里の復興が急速に進む中、五影会談の開催地である「鉄の国」へ出発する日が近づいていた。火影室では、五代目火影・綱手が、護衛に選ばれたメンバーを前に、厳しい表情で地図を広げている。本来であれば、自来也も同席していた予定であったが、ペイン戦で負ったダメージが深く、当面は安静することになっている。
「…ナルトやカカシ、サスケは勿論だが…フミの力も必要だな。シズネ、うずまき家はクシナ以外出席するよう伝えろ。」
「はい!」
出発を明日に控えた夕暮れ。うずまき家では、クシナが腕によりをかけたご馳走が食卓に並んでいた。綱手の計らいで「影の補佐」として随行が決まったフミと、護衛戦力最高峰としての期待がかかるナルト、そして指揮系統としては最高クラスの頭脳を持つミナト、そんな彼らの前に、クシナは大きな器に山盛りの肉野菜炒めと、特大のハンバーグをドン!と置いた。
「ほら、みんな!鉄の国は寒いんだから、これ全部食べて脂肪つけていくんだってばね!」
「やった!いただきますってばよ!」
「こらこら、慌てて掻き込まない。」
「うーん…やっぱり母さんの手料理は最高!」
クシナはかいがいしく世話を焼きながら、ふと、フミの右手の指先を見つめた。恋人を知った指先は、以前よりもどこか落ち着きを払っているように見えた。
「………」
彼女は少しだけ真面目な顔になり、空いた左袖ではなく、フミの顔を真っ直ぐに見ると、ビシッと告げる。
「フミ?あんた、ハナビちゃんを泣かせたら承知しないわよ。日向のヒアシさんは怖いけど、私はその何倍も怖いんだからね!」
そう言って笑うクシナの瞳には、愛する息子が自らの足で新しい幸せを掴もうとしていることへの、深い安堵と喜びが滲んでいた。
「フミ、無理はしなくていい。今回は僕も五代目(綱手様)の助言役として同行するからね。家族で、里を守りに行こう。」
「勿論俺もな!フミ、絶対無茶はすんなよ?」
ミナトとナルトがフミの肩に右手を置く。失ったものは大きい。だが、この食卓にある温もりは、何者にも壊せはしない。
「さあ、冷めないうちに食べちゃって! おかわりは山ほどあるからね!」
フミは箸を動かしながら、賑やかな食卓の光景を瞳に焼き付けるように見渡した。慣れ親しんだ母の味が五臓六腑に染み渡っていく。
「…分かってるよ、母さん。ハナビちゃんを泣かせるような真似は絶対にしない。……というか、彼女の方が僕よりずっとしっかりしてるしね。」
フミは少し照れくさそうに笑い、それからミナトに向き直った。
「父さん、兄さん、僕はもう大丈夫。腕が一本なかろうが、僕はうずまき家の一員で、木の葉の忍だ。鉄の国でも、しっかりサポートに回ってみせるよ。」
ナルトは口いっぱいに頬張った米を飲み込むと、親指を立ててフミに笑いかけた。
「おう! 頼りにしてるぜ、フミ! お前がいてくれれば、俺は思いっきり暴れられるからな!」
「会談中に暴れるのは無しだからね?」
家族の笑い声が、暖かい照明に照らされた部屋に響く。外は冷え込み始めていたが、うずまき家の食卓には、どんな吹雪も溶かしてしまうほどの情熱と慈しみがあった。
そして、翌朝。
鉄の国へ向かう門の前には、重装備の忍たちが集結していた。五代目火影・綱手を筆頭に、カカシ、ミナト、ナルト、そして新調された忍び装束に身を包んだフミを含め、大所帯となっている。
雪の舞う北の大地、五影が集う会談の場で、彼らを待ち受けるのは、世界の命運を左右する巨大な嵐であった。
「じゃあ、行ってきます!」
フミは右手を軽く挙げ、見送りに来たクシナに笑いかけた。冷たい朝の空気が肺を満たし、身が引き締まる。失った左腕の重みがない分、足取りは驚くほど軽かった。
ふと視線を感じて横を向くと、少し離れた場所にハナビが立っていた。彼女は公の場であるため、日向の姫としての凛とした佇まいを崩していないが、その白眼は真っ直ぐにフミだけを捉えている。
フミは彼女にだけ分かるように、右手の指先を少しだけ動かして合図を送った。ハナビもまた、誰にも気づかれないほど微かに、だが力強く頷き返した。
「出発だ! 」
綱手の号令と共に、忍たちが一斉に地を蹴った。雪の舞い始めた冬の森へと消えていく一同。フミはナルトの少し後ろ、ミナトの隣という「影」のポジションを維持しながら、未知なる強者たちが集う戦地へとその身を投じることになる。
鉄の国にて始まった五影会談は、それぞれの里の思惑がぶつかり合う、張り詰めた緊張の中で始まった。雲隠れの雷影エーの激情、岩隠れの土影オオノキの老獪さ、霧隠れの照美メイの色香と毒、砂隠れの我愛羅の冷静さ。そして、それらをまとめ上げようとする火影・綱手の存在感。この世界線では、ダンゾウが既に死に、またサスケによる復讐も起きていないため、平和的に会談が進む。
だが、その均衡は、突如として現れた闖入者によって破られることとなった。
「木の葉の里のうちはサスケが八尾の人柱力を狙っている。」
その一言が、雷影を激昂させた。しかし、木の葉の忍たちは知っている。今サスケは里にいるし、人柱力を狙う理由もない。ならば、この白ゼツの言葉の裏には、何者かの巨大な陰謀が渦巻いている。
「待て、雷影殿! それは罠だ!」
綱手の制止も聞かず、雷影は壁を破壊して飛び出していく。会談は完全に中断された。
「皆、戦闘態勢! この白ゼツ……フミから報告のあった「暁」の戦力だ!」
フミは影の中から、ミナトの指示を待たずに行動を開始していた。片腕とは思えぬ体捌きで、天井に張り付いていた別の白ゼツにクナイを突き立てる。
「父さん! こいつら、増える!」
仕留めたはずの白ゼツの死体から、新たな芽が伸び、人型を形成しようとする。その時、会談場を覆っていた屋根が、轟音と共に吹き飛ばされた。降り注ぐ雪と瓦礫の中、仮面をつけた一人の男が、五影を見下ろすように立っている。
「……やあ、皆さん。少しお話があります。」
その声は、かつてクシナを襲い、ミナトと死闘を繰り広げ、九尾を解き放ち、イチャパラを巡る追いかけっこでフミが出会った、あの男のものだった。妻を、里を、そして二人の息子を地獄へ突き落とそうとした元凶、そして…かつての教え子を前に、ミナトは震える。
トビはゆっくりと、その悍ましい計画を語り始めた。「月の眼計画」。全人類を幻術の世界に引きずり込むという、狂気の野望。そして、そのために必要な尾獣は、あと二つ。九尾と八尾。仮面の男は、ナルトとキラービーを指差した。
「渡してもらおうか。……さもなくば、ここにいる全員に「痛み」を知ってもらうことになる。」
木の葉の忍たちの間に、緊張の糸が張り詰める。トビと名乗る男の正体が、かつての仲間、うちはオビトであることは、彼らだけが知る秘密だった。しかし、ここでそれを明かしても、他里の影たちが混乱するだけ。今は、この狂気の計画を前に、世界がどう動くかを見極める必要がある。
他の影たちが「月の眼計画」の途方もない規模に言葉を失う中、綱手が拳を握りしめ、一歩前に出た。
「ふざけるな! 尾獣は軍事兵器だ! 貴様のようなテロリストに渡す理由など、どこにもない!」
「……ならば、ここで「戦争」を始めると言うことかな? 五影の皆さん。」
トビの仮面の奥の瞳が、嘲るように細められた。彼の言葉は、五影に、そして世界全体に対する宣戦布告だった。
フミは影の中で息を殺し、オビトのチャクラの流れを分析する。神威の厄介さは、同じ力を持つカカシから嫌というほど聞かされている。実体化する一瞬を、どう突くか。片腕の自分に何ができるか。
(奴の狙いはナルトとビーさん。ここで戦闘になれば、兄さんを狙って神威で…!)
フミが思考を巡らせていると、砂隠れの風影・我愛羅が静かに口を開いた。その声は若いが、一国の長としての重みが宿っている。
「貴様の言う「平和」は、ただの偽りだ。俺たちは、俺たちの未来を、貴様のような男に委ねはしない。」
その言葉を皮切りに、土影、水影もまた、トビへの明確な敵対の意志を示す。そして、いつのまにか戻ってきていた雷影も、大切な弟を守るため、それに続いた。ここに、「忍連合軍」の結成が決定的なものとなる。
「……結構だ。では、第四次忍界大戦を、ここに宣言する。」
その言葉を最後に、オビトの体は渦を巻くように空間に吸い込まれ、消えていった。残されたのは、凍てつく空気と、これから始まる未曾有の大戦への覚悟を決める、五人の影たち。
オビトが消え去った後、会談場には重い沈黙が流れる。それぞれの里の長たちは、今しがた宣言された「第四次忍界大戦」という言葉の重みを、全身で受け止めていた。
フミは影のポジションから静かに歩み出て、ミナトとナルトの隣に並んだ。彼の視線は、父であるミナトに注がれている。かつての教え子、うちはオビトと再び対峙し、その狂気を目の当たりにした父の胸中は如何程か。
「………ッ!」
ミナトは唇を固く結び、拳を握りしめている。その表情には、怒り、悲しみ、そして師として友を止められなかった後悔が複雑に混じり合っていた。
ナルトもまた、父のただならぬ様子に気づき、心配そうにその顔を覗き込んでいる。
「父ちゃん……」
その重苦しい空気を破ったのは、土影・オオノキだった。彼は腰に手を当て、空になったトビのいた場所を睨みつける。
「…ふん。言ってくれるわい、あの若造が。だが、これでハッキリした。ワシらは、奴と戦わねばならん。」
その言葉に、他の影たちも頷く。敵は明確になった。あとは、このバラバラの五大国が、いかにして一つの軍として機能するかだ。
「全ての忍に、この状況を伝え、連合軍を組織する。八尾と九尾……ナルトとキラービー殿は、敵の最大の標的だ。安全な場所へ隔離する必要がある。」
トップとしては、当然の判断。だが。
「…待ってください。」
フミの静かな、だが確固たる意志を秘めた声が、会談場に響いた。影たちや随行の忍たちが一斉に、赤い髪の少年に視線を向ける。
「フミ……どういうつもりだ? 相手は十尾の復活を画策する暁だ。九尾を戦場に出すリスクは承知しているはずだぞ。」
フミは一歩前に出ると、独りでに揺れる左袖を右手で押さえ、五影を真っ直ぐに見据えた。
「隔離は逆効果です。ナルトを閉じ込めれば、奴は必ず「神威」で直接引きずり出しに来る。そして何より……兄さんは、仲間が戦っている間に自分だけ隠れているような真似を、死んでも選ばない。」
ナルトが驚いたようにフミを見る。その瞳には、自分の本質を誰よりも理解してくれている弟への信頼が溢れていた。
「兄さんは、これまで何度も不可能を可能にしてきました。九尾の力も、今は憎しみではなく、里を守るための力として使おうとしています。……最強の盾を隠すのではなく、連合軍の最大の矛として運用すべきです。」
「盾ではなく、矛…か。」
「僕が兄さんを全力で護衛します。隔離するより、僕たちの目の届くところで共に戦う方が、よほど生存率は高い。」
フミは一旦言葉を切ると、少しだけ柔らかい表情でナルトを見やった。
「それに、今の兄さんは一人じゃない。日向の……ヒナタさんの想いだって背負ってる。ここで逃げたら、一生あの方に顔向けできないでしょ?」
フミの最後の言葉は、ナルトの胸に深く突き刺さった。ヒナタの名前が出た瞬間、ナルトの顔がカッと赤くなる。
「フ、フミ、お前っ……! こ、こんな所で何言ってんだってばよ!」
狼狽するナルトとは対照的に、雷影エーは腕を組み、面白そうにフミを見下ろした。
「ホウ……火影の息子は二人とも、揃って威勢がいいな。だが小僧、九尾の人柱力がお前たちの手に負えると思っているのか?」
我愛羅を除いて、他里の人間たちは実情を知らないのだから当然である。
「……フミの言う通りです、雷影殿。」
静かに口を開いたのはミナトだった。彼はフミの隣に立ち、その肩に手を置く。
「オビト……あの仮面の男の「神威」を止められるのは、同じ時空間忍術を持つ私とカカシだけ。そして、ナルトが暴走しかけた時に止められるのは、彼の家族である我々です。ナルトを、フミを、我々を信じていただきたい。」
ミナトの言葉には、先代火影としての威厳と、父親としての揺るぎない覚悟が満ちていた。その気迫に、他の影たちも息を呑む。
「……俺も、フミの意見に賛成だ。ナルトは、俺が闇の中から救い出してくれた友人だ。彼の力を信じている。」
我愛羅の言葉が、議論の流れを決定づけた。綱手はしばらく腕を組んで考え込んでいたが、やがて大きく息を吐き、決断を下す。
「……分かった。九尾と八尾の隔離案は撤回する。だが、その代わり、お前たちには、人柱力二人の護衛という最重要任務についてもらう。……失敗は許されんぞ。」
「御意!」
フミの迷いのない返答が、冷え切った会談場に心地よく響き渡った。片腕を失いながらも、その背中には里を背負う忍としての確かな風格が備わっている。綱手は満足げに一つ頷くと、傍らのシズネに視線を送り、連合軍結成のための具体的な書簡を用意するよう命じた。
「話は決まったな! 各員、直ちに帰還し大戦の準備に取り掛かるぞ!」
会談場を後にする木の葉の一行。鉄の国の外は、さらに激しい猛吹雪となっていた。ミナトはフミの隣に歩み寄り、その赤い髪を優しく撫でる。
「フミ……立派になったね。あんな大物相手に物怖じせず意見を通すなんて、本当にかっこよかったよ。」
「へへっ、流石は俺の弟だってばよ! 隔離なんて言われた時はどうしようかと思ったけど、助かったぜ!」
ナルトがフミの肩をがっしりと抱き寄せ、笑い飛ばす。だが、その背後でカカシだけは、雪の向こうを見つめながら独りごとのように呟いた。
「……さて、ここからは本当の地獄になるよ。クシナさんにどう伝えるか。」
カカシはフミに目配せをする。あの「赤い血潮のハバネロ」が、息子二人を揃って最前線へ送り出すことに納得するかどうか。その「家庭内での戦争」も、彼らにとってはこれから始まる大戦と同じくらい熾烈なものになるかもしれない。
「……あ、あはは。そうだね、クシナには……なんて説明しようか。」
黄色い閃光と謳われた男が、冷や汗を流しながら苦笑いする。雪原を駆ける彼らの足跡は、やがて来る大戦の戦火の中へと、真っ直ぐに続いていた。
そして、帰宅後のうずまき家の食卓にて。
フミは全ての事実をクシナに告げた。第四次忍界大戦の勃発。敵の首魁が、あの九尾事件を起こし、イチャパラ騒動で再会した仮面の男、オビトであること。そして、ナルト、フミの兄弟が揃って、最前線で戦うこと。
食卓は、水を打ったように静まり返る。クシナは、何も言わなかった。ただ、ゆっくりと立ち上がると、無言で食器を片付け始めた。その背中から放たれるチャクラは、まるで嵐の前の静けさのように、不気味なほどに凪いでいる。
ミナトとナルト、そしてフミは、息をすることも忘れ、彼女の次の行動を待った。ゴクリと、誰かの喉が鳴る。やがて、全ての食器を洗い終えたクシナが、ゆっくりと振り返る。
その顔は――満面の笑みだった。
「そう……分かったわ。」
あまりにも予想外の反応に、男三人は呆然とする。
「あんたたち兄弟を産んだのは、誰だと思ってるの? この私、うずまきクシナよ! 渦潮隠れの「赤い血潮のハバネロ」の息子たちが、この程度のことで怖気づくなんて、母さんが許さないわ!」
クシナは仁王立ちになり、腰に手を当てて高らかに宣言する。その赤い髪が、怒りではなく、誇りで逆立っているように見えた。彼女はフミの前に立つと、その片腕の肩を力強く掴む。
「いい、フミ?あんたはをナルトをしっかり支えてあげて。そして、ミナトと一緒に一番いい勝ち方を見つけ出すのよ。分かった⁉︎」
「……もちろん!」
クシナはフミの揺るぎない返事を聞くと、満足そうに鼻を鳴らした。そして、その大きな掌で2人の髪をごわごわと力一杯撫で回す。
「よーし、いい返事だってばね! さすが母さんの自慢の息子たち!」
クシナはそのままキッチンへ戻ると、奥から巨大な包みを持ってきた。中には、保存の利く兵糧丸の特別製や、家族三人の忍装束、そして念入りに手入れされたクナイの数々が詰まっている。
「ミナト! あんたは先代火影としてじゃなく、父親として二人を絶対守れるように指揮を取ること!」
彼女は最後に息子たち2人の方を向き、悪戯っぽく、けれど慈愛に満ちた目でウインクをした。
「2人とも!ヒナタちゃんとハナビちゃんに「ただいま」って言うまで、かすり傷一つ作っちゃダメよ? 日向の娘さんたちを悲しませたら、母さんが2人を異界まで追いかけて説教しちゃうんだから!」
「ちょっ⁉︎ 母ちゃん、勘弁してくれ…」
「あはは…無事に帰らなきゃね、兄さん?」
クシナの豪快な激励に、家の中に漂っていた張り詰めた緊張感は霧散し、代わりにうずまき家特有の、熱く燃え上がるような闘志が満ち溢れた。そんな中、クシナはナルトに視線を移した。
「…ナルト、あんたに私から贈りたいものがあるの。いつかこの時が来るとは思ってたから。」
「へ?贈り物?」
何のことか分からないナルトに、クシナは自身の意識をナルトと共に深層へと招き入れた。
「ここは…クラマの?」
気づけば、ナルトは自身の精神世界――格子戸の前に立っていた。だが、いつもと様子が違う。薄暗い水底のような空間で、向かい合うクシナが静かに格子の中を見つめている。
そして、彼女の格子の向こうには、ナルトにとっても見慣れた獣の姿があった。
一つは、ナルトにとっては生まれてからずっと腐れ縁であり、今や欠かせないパートナーである陽の九尾。そしてクシナの方には、陰の九尾が寝転がっている。
「な、なんだってばよこれ…九尾が…2体⁉︎」
クシナは、目の前の信じがたい光景に呆然とする息子に向かって、静かに語り始めた。その声は、いつもの快活さとは違う、深い愛情と、そして少しの罪悪感を滲ませていた。
「あの日…ナルトが生まれた日、里を襲った九尾を止めるために、ミナトは九尾のチャクラを二つに分けたの。陽の半分を貴方に…そして、陰の半分を、母さんの体に封印した。死にかけの私を生かすためにね。」
クシナは、自分の腹部にそっと手を当てた。そこには、ミナトが新たに施した封印式が、うっすらと浮かび上がっている。
「それからずっと…母さんはクラマと対話してきた。憎しみの塊だったこの子に、うずまきのしつこさで、愛を説き続けたのよ。そして、約束させた…。いつかナルトが、本当の意味で里を背負う時が来たら、その力を貸してくれるって。」
「そんな…そんなことのために、母ちゃんはずっと…! ダメだ! 絶対ダメだってばよ! 母ちゃんの九尾まで俺が貰っちまったら、母ちゃんが…!」
人柱力が尾獣を抜かれれば死ぬ。その事実を我愛羅の時によく知っているナルトは、必死に首を振った。だが、その悲痛な叫びを遮ったのは、意外な声だった。
「案ずるな、小僧。この女の生命力は異常だ。ワシのチャクラが半分抜けたくらいでは、死にはせん。それに、このままではお前は先の戦いには勝てんぞ。」
静かに横たわっていた陰の九尾が、重々しく口を開く。その隣で、陽の九尾も忌々しそうに、だが同意するように鼻を鳴らした。
「ナルト、こいつの言う通りだ。今の半端なお前では、ワシの力を十全には引き出せん。さっさと一つになり、完全な力を取り戻すぞ。」
「クラマ…でも…!」
ナルトの悲痛な叫びを聞き、クシナはふわりと微笑んだ。彼女は震える息子の前に歩み寄ると、その両手でナルトの頬を優しく包み込む。ひんやりとした精神世界の中で、母親の手のひらだけが、確かな温もりを持っていた。
「いいのよ、ナルト。これは…私の覚悟。」
クシナの指先が、息子の涙をそっと拭う。その瞳は、一点の曇りもなく、ただただ深い愛情に満ちていた。
「ミナトも、フミも、そして私も、家族みんなで一緒に戦うって決めたの。だから…受け取って。これが、母さんからの……あんたへの愛情だってばね!」
クシナがそう告げた瞬間、彼女の腹部の封印式が眩い光を放ち始めた。陰の九尾のチャクラが、黄金の鎖となってナルトの体へと流れ込んでいく。
「母ちゃん……!」
ナルトの全身を、かつてないほどの強大な力が駆け巡る。それは、憎しみではない。両親と弟、そして二体の九尾の想いが一つになった、温かく、そして圧倒的な力だった。
まばゆい光が収まった時、ナルトはハッと息をのんで目を開けた。そこはもう薄暗い精神世界ではなく、見慣れた我が家のリビングだった。目の前には、心配そうに自分たちの顔を覗き込む父ミナトと、弟フミの姿がある。
「くっ……」
クシナはナルトの肩からそっと手を離し、少しだけよろめいた。その顔には疲労の色が浮かんでいたが、瞳は満足げに輝いている。
「クシナ! ナルト!」
「2人とも、大丈夫⁉︎」
ミナトが慌ててクシナの体を、フミがナルトの体を支える。ほんの数秒の出来事だったが、傍から見ていた二人には、クシナとナルトのチャクラが激しく混じり合い、そして一つに収束していく様が見えていたのだ。
「母ちゃん…俺…」
ナルトは自分の手を見つめる。全身にみなぎる、完全な九尾の力。それはもう、かつてのような忌むべき力ではなく、家族の愛そのものだった。ナルトはぐっと拳を握りしめ、決意を新たにする。
クシナはミナトに支えられながらも、勝ち誇ったように笑って見せた。
「さあ、これで準備万端だってばね! やるわよ、うずまき家全員で勝ちに行く!」
法螺貝の音が、木の葉の里全体に響き渡る。第四次忍界大戦、その火蓋が切られようとしていた。
里の門前には、各部隊に編成された忍たちが集結し、ただならぬ緊張感に包まれている。
その中で、ひときわ異彩を放つ一団がいた。九尾の人柱力うずまきナルト、八尾の人柱力キラービー、そして、うちはサスケ。かつて里を抜けた少年は、友の危機に、そして自らの過去にケリをつけるため、木の葉の額当てを再び巻いていた。彼の左目には、兄イタチから託された、シスイの万華鏡写輪眼の力が封印されている。そしてフミは、彼ら最強の矛たちを束ね、戦局を操る「脳」としての役割を担う。
「ナルト、ビーさん、サスケくん……そしてフミ。決して無茶はするなよ。」
「わかってるって父ちゃん! 俺たちに任せとけってばよ!」
「イェー! 最強コンビにサスケとフミ! 負ける気しねえぜ、バカヤローコノヤロー!」
「……フン。足手まといになるなよ、ウスラトンカチ。」
憎まれ口を叩きながらも、サスケの視線はナルト、そしてフミへと注がれ、そこには確かな信頼の色が浮かんでいた。フミは家族と仲間たちの顔を見渡すと、静かに頷いた。
「行こう。僕たちの戦争を、始めに。」
その言葉を合図に、四人は地を蹴った。目指すは、白ゼツの大軍と、穢土転生されたかつての強者たちが待ち受ける、第一の戦場。世界の運命は、この四人の若者の双肩にかかっていた。
「…みんな、前方に2人、反応あり。だが…何だこの冷たさは…?」
里を離れ、戦場へとひた走る四人の前に、霧の中から二つの影が静かに姿を現した。その異様なチャクラの冷たさに、一行は足を止める。肌を刺すような死の気配。サスケの左目が鋭く見開き、3人は身構えた。
「……! 兄さん……⁉︎」
「……イタチ、それに長門…⁉︎」
そこに立っていたのは、亀裂の走った肌と黒い眼白を持つ、穢土転生された「うちはイタチ」。そして、かつてペインとして里を襲った「長門」だった。
「ナルト、それにフミか。こんな形で再会することになるとはな。」
「サスケ……フミも、久しぶりだな。その眼、俺の遺言を叶えてくれたようだな。」
イタチの視線が、サスケの眼に映る。ダンゾウとの死闘後、彼の遺言に従いその眼はサスケに移植、視力低下などのデメリットを完全克服した、永遠の万華鏡写輪眼として完成されている。
「イタチ…どうやらのんびり話している時間は無いようだ。」
「ああ…俺たちの意思は関係ないらしい。みんな構えろ!」
穢土転生の実行者、薬師カブトの指示に逆らうことはできない。故に6人は、不本意ながら戦闘体制に入る。
「フミ!お前は下がってろ!」
「了解!サスケさんは眼の準備を!」
「分かっている!」
イタチが結印すると同時に、無数の火球が四人を襲う。長門もまた、機械仕掛けの腕を構え、斥力の波を放った。*轟音と共に、戦場が爆炎に包まれていく。
イタチの放った豪火球は、穢土転生の無限のチャクラによって強化され、巨大な太陽のように四人を飲み込もうとする。
「熱いのなんてごめんだぜ、バカヤロー! 鮫肌、食っちまいな!」
ビーが背中の大刀・鮫肌を振り抜くと、その刀身が生き物のように蠢き、巨大な火球を真正面から食らい尽くして斬り裂いた。
「……流石だな、八尾。だが、これはどうだ?」
*長門が手をかざすと、空間が軋むような音が響く。『万象天引(ばんしょうてんいん)』。強烈な引力がナルトを引きずり込もうとするが、ナルトは九尾チャクラの腕を地面に突き刺し、岩盤ごと耐える。*
くっ……! 引っ張られる……!
乱戦の中、サスケが疾風のごとく駆け抜けた。その左目――うちはシスイの万華鏡写輪眼が、不気味な赤光を放つ。
イタチはサスケの接近に気づき、反射的に『天照(アマテラス)』を放とうとする。だが、その視線がサスケの左目と交錯した刹那。
ドクンッ!
イタチの動きが凍りついた。
「別天神(コトアマツカミ)‼︎」
最強の幻術が発動する。それは「対象を意のままに操る」瞳術。サスケはフミと事前に打ち合わせた通り、イタチに植え付けられた「穢土転生の命令」を、「木の葉を守れ」という最強の幻術で上書きしたのだ。イタチの瞳から、穢土転生特有の無機質な光が消え、理知的な輝きが戻る。
「ここで使うか、シスイの力を。」
「アンタの元パートナーの判断だ。」
「……何をした? イタチのチャクラが変わった……カブトの制御が外れたのか?」
長門は即座に警戒レベルを引き上げ、修羅道の砲口をイタチとサスケに向ける。戦場の構図が、一瞬にして書き換わった。
「俺の計算とは少し異なったが、悪くない判断だ。」
「お礼なら後です!」
イタチは少しだけ口元を緩め、弟の成長した姿、そしてその隣に立つナルトとフミを見た。死してなお、自分の思い描いた未来が、予想もしない形で、しかし確かに実を結んでいることに安堵する。
「……勘違いするな。俺は、俺のやり方で過去を清算するだけだ。」
サスケはぶっきらぼうに言い放つが、その表情からは以前のような昏い殺意は消えていた。
「……感動の再会はそこまでだ。……来るぞ! 身体が……!」
長門の警告と共に、彼の身体から莫大なチャクラが溢れ出す。操り手であるカブトが、イタチの離反に焦り、長門の意識を完全に塗り潰して抹殺モードへと移行させたのだ。痩せこけた身体から赤い蒸気が立ち上り、彼はふらりと空中に浮き上がると、合掌した。
ーー地爆天星(ちばくてんせい)
長門の手から放たれた黒い球体が空へと昇っていく。その瞬間、凄まじい引力が発生し、岩盤、木々、そして四人の身体までもが、空の彼方にある一点へと吸い上げられ始めた。
「ウオオッ!? 大地ごと持ってかれるぜ! なんて馬鹿力だコノヤロー!」
「くっそ! これ、ペインの時よりでけぇぞ⁉︎」
フミは即座に状況を分析する。引力の中心核。あれを破壊しなければ、全員封印される。
「全員で、あの黒い球体に向けて遠距離攻撃を放つ! 引力が完成する前に、中心核を破壊するんだ‼︎」
フミの号令が、戦場に響き渡った。絶望的な引力に抵抗しながら、それぞれの忍が己の最強の一撃を準備する。
「やってやるってばよ! 風遁・螺旋手裏剣‼︎」
ナルトは九尾チャクラモードのまま、掌に超高密度のチャクラを集束させる。凄まじい風切り音を立てながら、惑星のような風魔手裏剣が形成されていく。
「オレさまの出番だぜ、イェー! 」
ビーは完全な八尾の姿へと変貌し、巨大な口の前にプラスとマイナスのチャクラを練り上げた。圧縮された破壊の塊が、地を揺るがすほどの唸りを上げる。
「フンッ‼︎」
サスケは完成体・須佐能乎(スサノオ)を顕現させ、その巨大な腕に炎遁・加具土命(エンントン・カグツチ)の黒炎を纏わせた弓矢を構える。禍々しい黒き矢が、地爆天星の中心核に狙いを定めた。
「行け、みんな!」
別天神によって自由を得たイタチもまた、自らの須佐能乎を展開し、長門の注意を引くべく八咫鏡(やたのかがみ)で防御態勢を取る。
三つの、規格外の破壊力が一点に集束する。
「……ぶちかませェェェェェェッッッッ‼︎」
フミの叫びを合図に、螺旋手裏剣の甲高い風切り音、尾獣玉の重低音、そして須佐能乎の弓が放つ無音の黒炎が、空を裂いて黒い球体へと殺到した。三つの神話級の術が、夜空を裂く三本の流星となって、地爆天星の中心核へと着弾する。
螺旋手裏剣の無数の刃が核を切り刻み、尾獣玉の純粋な破壊エネルギーがそれを粉砕し、加具土命の黒炎が残骸すら焼き尽くす。
一瞬、世界から音が消え、次に襲ってきたのは、天と地がひっくり返るほどの衝撃波だった。引力は霧散し、吸い上げられていた岩盤や木々が、雨のように地上へと降り注ぐ。
「………!長門さん!」
フミは残された右腕で顔を庇い、爆風に耐える。彼の視線の先で、地爆天星の術が完全に破られ、中心にいた長門の体が力なく墜落していくのが見えた。
「……今だ!」
イタチは長門の落下地点に向けて、十拳剣(とつかのつるぎ)を、抵抗する間もない長門のに突き刺した。
「 がはっ……!」
十拳剣は、刺した相手を幻術の世界に引きずり込み、永久に封印する霊剣。長門の体は酒瓢箪から立ち上る煙に吸い込まれるように、光の粒子となって消えようとしている。
「言い残すことはあるか?」
長門の視線の先には、うずまき兄弟の姿が映る。
「…フミ。その左腕、本当に…すまなかった。」
「…いいえ、貴方も必死に生きていた、それが分かっただけで十分です。どうか…安らかに眠ってください。」
「ナルト、自来也先生にもよろしく伝えてくれ。俺は向こうで、お前たちの物語をゆっくり見届けることにするよ…」
「ああ…!任せてくれ!」
ナルトは最敬礼の意を込めたサムズアップを贈ると、長門は安心したように目を閉じ、消滅していく。
「…じゃあな………」
もしもがあるならば、ナルトたちと共に並び立ち、英雄となっていたかもしれない男は、安らかにその生涯を終えるのだった。
「…終わったな。」
イタチはスサノオを解除すると、静かに4人の方へ向き直る。自分の意思で動けるようになったとはいえ、彼の穢土転生の身体は、まだこの世に繋ぎ止められたままだ。
「これで一つ、厄介払いができた。だが、この穢土転生を止めるためには、術者のところに向かうしかない。」
「…カブトさんですね?彼をどうにかしないと、永遠に穢土転生される人たちが増えてしまうと。」
「ああ、その通りだ。この術を止めない限り、犠牲が増え続ける。」
フミは少しの間目を閉じて思考したのち、サスケに視線を移す。
「……サスケさん、イタチさんと共にカブトさんのところへ。兄さんとビーさんは予定通り次の戦場へ向かいます。」
フミの提案に、その場にいた全員の視線が彼に集まった。片腕を失った少年は、誰よりも冷静に戦局全体を見据えている。
「待て、フミ。俺も戦場に行く。カブトなど、兄さん一人で十分だ。」
サスケは反論するが、イタチは静かに首を横に振った。
「いや、サスケ。今のカブトは厄介な仙術を使う。俺一人では時間がかかりすぎるかもしれん。この戦争の犠牲を食い止めることも目的の一つだ。協力してくれ。」
「…兄さん。」
穢土転生が解術されるということは、イタチとは今度こそ永遠の別れということになる。フミは、元パートナーとしての溢れる思いを必死に自制して、言葉を紡いだ。
「この世でお会いできるのは…ここで最後ですね。貴方ともう一度、一緒に戦えてよかった。どうか…お気をつけて。」
イタチはフミの方に視線を移し、その瞳には明確な信頼の色が宿っていた。
「フミ、俺の元パートナーとして…里を、皆んなを頼んだぞ。」
イタチはそう言うと、サスケの肩を軽く叩き、カブトのいるであろう方角へと駆け出した。サスケは一瞬迷ったようにフミとナルトを見たが、やがて決心したように兄の後を追う。
「貸しだからな、フミ。」
「ええ、また後で会いましょう!」
その言葉を残し、うちはの兄弟はカブトのところに向かうべく、消えていった。
「イェー! 行っちまったな、兄弟ゲンカ! 面白そうだったぜ、コノヤロー!」
「……サンキューな、フミ。」
ナルトがフミの肩をぽんと叩く。彼の瞳は、サスケが去った方向を真っ直ぐに見つめていたが、気持ちを切り替えた。
「よし! 俺たちも負けてられっか! 早くオビトをぶっ飛ばして、戦争を終わらせるぞ!」
「ああ!行こうか2人とも!」
フミの力強い言葉を合図に、残された三人は再び地を蹴った。うちは兄弟に後事を託し、彼らは主戦場へと速度を上げる。
「ちいっ…!これほどまでに増殖しているとはね…!」
戦場の空気は、先程よりもさらに濃密な死の匂いを纏っていた。至る所で術が炸裂し、怒号と悲鳴が木霊する。白ゼツの軍勢は無尽蔵に湧き出し、穢土転生された強者たちが連合軍の忍たちを次々と屠っていく。大勢の忍びたちと合流した3人だが、中々先へは進めない。
「くそっ、これじゃきりがねえってばよ!」
「ゼツの奴ら、数が多すぎだぜ! 全員ぶっ飛ばしてやる、ウィー!」
ナルトとビーが中心に白ゼツの群れを蹴散らす中で、フミは戦況を冷静に分析する。
(イタチさんたちがカブトさんを止めれば、穢土転生の軍団は消える。兄さんたちなら、白ゼツ相手には絶対に負けない。)
フミが思考を巡らせたその時、突如、彼らの目の前に、砂煙と共に複数の影が立ち塞がった。その異様なチャクラに、全員が足を止める。
「……マジかよ。」
砂煙が晴れると、そこに立っていたのは、穢土転生されたかつての「影」たちだった。二代目土影・無(ムウ)、二代目水影・鬼灯幻月(ほおずきゲンゲツ)、三代目雷影・エー、そして四代目風影――我愛羅の父。
彼ら全員が、カブトの札によって意思を奪われ、冷たい殺意の瞳でナルトたちを見つめている。
「……我愛羅は……どこにいる……」
生前の記憶の断片が、操られた口から漏れ出る。だが、その身体は既に、息子の仲間たちに、牙を剥こうとしていた。
「……ふざけやがってッッ‼︎」
フミの怒りに呼応するように、遥か彼方の里で、あるいは彼の精神の奥底で、母の闘志が共鳴した。フミの残された右手が、怒りで白くなるほどに握りしめられる。死者を弄び、家族の絆を戦いの道具にする卑劣なやり口。それは凄まじいほどの怒りをフミの胸に呼び起こしていた。
「フミ……」
ナルトは弟の異様な殺気に気づき、その肩に手を置こうとした。だが、フミから溢れ出すチャクラの鋭さに、一瞬言葉を失う。それは穏やかなフミのものではなく、かつて「赤い血潮のハバネロ」と呼ばれた母の激しさを継承した、熾烈な炎だった。
「母さん…やっと僕も使えるみたいだよ……金剛封鎖(こんごうふうさ)ッッ‼︎」
叫びと同時、フミの背中から黄金に輝くチャクラの鎖が何本も飛び出した。それは穢土転生の影たちの自由を奪うべく、猛然と、かつ緻密な動きで空間を支配していく。
「ほう、珍しい術を使うな。うずまき一族の生き残りか。」
水影が楽しげに笑いながら、指先から水鉄砲の構えを取る。
「皆さん、おとなしく封印されてもらいます!みんな、一気に畳み掛けるよ‼︎」
フミの背中から迸った黄金の鎖は、生き物のようにうねりながら、四人の元・影たちに襲いかかった。それは、ただ縛るだけではない。うずまき一族が誇る、強力な封印術の気配を纏っている。
「小僧が……!」
三代目雷影が雷遁の鎧を最大出力で纏い、鎖を弾き飛ばそうとする。だが、金剛封鎖はチャクラを喰らい、その勢いを殺しながらも執拗に食らいついていく。
「チィッ、厄介な!」
無は塵遁の構えを取るが、その前にフミの鎖が彼の両腕を絡め取り、印を結ぶ自由を奪った。
「すっげえ、フミ! 母ちゃんと同じ術を……! よし、行くぜビーのおっちゃん!」
ナルトはリンクモードのまま、両手に二つの螺旋丸を形成する。
「フミのチェイン、超クールでド派手! オレさまも負けてらんねえぜ、イェー!」
ビーもまた、八尾の腕を伸ばし、影たちの動きをさらに封じ込めようと加勢する。そして、フミの鎖が複数人の影を捉えた。
「今だ! 動きを止めているうちに!」
だが、二代目水影・鬼灯幻月だけは、巧みな動きで鎖をすり抜け、不敵な笑みを浮かべていた。
「甘いな、坊主! 俺の蒸危暴威(ジョウキボーイ)はそんな単純な物理攻撃じゃ止められんぞ!」
彼の身体が油と水のチャクラで膨れ上がり、分身である子供の姿をした爆弾へと変化する。それは、フミの鎖を嘲笑うかのように、戦場を駆け回り始めた。
「片腕でも…この力は関係ないんですよ。」
フミの口元に、父ミナトを彷彿とさせる、自信に満ちた笑みが浮かんだ。次の瞬間、彼の右腕に、かつてミナトが愛用した三叉のクナイが握られていた。術式が刻まれた、特別なクナイ。あのイチャパラ追いかけっこの時、ミナトが託してくれたクナイだ。
フミはそれを、蒸危暴威が走り回る軌道の先、何もない空間へと、こともなげに投げ放った。
「何だ? 自暴自棄になったか、坊主?」
幻月が嘲笑った、その刹那。フミの姿が、黄色い閃光と共にその場から掻き消えた。
「なっ…⁉︎」
フミは投げたクナイの地点に瞬間移動し、走り込んできた蒸危暴威の真横に出現する。その手には、既に小型の螺旋丸が形成されていた。
「螺旋丸ッッ‼︎
彼の小さな螺旋丸が、蒸危暴威の子供の姿をした身体の中心に、的確に叩き込まれる。*
「ぐおおおっ⁉︎」
爆発的な回転が蒸危暴威のチャクラバランスを内部から破壊し、その身体は水蒸気を噴き上げながら霧散していく。そして、フミは再び黄色い光となって、元いた場所――ナルトの背後へと戻っていた。
一連の動作は、まさに一瞬。
その光景を目の当たりにした四代目風影の顔が、驚愕に歪んだ。
「黄色い閃光……!? まさか、お前……ミナトの……」
母の封印術と、父の時空間忍術。二人の英雄の才を受け継いだ赤い髪の少年は、元・影たちを前にして、静かに、しかし絶対的な存在感を放っていた。
「僕の名は…フミ!未来の火影になる男、うずまきナルトの弟だ‼︎」
フミの言葉が、戦場を支配する重圧を切り裂いた。その瞳には、かつて母にベッタリな甘えん坊だった少年の面影はなく、ただ一人の誇り高き忍の輝きがあった。
「なるほど…!未来の火影の弟か…面白い!」
幻月は蒸危暴威を破られながらも、その才能に感服したように声を上げて笑った。だが、穢土転生の呪縛は、彼の意思に関わらず再び攻撃を促す。
「だが坊主、俺の術はまだ終わっちゃいねえ。本体(おれ)を叩かない限り、何度でも蒸気は膨れ上がるんだってばよ!」
「お、俺の口癖までマネしやがって! フミ、合わせるぞ! 」
「了解‼︎」
ナルトが影分身を無数に展開し、戦場をオレンジ色の旋風で埋め尽くす。ビーもまた、巨大な墨を吐き出し、影たちの視界を奪うべく暴れ回った。フミは右手にクナイを逆手に構え、チャクラを極限まで研ぎ澄ます。
(一人で複数の影を相手にするのは厳しいけど……もうすぐあの人たちが来る!)
黄金の鎖が再び大地から突き出し、混乱する影たちの逃げ道を塞ぐ。その中心を、一筋の黄色い閃光が、雷光よりも速く駆け抜けた。そして、フミが予想した通り、現代の影たちも到着する。
「フミ、ナルト!加勢するぞ‼︎」
「皆さん!お願いします!」
「我愛羅…!我愛羅なのか…⁉︎」
「俺は今日、貴方を超えてみせる!」
何十人もの忍びたちが交差する激闘の末、砂漠の戦場に静寂が戻った。最終的には、我愛羅の砂とフミの金剛封鎖が複雑に絡み合い、かつての影たちを巨大な砂のピラミッドの中に封じ込めたのだ。封印札が貼られ、術式が完了すると、荒れ狂っていた強大なチャクラの気配が完全に消滅していく。
砂煙が晴れていく中、フミは大きく息を吐き、右手のクナイをポーチに収める。全身からは大量の汗が吹き出し、片腕での高速戦闘の負荷がどっと押し寄せてくる。
「はは、なんとかなったみたい…ですね。」
その隣で、我愛羅が静かに歩み寄ってきた。彼は封印されたピラミッド――その中には、父である四代目風影も眠っている――を一瞥し、それからフミとナルトに向き直った。
「ありがとう…お前たちがいなければ、父ともう一度向き合い、そして超えることはできなかったかもしれない。」
我愛羅の表情は、どこか晴れやかだった。父との対話、そして和解を経て、彼の心にあったわだかまりが雪解けのように消えていたのだ。
「へへっ、水臭いこと言うなってばよ! 友達だろ、俺たち!」
ナルトが我愛羅の肩をバンと叩く。我愛羅は少し驚いたように目を丸くした後、微かに口元を緩めた。
「……我愛羅さん、これで、良かったですよね?」
フミの言葉に、我愛羅は深く頷いた。だが、感傷に浸る時間は長くはない。空を見上げれば、未だ不穏なチャクラの渦が世界を覆っている。穢土転生部隊の主力を抑えたとはいえ、戦争はまだ続いているのだ。
「……ああ。だが、まだ終わっていない。あの仮面の男…オビトだけでなく、伝説の忍び、うちはマダラが蘇ったという情報もある。」
「なら、行きましょう。僕たちの戦いは、ここからが本番…グッ⁉︎」
突如、フミを襲った走るような激痛。欠損しているはずの左肩の付け根から、まるで肉が焼き切られるような、あるいは内側から新しい骨が突き破ってくるような、悍ましい熱量が全身を駆け抜けた。
「フミ!? どうしたんだってばよ、しっかりしろ!」
「いや……大丈夫……!」
フミの顔は苦痛に歪んでいたが、その瞳には驚くべきことに、絶望ではなく、閃きと確信の光が宿っていた。彼は痛みに耐えながら、歯を食いしばって言葉を紡ぐ。
「フミ、お前のチャクラが……異常に活性化しているぞ!」
我愛羅の砂が防御的にフミの周囲を舞う。彼の目には、フミの失われた左肩から、緑色のチャクラが生命の芽吹きのように溢れ出しているのが見えていた。
「綱手のばあちゃん!フミを!」
ナルトが慌てて叫ぶが、フミはそれを右手で制した。
「大丈夫だ、兄さん……。これは……そういうんじゃない。やっと……目覚めてくれた…!」
フミの脳裏に、これまでの人生の断片が走馬灯のように駆け巡る。幼い頃から人並外れていた身体能力、うずまき一族の特性である強靭な生命力、綱手から教わってきた医療忍術やチャクラコントロールの全て。そこに一つの要素が加わる時、新たな道が繋がるのだ。
〜回想〜
「柱間細胞、か…」
五影会談より1ヶ月前。フミは綱手とミナトに相談していた。左腕の再生のため、柱間細胞を用いても良いか、ということだ。
「フミ、先代火影としては悪い判断とは思わない。ただ…危険性を鑑みれば、父として易々と賛成はできないな。」
「フミ、お祖父様の細胞はあまりにも危険すぎる。下手をすれば細胞自体に取り込まれてしまうぞ。」
「……隻腕のままでは、里に貢献できません。時間は多少かかっても良いので、お願いします!」
深々と頭を下げるフミに、2人は顔を見合わせる。
「……分かった。お前の生命力と精神力に賭けてみよう。私の賭けは…命に関わることについては外れんからな。」
こうして、綱手を主体とした手術が極秘に実施され、柱間細胞がフミに移植された。だが、会談の日までその左腕の残滓に特段の動きはなかったのである。
「一時は何の影響も及ぼさないかと思ったが…このタイミングで目覚めるとはな。」
「覚醒の引き金は…母さんの遺伝子が花開いた時…!ぐううっ!」
この激痛は、柱間細胞の拒絶反応などではない。むしろ、フミ自身の身体が、その血に眠る力を、戦争という極限状態の中で、無理矢理にでも引きずり出そうとしているのだ。
「大切な人たちの命を預かっているんだ…!こんなところで、腕の一本くらいで……終わってたまるか……!」
フミが叫んだ瞬間、彼の左肩から溢れ出ていた緑色の光が爆発的に膨れ上がった。その光の中から、まるで木の枝が伸びるように、新しい「腕」が形成されていく。それは、ただの肉体ではない。チャクラで編まれた、生命エネルギーそのものの塊――。
「この力…お祖父様のものと同等と言って良い。成功したな、フミ。」
『木遁』。かつて初代火影・千手柱間だけが使えたと言われる、伝説の血継限界。その片鱗が、今、フミの身体に顕現しようとしていた。
「ハァッ…!ハアッ…!上手く……行ったみたいだ…!」
フミの言葉を裏付けるように、眩い緑色の光が収束していく。光が晴れた時、そこには五本の指を備えた、真新しい左腕が存在していた。それは陶器のように白く滑らかで、それでいて大樹の根のように力強いチャクラの脈動を内包している。
「す、すっげえ……! お前、それ……ヤマト隊長の木遁か⁉︎まさか腕が生えてくるなんて……!」
ナルトは目を丸くし、フミの新しい左腕をまじまじと見つめる。キラービーもまた、感嘆の声を上げてラップを刻んだ。
「イェー! ミラクル発生、ニュー・アーム! うずまきパワーで完全復活、ブーム!」
「……柱間細胞の影響か。だが、ここまでの力を顕現させるとはな。」
フミは新しく手に入れた左手を、ゆっくりと握りしめ、そして開いた。神経が繋がり、自分の意志で動く感覚。失って初めて知った「当たり前」の有難さと、以前よりも遥かに強大な力が全身を巡る高揚感。
「……悪くない。これなら、いける!」
彼は左手で拳を作り、軽く空を突く。風を切る音が、以前よりも鋭く響いた時だった。
彼らがいる戦場とは異なる方角――第4部隊のいる岩石地帯から、天を焦がすような禍々しいチャクラが立ち上った。それは、これまでの穢土転生の影たちとは比較にならない、神ごときプレッシャー。穢土転生された、うちはマダラが戦場に降り立ったのだ。
「な、なんだってばよ、今の寒気は……!」
「…行こう、みんな!」
新たに得た力に覚悟を決めたフミは、伝説の忍びの元へ向かう。全ては、里を、大切な人たちを守り抜くために。
次回、オビト・マダラvs現代最強戦力の激突です。木遁の力に目覚めたフミは、どんな貢献をするのか、ご期待ください。