※この作品はR-18です。

うずまきフミ物語〜その果ては地獄か楽園か〜   作:陽炎=蜻蛉

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完全な自来也の仙人モードとは一体どんな姿になるのか。イメージは柱間の仙人モードです。


第六話「消失」

 

うちはサスケの帰還から数週間が過ぎ、里は表面上、落ち着きを取り戻していた。サスケはイタチの眼を移植するため、綱手の監視下で極秘の長期療養に入った。「蛇」のメンバーもその護衛という名目で、木の葉の監視下に置かれている。

 

そんなある日の昼下がり。フミは里内の焼肉屋にて、一人の男と向き合っていた。

 

「自来也先生すみません、忙しいところ来ていただいて。あ、オレンジジュースもう一杯…」

 

「気にするな、ワシのファンの頼みとあればすぐに駆けつけるものよ。おう姉ちゃん、ワシはビールもう一本!」

 

忍の世界では伝説の三忍と神速の妖狐、創作の世界においては著名な作者とその熱烈なファン、2人の関係は非常に入り乱れている。

 

「…で、ワシを呼び出した本題は、雨隠れの里のことか、フミ。」

 

「はい、その通りです。」

 

自来也はジョッキを傾けながら、鋭い視線をフミに向ける。その目には、いつもの好色な老人の面影はなく、数々の修羅場を潜り抜けてきた伝説の忍の顔があった。

 

「数日前、父から連絡が入りました、あの里で不穏な動きがあると。近日中に父を中心に潜入調査が行われる予定です。」

 

「……ミナトが、自ら動くというのか。」

 

自来也の表情が、一気に険しくなる。火影自ら潜入調査に赴く。それは、事態がそれほどまでに深刻であることを意味していた。

 

「雨隠れの里……。かつてワシらが「半蔵」と死闘を繰り広げた、あの呪われた里か。今は内戦が終わったと聞いているが、その裏で何かが蠢いているというわけか。」

 

自来也は懐から一本の巻物を取り出し、テーブルの上に置いた。

 

「ワシも、ナルトたちが戦ってきた暁のリーダーが、その里にいるという情報を掴んでいてな。しかも、現在里を率いている人物と同一の可能性もあるらしい。」

 

「犯罪組織のトップかつ、里の最上位…世紀末的な話ですね。」

 

自来也はフミをじっと見つめた。その瞳には、自分の弟子であるミナト、そしてその息子であるフミへの、深い懸念が渦巻いていた。

 

「ミナトが行くというなら、ワシも黙ってはおれんな。……で、フミ。お前はどうするつもりかの?」

 

「勿論、暗部として、僕も行きます。他にも元根の人たち含め計10人ほどで実施予定です。」

 

カルビを頬張りながらも、フミの瞳には強い意志が宿っている。

 

「ナルトも成長しているのは確かだが、お前さんも暫く見ないうちに逞しくなったものよの。クシナと追いかけっこしていたのが随分昔に感じる。」

 

「はは…今でも母さんには頭が上がりませんけどね。で…自来也先生には一つ、僕からのお願いがあります。」

 

「……ほう?」

 

自来也はジョッキを置き、腕を組んだ。フミの瞳に宿る、迷いのない覚悟。母に甘えていた少年ではなく、一人の忍として自らの意志で戦場へ赴こうとする者の目だった。

 

「そうでなくてはな。ミナトの息子、ワシからすれば、可愛い孫弟子の1人、聞かせてもらおうか、その「お願い」とやらを。」

 

自来也はニヤリと口角を上げた。その顔には、フミの成長を喜ぶような、そして同時に、これから始まるであろう過酷な戦いを予感させるような、複雑な色が浮かんでいた。

 

「自来也先生は兄さんと一緒に、仙人モードを完成させてほしいんです。」

 

「…なに?お前たちが調査をしている間、妙木山に行けと?また随分と予想外だの…一応、理由を聞かせてもらえんか?」

 

少しばかりの沈黙の後、フミは真っ直ぐ自来也の目を見つめ、告げる。

 

「先生にこのお願いをしないと、多分…父に無理をさせないために、1人で調査に行こうとするんじゃないかって思って…最悪な事態が起きたとしても1人の被害で済むからと。」

 

自来也の手が、ピタリと止まった。ジョッキを持つ指先が僅かに震える。その一瞬の沈黙と、固まった空気こそが、フミの推測が真実であることを何よりも雄弁に物語っていた。

 

「…流石、ミナトの息子よの。」

 

里の長であるミナトを危険に晒すわけにはいかない以上、かつての師である自分が捨て石となり、その謎多き敵の正体を暴いて散る――そんな覚悟を、たった今、孫弟子に見透かされたのだ。

 

「……カカ、参ったな。」

 

自来也は観念したように息を吐くと、ちょうど焼けたばかりのホルモンを飯と一緒に掻き込む。食べ終えた表情からは、先ほどまでの険しさが消え、どこか憑き物が落ちたような、苦笑いが浮かんでいた。

 

「まさか、ガキんちょだと思っていたお前に、そこまで読まれるとはな。……ミナト以上に、食えん男になったもんじゃ。」

 

「…イタチさんのおかげですよ。」

 

自来也はニヤリと笑い、フミの肩をバシッと叩く。

 

「そうか…分かった!ワシの出る幕はない、ということじゃな? その代わり、あのド根性馬鹿のナルトを、一人前の仙人に叩き上げろ、と。」

 

「自然エネルギーの触れ方、扱い方なら、間違いなく兄さんの方が何枚も上手だと僕は確信しています。だからこそ…もう一度、兄さんのこと…お願いします。」

 

フミは深々と頭を下げた。弟として、心の恩師に兄を密かに託す。里の未来を考えた一手を前に、自来也も決断した。

 

「よかろう。お前とミナトが時間を稼いでいる間に、ナルトを最強の「予言の子」に育て上げてやる。……だがフミ、絶対に生きて戻ると約束してくれ。」

 

その瞳は、フミの覚悟を試すように、鋭く光っていた。対し、フミもカルビ付きご飯を一気に平らげると、堂々と宣言する。

 

「勿論です。先生自身の仙人モードも、更にパワーアップさせてください。約束ですよ?」

 

「カッカッカッ!ワシを誰だと思っておる! 伝説の三忍、妙木山のガマ仙人様に向かって、何を言うか!」

 

彼はドン、と胸を叩き、自信に満ちた笑みをフミに向けた。

 

「ナルトを鍛えながら、ワシ自身も真の完成の域にまで持って行ってやるわ! 二大仙人様を肩に乗せた「完全仙人モード」! 次に会う時まで、楽しみにしておくがよい!」

 

その姿には、先ほどまでの死の覚悟は微塵もない。フミの言葉が、自来也の心に再び火を灯したのだ。自分は次世代に託すために散る存在とばかり思ってきた、だが、最早迷いはない。

 

「今日の焼肉代はワシが奢ってやる。あの馬鹿弟子をもう一度地獄の修行に突き落とさにゃならんからの、その前金よ。」

 

「ごちそうさまです、先生。」

 

店を出ると、陽は少し落ちてきていた。今日は特に任務も無かったので、準備をどうしようか考えていると。

 

「フミ、ミナトによろしく伝えておいてくれ。必ず、生きて帰ってこいとな。」

 

「……はい!」

 

ハッキリとした返事に満足し、自来也は歩き去っていった。次の新作を楽しみにしておけというおまけ付きで。

 

 

 

 

迎えた潜入調査当日。雨の予兆か、湿り気を帯びた風がうずまき家のカーテンを揺らしていた。忍装束に身を包み、暗部の面を腰に下げたミナトとフミの親子は、玄関先で立ち止まる。

 

そこには、いつものエプロン姿ではない、くノ一としての凛とした佇まいのクシナが立っていた。彼女は二人の装備を一つずつ念入りに確認し、緩んでいたフミのポーチの紐を無言で締め直す。

 

「……いい? 二人とも。」

 

クシナは顔を上げ、ミナトとフミを交互に見つめた。その瞳には、送り出す者の不安と、家族を信じる強固な意志が同居していた。

 

「ミナト、あなたは火影なんだから、あんまり前に出すぎちゃダメだってばね。フミ、あんたは父さんのサポートに徹すること! 分かった!?」

 

「ああ、分かっているよ、クシナ。君とナルトが待つこの家に、必ず二人で帰ってくる。」

 

「大丈夫、里のために…無駄死になんて絶対しないから。自来也先生と兄さんにも笑顔で会いたいしね。」

 

ミナトが優しく微笑み、フミもいつもの笑顔で返すと、クシナはフミの頬を両手で挟み、自分の額をフミの額にコツンと当てる。

 

「……フミ。あんたは私の自慢の息子よ。最強の母親の息子なんだから、雨隠れの変な奴らに負けるんじゃないわよ!」

 

そう言うと、クシナは二人を力一杯抱きしめた。その温もりと、わずかに香る石鹸の匂いが、これから戦場へ向かう親子の心に、何よりも強い「生」への執着を刻み込む。

 

「さ、行くよフミ!」

 

「了解!」

 

「行ってらっしゃい! 最高の夕飯を作って待ってるんだからね‼︎」

 

クシナは2人の姿が見えなくなるまで、手を振り続ける。心のどこかで、これが最後になるかもしれないという一抹の不安を必死に抑え込みながら。

 

 

そして、その予感は的中してしまう。

 

 

 

ーーー

 

 

冷たく、重い雨が降り注ぐ雨隠れの里。その中心に聳え立つ、無機質な鉄の塔の上で、二人の忍が追い詰められていた。

 

「フミ……大丈夫か……?」

 

黄色い閃光と恐れられた波風ミナトの呼吸が、珍しく乱れている。彼の纏う火影の羽織は泥と煤で汚れ、左肩からは鮮血が滴り落ちていた。

 

「父さんこそ……!」

 

フミもまた、同様に満身創痍だった。二人の周囲を取り囲むのは、オレンジ色の髪を持ち、顔中にピアスを埋め込んだ、同じ「輪廻眼」を持つ六人の男たち。

 

「こいつら、視界共有してるから飛来神が逆効果だ……!」

 

親子での飛雷神の術による超高速移動ですら、この雨隠れの里を支配する「神」の前では、寧ろ弱点を晒す的でしか無かった。高火力の螺旋丸などの術は吸収され、クナイは不可視の引力と斥力によって弾かれ、輪廻眼によって視界を共有する六人の連携は一瞬の隙も与えてくれない。

 

「……はぁ、はぁ……参ったね……」

 

ミナトはフミと背中合わせになりながら、苦悶の表情でクナイを握り直す。

 

「情報通り、いや……それ以上だ。まさか、物理攻撃も忍術も、ここまで通用しないなんて……」

 

潜入自体は容易だった。いや、まるで待ち受けていたかのように容易すぎた。共に連れてきた暗部の仲間たちは既に物言わぬ骸と化している。命を賭した奮闘のおかげで、何体か倒すことはできたが、すぐに新しい輪廻眼を持つ者が襲いかかってくるのだ。これでは、どうしようもない。

 

「お前らは……一体何者なんだ‼︎」

 

フミの叫びに対し、正面に立つ橙色の髪の男が、感情のない瞳で二人を見据え、手をかざした。

 

「我々はペイン…神だ。」

 

「ふざけやがって………風遁・螺旋手裏剣ッッ‼︎」

 

フミの咆哮と共に、突き出された右手から、雨の音が消し飛ぶほどの凄まじい高周波音が、鉄の塔に響き渡ると、猛烈に回転する風の刃が形成される。ナルトが暁の1人、角都との戦いで完成させた、最強クラスの一撃。

 

ダンゾウ戦では使えなかったこの術を、フミもまた極限状態の中で、遂に成形させたのである。その凄まじい風圧に、降り注ぐ雨が渦を巻いて吹き飛ばされる。ペインたちの無機質な瞳が、僅かにその「脅威」に反応した。

 

「……何だ、その術は。」

 

 

「フミ、それは……‼︎」

 

ミナトが目を見開く。父を護りたいという思いが、未完成だった術を、今この場で開花させた。それは愛か、意地か、執念か。

 

(当たれ……! 当たってくれッ‼︎)

 

フミは死力を振り絞り、その白光を放つ風の刃を、六人の中心へと力一杯投げ放つ。幼い頃から数百メートル先の木にクナイを投擲できる身体能力が進化した時、それは凄まじい速度で投げ放たれるのだ。

 

シュウウウウウウンンッッッ‼︎

 

空気を切り裂く音が絶叫へと変わり、風の死神がペイン6人へと肉薄する。だが、その眼前に、術を吸収するペイン餓鬼道が静かに立ち塞がった。だが。

 

「ここだっ!」

 

術が吸収されようかと言う直前、フミの体が、突如として黄色い閃光に包まれ、その場から掻き消える。

 

「何……⁉︎」

 

次の瞬間、フミは吸収しようとしていたペインの一体の真上に、クナイを逆手に持って出現していた。

 

「飛雷神斬りッッッ‼︎」

 

2代目火影扉間の十八番である、最強クラスの時空間跳躍型物理攻撃。フミはそれを、父のサポートではなく、自らの攻撃を完遂するために使ったのだ。

 

「馬鹿な……貴様正気か……⁉︎」

 

ペイン天道の輪廻眼が、若干の驚愕に見開かれた。一度タイミングを間違えれば、自らが術の犠牲になるかもしれないのに、一瞬の迷いも隙もなく飛び込んでくるとは考えていなかったのである。

 

そして、術を吸収するまでの僅かなタイムラグを利用した、神速の一撃が叩き込まれた。

 

ザシュッ‼︎

 

鈍い音と共に、フミのクナイが餓鬼道の首筋を深く、深く抉り取った。首と共に黒い棒が切断され、その動きが完全に停止する。

 

「一人…っ!」

 

だが、フミが着地の体勢を取るよりも早く、死角から伸びてきたペイン修羅道の腕が、機械仕掛けの剣へと変形していた。

 

「しまっ………!」

 

そして、その刃が、無防備なフミの腹部を容赦なく貫いた。突き刺さった瞬間、灼熱の痛みがフミの体に襲いかかる。その口から、ゴボリ、と赤黒い血の塊が吐き出され、視界も急速に白んでいった。

 

「フミィィィィッ‼︎」

 

ミナトの絶叫が、雨に濡れた鉄塔に響き渡る。だが、フミの闘志は消えていない。

 

「まだ…もう一撃、残ってるよ?」

 

刺された腹部から血が吹き出し、死の冷気が全身を駆け巡る。だが、フミの瞳に宿る意志は、さらに激しく燃え上がった。

 

螺旋手裏剣は完全に吸収されてはいなかったのだ。ペインの一体が倒れたことで生まれた刹那の空白を突き、背後で構えていた地獄道と人間道、畜生道の3人が、その白光の旋風の中に飲み込まれていく。

 

「墜ちろ……‼︎」

 

キイイイイイインッ!!

 

鼓膜を突き破るような高周波音が炸裂し、超微細な風の刃がペイン3人を細胞レベルで寸断していく。その衝撃は凄まじく、フミの体も凄まじい勢いで地面に叩きつけられた。

 

「……貴様!」

 

初めて、天道ペインの顔に焦燥が走った。連携の要である餓鬼道のみならず、魂を引き摺り出せる人間道、蘇生を司る地獄道、そして口寄せを行う畜生道までをも一気に屠り、直撃を免れた修羅道でさえも余波だけで半壊させる。瀕死の少年が土壇場で見せた、あまりにも鮮やかな逆転劇だった。しかし。

 

「フミ! しっかりしろ! 」

 

ミナトが倒れたフミを抱きかかえる。修羅道から受けた出血が止まらない。火影としての冷静さは消え失せ、その手は愛する息子の命が指の間から零れ落ちていく恐怖に、激しく震えていた。

 

「…と……さん………じょ…ほ……を…さと…に……」

 

フミの声は掠れていたが、その瞳の光はまだ消えていない。腹部の傷口をミナトの胸に押し当てるようにして、彼は震える指で、自分が斬り落とした餓鬼道から抜き取った黒い棒を差し出した。

 

「……フミ、君は……!」

 

ミナトは息子の覚悟に打ち震える。この極限状態にあって、自分を犠牲にしてまで敵の情報を掴み取ろうとした。最早、守られるだけの息子ではない。対等な一人の忍としての誇り高き姿がそこにあった。

 

「……情報を持ち帰ることは許さない!」

 

天道ペインが冷酷に手をかざした。彼の周囲に、凄まじい斥力が集束していく。

 

「親子まとめて散れ…!神羅天征‼︎」

 

大気を歪めるほどの衝撃波が、二人を押し潰さんと迫り来る。

 

「フミ、しっかり掴まっていろ‼︎」

 

ミナトはフミを強く抱き寄せると、神速で術を発動させる。

 

「飛来神ッ!!」

 

衝撃が二人を飲み込む直前、黄色い閃光が雨隠れの空を切り裂き、その場から完全に消え去った。

 

「……逃げられたか……5体の修復を急がねば。」

 

 

 

――木の葉の里、医療施設。

 

静寂を破り、閃光と共に二人の影が床に転がり込んだ。

 

「綱手様‼︎ 綱手様ぁぁッ‼︎」

 

ミナトの悲鳴のような叫びが、廊下に響き渡った。医療施設の床に血溜まりが広がっていく。

 

ミナトに抱えられたフミの姿は、あまりにも凄惨だった。腹部には致命的な刺し傷が開き、呼吸は今にも途切れそうに浅い。そして、彼の左腕が、肩の付け根から無くなっていた。飛来神の跳躍が完了する刹那、神羅天征の奔流が、彼の肉体を掠め取っていたのだ。

 

バタバタと慌ただしい足音が響き、綱手とサクラ、シズネたち医療忍者たちが血相を変えて駆けつけてくる。

 

「ミナト⁉︎ なんだこの様は! ……フミッ‼︎」

 

「火影様⁉︎ フミくんッッ‼︎」

 

「一体何が…!この出血は…⁉︎」

 

綱手は一瞬で状況を把握し、絶望的な表情を浮かべた。腹部の損傷、そして失われた腕。どれもが即死級のダメージだ。

 

「お願いします、綱手様! フミを……! フミを助けてください!」

 

ミナトは、すがるように綱手に叫ぶ。その手には、フミから託された黒い受信棒が、血に濡れて鈍く光っていた。

 

「分かっている! すぐに集中治療室へ運べ! 全医療班を招集しろ!シズネ、大量の輸血パックを準備だ!サクラは私と来い‼︎」

 

「は、はいっ‼︎」

 

「了解‼︎ フミくん、気をしっかり!」

 

綱手の怒号が響く中、ぼやけていたフミの意識は、遂に底なしの暗闇へと沈んでいく。

 

(母さん……約束……守れなくて……ごめん……)

 

遠ざかる意識の中、フミは最高の夕飯を作って待っていると言った、母の笑顔を思い浮かべていた。

 

 

湿気とチャクラに満ちた秘境、妙木山。ナルトと自来也が仙人モード完成のために修行を積んでいた場にも、里からの緊急連絡が届いた。それは、フミが雨隠れの里で瀕死の重傷を負ったという、あまりにも残酷な一報。

 

「……嘘だ……嘘だろ、それ……! フミが、死にそうだってのかよ⁉︎」

 

ナルトの青い瞳が、信じられないというように大きく見開かれる。

 

「修行どころじゃねえ!あいつのところに…戻らなねえと!」

 

ナルトは修行用の岩の上から飛び降り、今すぐにも里へ駆け戻ろうと走り出した。その背中に、地を這うような低い声が投げかけられる。

 

「……待て、ナルト!」

 

「待てるわけねぇだろ! 弟が死にそうなん……ッッ⁉︎」

 

ナルトが振り返ると、そこにいたのは、いつもの豪快な師匠ではなかった。自来也は唇を噛み締め、その拳を、血が滲むほど強く握りしめていた。その体は、怒りか、悲しみか、あるいは己の無力さへの絶望か、微かに震えていた。

 

「……行くな。」

 

その声は、万感の想いを押し殺した、絞り出すような響きだった。自来也はそのまま続ける。

 

「お前が今、半端なまま里へ戻って、何ができる。フミが命懸けで持ち帰った情報を、お前が無駄にする気か。フミの覚悟を、犬死にさせるつもりかッッ‼︎」

 

自来也の一喝が、ナルトの足をその場に縫い付けた。

 

「そ、それは……!」

 

「悔しいなら……フミを助けたいなら……ここで仙術を完成させろ! それが、お前にできる唯一のことだ! それが、弟を、里を救う唯一の道なんだ‼︎」

 

自来也の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。それは、弟子であるミナトと、孫弟子であるフミを死地に送り出してしまった後悔と、残されたもう一人の孫弟子であるナルトに全てを託さねばならない、師としての悲痛な叫びだった。

 

「分かった…!フミ……絶対に……絶対に死ぬんじゃねえぞーーーーーーーッッッ‼︎」

 

兄の魂の叫びは、オペ中のフミの心に届いただろうか。

 

 

 

そして、2人の帰りを今か今かと待っていたクシナは、チャイムも鳴らさずに駆け込んできたミコトとフガクから事態を告げられることになる。

 

「……なん、て?」

 

「クシナしっかりして!フミくんが意識不明で病院に……!」

 

「うちはの警務部隊総出で貴方を送り届ける!さ、一緒に!」

 

頭の整理が追いつかぬまま、クシナはミコトとフガク、更に多くの警務部隊に連れられ、病院へと急ぐ。

 

 

 

そして、集中治療室では、死に物狂いで綱手とサクラ、シズネを中心とした医療班がフミの手術に当たっていた。

 

「酷い出血だ…!それにこのチャクラの大量消費…‼︎ 腕の欠損まで…‼︎」

 

「綱手様!バイタル低下‼︎」

 

「サクラ!二単位追加!電気ショックの準備だ‼︎」

 

「はい!フミくん…!絶対に負けないで…‼︎」

 

綱手は自らの全てを賭けて、フミを救わんとしていた。あの時助けられなかった、フミの大切なパートナーに報いるためにも。

 

(イタチ……頼む……!フミを……死神から守ってやってくれ……‼︎)

 

 

 

 

それから3日経ち、木の葉の里は静かな緊張感に包まれていた。

 

「…………………」

 

医療施設の最も奥にある、集中治療室。そのベッドに横たわるフミの体は、幾多の管に繋がれ、まるで人形のようだった。ピ、ピ、と無機質な電子音が、かろうじて命が繋がっていることを示している。

 

一命を取り留めたとはいえ、刺し傷のあった腹部には分厚い包帯が巻かれ、左肩から先は完全に失われていた。腕があった場所に固く巻かれた包帯が、その残酷な事実を物語っている。

 

その傍らで、母クシナは椅子に座ったまま、ピクリとも動かない息子の手を握っていた。彼これ3日間、一睡もせずに息子の手を握り続けているのだ。

 

「フミ……お願いだから……目を開けて……母さん……怒らないから……お願い……」

 

彼女はもう泣かなかった。涙はとうに枯れ果て、その赤い瞳は深く落ち窪んでいた。かつての「赤い血潮のハバネロ」の面影はなく、ただただ我が子の無事を祈る、一人の母親の姿がそこにあった。

 

心配したサクラやシズネが持ってきてくれる食事も喉を通らない。クシナはただひたすらに、フミの手に自分の体温を伝え続ける。少しでも温もりを分け与えれば、息子がこの世に戻ってきてくれるかもしれない。そんな、途方もない願いにすがりながら。

 

「最高の夕飯を作って待ってる」。あの日の約束は、まだ果たせていない。

 

 

 

 

 

同じ頃の火影室。そこには、里の長として、そして一人の父親として、ボロボロに崩れ去った男がいた。

 

「……………」

 

ミナトは机に両肘をつき、顔を覆ったまま、何時間も動かずにいた。彼の身体には、雨隠れでの激闘で負った無数の傷が刻まれているが、それ以上に、心に負った傷は深く、致命的だった。

 

「火影」として、敵の情報を持ち帰らねばならなかった。だが、「父」として、息子を止められなかった自分を、彼は許すことができなかった。

 

「……もう、飛べないね。」

 

更に、あの激戦で受けたダメージの蓄積、そして飛ぶ直前に喰らった神羅天征の衝撃によって、左腕の神経が重度の損傷を負ってしまった今、術を発動することすら困難な状況。治療するにしても、何年もの時間をかけなければ完治はできない、綱手にはそう忠告された。

 

それは、黄色の閃光と呼ばれ恐れられた、忍界最速の忍が、戦う力を失ってしまったことを如実に表すものであった。

 

唯一の光は、6人のペインの能力についてと、フミが命懸けで持ち帰った、あの黒い受信棒、それを解析すれば、敵の正体に辿り着ける。里を守るための力になる。だが、その情報の対価として、彼は愛する息子の左腕と、約束されていたはずの輝かしい未来を奪ってしまったのだ。

 

病院で顔を合わせた時「お帰り」と言ってくれたクシナの顔を、彼は今、まともに見ることすらできない。火影の羽織が、今までになく重く、その肩にのし掛かっている。

 

「……よし。」

 

見開かれた瞳は、赤く充血していたが、そこには以前とは違う、冷徹なまでの静謐さが宿っていた。いつまでも絶望に浸っている時間は、もう残されていない。敵は、ペインは、必ずこの里を狙ってくる。その時、里を守れるのは、火影である自分しかいないのだ。

 

彼は重い腰を上げ、デスクの引き出しから、一通の封書を取り出した。

 

「……これしかない。」

 

彼は立ち上がり、火影室の奥にある鏡の前に立った。やつれた顔を、自らのチャクラで無理やり引き締め、震える左腕で、かつての自分を取り戻そうとする。

 

「フミ。君が繋いでくれたこの命、決して無駄にはしない。」

 

ミナトは、火影の羽織を力強く羽織り直した。たとえ戦う力が戻っていなくとも、里の盾としての威厳だけは、崩すわけにはいかない。彼は暗部のメンバーを呼び寄せると、迷いのない、鋼のような声で命じた。

 

「……全忍、並びに里の各機関に伝令。現在進行中の「ペイン解析」を最優先とし、里の全戦力を戦時体制に移行する。」

 

そして、彼は言葉を続けた。

 

「……それと、自来也先生に伝えてくれ。「ナルトと一緒に里に帰還してほしい」と。」

 

それは、里の未来を、そして自らの宿命を、息子へと託すための、非情にして唯一の、火影としての最後の決断だった。そのまま、彼は病院へと急ぐ。

 

集中治療室の無機質な廊下。ガラス越しに、管に繋がれた我が子とその腕を握るクシナを見つめるミナトの背中は、以前よりもひと回り小さく見えた。

 

「……ミナトか。伝令は確認した。フミのバイタルは今は安定している。いつ目覚めるかは…奴次第だ。」

 

回診を終えた綱手が歩み寄る。彼女の顔にもまた、連日の治療による疲労の色が濃く滲んでいた。

 

「……綱手様。折り入って、お願いがあります。」

 

「なんだ?急に……」

 

振り返ったミナトの瞳。そこには、かつての「黄色い閃光」としての鋭さはなく、ただ静かで、悲しい決意だけが揺らめいていた。

 

「四代目火影の座を……貴女に譲りたい。正式に、五代目火影として就任していただきたいんです。」

 

「……何だと?」

 

綱手の眉が跳ね上がる。彼女はミナトの胸ぐらを掴み上げんばかりの勢いで詰め寄った。

 

「馬鹿なことを言うな! この非常時にトップが変わってどうする! フミが命懸けで守った里だぞ! 父親のお前が踏ん張らなくてどうするんだ!」

 

「……今の僕には、もう里を守る資格も、力もありません。」

 

ミナトは静かに左手を持ち上げた。その手は、意思とは無関係に小刻みに震え続けている。雨隠れでの激戦と、息子を犠牲にした呵責が、彼の忍としての精神と肉体を蝕んでいた。

 

「直にペインが来る。その時、最前線で指揮を執り、恐怖に怯える里の人々を鼓舞できるのは……『伝説の三忍』である貴女しかいない。」

 

ミナトはガラスの向こうで眠るフミに視線を戻した。

 

「忍として失格であることを承知で僕は……フミの側にいたい。そして、ナルトが帰ってきた時、彼を支える礎になりたいんです。今の僕にできるのは…それだけです。」

 

「………そうか…………」

 

綱手は大きく息を吐き、壁に背を預けた。ミナトの言葉が、逃げではなく、里を想うが故の苦渋の決断であることは痛いほど分かった。壊れかけた英雄に、これ以上何を背負わせることができようか。

 

「……分かった。引き受けよう。」

 

彼女は力強い眼差しでミナトを見据えた。

 

「だが、勘違いするなよミナト。私が引き受けるのは、あくまで里を守るためだ。……それと、一つ条件がある。」

 

綱手はガラス越しにフミを指差した。

 

「フミは必ず私が治す。どんな手を使っても、必ず目を覚まさせてやる。……それが、五代目火影としての最初の公約だ。」 

 

「ありがとう…ございます…‼︎」

 

ミナトは深く、深く頭を下げた。その目から、堪えていた涙が床に落ちた。

 

こうして、木の葉の里は新たな指導者を迎えることとなる。来たるべき「痛み」との決戦に備えて。

 

 

 

綱手が五代目火影就任の意志を固めた、その夜。綱手は、フミが眠る集中治療室のベッドサイドに立っていた。彼女はフミのカルテをめくりながら、傍らに立つミナト、そしてクシナに、静かに語りかけた。

 

「……フミから、意識を失う直前に頼まれていたことがある。」

 

「……フミから?」

 

「万が一、自分が戦えなくなったら……サスケの元へ連れて行ってほしい、と。」

 

2人は息を呑んだ。うちはサスケ。ナルトの親友でありライバル。彼は先日、フミからイタチの死とその最期を告げられた際に万華鏡写輪眼を開眼、イタチの眼の移植のため、里から離れた場所で極秘に治療を受けている途上であった。

 

「自分とサスケが当面戦えない以上、里にいては足手まといになる。ペインの襲撃時に、自分たちの警護に人手を割かせるわけにはいかない……瀕死の状態で、あいつはそう言ってのけたよ。自分のことより、里の戦力配備を心配していたんだ。」

 

綱手は悔しそうに唇を噛んだ。

 

「……出来過ぎた子だよ、お前たちの息子は。」

 

「……フミ……!」

 

「バカ…!ほんとに……自分のことも大事にしてよ……!」

 

2人は、我が子のあまりにも達観した、そして悲しいまでの自己犠牲の精神に、言葉を失うが、その判断を無碍にはできない。

 

「私は、あいつの意志を尊重する。五代目火影として、その判断は正しいと認める。」

 

彼女はシズネを呼び、指示を出した。

 

「シズネ!医療班の精鋭を数名選抜しろ。このまま極秘裏に、フミをサスケの療養先へ移送する。これは、五代目火影としての最初の任務だ。いかなる事態にも備え、万全を期せ!」

 

「は、はい! 綱手様!」

 

「ミナト、クシナ、お前たちも一緒についていってやれ。里のことは私たちに任せろ。」

 

クシナは枯れ果てたはずの涙を流し、ミナトと共に深く頭を下げた。

 

「ありがとうございます…!」

 

こうして、月の光も届かない闇の中、木の葉の里の希望の灯火であった若き忍は、傷だらけの両親と共に人知れず、里を離れることとなった。全ては、来たるべき災厄から、愛する故郷を守るために。

 

 

 

 

そして、運命の時は訪れた。

 

晴天の昼、木の葉の里の上空に、突如として不吉な影が差した。結界が破られる鈍い音と共に、ペイン畜生道が口寄せの術によって仲間たちを里内へと招き入れる。本来ならば、里はパニックに陥ったはずだ。

 

だが、敵の襲来を告げるサイレンが鳴り響くよりも早く、里中の忍たちが所定の位置へと動き出す。フミが左腕や殆どの生命力と引き換えにもたらした情報は、カツユや山中一族らの力で里の全忍に共有され、徹底的に叩き込まれていたのである。

 

「輪廻眼による視界共有」「各個体の能力」「一番厄介な個体」未知ゆえの恐怖は、既知の戦術へ既に昇華されていた。

 

「散開ッ! 奴らの視界を一直線にするな! 遮蔽物を使え!」

 

修羅道がミサイルを放とうとした瞬間、カカシの号令と共に複数の土流壁がせり上がり、爆風を最小限に抑え込む。本来なら奇襲で多くの命を奪うはずだった巨大ムカデや怪鳥も、出現と同時に秋道チョウザ率いる部隊の集中砲火を浴び、瞬く間に封じ込められていく。

 

「……ここまで対策済みだったとはな。」

 

里の上空に浮遊するペイン天道が、眼下の光景に眉をひそめた。人々が逃げ惑う悲鳴も、絶望の叫びもない。あるのは、獲物を狩るような整然とした殺気だけだ。

 

「だが、神に抗うなど無意味だ。ここより世界に痛みを――」

 

天道が両手を広げ、里を更地に変えるほどの神羅天征を放とうとした、その刹那。

 

ドォォォォォンッ‼︎

 

里の中心部に、巨大な白煙が爆発するように巻き上がった。その衝撃波だけで、周囲に展開していたペインの数体が吹き飛ばされる。

 

「……待たせたな、みんな!」

 

「ナルト……!自来也先生……!」

 

煙が晴れると、そこには巨大なガマブン太の頭上に立つ、二人の仙人の姿があった。

 

1人目は眼の周りに赤い隈取を浮かべた、伝説の三忍・自来也。そして、背中に巨大な巻物を背負い、オレンジと黒の隈取りを浮かべら横一文字の瞳孔を開いた、予言の子・うずまきナルト。2つの真紅のコートが、風に激しくはためいている。フミが予感した通り、蝦蟇仙人のアシスト抜きで、2人は完全なる仙人モードに到達したのである。

 

「遅かったのぅ、ペイン。いや……長門よ!」

 

自来也が腕を組み、かつての弟子を鋭く見上げる。

 

「自来也先生…俺の正体さえも…感知済みか…‼︎」

 

「フミの借りを返し、父ちゃんと母ちゃんの無念を晴らす……!」

 

ナルトは拳をバチンと合わせ、凄まじい自然エネルギーを練り上げていく。

 

「ケリ、付けてやるッッ‼︎」

 

もし、2人の帰還が少しでも遅れていれば、更に死傷者は増えていたかもしれない。だが、綱手を中心に木の葉の里全体が一致団結して立ち向かった結果、戦況は大きく傾いていく。

 

「答えを持たぬお前たち如きが、諦めろッッ‼︎」

 

激戦の果て、5体のペインが倒れ、追い詰められた天道は最後の力で神羅天征を放とうとするが、既に2人の螺旋丸の方が一手先にある。

 

「俺たちが…!」

 

「諦めるのを……!」

 

『諦めろッッ‼︎‼︎』

 

そして、最後の一体である天道が倒され、逆探知により、本体である長門の元へ辿り着いたナルトと自来也は、拳ではなく言葉で、互いの痛みをぶつけ合った。自来也という共通の師を持つ彼らの対話は、長い時を経てようやく交わり、長門はナルトが示す未来を信じることを選んだ。

 

「……先生、これが…俺にできる最後の償いです…!ナルト……!お前が作る物語……楽しみにしているよ…!」

 

長門は最後の力を振り絞り、「外道・輪廻天生の術」を発動。この襲撃によって失われた多くの命を蘇らせ、静かにその生涯を閉じることになる。

 

そして、木の葉の里は、激戦によってその多くが瓦礫の山と化しながらも、かつてないほどの歓喜に包まれていた。里の人々は、英雄として帰還したナルトと自来也を胴上げし、その偉業を称えるのだった。

 

 

 

***

 

同じ頃、木の葉の里から離れた、ある隠れ家。その薄暗い部屋の中で、フミの指先がピクリと動いた。ミナト、クシナ、そして綱手が派遣していたシズネが声をかける。

 

「フミ……⁉︎」

 

「フミ!聞こえる!聞こえるってばね⁉︎」

 

「フミ君!」

 

重い瞼をゆっくりと持ち上げると、見慣れない天井がぼやけて映る。消毒液の匂い。そして、自分を見つめる両親とシズネが視界に映った。

 

「……ん……あ……?」

 

喉がカラカラに乾き、声がうまく出ない。フミは状況を把握しようと上体を起こそうとしたが、腹部に走る激痛と、左側の「違和感」に顔をしかめた。

 

「動いちゃダメだってばね!まだ安静にしてないと!」

 

「か……さん……」

 

「フミ君、しっかり!お水、飲める?」

 

水分を少しずつ摂っていくと、漸く口を開けるようになった。

 

「あ……ああ…生きてる……良かった……あ……左腕……」

 

自身の左腕がない。その感覚が、夢ではなく現実の喪失として脳に突き刺さる。

 

「……すまない、フミ。君を守りきれなかった。本当に……ごめん……!」

 

「謝らないで……僕も父さんも……できることを精一杯やったんだから…」

 

その時、隣のベッドに座っていた人物が、気配に気づいて顔を向けた。その両目は分厚い包帯で覆われている。

 

「……気がついたか。」

 

「サスケさん…」

 

目の周りに包帯を巻かれながらも、サスケの声は低く、落ち着いていた。イタチの眼を移植し、光が戻るのを待つ闇の中で、彼もまた、じっとフミの目覚めを待っていたのだ。

 

「里は勝ったそうだ。ナルトが、ペインを倒した。」

 

「ナルトが…!」

 

「ああ…良かった……!」

 

「…兄さん、やったね。」

 

全員が安堵の息を吐き、フミは枕に頭を沈めた。ナルトがやった。父が守り、自分が繋いだバトンを、兄が見事にゴールまで運んでくれたのだ。失った腕の傷跡はまだ痛むが、後悔はない。

 

「さて、隻腕になったから、これからは肩凝りも半分…なんつって。」

 

フミが強がって冗談を言うと、サスケは少しだけ沈黙したあと鼻を鳴らし、クシナは泣きながら軽めのビンタをフミの頬にぶつける。

 

「……フン。馬鹿が。」

 

「バカ息子……!」

 

「さあ2人とも!退院まではもう少し時間が必要よ。食事の時間までは休むこと!いいですね?」

 

シズネからの命令に同意しつつ、二人の傷ついた忍は、それぞれの「痛み」と向き合いながら、新たな時代の幕開けを感じるのだった。

 

「ううっ……サスケェ……フミィ……良がったなぁ……」

 

「香凛、涙拭きなさいよ…」

 

「水月、それもだが、今日の食糧調達手伝ってくれ…」

 

 

 

ーーー

 

 

復興の槌音が響く木の葉の里。活気を取り戻しつつある通りから一本外れた路地裏に、その古書堂はひっそりと、しかし変わらずに佇んでいた。

 

店内は古紙の独特な香りに包まれ、表の喧騒が嘘のように静まり返っている。そこに空いた左袖を無造作にポケットへねじ込み、右手だけで棚の背表紙をなぞっている人物が1人。生死の境を彷徨い、地獄のようなリハビリを乗り越えてようやく許された外出3日目にして、フミはお馴染みの場所にいた。

 

「……あった。新作……出てたんだ。」

 

指が止まったのは、棚の最上段。そこには、自来也著『イチャイチャシリーズ』の最新刊が、隠されるように置かれていた。

 

フミは周囲に誰もいないことを確認し、本を取ってすぐ、表紙をめくった瞬間に漂う、いかがわしくも芳醇な大人の世界の香り。それは、死線を越えて戻ってきた彼にとって、何よりも平和を実感させるものだった。

 

(こういうのが読みたかったんだ……)

 

熱心にページを繰り、至福の表情で活字を追うフミ。だが、そこへ声がかかる。

 

「……フミさん?」

 

鈴が鳴るような、しかしどこか芯の通った声が、フミの背後から聞こえた。フミはビクッと肩を震わせ、慌てて本を閉じ、背中に隠した。だが、時すでに遅し。

 

振り返ると、そこには日向の分家の者に付き添われた、日向宗家次女・日向ハナビが立っていた。彼女は白く清らかな和装に身を包み、その純粋無垢な白眼(びゃくがん)で、フミの挙動不審な様子をじっと見つめている。

 

「お加減は、もうよろしいのですか。里に戻られていたのですね。」

 

その声は平坦で、何を考えているのか読めない。だが、フミには分かった。彼女の白眼は、彼が隠している本のタイトルも、その過激な挿絵すらも見透かしているに違いない。

 

(終わった………まじで終わった……)

 

冷や汗が背中を伝う。失った左腕よりも、今、失われようとしている社会的生命の方が、フミにとっては遥かに恐ろしかった。

 

「は、ハナビちゃんこそなんでここへ…?」

 

ハナビは隠されている本をあえて追求せず、静かにフミの空いた左袖に視線を落とした。その白眼が、彼の体内のチャクラの流れや、まだ完治しきっていない傷跡の形を克明に捉える。

 

「……父上に歴史の古い資料を探してくるよう命じられただけです。それよりも、フミさん。」

 

ハナビは一歩、フミに歩み寄った。彼女の幼いながらも凛とした顔立ちが、フミの胸元あたりで止まる。

 

「里の英雄が、そんな埃っぽい場所でコソコソしているのは感心しません。……その腕も。」

 

ハナビはそっと手を伸ばし、フミの左袖に触れた。そこにあるはずの肉体がないという現実を、彼女は指先で確かめるように。

 

「随分と無茶をしたのですね。……ナルトさんも、四代目様も、里の皆さんが貴方のことを心配していました。もちろん……私だって。」

 

ハナビは少しだけ顔を赤らめ、すぐに手を引っ込めた。そして、フミが背中に隠している『イチャイチャパラダイス』を一瞥し、意地悪く口角を上げる。

 

「ちなみに、私の眼は障害物を透過します。……その本、中身が凄まじいことになっていますね?」  

 

「…母さんには内緒にしてくれ。本当に。この歳になってお尻叩かれたくない。」

 

涙目で懇願する里の英雄の1人に対し、ハナビは、くすりと口元を綻ばせた。その笑顔には、日向の姫としての厳格さはなく、年相応の少女の悪戯な色が浮かんでいた。

 

「里の英雄も、お母様には勝てないのですね。あの『赤い血潮のハバネロ』の恐ろしさは、日向の屋敷にまで轟いていますから。……確かに、貴方の命のためにも内緒にしておいた方がよさそうです。」

 

彼女は着物の袖で口元を隠しながら、楽しそうに目を細める。だが、すぐにその瞳をパチリと開け、小悪魔のように人差し指を立てた。

 

「ただし……タダというわけにはいきませんよ?」

 

彼女はフミの背後にある古書堂の出口を、あごでしゃくってみせる。

 

「ちょうど小腹が空いていたんです。甘味処で『みたらし団子』をご馳走してくださるなら……私の口は、貝のように閉ざしておきましょう。いかがですか?」

 

「はい、喜んで!」

 

フミの即答に、ハナビは満足げに頷いた。二人は並んで古書堂を出て、復興途中の活気ある大通りへと足を踏み出す。

 

秋の柔らかな陽光が、フミの赤い髪を照らし出した。左袖が風に遊ばれているのを見て、ハナビはさりげなく彼の右側に回り、周囲の人波から彼を庇うよう、そしてフミの歩調に合わせて歩を進める。

 

「……フミさん、本当にお帰りなさい。貴方がいない里は、少しだけ……静かすぎて退屈でした。」

 

ふと漏らした少女の独り言は、工事の喧騒に紛れて消えていく。その時、通りの向こうから聞き覚えのある、元気いっぱいの声が響き渡った。

 

「……あーっ! フミ! あんた、こんなところで何してるんだってばね‼︎」

 

エプロン姿のまま、買い物カゴを下げたクシナが、仁王立ちで二人を指差していた。その背後には、冷や汗を流しながら苦笑いするミナトの姿もある。

 

「退院したとはいえ、まだ安静にしてなきゃダメだって言ったでしょ! それに……あら? 隣にいるのは日向のハナビちゃんじゃない?」

 

クシナの鋭い視線が、フミの背中の「膨らみ(隠した本)」と、二人の微妙な距離感を交互に捉えた。

 

「ち、ちょっとこれから甘味処でお茶しに…ね?」

 

「お茶ぁ……?」

 

クシナは目を細め、獲物を狙うハバネロのような鋭い視線をフミに突き刺した。買い物カゴを腕にかけ直し、ゆっくりと二人に歩み寄る。その背後では、ミナトが「頑張れ、フミ……」と心の中で念じながら、静かに目を逸らしていた。

 

「怪我人が勝手に外に出て、可愛い女の子を連れ回すなんて……いい度胸してるじゃないの! しかも、その背中に隠してるのは何⁉︎」

 

まさに絶体絶命。しかし、ここでハナビが助け舟を出す。

 

「……クシナ様。私が、フミさんに無理を言って連れ出していただいたのです。里の復興の様子を見て回りたくて。」

 

ハナビは涼しい顔で、フミの「隠し事」には一切触れず、完璧なフォローを入れた。だが、その隣でフミの手が震えているのを、彼女は見逃さずに楽しんでいる。

 

「ま、まあ…ハナビちゃんがそう言うなら、今回は不問にしてあげるけど……。」

 

クシナはフミの鼻先をグイと指差した。

 

「いい?夕飯までには絶対帰ってくること! 分かった⁉︎逃げたら、金剛封鎖(こんごうふうさ)で引きずり戻すからね‼︎」

 

母親の迫力に、フミはただただ首を高速で縦に振ることしかできなかった。

 

ハナビはクシナとミナトが角を曲がって見えなくなるのを確認してから、ふっと肩の力を抜いた。そして、勝ち誇ったような笑みをフミに向ける。

 

「……貸し、一つですからね? フミさん。」

 

彼女はフミの顔を覗き込み、わざとらしく溜息をついてみせた。

 

「お母様のあの迫力……「金剛封鎖」なんて出されたら、日向の回天でも防げるかどうか。……さあ、命が助かったお祝いに、約束通りお団子屋さんへ向かいましょう。」

 

「恩にきます……ありがとう。」

 

ハナビはフミの左腕の袖口をちょんと指先で摘まみ、エスコートを促すように再び歩き出した。

 

秋風が通りを抜け、復興の喧騒の中に、かつての穏やかな日常の断片が混じり合う。フミの背中の「禁書」は依然としてそこにあるが、今はそれよりも、隣を歩く少女の歩調に合わせることで精一杯だった。

 

「ああ、そうだ。……お団子の後は、もう少しだけ散歩に付き合ってください。貴方が守ったこの里が、どれだけ綺麗になったか……一緒に見たいんです。」

 

「僕でよければ、もちろん。」

 

「……ええ。貴方がいいのです。」

 

ハナビはフミを見上げ、小さく微笑んだ。その一瞬だけ、彼女の白眼に柔らかな光が灯ったように見えた。

 

甘味処の赤い暖簾をくぐると、香ばしい醤油の香りが二人を出迎える。店内は復興作業の休憩に立ち寄った忍たちで賑わっていた。

 

二人は窓際の席に座り、ハナビは「特選大粒団子」を、フミは渋い緑茶を注文した。運ばれてきた団子を前に、ハナビは嬉しそうに目を輝かせている。

 

『いただきます。』

 

行儀よく手を合わせ、一本手に取ると、もっちりとした団子を小さな口で頬張った。その仕草は、日向の姫としての気品と、少女としての無邪気さが同居している。

 

「……美味しいです。」

 

彼女は満足そうに目を細め、熱い緑茶をすするフミを見つめた。

 

「フミさんは……これから、どうするのですか? 片腕では、もう以前のようには戦えない。それでも……忍を、続けますか?」

 

不意に投げかけられた、核心を突く質問。それは、フミ自身がずっと向き合ってきた、逃れられない問いだった。しかし、答えもまた決まっている。

 

「…まだ僕の夢は叶ってない。兄さんが火影になる時、影となって支え続けること、腕の一本で諦めたくないんだ。」

 

フミの言葉に、ハナビは団子を食べる手を止め、彼の顔をじっと見つめた。その瞳は、ただの好奇心ではない。彼の覚悟を、魂の形を、見定めようとするような真剣な眼差しだった。

 

フミは湯呑みを置き、窓の外に広がる里の景色へと視線を移す。そこには、瓦礫を片付け、新しい建物を建てる人々の姿があった。

 

「あのペインとの戦いで、兄さんは「英雄」になった。きっと、父さんたちの跡を継いで、最高の火影になる。……でも、英雄はいつだって孤独だ。重い責任と、数えきれないほどの痛みを一人で背負うことになる。」

 

彼は、ポケットに突っ込んでいた空の左袖を、右手でそっと撫でた。

 

「僕は、その痛みを背負えるなら…半分は背負いたいんだ。兄さんが光なら、僕は影になる。表舞台に立つんじゃなくて、里の根を蝕む闇を切り裂く、そういう存在になりたい。だから、この腕一本無くしたくらいで…その夢を諦めるわけにはいかないんだ。」

 

彼の言葉には、悲壮感はなかった。ただ、揺るぎない決意だけが、静かにそこにあった。

 

「……馬鹿な人。」

 

ハナビはポツリと呟き、視線を伏せた。長いまつげが、白く美しい頬に影を落とす。

 

「貴方自身が、もう十分に英雄なのに。……でも、フミさんらしいですね。」

 

彼女は再び顔を上げ、フミの瞳をまっすぐに見つめた。

 

「……分かりました。それなら、私も貴方を支えましょう。この「白眼」は、どんな闇をも見通します。貴方が切り裂くべき闇を、私が見つけて差し上げます。」

 

それは、慰めでも同情でもない。一人のくノ一として、同じ道を歩む者への、確かな「誓い」だった。フミの心臓が、確かに高鳴って感触を得る。今まで味わったことのない、いやイチャパラでしか知り得ないモノ。即ちそれは。

 

「…ねえ、ハナビちゃん、君が良ければ…なんだけど。」

 

ハナビは団子の串を置くと、フミの様子を不思議そうに観察した。頬を朱に染め、珍しく言葉を濁す彼の動揺は、白眼を使わずとも一目瞭然だった。

 

「……改まって、何ですか? 私が良ければ……?」

 

ハナビは首をかしげ、フミの次の言葉を待つ。その無垢な視線が、フミの緊張をさらに煽り立てる。店内には相変わらず忍たちの笑い声が響いていたが、二人の周りだけは、まるで時が止まったかのような静寂が流れていた。

 

(何だか、いつもと様子が違いますね。まさか、お団子のお代が足りなかった……なんてことはないでしょうし)

 

彼女はフミの顔を覗き込むようにして、その整った顔立ちを間近で捉えた。少しだけ熱を帯びた彼のチャクラの流れが、ハナビの胸を微かに高鳴らせる。

 

「えっと…その…」

 

「もったいぶらずに、仰ってください。……フミさんの頼みなら、大抵のことは聞いて差し上げますから。」

 

一息吐き、呼吸を落ち着かせると、フミはハナビの目を見て、ハッキリと告げる。

 

「貴方が…好きです。僕と、付き合ってくれませんか。恋人として。」

 

2人の時が、止まった。

 

店内の喧騒も、湯呑みから立ち上る湯気の揺らぎも、すべてが遠い彼方へ消え去ったようだった。

 

「えっ……?」

 

ハナビは、手にした団子の串をぽろりと皿の上に落とした。日向の姫として幼い頃から叩き込まれてきた鉄壁の自制心が、フミのド直球すぎる告白の前で音を立てて崩れ去る。

 

彼女の白く透き通るような肌が、首筋から耳、そして頬へと、みるみるうちに林檎のように赤く染まっていく。それは、先ほどのフミの比ではないほどの動揺ぶりだった。

 

「え……あ……?」

 

言葉が出てこない。白眼が小刻みに揺れ、目の前のフミを凝視する。

 

彼女の視界には、フミの体内を巡るチャクラの激流が映し出されていた。嘘をつく余裕など微塵もない、心臓が破裂しそうなほどの緊張と、一点の曇りもない真剣な想い。それが痛いほどに伝わってくる。

 

「本気……なんですか? 冗談や、からかいではなく……?」

 

「本気です…!」

 

彼女の声は裏返り、いつもの凛とした響きはどこにもない。ハナビは震える手で自分の口元を覆った。心臓の音がうるさい。自分自身の鼓動が、こんなにも激しく鳴るなんて知らなかった。

 

「私……私は、日向の次期当主候補ですよ? 気難しくて、可愛げもなくて……それに、こんな……まだ子供で……」

 

彼女はうつむき、真っ赤な顔をフミから隠すように背けた。だが、その瞳は期待と不安に揺れながら、フミの反応を伺っている。

 

「……本当に、私でいいのですか? あの……『イチャイチャパラダイス』に出てくるような、ナイスバディな方じゃなくても……?」

 

フミは穏やかな笑みを浮かべると、ポツリと心の奥底に隠していた心情を打ち明けた。

 

「みんなさ、火影の息子として接してくるんだ。アカデミーの時も、暗部の時も。それは誇りであると同時に…寂しかった。誰も僕自身を見てくれてないのかなって。家族以外で唯一、僕を僕として見てくれていた最高のパートナーは…助けられなかった。」

 

「……イタチさん、ですね。」

 

フミの声は、秋の風のように穏やかで、けれど深く心に染み入る響きを湛えていた。彼は、残された右手をテーブルの上でそっと握りしめる。

 

「でも、君は違った。日向の姫として毅然としながら、僕を、ただの「うずまきフミ」として見てくれた。そして、僕を支えるって言ってくれて…凄く嬉しかった。」

 

ハナビは覆っていた手をゆっくりと下ろし、フミの言葉を一つも漏らさぬよう、その唇の動きを追った。彼女もまた、宗家という宿命を背負う者として、彼が抱えてきた孤独の色彩を誰よりも理解できていた。

 

「君の隣にいる時だけ、僕は火影の息子でも、英雄でもない、ただの男になれるんだ。……だから、君がいい。ハナビちゃんじゃなきゃ、嫌なんだ。」

 

「……ず、ずるいです。そんな風に言われたら……私……」

 

ハナビの瞳に、熱い膜が張る。彼女は真っ赤な顔のまま、フミの右手に自分の小さな手を、おずおずと重ねた。指先が触れ合った瞬間、電気のような衝撃が二人の間を走る。

 

「私だって……日向の道具としてではなく、一人の女の子として扱ってくれるのは、貴方だけでした。……貴方のその、少し抜けていて、でも誰よりも優しいところが……。」

 

ハナビは覚悟を決めたように顔を上げ、フミの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

 

「……はい。喜んで、お受けします。……その代わり、浮気なんてしたら……八卦六十四掌(はっけろくじゅうよんしょう)で、再起不能にして差し上げますからね?」

 

「…しないよ。多分日向家総出、あと兄さん(最近ヒナタといい感じ)も駆り出されて大変なことになるだろうしね」

 

ハナビは、フミの冗談めかした言葉に、耳まで真っ赤にして俯いてしまった。彼がナルトとヒナタの関係に気づいていること、そして、それを自分たちの未来と重ねて想像していることが、恥ずかしくも、たまらなく嬉しかった。

 

「……ば、馬鹿……!」

 

重ねられたフミの右手を、彼女は小さな手でぎゅっと握り返す。その力強さが、彼女の言葉にならない喜びを物語っていた。

 

ハナビはしばらくの間、熱くなった顔をテーブルに隠すように俯いていたが、やがて意を決したように顔を上げる。その瞳は潤んでいたが、そこには未来への確かな光が宿っていた。

 

「……それなら、もうあの本は必要ありませんね?」

 

彼女は悪戯っぽく微笑み、フミの背中を指差した。

 

「『イチャイチャ』の勉強なら……これからは私が、直々に教えて差し上げますから。……覚悟、しておいてくださいね?」

 

「….ヒアシさんが聞いたら泣いちゃうよ?まあでも…うん。了解です。」

 

ハナビは「ヒアシ」の名前が出た途端、少しだけ口を尖らせたが、すぐに悪戯っぽく肩をすくめてみせた。

 

「父上は頭が固いですから、放っておけばいいのです。……それに、これは日向の次期当主としての、将来の伴侶に対する「教育」の一環ですから。文句は言わせません。」

 

彼女は最後の団子をパクリと平らげると、満足そうに指先を拭き、席を立った。

 

「さあ、行きましょうか。……私の「恋人」さん?」

 

「はい、お手をどうぞ。」

 

会計を済ませ、店を出た二人を、秋の柔らかな夕日が包み込む。

 

並んで歩き出すと、ハナビは自然な動作で、フミの残された右手に自分の指を絡ませた。恋人繋ぎ。その小さな掌から伝わる体温が、フミの心臓を再び早鐘のように打ち鳴らす。

 

失った左側の空間はまだ寂しいけれど、右手に感じる確かな温もりが、今の彼には世界の全てのように思えた。

 

「……暖かいですね。」

 

ハナビは嬉しそうに呟き、フミの肩に少しだけ寄り添った。復興へ向かう里の雑踏の中、二人の新しい、そして少しだけくすぐったい時間が静かに流れ始めていた。

 

 




フミとハナビの出会いは中忍試験でのナルトとネジの戦いからです。そこから何度も出会い、話し、時に体術の訓練をしたりと仲が深まっていました。次回は、五影会談編からスタートです。
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