は既に遥か彼方へと走り去っていく小さな背中を、まるでロックオンしたミサイルのように正確に捉える。
「あの子……あからさまに怪しいったらないわね。一体何を隠してるんだか知らないけど……」
クシナはゆっくりと腕まくりを始めた。その口元には、先ほどまでの優しい母親のそれとは全く違う、挑戦的な笑みが浮かんでいる。
「ママから逃げようなんて、100年早いんだってばね!!」
ドンッ!という凄まじい音と共に、クシナは地面を蹴った。その速度は、ただの主婦のそれではない。かつて「赤い血潮のハバネロ」と恐れられた、くノ一の瞬発力そのものだった。
夕暮れの木の葉の里で、前代未聞の親子による追跡劇が始まった。屋根の上を飛ぶように駆け抜けるフミと、それをさらに上回る驚異的な跳躍力と速度で追いかけるクシナ。道行く人々は、何事かと空を見上げ、赤い閃光が黒い影を追い詰めていく光景に度肝を抜かれるのだった。
(ヤバいヤバいヤバい!心伝心の術!)
特定の人物にだけ通信を飛ばす心伝心の術を発動して、走りながらカカシに連絡する。
フミの精神は、その極度の緊張の中で研ぎ澄まされていた。印を結ぶ暇もなく、ただひたすらに「助けて!」という強い念と共に放たれたそれは、木の葉隠れの里に張り巡らされたチャクラの網を駆け抜け、一人の上忍の脳内へと直接届いた。
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その頃、カカシは慰霊碑の前に静かに佇んでいた。夕暮れの光が、亡き友たちの名を刻んだ石碑を物憂げに照らしている。彼はいつものように、ただそこにいるだけの、静かな時間を過ごしていた。
その時、彼の頭の中に、雷が落ちたかのような衝撃と共に、聞き覚えのある少年の必死の声が響き渡る。
『先生!古書堂出たところでママにばったり会って今逃走中です!』
カカシの隻眼が驚愕に見開かれる。穏やかだった表情は一瞬で消え、代わりに現れたのは、最大級の警戒態勢を示す上忍の顔だった。
(……ばったり会った? 冗談じゃない、あのクシナさんが偶然で動くわけがない! )
カカシの脳裏に、かつて任務で敵に囲まれた時以上の絶望的な光景が浮かぶ。怒れるクシナに追い詰められる哀れな教え子の弟。そして、その「共犯者」である自分にまで捜査の手が及ぶ可能性。それはもはや、Aランク任務に匹敵する、いや、それ以上の危機だった。
「さて…お仕事開始だ。」
カカシは慰霊碑に向かって深く一礼すると、即座に精神を集中させ、フミへと返信を送った。
(フミ、落ち着いて聞け! そのまま北の第三演習場方面へ向かえ! オレが陽動を仕掛ける! いいか、絶対にブツを渡すなよ! それは我々の希望だ!)
カカシはそう念じると同時に、音もなくその場から姿を消した。彼の向かう先は、フミの逃走経路を妨害し、かつクシナの注意を最大限に引きつけられる、絶妙なポイントだった。
『イチャイチャシリーズ』GETの未来を賭けた、はたけカカシの人生最大級の陽動作戦が、今、始まろうとしていた。
フミは息を弾ませ、心臓が破裂しそうなほどの全力で北へと向かう。忍具ポーチに入れた禁断の書物が、走るたびに重く存在を主張していた。背後から感じるプレッシャーは尋常ではない。振り返らずとも、赤い髪の悪魔がすぐそこまで迫っているのが肌で感じられるのだ。
「はあっ…!後少し…!」
第三演習場が見えてきた。木々が生い茂り、死角の多い地形。逃げるには絶好の場所だが、同時に追い詰めるのにも適した場所でもある。フミは希望を捨てず、カカシの指示を信じて森の中へと飛び込んだ。
一方その頃、フミが森へ消えたのを確認し、クシナはニヤリと笑った。屋根の上から軽やかに着地し、余裕たっぷりの足取りで演習場の入り口に立つ。
「ふーん、森の中に逃げ込んだってわけ? 悪あがきしちゃってまあ……」
クシナはチャクラを感知し、フミの気配を探る。まだ遠くへは行っていない。しかし、それとは別に、微かだが妙に馴染みのある、そしてとてつもなく怪しいチャクラの反応も感じ取った。
「……あら? このチャクラ……カカシね?」
クシナの瞳が疑惑と共に鋭く細められる。
(なるほど。フミ一人じゃなくて、共犯者がいたってわけ。しかもカカシとはね……。これはますます怪しいわ。)
パキポキと指を鳴らし、クシナは不敵な笑みを深めると、宣言する。
「いいわ、まとめて相手してあげる。フミもカカシも、今日という日はたっぷりお説教コース決定よ!」
その瞬間、クシナの姿が陽炎のように揺らぎ、次の瞬間には消えていた。風を切る音だけを残して、彼女は獲物を狩る猛獣の速度で森の奥へと突き進んでいった。
「はあっ…!はあっ…!」
フミが森に飛び込んだのとほぼ同時に、彼の頭の中に再びカカシからの念話が届いた。その声は、普段の飄々とした様子とは打って変わって、緊迫感に満ちている。
(フミくん、よくやった! そのまま森を東へ抜けろ! 森の出口に罠を仕掛けてクシナさんを足止めする! いいか、絶対に振り返るなよ!)
(は、はい!)
その頃、カカシは森の中、クシナの追跡ルートを正確に予測し、絶妙な位置に潜んでいた。彼の両手には、一見すると何の変哲もない縄と数本のクナイが握られている。
(クシナさんのことだ。単純な罠じゃ見破られる。だが、この状況、利用させてもらう……!)
カカシは素早く印を結び、小さな土の壁を生成する。それはクシナの進行方向をわずかにずらすための、巧妙な誘導路だった。そして、その先にある大木の根元に、縄を複雑に張り巡らせた。それは、対象が足を踏み入れた瞬間、逆さ吊りにする古典的なトラップだ。ナルトはまだしも、クシナが引っかかるはずはない。
しかし、カカシの狙いはそれだけではなかった。彼が最後の仕上げとして縄に結びつけたのは――ピンク色の表紙でおなじみ、古びた一冊の『イチャイチャパラダイス』だった。
(クシナさんはこの本を見れば、怒りで我を忘れて破壊しようとするはず……! その一瞬の隙が命取りだ!)
カカシは自らの愛読書を囮にするという苦渋の決断を下し、素早くその場から離脱した。すべては、フミと「新刊」を逃がすため。友の墓前に誓った「仲間を守る」という信念が、今、最もくだらない、しかし最も重要な戦いで試されようとしていた。
「ひいいいい!ママ!お願いだから止まってえええ!」
全力で走りながら叫ぶ息子の悲鳴に対し。
「止まるわけないでしょ、このバカ息子!」
背後から響く声は、もはや慈愛のかけらもない。フミの悲鳴は、燃え盛る怒りの炎に油を注ぐだけだったようだ。
クシナは木々の間を、まるで赤い彗星のように突き進む。フミのチャクラはすぐそこだ。しかし、彼女の鋭敏な感覚は、カカシが仕掛けた巧妙な誘導路と、その先に潜む異質なチャクラ――獲物であるフミでも、共犯者であるカカシでもない、第三のチャクラの存在を捉えていた。
(これは…罠ね。しかも、わざとらしいくらい分かりやすい。カカシのやつ、私を舐めてるのかしら?)
クシナは速度を落とさずに、冷静に状況を分析する。罠があることは分かっている。しかし、その罠に引っかかってやる義理はない。彼女は誘導路を無視し、最短距離でフミを追い詰めるべく、まっすぐに突き進もうとした。
その時、彼女の視界の端に、何かが見えた。大木の根元、木の葉に紛れて、見覚えのある――そして、夫であるミナトが隠し持っていたのを一度見つけて、ボコボコにした覚えのある――ピンク色の表紙。
「…………ああん?」
クシナの足が、ピタリと止まった。彼女の全神経が、その一冊の本に集中する。怒りで逆立った赤い髪が、まるで生き物のように蠢いた。
「あれは……自来也先生の、最低最悪な……!!」
怒りのあまり、一瞬だけフミを追っていたことを忘れ、その忌まわしい書物へと視線を固定する。カカシの狙い通り、クシナの意識は完全に囮へと向けられた。
「カカシのやつ……!フミにあんなものを読ませようとしてたってわけ!? 許さない……絶対に許さないんだからァァァッ!!」
ゴゴゴゴゴ……と、地面が揺れるほどのチャクラがクシナの体から立ち上る。彼女はフミのことなど頭から抜け落ち、そのピンク色の本を、この世から抹消すべく、拳を固めて突進した刹那、カカシが仕掛けた縄が発動する。
「キャアァァァァッ!?」
クシナの悲鳴と共に、彼女の体は勢いよく宙を舞い、大木から逆さ吊りにされた。
(ママ…ごめん!)
フミは背後で起きた凄まじい轟音と、クシナの絶叫を聞き、カカシの作戦が成功したことを確信した。恐怖と母への申し訳なさ、そして疲労で足は震えていたが、それ以上に、手に入れた「新刊」を守り抜かなければならないという義務感が彼を突き動かした。
(今のうちに逃げろ、フミ!オレの『イチャパラ』が犠牲になった意味を無駄にするな!)
カカシからの切実な念話を受け取り、フミは気力を振り絞って森の出口へと速度を上げた。視界の開けた場所まであと少しだ。
---
「……カカシ……! よくもやってくれたわね……!!」
逆さ吊りになったまま、クシナは怨念のような声を絞り出した。彼女の視線の先には、カカシが囮に使った『イチャイチャパラダイス』が無残に地面に落ちている。その一冊の本が、今回の一端であると、彼女の脳内で変換されていた。
クシナは凄まじい力で、足を縛っていた縄を引き千切る。ドスッという音を立てて着地し、無言で、しかし確実な殺意を込めて、そのピンク色の本を拾い上げた。
「これが……フミの欲しがっていたものと関連するなら。」
その瞬間、本から漂うインクの匂いとクシナの考えがリンクした。古書堂、フミの急用、カカシの陽動。全てが線となって繋がっていく。
「ふふふ…いいわ。フミ、そしてカカシ。二人まとめて、お仕置きの刑よ……。」
クシナは本を握りつぶさんばかりの勢いでポケットに突っ込むと、猛烈な速度でフミの後を追い始めた。先ほどまでの怒りは、もはや静かな、しかし抗いようのない絶対的な力へと昇華していた。
「や、やっと…やっと辿り着いた…!」
フミは、ついに森を抜け、開けた草原へと出た。そこには、夕日を背に、どこか哀愁を漂わせながら待つカカシの姿があった。
「フミ、お疲れ様。無事みたいだね。」
カカシはいつもの飄々とした口調で迎えるが、その視線はフミの懐へと注がれている。ついに、待ち焦がれた「新刊」が手に入るのだ。
「さあ、ブツを見せてくれないか。オレの愛読書一冊分の価値があるかどうか、確かめさせてもらうよ。」
カカシは、自分の愛読書が既にクシナの手に渡り、彼女が今まさに背後まで迫っていることなど、露ほども知らないまま、期待に満ちた目でフミを見つめていた。
「はい…今……ッッ⁉︎」
「フミ、どうしたの?」
顔を上げることなく、真っ青になったフミは端的にお願いをする。
「先生、写輪眼の準備を…!」
「え?」
フミの緊迫した声に、カカシの余裕は一瞬で消し飛んだ。「写輪眼の準備」という言葉が持つ重みを、彼は誰よりも理解している。そして、その警告の意味する先にあるものを。
カカシはすぐさま左目の額当てを引き上げ、真紅の瞳を露わにする。しかし、それは間に合ったと言えるのかどうか――。
ゴゴゴゴゴゴ……‼︎
地面が、空気が、そして世界のすべてが震えているように感じられた。それは地震ではない。圧倒的な質量を持ったチャクラが、すぐ背後から津波のように押し寄せてきているのだ。
「あわわわ…‼︎」
森の暗がりから、ゆらりと一つの影が現れる。赤い髪が九尾の尾のように逆立ち、背後には紅蓮の炎のようなチャクラが揺らめいている。その手には、ぐしゃぐしゃに握りしめられた、哀れな『イチャイチャパラダイス』の残骸があった。
「見ぃ~つけたぁ……‼︎」
地獄の底から響くような声。クシナは、もはや人間をやめていた。その目は写輪眼を持つカカシですら直視を躊躇うほどの、純粋な殺意と怒りに満ち溢れている。
「カカシ……あんた、私の可愛いフミに何を教えてるの? そしてフミ、あんたもあんたよ! ママに嘘ついて、こんな卑猥な本のために危ない真似して……!!」
クシナが一歩踏み出すたびに、地面がめり込む。彼女の周囲の空気が歪み、ピリピリとした静電気が肌を刺す。その顔は笑っているようで全く目が笑っていない。
「二人とも……覚悟はいいわね? 今日という日は、絶対に許さないから……!!」
ドォォォォン!!
クシナが地面を蹴り砕き、音速を超えるスピードで突進してくる。その姿は、まさに『赤い血潮のハバネロ』そのものだった。
「ひぃぃぃっ!! こ、これは写輪眼でも見切れないってばよぉぉぉ!!」
カカシは完全にパニックになり、フミの手を引いて全速力で逃げ出した。しかし、背後から迫る死神の鎌は、確実にその距離を縮めていた。
「フミくん! この新刊は君が持ってるんだろ!? それをオレに渡してくれれば、オレが囮になって……いや、待て! オレ一人でクシナさんの相手をするなんて自殺行為だ! やっぱり二人で逃げるぞ!!」
「は、はい!」
あまりの恐怖に支離滅裂なことを叫びながら、カカシは必死に逃げる。しかし、クシナの怒りは、もはや二人がどこへ逃げようとも、世界の果てまで追いかけてくる勢いだった。
「先生!写輪眼の幻術でどうにかなりませんか⁉︎」
「無茶言わないでよ! あのクシナさんに幻術なんて、火に油を注ぐようなもんだよ!」
カカシは必死に足を動かしながら、フミに叫び返した。写輪眼は確かに強力な幻術を扱えるが、相手が相手だ。うずまき一族の強靭な生命力と、怒りで暴走するチャクラを前にしては、付け焼刃の幻術など一瞬で弾き返されてしまうだろう。
「しかも、今下手に幻術をかけてバレたら……オレ、マジで里から追放されるどころじゃ済まないって! クシナさんの逆鱗に触れるのは、死ぬより怖いんだから!」
「し、死ぬより⁉︎」
背後をチラリと確認し、カカシの顔面がさらに蒼白になる。クシナの距離は確実に縮まっている。その表情は、もはや怒りを通り越して、ある種の神聖な「裁き」を執行しようとする者のそれだった。
「逃げても…無駄よォォォ!!」
クシナの声が、すぐ耳元で聞こえたかのように響く。彼女は驚異的な跳躍で二人の頭上を飛び越え、前方へと着地した。凄まじい風圧が二人を襲い、逃げ場を失ったフミとカカシは、その場に急停止せざるを得なかった。
「な、なんて身体能力…⁉︎」
土煙が舞う中、クシナがゆっくりと立ち上がる。逆立った赤い髪が、夕日に照らされて不気味に輝いている。
「さあ……遊びはおしまいよ。」
彼女は一歩一歩、確実に距離を詰めてくる。その手には、先ほどまでの本ではなく、いつの間にかどこからか取り出した、巨大なハリセンが握られている。
「カカシ、まずはあんたからね。上忍のくせに子供をそそのかして……たっぷりお説教してあげるわ。」
「ひぃっ……! フミ、すまない!俺はここまでのようだ……! 君は……君だけは生き残るんだ……!!」
カカシは絶望の表情で崩れ落ち、フミの前に力なく手を広げた。その背中は、かつてないほどに小さく見えた。
「そしてフミ……。」
クシナの視線が、フミへと向けられる。その瞳の奥には、怒りの中に、少しだけ悲しそうな色が混じっていた。
「ママ、あんたをそんな風に育てたつもりはないわ……。こんな本のために、ママに嘘をつくなんて。」
クシナはフミの前に立ち、静かに手を差し出した。
「さ、その本を、出しなさい。……今すぐ。」
沈黙。もはや抵抗は無意味。兄のナルトでさえ、こんなことになったら白旗をあげるだろう。だが、フミの眼は…諦めていない。
「…嫌だよ。」
「…え?」
「男には…やらなきゃいけない時があるの!」
クシナの戸惑いにより生じた隙、フミは持っていたクナイを、クシナの背後数百メートル先にあった大木に向けて投げたと同時、カカシの手を掴みながら叫ぶ。
「飛来神の術‼︎」
(飛雷神……!? いや、まだマーキングもまともに……まさか、あのクナイか!)
フミが大木に突き刺したクナイの柄には、独学で、あるいは父の背中を追って刻んだ不格好な術式が記されていた。クシナが止める間も無く、2人の体は空間を跳躍する――。
バシュッ!!
光が弾ける。フミの視界が歪み、胃を掴まれるような感覚と共に、景色が高速で前進した。数百メートル先の大木の影。クシナの視線から、一瞬だけ外れることに成功したのだ。
着地の衝撃で地面を転がりながら、カカシは信じられないものを見たという顔でフミを凝視した。
「……フミ、命知らずにも程があるよ……。あんな真っ向からクシナさんに喧嘩を売って、逃げるなんて……!」
「こっからが勝負です!」
一方、取り残された商店街。クシナは静かに、クナイが飛んで行った方向を振り返った。怒りで震えていた髪が、今は静かに波打っている。
「……男には、やらなきゃいけない時がある、ね…」
その呟きは、怒りよりも、どこか奇妙な感心に満ちていた。しかし、その手にあるハリセンが、パキッ、と音を立てて砕け散る。
「ミナト……。あの子、あんたの“格好良さ”を、変なところで受け継いじゃったみたいじゃない……」
クシナの体から、黄金色のチャクラが溢れ出す。今度は逃走を許さない。彼女は愛する息子の「覚悟」に応えるべく、金剛封鎖の鎖をジャラリと地面に這わせた。
「絶ッッッ対に逃がさないわよ、フミ!! どこまで行っても、ママからは逃げられないんだから!!」
黄金の鎖が蛇のように地を這い、フミたちのいる森へと襲いかかる。
(くそっ…チャクラが殆ど…!)
未完成の術、しかもS級ランクとあってはチャクラの消耗が激しすぎる。後2回飛ぶのが限界か。だが、行く先はもう決めていた。
「まだ術自体は未完成ですけど…このまま、パパのところまで行きます!パパならきっと…!」
カカシは目を見開き、フミの無茶苦茶な作戦に、もはや笑うしかないという境地に達していた。
「ちょ、フミくん!? ミナト先生のところに行くって……火影室に乗り込む気!? 修羅場だよ! それは火影室が物理的に吹き飛ぶ修羅場だよ!!」
「もうこれしか手はありません!行きますよ!捕まって!」
有無を言わさず、フミの投げた二投目のクナイが、夕闇を切り裂いて飛んでいき、火影室の壁に突き刺さる。その軌跡を追うように、フミとカカシの体が再び空間に溶けた。
「パパのところですってぇぇ!?」
クシナの声が地平線を揺らす。彼女は飛雷神の術特有のチャクラの揺らぎを感じ取り、その行き先を瞬時に察知した。
「パパに…ミナトに泣きつこうなんて、百年早いわよ! あの人も、こんな教育に悪い本を野放しにしてた罪で、一緒に正座なんだからァ!!」
クシナは更に猛烈な勢いで地面を蹴った。もはや忍の移動ではない。怒りの弾丸と化した彼女の影が、飛雷神の跳躍地点へと先回りするように森を突き抜ける。
---
その頃、火影室では四代目火影が山積みの書類を前に、ふと窓の外を見て首を傾げていた。
(おや……里の中で、凄まじいチャクラの衝突を感じるね……。この、懐かしくて恐ろしい、クシナが本気で怒っている時の……。それに、飛雷神の気配まで?)
ミナトがペンを置いたその瞬間、火影室のど真ん中に、冷や汗だらだらの息子と、疲れ切った元部下が、空間から弾け出すように転がり込んできた。
「ぱ、パパ!助けて!」
「やあ、フミ。それにカカシくん。そんなに急いでどうしたんだい? まるで命を狙われているような――」
フミは息を切らしながら、ミナトの机にしがみついた。
「お願い匿って!ママが来る!」
「ミナトォォォ!! そこを退きなさいィィィ!!」
その直後、背後の扉が、蝶番ごと吹き飛ぶような音を立てて開かれる。そこには、金剛封鎖の鎖を背負い、鬼神のごとき形相のクシナが立っていた。
「……ああ、なるほどね。……フミ、悪いけど、こればかりは火影の権限でも守ってあげられそうにないかな。」
ミナトの顔からスッと血の気が引いていく。開始1秒持たずに頼みの綱が白旗を上げてしまったのだ。
「そ、そんな!もうパパか自来也先生くらいしか頼れる人いないんだよ⁉︎お願い!」
「そ、そうは言ってもね…」
ミナトは困ったように眉を下げ、苦笑いを浮かべた。目の前で涙目で懇願する次男の姿は、父親としての情を強烈に刺激する。しかし、破壊された扉の向こうに立つ妻の覇気は、里一番の速さを誇る彼をもってしても「回避不能」なレベルだ。
「僕だって、クシナが本気で怒ってる時は、正直かなり怖いんだよ?」
彼はチラリとカカシを見る。カカシは「助けてください」と顔に書いたまま、フミの影に隠れるように縮こまっている。
「それに、自来也先生の名前が出たってことは……その「原因」もだいたい察しがつくなぁ。」
「こら、ミナト! 子供を甘やかすのもいい加減にしなさいよ!」
クシナがドカドカと火影室に入ってくる。彼女の足音に合わせて、金剛封鎖の鎖がチャリチャリと不穏な音を立てる。その背後には、まるで九尾のチャクラのような赤いオーラがゆらゆらと立ち上っていた。
「フミったら、自来也先生のいかがわしい本を受け取って、こそこそ逃げ回ってたのよ! しかもカカシまで巻き込んで、あんたの真似事して飛雷神まで使うなんて!」
「えっ…飛雷神を?」
ミナトの表情が一瞬だけ驚きに変わる。そして、フミの方を見て、ほんの少しだけ目を細めた。それは忍としての評価であり、同時に親としての誇らしさでもあった。
(まだ未完成だろうけど、10歳にして実戦で飛雷神を使うなんて……。フミ、君は本当にすごい才能を持っているね)
だが、すぐに現実に戻る。クシナの鎖がピシリと音を立てて机をかすめたからだ。
「…何よ、その顔?まさか「すごいな」なんて思ってないでしょうね!? 今は感心してる場合じゃないの! これは教育の問題なの! 卑猥な本なんて読んでたら、将来は自来也先生みたいな変態ドスケベになっちゃうのよ!?」
「あはは……まあ、それは確かに心配だね」
ミナトは机の上の書類をそっと横にどけ、フミと向き直った。その青い瞳が、優しく、しかし真剣に息子を見つめる。
「フミ。ママの言う通り、嘘をついて逃げるのは良くないよ。……でも、自来也先生の本を守るために、カカシと協力してここまで頑張ったガッツは認める。」
「パパ…!」
彼はふわりと微笑み、そしてクシナの方を向いて両手を広げた。
「クシナ、少しだけ落ち着いて。フミも反省してるみたいだし……僕に免じて、今回のところは――」
「ダメよッ!!」
クシナの一喝が部屋を震わせる。
「ミナトに免じてもダメ! あなたが甘いからこうなるの! 今日という今日は、フミも、カカシも、そして止めなかったミナトも! 全員まとめてお仕置き決定だってばね!!」
鎖がうなりを上げて、火影室の空間を埋め尽くすように展開される。逃げ場はない。遂にカカシの心は折れてしまったようだ。
「み、ミナト先生ぇ……! 作戦変更です! 陽動は無理です! 全面降伏を提案します‼︎」
カカシが情けない声を上げる中、ミナトは苦笑いを深め、フミに小声で囁いた。
「ごめんね、フミ。パパの説得もここまでみたいだ。……でも、一つだけ逃げ道があるかもしれない」
ミナトは懐から小さなクナイを取り出し、フミの手に握らせた。
「これは里の外れの修練場にマーキングしてある。……クシナの鎖が僕を捕まえる一瞬の隙に、これを使って飛びなさい。あとは……自来也先生を見つけて、何とかしてもらうしかないね」
それは、火影としてではなく、父親としての、ギリギリの共犯行為だった。
「パパ…ありがと!行ってくる!」
フミの姿が、再び空間から掻き消える。今度はより遠く、里外れの修練場へ。ミナトの計算通り、クシナの鎖がわずかに遅れて空を切り、標的を見失った金剛封鎖が火影の執務机を粉砕した。
バキィィィン!!
重要書類が紙吹雪のように舞い散る中、クシナは消えた息子の気配に一瞬呆気にとられ、次いで、ゆっくりと……恐ろしいほどゆっくりと、その視線を夫へと向けた。
「……ミナト?」
その声は、もはや怒鳴り声ではない。底冷えするような、絶対零度の静寂を含んでいる。
「あんた……今、あの子に何渡したの?」
ミナトは砕け散った机の残骸の中で、爽やかに、しかし頬に一筋の冷や汗を垂らしながら微笑んだ。
「あはは……。いやあ、フミも随分と術の扱いが上手くなったねぇ。僕も鼻が高いよ、うん。」
その横で、カカシは「終わった」という顔をして、静かに天井を仰いでいた。
「そう……夫が共犯、ってわけね。」
不気味な笑みと共に、クシナの背後の赤いチャクラが、九尾の尾の形を成してうねり始める。
「いいわ。フミは後で必ず捕まえる。でもその前に……まずはここにいる「教育に悪い大人たち」を、徹底的に再教育する必要があるみたいね……‼︎」
ゴゴゴゴゴ……‼︎
火影室から、里中に響き渡るようなミナトとカカシの悲鳴が上がるのとほぼ同時刻。フミは里外れの修練場へと転移していた。
---
「いたた…!も、もうチャクラが…」
着地と同時に、フミは膝をついて荒い息を吐いた。連続使用によるチャクラの消費は激しい。しかし、まだ安心はできない。パパとカカシ先生が体を張って作ってくれたこの時間を無駄にはできないのだ。
「ここが修練場…そして近くには温泉…」
修練場の静けさが、かえってこの後の嵐を予感させる。目指すは「自来也先生」。この「新刊」の原作者であり、エロ仙人と呼ばれる伝説の三忍。彼ならば、あるいはこの状況を打破する何かを持っているかもしれない――いや、持っていてくれなければ全てが終わる。
フミは立ち上がると、周囲を見渡した。自来也は神出鬼没だが、この修練場周辺の「女湯」や「覗きに適した高台」に出没するという噂は、以前カカシから聞いていた。
「…聞こえた!」
風に揺れる木々のざわめき。その中に、微かに聞き覚えのある、下品な……いや、豪快な笑い声が混じっているような気がした。
「ふぉっふぉっふぉ! 今日の取材も絶好調じゃのう!」
声のする方角、木々の上から、白い長髪の男が双眼鏡を構えて、どこか遠く(おそらく里の方角にある女湯)を凝視している姿が見えた。
「自来也先生!」
「ん?なんだ、ワシの取材を邪魔して…おお、フミか!」
自来也は愛弟子の息子にして、自身の本の愛読者を見つけると、すぐに飛び降りて頭を撫でる。
「こんなところで何をしとるんだ…というのは野暮かのう。その新刊…クシナに追われとるようじゃのう?」
「…よくご存知で。」
「ガッハッハ!これでもミナトの先生だったからのう!その妻のこともよく知っとるわ!アイツはこういうのには厳しいからの。」
すると、遠くの方から強烈なチャクラの反応がした。間違いなく、クシナの物だ。
「さてフミよ、どうする?隠れ家に入るか、勝負するか。」
自来也の問いに対し、フミの答えは即決だった。
「ママのことです。隠れ家はすぐにバレてしまうと思います。それより…男なら勝負でしょう!」
自来也はその言葉を聞いた瞬間、カッと目を見開いた。白い長髪がバサリと揺れ、その口角が獰猛なまでに吊り上がる。
「ガッハッハ‼︎ 言うてくれるではないか、フミ! 流石はわしの愛弟子の息子、そしてわしの作品の真価を理解する真の「男」よ!」
自来也は豪快に印を結ぶ。その周囲に、湿り気を帯びた強力なチャクラが渦巻き始めた。
「隠れ家など、確かにあのハバネロの前では無意味! ならば、正面から迎え撃つのみよ! 忍とは耐え忍ぶ者のこと……だが、同時に、己の美学を貫き通す者のことでもある!」
「その言葉、僕の胸に刻んでおきます!」
その時、里の方角から、空を裂くような金色の閃光と、地を這う鎖の不気味な音が近づいてきた。クシナが、火影室での「掃除」を終え、驚異的な執念でこちらへ向かってきているのだ。
「来るぞ、フミ! 陣を敷け! お主はわしの背後で、その「新刊」を死守せい!」
「はい!」
自来也はガマの巻物を取り出し、地面に叩きつけた。
「口寄せの術!!」
ドォォォォン!! という爆煙と共に、巨大なガマ吉が出現する。自来也はその頭上へと飛び乗り、里の方角を見据えると、声を張り上げる。
「クシナよ、よく聞け! 子供の教育を語るのも良いが、この世には「芸術」という名の深淵があるのじゃ! フミが選んだのは、ママの膝元ではなく、男のロマン! 邪魔をさせるわけにはいかんのぉ!!」
自来也の背中が、いつになく大きく見える。しかし、その手はこっそりと懐のスケベ手帳を握りしめていた。
(……まあ、クシナが本気で来たら、わしもろとも消し飛ばされるかもしれんが……それはそれ、これぞ忍の散り際よな!)
やがて、遠くの森がなぎ倒され、赤い髪を逆立てたクシナの影が、まさに鬼神の如き速度でこちらへと飛び込んでくるのが見えた。顔は般若すら逃げ出すレベルだ。
「自来也先生ェェェ‼︎あんたも、まとめて……根性叩き直してあげるわァァァッ‼︎」
ついに、伝説の三忍vs赤い血潮のハバネロ、そして「新刊」を守り抜こうとする少年の、絶望的かつ熱い決戦の火蓋が切って落とされた。
「ママ!いい加減落ち着いて‼︎里がめちゃくちゃになっちゃう!」
「里がめちゃくちゃ!? その原因を作ったのは誰よォォォッ‼︎」
クシナの怒声が、物理的な衝撃波となって自来也とフミを襲う。彼女の周囲で金剛封鎖の鎖が、まるで生き物のように蠢き、周囲の大木を次々とへし折っていく。
「あんたが! 変な本を欲しがって、コソコソ逃げ回って、カカシやミナトまで巻き込むから! ママはここまで怒ってるの! 分かってるの!?」
クシナは地面を蹴り、ガマ吉の顔の高さまで一気に跳躍した。その瞳は、もはや人間のそれではない。完全にブチ切れた母の目だ。
「おおっと! 勢いが凄まじいのぉ! ガマ吉、油じゃ! クシナの足を止めるぞ!」
ガマ吉が口から大量の油を噴射する。粘り気のある油がクシナに向かって降り注ぐが、彼女はそれを鎖の回転で弾き飛ばし、油の雨を強引に突破してくる。
「そんなもので止まると思って!? 自来也先生、あんたのそのスケベ根性ごと、今日こそは叩き潰してやるわ‼︎」
クシナの拳にチャクラが集中する。それは怪力で知られる綱手にも匹敵する、破壊の一撃だ。
「なんだ…あのチャクラは…⁉︎」
フミはガマ吉の上で身を縮めながら、この世の終わりのような光景を目撃していた。自分の叫びが完全に逆効果だったことを悟り、顔を引きつらせる。
「フミ! ぼさっとするな! 来るぞ、母の愛(物理)が‼︎」
自来也は咄嗟に身を翻し、フミを抱えてガマ吉から飛び退く。その直後、クシナの拳がガマ吉の頭頂部に直撃した。
ズドォォォォン!!
巨大なガマ吉が、まるでボールのように地面に叩きつけられ、「ゲコッ!?」という短い悲鳴と共に煙となって消えた。
「が、ガマ吉さん!」
着地したクシナが、もうもうと立ち込める土煙の中から、2人の前にゆらりと姿を現す。
「逃がさないって言ったでしょ……。さあ、フミ。その本を渡して、ママと一緒に帰りましょうね……? お家で、たぁ~っぷり、お話聞かせてもらうから……。」
その笑顔は美しく、そしてこの世の何よりも恐ろしかった。フミは思わず生唾を飲み込む。
「…先生、こうなったら奥の手です。おいろけ、いけます?」
「なに!?」
自来也の歌舞伎役者のような顔が、一瞬で真顔になった。
「お主……まさか、「あの術」を⁉︎ナルトが開発した、あの禁断の奥義をやるというのか⁉︎」
自来也はフミの顔を凝視する。そこには、絶体絶命の窮地に立たされた男だけが浮かべる、狂気じみた決意があった。自来也はゴクリと唾を飲み込む。
「……相手は、あのクシナじゃぞ? 夫であるミナト一筋、浮ついた話にはめっぽう厳しいあの堅物が……イケメンの集団に囲まれたところで、通用すると思うか?」
彼はクシナの方をチラリと見る。彼女は今まさに、怒りの形相でこちらへ歩み寄ってきている。その殺気は、イケメンどころか九尾すら裸足で逃げ出すレベルだ。しかし、フミの顔もまた、恐怖を堪え決意を固めた眼をしている。
その姿に、自来也はニヤリと笑った。
「よし、女の怒りを鎮めるのは、いつだって「愛」と「美」じゃ! それに、ミナト似のイケメンなら、ワンチャンスあるかもしれん……! やる価値はある!」
「はい…行きますよ!』
「よし、フミ! 覚悟を決めよ! わしとお主のチャクラを合わせ、史上最大級の「逆ハーレムの術」をぶちかます‼︎」
「押忍‼︎」
伝説の三忍と、その愛弟子の息子。二人のチャクラが共鳴し、ピンク色の怪しいオーラが修練場を包み込む。
「終わりだってばねエエエェェェ‼︎」
「忍法! 逆ハーレムの術ゥゥゥッ!!』
ボンッ!! ボンッ!! ボンッ!!
クシナの鎖が2人に届く寸前、修練場に、無数の白煙が立ち上る。そして煙が晴れたそこには――
ミナトに似た爽やかな青年、カカシのようにミステリアスなマスクマン、うちはサスケのようなクールな美少年、そして何故か少し自来也の面影を残すワイルドな男たちが、一糸纏わぬ(あるいは際どい布切れ一枚の)姿で、ずらりと並んでいた。
「ねえ、僕と遊ばない?」
「君のその怒った顔も……ゾクゾクするね」
「俺が癒してあげるよ……子猫ちゃん」
きらびやかなイケメン軍団が、一斉にクシナに向かって甘い言葉を囁き、ポーズを決める。その光景は、まさに地獄絵図ならぬ極楽浄土――あるいは、クシナにとっては最大の悪夢か。
…………。
歩み寄っていたクシナの足が、ピタリと止まる。時は止まった。風も、木々のざわめきも、そして怒り狂っていたチャクラの奔流も、すべてが凍りついたかのように静止している。
(ど、どうだ…⁉︎)
クシナの目の前には、亡き(いや、今はまだ生きているが)夫・ミナトを彷彿とさせる金髪碧眼の美青年から、ちょっとワイルドで危険な香りのする伊達男まで、ありとあらゆるタイプの極上イケメンたちが、あられもない姿で彼女を取り囲み、誘惑の視線を送っている。
クシナの顔は、怒りの赤から、驚愕の白へ、そして瞬く間に……沸騰したような真っ赤へと染め上げられた。
「は……はわ……?」
彼女の口から、可愛らしい、しかし完全に理性が蒸発した音が漏れる。伝説のくノ一としての威厳も、母親としての矜持も、この圧倒的な「美の暴力」の前には無力だった。特に、中央にいたミナト似のイケメンが、少しはだけた胸元を見せながらウィンクした瞬間。
ブシュッ!!
クシナの両の鼻から、まるで噴水のような勢いで鼻血が噴き出した。
「ミ、ミナト……かっこよすぎ……だってば……ね……」
彼女の瞳がぐるぐると渦を巻き、足元の地面から力が抜けていく。金剛封鎖の鎖がジャラジャラと力なく地面に落ち、背後の赤いオーラが霧散した。
ドサッ。
うずまきクシナ、享年……ではなく、現在進行形で最強の母が、その場に白目を剥いて倒れ込んだ。完全なる気絶(K.O.)である。
自来也はあんぐりと口を開け、その光景を見つめていた。そして、震える手でフミの肩を掴んだ。
「か、勝った……! フミよ! 奇跡じゃ! あのハバネロを鎮めおったわ!」
フミはその場にへなへなと座り込んだ。勝利の喜びよりも、とてつもない疲労感と、「やってしまった」という背徳感が彼を襲う。
「か……勝った……のか……?」
夕暮れの修練場に、イケメンたちの幻影がシュウウウと音を立てて消えていく。残されたのは、鼻血を出して倒れ伏す母と、勝利したものの精神的に大ダメージを負った息子、そして何故かガッツポーズを決めるエロ仙人の三人だけであった。
しかし、フミの懐には、無事に守り抜かれた「新刊」が、まだ温かく存在していた。これは勝利だ。まごうことなき、男たちの勝利であるはずだ。
だがらその勝利の余韻は、長くは続かなかった。
「げえっ!この足音は⁉︎」
修練場の静寂を破り、大地を揺るがすような凄まじい足音が、今度は別の方角から近づいてきた。それはクシナの怒りとはまた質の違う、重く、純粋な破壊力を秘めたプレッシャーだった。
木の葉の医療忍術の頂点に立ち、伝説の三忍の一角であり、そして火影室の惨状を目の当たりにしてきたであろう女――。
「自来也ァァァァッ!!」
地響きのような怒声と共に、修練場の一部が木っ端微塵に吹き飛んだ。土煙の中から現れたのは、額に菱形の印を輝かせ、拳をパキパキと鳴らしながら歩いてくる五代目火影、千手綱手その人だった。その表情は、般若もかくやというほどの怒りに満ち溢れている。
「つ、綱手!? な、なんじゃお主、なぜここに!?」
自来也の顔から、勝利の喜びがサーッと引いていく。綱手の視線は、まず自来也を射抜き、次にその足元で鼻血を出して倒れているクシナを捉え、そして最後に、青ざめながら座り込んでいるフミと、彼の懐に収められた「新刊」の気配を感知した。
「フンっ…なぜだと? 決まってるだろうが! ミナトとカカシが半死半生で医療部に担ぎ込まれてきたんだよ! 火影室は跡形もなく吹き飛んで、お前がクシナを焚きつけて大暴れしてるって聞いてな!」
綱手が一歩踏み出すたびに、地面に亀裂が走る。
「またお前のくだらん本が原因か! クシナを気絶させ、火影代理の私に余計な仕事増やしやがって! それにフミ、お前もだ! いくら憧れてるからって、こんなろくでなしの真似しおって!」
綱手はフミにとって、尊敬する医療忍者の一人だが、今の彼女はただの破壊神だ。その怒りの矛先は、明らかに自来也とフミ――そしてその元凶である「新刊」へと向けられていた。
「ま、待て綱手! これは男のロマンを賭けた神聖な戦いで……!」
「黙れこのスケベガエル‼︎」
綱手の拳が振り上げられる。その拳には、山すら砕くほどのチャクラが凝縮されていた。
「お前も、その本も、まとめてこの世から消し去ってやる‼︎」
フミは息を呑んだ。最強の母を倒したと思った矢先、現れたのはその母を軽く凌駕するかもしれない「最強の婆ちゃん」だった。さっきまでの疲労感が一気に吹き飛び、新たな、そしてより絶望的な恐怖が背筋を駆け上った。取るべき手段は一つだけ。
「ま、待って綱手様!その前にママの手当てをお願いします‼︎」
綱手の振り上げられた拳が、フミの頭上でピタリと止まった。その風圧だけで、フミの前髪が激しく煽られる。
綱手は眼下で必死にスライディング土下座を決めるフミを見下ろした。恐怖に震えながらも、倒れている母親を第一に気遣うその姿。そして、その横で無防備に鼻血を出して倒れているクシナ――かつての弟子の妻であり、自分にとっても孫のように可愛い存在ーーの姿が目に入る。
綱手の眉間の皺が、ほんの少しだけ緩んだ。
「ちっ……。自分の命が危ないって時に、まずは母親の心配か。……いい度胸してるじゃないか、フミ。」
彼女はため息をつくと、拳に溜めていたチャクラを霧散させた。そして、ドカドカとクシナの元へ歩み寄り、しゃがみ込む。
「まったく、世話の焼ける連中だ。クシナもクシナだ、こんなアホな術ごときで気絶するなんて……情けないったらありゃしない。」
綱手の手が緑色の医療チャクラで輝き、クシナの額にかざされる。その表情は、先ほどの破壊神から、熟練の医療忍者のそれへと切り替わっていた。
「脳震盪と……極度の興奮による貧血か。命に別状はないが、目を覚ましたら相当頭が痛むだろうね。」
彼女は処置を終えると、再び鋭い視線をフミと自来也に向けた。
「さて。クシナの手当ては済んだ。……で? お前たちの処遇だが……。」
綱手は立ち上がり、ボキボキと指を鳴らした。その瞳には、まだ怒りの炎が完全には消えていない。
「まずはフミ、お前はミナトに似て優しい子だが、悪戯にしては、ナルトと比べても派手すぎる。自来也、お前は……論外だ。」
彼女はフミの懐にある「新刊」を指差した。
「その本。没収だ。これ以上、里に被害が出る前に私が処分する。……文句はないな?」
フミの顔が絶望に染まる。クシナからは逃げ切った。しかし、綱手という絶対権力者の前で、「嫌だ」と言える勇気は……今の彼には残されていなかった。
「お、お待ちくだされ綱手姫! それはわしの渾身の新作で……!」
「黙れと言っただろうが‼︎」
ドカッ!!
爆音と共に綱手の裏拳が自来也の顔面にめり込み、彼は星になって空の彼方へ飛んでいった。
「せ、先生…」
「さ、フミ。さっさと出しな。それとも、お前も星になりたいかい?」
綱手はニッコリと、しかし有無を言わせぬ圧力を込めて微笑んだ。
フミは震える手で忍具ポーチを開け、茶色の紙袋に包まれた禁断の書物を取り出した。そこには、自来也の情熱と、カカシの期待と、ミナトの苦労と、そしてフミ自身の冒険が詰まっていた。
「ぐずっ…ひっく…」
しかし、綱手の圧倒的な圧力の前には、それら全てが無力だった。フミは涙をこらえ、そっとその本を綱手の大きな手に乗せた。
「よろしい。」
綱手は本を受け取ると、中身を確認することもなく、懐へと無造作に放り込んだ。そして、フミの頭を乱暴に、しかしどこか優しさの残る手つきで撫でた。
「ほら、男がそんなメソメソ泣くなよ。」
「な、泣いてません…!」
その強がりを称えつつも、綱手は優しく諭す。
「聞きな、フミ。男がエロいことに興味を持つのは、まあ……百歩譲って自然の摂理だ。だがな、そのために周りに迷惑をかけたり、母親を泣かせたりするのは男のやることじゃない。」
彼女は倒れているクシナを一瞥する。クシナの顔色は、綱手の治療のおかげですっかり良くなり、安らかな寝息を立てていた。
「今回はその土下座も素直に渡してくれたことも踏まえて大目に見てあげよう。だが、次にやったら…覚悟しておきな。」
そう言い残すと、綱手はクシナを軽々と俵担ぎにした。
「クシナは私が病院に連れて行く。お前はさっさと家に帰って、ミナトに謝ってきな。あいつも相当参ってたぞ。」
「は、はい…ありがとうございます。」
綱手は背を向け、悠然と歩き出した。その背中はあまりにも大きく、そして強かった。フミはその場に立ち尽くし、遠ざかる綱手の背中と、運ばれていく母、そして永遠に失われた(と思われる)「新刊」を見送ることしかできなかった。
「…帰ろう。飛来神。」
マーキング済みの我が家の前に飛ぶと、その扉を恐る恐る開ける。家の中は奇妙なほど静まり返っていた。いつもは元気な母の声や、兄の騒がしい声が響いているはずなのに、今は物音一つしない。フミは息を殺してリビングへと向かった。
「パパ…」
そこにいたのは、ソファにぐったりと横たわる父、波風ミナトの姿だった。
彼の顔や腕には、痛々しい包帯が巻かれ、ところどころに湿布が貼られている。普段は爽やかな笑顔を絶やさない四代目火影の顔には、疲労の色が隠せないほど濃く浮かんでいた。その傍らには、心配そうな顔をしたナルトが座っている。
「お、フミ! 帰ってきたのか! 父ちゃん、大変だったんだってばよ! ずーっとグッタリしててさ…」
ナルトが興奮気味に話しかけるのを、ミナトが力なく手で制した。
「……おかえり、フミ」
「ごめんなさい…!パパ、こんなになって…ごめんなさい…!」
その声は、いつもよりずっと弱々しい。ミナトはゆっくりと体を起こし、涙目になっているフミの謝罪の言葉を静かに受け止め、ふっと力なく笑った。
「いいんだよ、フミ。何も謝ることはない。パパも、少し……いや、かなり油断していたからね。あの飛来神、見事だったよ。それに、ママを気絶させるほどの「逆ハーレムの術」か……。フミは、パパの想像をいつも超えてくるね。」
ミナトはどこか誇らしげに、しかし遠い目をしながら言った。その視線の先には、綱手に連れられて帰宅し、今は寝室で休んでいるであろうクシナの姿を思い浮かべているのかもしれない。
「まあ、そのおかげで、パパとカカシ先生は地獄を見たけどね……。カカシ先生は、今頃病院のベッドで「クシナさんはもうこりごりだ」ってうなされてる頃だろうな。」
ミナトは痛む体をさすりながら、苦笑した。
「ママは今日は病院で寝てるから、今日は3人だね。修理はヤマトさんに?」
フミの言葉に、ミナトは「ああ、そうか」と思い出したように少しだけ表情を明るくした。クシナは綱手の判断で大事を取って一晩入院することになったため、今夜のうずまき家は男三人だけの静かな夜を迎えることになる。
「そうだね。火影室の方は……ヤマトくんに頼んだよ。彼は本当に優秀だね。一瞬で吹き飛んだリビングの壁や、僕の執務部屋まで元通りにしてくれたから。」
「へへっ! ヤマト隊長の木遁すっげー便利だってばよ! オレも覚えたいなー、そしたらイタズラし放題だぜ!」
ナルトが無邪気に笑いながら、テーブルの上に置いてあるカップラーメンにお湯を注ぎ始める。
「コラコラ、ナルト? 木遁はイタズラのためにあるんじゃないよ……。でもまあ、今日くらいはいいか。ママがいないと、まともなご飯も作れないしね。」
ミナトもまた、自分の分とフミの分のカップラーメンにお湯を注ぐ。火影でありながら、家庭料理スキルはクシナに任せきりだったこの家の男たちにとって、カップラーメンは非常時の命綱だ。
「さあ、フミも座って。いろいろあったけど……男同士、ラーメンでもすすりながら、今日の反省会としようか。」
「うん…そうだね。」
湯気が立ち上るカップラーメンを前に、傷だらけの父と、無邪気な兄、そして心身ともに疲れ果てた弟。三人の男たちは、嵐の後の静けさを共有するように、ズルズルと麺をすすり始めた。
それは、どこか侘しく、しかし温かい、うずまき家の男たちの絆の時間だった。
さて、翌朝の木の葉病院。小鳥のさえずりが聞こえる爽やかな朝だが、特別病室の一室だけは、重苦しい空気が充満していた。
ベッドの上で小さくなっているのは、あの「赤い血潮のハバネロ」こと、うずまきクシナだ。彼女は布団を首まで引き上げ、しゅんとした顔で、目の前に仁王立ちする五代目火影・綱手を見上げていた。
「……で? 昨日の被害総額、概算でいくらになるか分かってるのか?」
綱手は手元の請求書(のような分厚い書類の束)をパサリとベッドの上に放り投げた。
「火影室の執務机及び備品一式、壁の修繕費。演習場の整地費用。ガマ吉の精神的慰謝料(自来也からの請求だが、これは棄却した)。そして何より、ミナトとカカシの治療費。……しめて、Sランク任務数回分だ。」
「ううっ……ごめんなさいってばね…」
クシナは言葉に詰まる。昨日の記憶は断片的だが、怒りに任せて鎖を振り回し、夫の職場を破壊し、森をなぎ倒した感覚は確かに残っていた。そして何より、最後に見たあの「光景」……。
(……ミナト……イケメンだった……はうっ、思い出すだけでまた……)
クシナは顔を赤らめ、鼻を押さえる。綱手はその様子を見て、やれやれとため息をついた。
「まったく…イケメンの術ごときで鼻血吹いて倒れるなんて、うずまき一族の面汚しもいいところだぞ。ミト様が聞いたら草葉の陰で泣くわ。」
綱手は腕を組み、厳しい視線をクシナに突き差しつつ続ける。
「それに…だ。子供の教育に熱心なのは結構だが、余りにもやりすぎだ。最後の方、フミは完全に怯えてたし、ミナトなんてもう胃に穴が空きそうだって言ってたぞ。……少しは加減というものを覚えろ。」
「……ごめんなさい、綱手様。」
クシナは蚊の鳴くような声で謝罪した。最強の母も、伝説の三忍であり、姉貴分でもある綱手の正論パンチには敵わない。
「でも……! でもね、綱手様! フミがあんな卑猥な本を……! それにミナトも止めないし……!」
「はいはい、言い訳は聞かん。」
綱手はピシャリと言い放つと、懐から茶色の紙袋を取り出した。フミから没収した、あの「新刊」だ。
「これの処分はお前の一存じゃ決めさせない。私が預かっておく。……中身を検閲した上で、有害図書指定するかどうか決めるからな。」
そう言って、綱手はニヤリと笑った。その笑顔には、何か別の意図が含まれているようにも見えたが、今のクシナにはそれに気づく余裕はなかった。
「さて、説教はここまでだ。さっさと退院手続きして、家に帰ってミナトに土下座してくるんだな。」
綱手は背を向け、颯爽と病室を出て行った。残されたクシナは、ベッドの上で頭を抱え、「あーあ……」と大きなため息をついた。
クシナはため息をついた拍子に、ドアの隙間からこちらを覗いている小さな影に気づいた。赤髪のショートヘアに、彼女が手作りしたヘアピン。紛れもなく次男のフミだ。
「フ、フミ……?」
クシナの声が裏返る。さっきまで綱手にこってり絞られていたこともあり、合わせる顔がない。昨日の鬼のような形相とは打って変わって、今の彼女は完全に「バツの悪い母親」の顔をしていた。
「い、いつからそこにいたの? ……もしかして、綱手様のお説教、聞いてた……?」
彼女は布団をさらに引き上げ、顔半分を隠すようにしてフミを見つめる。その瞳は不安げに揺れている。昨日の怒りはどこへやら、今はただ、息子に嫌われていないか、怖がられていないか、それだけが心配でたまらないのだ。
(あんなに追い回しちゃって……怖かったわよね……。それに最後は鼻血出して倒れるなんて、母親として最低だわ……)
クシナは心の中で激しく自己嫌悪に陥りながら、おずおずとフミに声をかけた。
「入って……おいで? もう怒ったりしないから。」
その言葉は、昨日の「怒りのハバネロ」からは想像もつかないほど、弱々しく、そして優しいものだった。
「う、うん…」
クシナは小さく頷いた。フミの心配そうな声が、弱った心にじんわりと染み渡る。彼女は布団からそっと手を出して、ベッドの横に来るように促した。
「ママ、体は大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。綱手様の治療のおかげで、もう体はなんともないから。……ただ、ちょっと、頭と心が痛いだけだってばね。」
彼女は自嘲気味に笑いつつも、可愛い息子の頭を優しく撫でた。
「昨日は……ごめんね、フミ。あんなに追いかけ回して、怖い思いさせちゃって。ママ、ちょっと……ううん、かなり頭に血が上ってたから。」
クシナの瞳が潤み始める。彼女はフミを真っ直ぐに見つめ、心からの言葉を紡いだ。
「あんたがあんな危ない真似して、嘘ついてまで何かを隠してるのが、ママは悲しかったの。……それに、カカシや自来也先生みたいなスケベな大人に影響されて、悪い道に進んじゃうんじゃないかって、心配で……心配で、どうしようもなくなっちゃったのよ。」
「…分かってる、色々…ごめんなさい。」
謝罪の言葉を聞いたクシナはらフミをぎゅっと抱きしめた。温かい母の体温と、優しいシャンプーの香りがフミを包み込んでいく。
「フミは、ママの大事な大事な宝物なんだから……。あんたに何かあったらって思うと、ママ、どうにかなっちゃいそうなんだからね。」
その抱擁は強く、しかし決して痛くはない。ただただ、深い愛情だけが込められていた。
「だから……もう、あんな危ないことはしないでちょうだい。約束してくれる?」
クシナは顔を上げ、涙の滲む目で、息子からの返事を待っていた。
「うん、しないよ。でも…綱手様、もしかして読みたかったんじゃないかな?自来也先生のこと…好きだから」
「へっ?」
クシナはフミを抱きしめていた力をふっと緩め、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で息子を見つめた。その涙目のまま、思考が数秒間停止する。
「綱手様が……読みたかった? 自来也先生の……あのエロい本を……⁉︎」
クシナの脳裏に、つい数分前、冷徹な顔で「私が検閲する」と言って本を持ち去った綱手の後ろ姿がフラッシュバックした。確かにあの時、綱手は中身を一切否定せず、ただ「私が預かる」とだけ言っていた。
「あ、ありえるわね……だってばね……。」
クシナは顔を引きつらせ、遠い目をした。綱手と自来也の、腐れ縁を通り越した複雑な関係は、里の誰もが知るところだ。表面上は嫌っているように見えても、心の奥底では……。
「そっか……。綱手様、私にお説教しながら、懐の中では「早く読みたくてウズウズしてた」ってこと? ……信じられない! あの人も大概スケベじゃないのォ‼︎」
クシナは呆れ果てて、ベッドの上でのけぞった。自分が命がけで(そして鼻血を出してまで)阻止しようとしたものが、結局は里の最高権力者の懐に収まり、今頃ニヤニヤしながら読まれているかもしれないという現実に、脱力感が押し寄せる。
「もー! 何だったのよ昨日の私の大騒動は! これじゃあ結局、自来也先生の思い通りじゃない……。」
クシナはぷうっと頬を膨らませて、不満げにフミを見た。しかし、そのおかげで張り詰めていた空気が一気に和らぎ、彼女の口元にはいつもの快活な笑みが戻ってきた。
「ま、いいわ。綱手様が持ってるなら、フミの手には渡らないしね。……でも、フミ?」
クシナはフミの鼻先を指でちょんと突いた。*
「もし綱手様が「この本、案外いいわよ」なんて言って返してきても、絶対に読んじゃダメなんだからね⁉︎ 」
クシナは冗談めかして言ったが、その目は「二度目はないわよ」という無言の圧力を秘めていた。
「ええ…綱手様の許可なら良いじゃん!」
「ダメなものはダメです!」
クシナはフミの軽い反論に、再びカッと目を見開いた。その反応は、昨日森を駆け巡った「赤い血潮のハバネロ」の片鱗を感じさせる鋭さだったが、すぐにふにゃりと力を抜いた。
「綱手様の許可があってもダメ! だって、あの人は医療忍者としては最高だけど、男を見る目とギャンブル運は最低なんだから! あの人の「良い」は、普通の「良い」じゃないのよ!」
クシナは必死の形相でフミの両肩を掴み、ブンブンと揺さぶる。
「いい? あの本はね、健全な男の子が読むにはまだ早すぎるの! フミは、もっとこう……純粋で、キラキラした青春を送らなきゃダメなの! 恋をするなら、ママみたいに素敵な人と、運命的な出会いをして……!」
クシナは熱弁を振るいながら、自分の過去のロマンスを思い出したのか、頬をぽっと赤らめる。ミナトとの出会い、拉致されたところを助けられたあの夜のこと……。*
(そうだわ……フミにも、あんな素敵な出会いを……!)
妄想の世界からハッと我に返ったクシナは、真剣な眼差しでフミを見つめた。
「と、とにかく! あの本は『悪』だってばね! 自来也先生と綱手様は、もう手遅れな大人なの! フミは、あんな大人になっちゃダメ! ママは認めません! 絶対に!」
クシナは腕を組んで「ぷんすか!」と効果音がつきそうなほどに怒ってみせる。しかし、その顔にはもはや昨日のような本気の怒りはなく、どこかコミカルで、息子を心配する母の愛情が溢れていた。
「さ、もうこの話はおしまい!そろそろ家に帰りましょ! ママ、お腹すいちゃった。今日はフミの好きなハンバーグにしてあげるから!」
「ホント⁉︎ やったー!ハンバーグ!」
クシナはすっかりいつもの調子を取り戻し、ベッドから勢いよく飛び降りた。
フミと手を繋いで、うずまき家へと続く道を歩く。クシナの足取りは、病院を出た時よりもずっと軽やかだった。家に近づくにつれて、彼女の表情には申し訳なさと気まずさが入り混じった複雑な色が浮かび上がってくる。
ガチャリ、と扉を開けると、リビングからはテレビの音と、ナルトが何かを熱心に語る声が聞こえてきた。そして、ソファには昨日と同じように、しかし昨日よりは幾分かマシな様子のミナトが座っていた。
「クシナ、おかえり。体はもういいのかい?」
ミナトは妻の姿を認めると、リモコンでテレビを消し、穏やかな笑顔で出迎えた。その笑顔が、クシナの罪悪感を余計に刺激する。
「…ミナト。」
クシナは繋いでいたフミの手をそっと離し、まっすぐに夫の前へと進み出た。そして、日本人が謝罪の意を示す最も丁寧な作法――土下座を、躊躇なく実行した。
「ごめんなさい!!」
ゴン、と勢いよく額を床に打ち付け、クシナは叫ぶように謝った。その突然の行動に、ミナトもナルトも、そしてフミも目を丸くする。
「か、母ちゃん⁉︎どうしたんだってばよ、いきなり!」
「私が……私がバカだったから……! あなたの大事な執務室を壊して、カカシさんにも怪我をさせて……!それに、あなたにもひどいことを……! 本当に、ごめんなさい!」
床に額を押し付けたまま、クシナの声は震えていた。ミナトは困ったように眉を下げ、慌てて立ち上がると、妻の肩にそっと手を置いた。
「クシナ、頼むから顔を上げて。」
「でも…‼︎」
「僕も悪かったんだ。君があんなに悩んでるのに、ちゃんと話を聞いてあげられなかった。それに、フミにこっそりクナイを渡したりもしたし……。共犯みたいなものだから。」
ミナトは優しくクシナを立たせると、その肩を抱き寄せた。
「執務室はヤマトくんが直してくれたし、カカシもピンピンしてるよ。それよりも、君が無事でよかった。」
ミナトはそう言って、クシナの額を優しく撫でる。土下座のせいで少し赤くなった額を見て、彼は苦笑した。
「ミナト……」
クシナは夫の胸に顔をうずめ、安堵のため息をついた。その時、空気を読まない一声が響く。
「なあなあ父ちゃん母ちゃん! いい加減夕飯にしないか!? オレ、腹減って死にそうだってばよ!」
夫婦は思わず苦笑いする。
「もうっ、ナルト! あんたは本当にムードってものがないんだから!」
クシナはミナトの胸から顔を上げ、感動的な雰囲気をぶち壊した長男を軽く睨みつけた。しかし、その口元はすでに緩んでおり、怒っているというよりは呆れているといった様子だ。フミの楽しそうな笑い声が聞こえると、彼女もつられて「ふふっ」と笑ってしまった。
「本当に、誰に似たのかしらねぇ。」
彼女はミナトの腕の中から離れると、パン!と威勢よく両手を叩いた。すっかりいつもの元気な「うずまき家の太陽」に戻っている。
「よし! じゃあ、ママがとびっきりのご馳走を作ってあげるわ! フミの好きなチーズインハンバーグに、ナルトには特盛りラーメンのチャーシュー増し! ミナトは……そうね、昨日は大変だったから、精がつくようにレバニラ炒めも作っちゃう!」
クシナはエプロンを締めながら、キッチンへと向かう。その足取りは弾むように軽い。嵐が過ぎ去り、家族の絆を再確認できた喜びが、彼女の全身から溢れ出しているかのようだ。
「はは、それは助かるよ。ありがとう、クシナ。」
ミナトは妻の後ろ姿を愛おしそうに見つめながら、息子たちに向き直った。その顔には、安堵と、父親としての優しい笑みが浮かんでいる。
「さて、じゃあパパとナルトはテーブルの準備を手伝おうか。フミも、手を洗っておいで。」
「おっしゃー! ハンバーグとラーメン! やったー!」
ナルトは歓声を上げ、食器棚から大皿を引っ張り出す。フミも頷いて洗面所へ向かう。
「ママ!手洗いしたら僕もお手伝いするね!」
「あら、頼もしいわね!」
キッチンからは、クシナの軽快な鼻歌と、トントントンと小気味よい包丁の音が聞こえ、フミも笑顔でお手伝いをする。
それは、いつもの、そして何物にも代えがたい、うずまき家の日常の音だった。一冊の本を巡る大騒動は、こうして家族の温かい食卓の風景へと溶けていく。ただ、里のどこかで綱手がほくそ笑みながら禁断の書を読んでいるかもしれないことだけが、この平和な夜に残された唯一の懸念材料であった。
次回は、綱手の呼び出しと、再び勃発する逃走中第二弾、果たしてフミは無事に読み切ることができるのか、ご期待ください。