That's insane! 作:解毒発酵DNA
ほぼ供養
きゅう、と自分の奥が締まる。
深々と突き立てられる欲望と、露わにされた獣欲によって、自分は組み伏せられている。
揺さぶられるたびに突き上げられ、熱を持ったそこを舐るように自分の中がうねる。
快感がある。
痛みがある。
擦れる感覚がする。
体温がある。
恋人のように繋がれた手は、自分をこの場所に磔にするだけのものである。
621はただ見ていた。
自分のその細い指を折るんじゃないかという勢いで握りしめ、ただ己の欲と感情を吐き出す男の姿を。
白く、そして青く鬱血する手が目に映る。今度はヒビで済んでいそうで良かった。
ぼうっと握られる手を見ていると、頭を掴まれ、無理やり口付けされる。
そんなことをしなくても、自分はお前が求めれば与えてやるのに。
乱暴に与えられる唾液を啜るように舐めた。
甘さなどない。煙草の苦味と、かさついた唇が割れたときの血の味だけがする。
ああいや、自分の口の中が切れているのかもしれないが。さっき乱暴に指を突っ込まれて、微かな喘ぎ声すら黙らされていたから。本当に乱暴である。こんな場所で声を抑えろとはどういうことだか。
理解のできない行動だったが、求められる限りはしてやった方がいいだろう。621は大人しく、その苦味と鉄臭さを飲み込んだ。
体温を分け合っていても、融けるような感覚はない。幸福もない。嬉しさもない。
概ね繋がりを得ることで得られるようなそれらを、男は自分に与えることはない。自分もまた、男にそれらを与えられるほどの愛を受けたことはない。
だから、621はただ受け入れていた。
その哀れな男の全てを。
「………チッ、おい、野良犬」
「なに」
入っていたそれが引き抜かれ、終わった、と思うと同時に、ぐい、と抱き寄せられる。
胸板に強かに顔をぶつけた。痛い。確かな体温に抱えられ、ほんの少しだけ人肌に温められることになる。621は特に何を言うこともなく、男の首から下がっている、別々の名前が刻まれたドッグタグを眺めていた。
見覚えのある名前を眺めていると、男の声が耳に届く。
抱き抱えられているからか、低い声が喉を通じて肺の方まで響くような感覚を感じた。あまりこの男のこれは安心できない。
「俺はてめえを認めねえ」
「うん」
見上げる。
目の奥の感情は伺えない。こういう所がおまえも自分も第四世代らしい。
621は自嘲するように心の中で笑った。
「調子に乗るなよ」
「そう」
首を絞めたり殴られたりはなかった。
しかし、いつもこうだ。
呪いのようにこの男はいつもそう言う。
621はじっと顔を見つめた。この男は自分で自分を呪って何が楽しいのか。己を通じて自分という存在を罵倒する姿は、とても見ていられるものではない。
そこに慰めなど要らないだろうが、しかし自分にできるのはそれを与えてやることだけである。
621は男の名前を呼んだ。
「イグアス」
男───イグアスはひどく不機嫌そうに返事を返す。
「気安く呼ぶんじゃねえ」
「もういいの?」
「………」
今日は拳の代わりに暴力的な口付けだった。
何故だろう、とイグアスを見る。やはり621にはわからなかった。
対してイグアスは、目の前の女の図太さもだが、何もかもを受容し受け止めては、顔のひとつすら歪めないそのさまが非常に腹立たしかった。
女の口を噛みちぎるように啜っても、首にどれだけ己のものだと痕をつけても、拳を振っても、骨を折っても、呻き声1つを上げるだけで何一つ響いていない。
もっと恐怖に顔を歪めろ。
もっと引き攣るような声を出せ。
もっと嘔吐くようにこの欲を受け止めろ。
それなのに己を求め続けるこの女が、この腕の中で苦しんでいなければ気が済まない。
与えるこれが愛だというのなら、この世の人間は全員頭がお花畑だ。
もう一度苦しめたい。
そのすました顔が涙に濡れるさまが見たい。
己を諌める様に擦れて鳴ったドッグタグの音を振り払い、不満と執着にいきり立つそれを女の体に再び衝動的に突き立てた。
その感情に気付かぬまま、621は、まだ満足してなかったのか、と再び反り立つ彼のそれに触れる。
優しく愛撫を繰り返して、また彼を受け入れることにしたのだった。
この関係はつい1ヶ月前からのものである。
知り合ったのはガリア多重ダムでの事だが、実際に会ったのはその後だ。
野良犬とて溜まるものもあるのだ。
持て余す熱をハンドラー・ウォルターにどうこうしてもらう訳にもいくまい。感情の起伏が無いだけで、感情はある。
父のように慕う人にそんなことが言えるものか。
それで適当に引っ掛けたのだ。見目はいい方であるからして。
そして引っかかったのがイグアスであった。
本当にそれだけだった。
1回通信越しに話しただけなのに『てめえあの時の野良犬か?』などと当ててきた時は少し怖かったが。
まあその時は適当に互いに遊んだ。そういう意味で。イグアスだってここまで執着しなかったし、なんならぜえぜえと喘ぐ621を小馬鹿にしていた。
ただ、それがこのように暴力的な行為に変わっていったのは───彼の友人、G4ヴォルタの死亡、そして、自分がV.Ⅳラスティとともに『壁越え』を達成した時からだった。
その時残っていた機体『キャノンヘッド』がアーキバスに回収される前に、急いで融けたハッチをパルスブレードでこじ開けて、ヴォルタの残したドッグタグと手の骨をもいだ。
それを綺麗にして、自分が持っている中では綺麗な布に包んで渡してやったのだ。レッドガンだし、赤でいいか、とか思った自分が悪かったのかもしれない。
その時は奪い取るように取られ、しばらく意識が飛ぶレベルの暴行を受けた。その時621は、二度とコイツのために情けなぞかけてやるものか、と思ったものである。こんな事ならG6 レッドに渡した方が、もっともらしく受け取ってくれただろう。
しかし───会うにつれて分かるのは悔しさと劣等感と、それと悲しみあたりだ。
次第にそれが己を呪い、自分を呪い、全てを憎むどろどろとした欲情に混ざっていったようだった。全てをその“欲”として、自分にぶつけ、しかし埋まらない何かを求めるように自分の身体を血が流れるまで貪り尽くす。
熱いものが吐き出される。なおも収まらない熱がまた突き立てられる。そうしてまた吐き出されて、突き立てられる。
その繰り返しである。
最近は傷跡が増える度にウォルターにかなり心配されるので、イグアスをあまりにも不機嫌にさせるような物言いはやめておくことにしていた。
それでも拳はたまに飛んでくるので、本当、嫌な奴であるが。
行為に熱があるだけで、それを分け与えずに押し付けるだけならば。火傷するくらいの怪我を相手がするのも当たり前の事である。
「………」
言葉のひとつも交わさない。
温度と水音と痛みだけがここにある。
粘着質な音と混ざりあう、身体がぶつかる音と自分の身体の軋みが全てだ。
手が離れた。しかしまだ引き抜かれることが無い。揺さぶられる間の支えが欲しくてイグアスの首に手を回し、621が抱きつく形になる。
普段は舌打ちが飛ぶが、今日は無い。
621が熱で蕩けた瞳で不思議そうに眺める。
あまり感情の映らない目で己を求めるこの女が縋る様に、イグアスは何故か、背を走るような冒涜的な煽情と、全て壊したくなるような強烈な怒りと、下に溜まって燻った欲情を感じていた。
欲情に関しては、今自分が吐き出してしまえば解消できる。
強烈な怒りは手酷くすれば流れる血で満足すればいい。
ではこの煽情はどうすればいい。
柔らかく濡れた肌。
痣と血と噛み跡に塗れた首。
じっとりと艶のある頬。
そこに差すような鬱血痕。
その何もかもを食い尽くしたくなった。牙を突き立てて肉を貪り血を啜りたくなった。
濡れそぼる蜜口の中から全てを掻き出して、また自分のモノで満ちていく様が欲しくなった。
際限のない欲望が、自分の中で暴れ回っている。
痛みを伴うことなど知っている。わかっている。
だからこの怒りがいくらかなりを潜めるのだ。そうでなければここでこの女を殺してしまいそうなくらいに抑えが効かない。
女の鎖骨辺りに着地しているドッグタグが音を立てた。いつも頭に血が登った時はアイツがいた。自制の上手くいかない己のブレーキを踏む男だった。
もういない。
この女が連れて帰ってきた。
───そうだ。この女が、機体すら打ち捨てられ、このルビコンの藻屑にされたあの男を連れて帰ってきた。
その時に、灼熱のような怒りは収まった。際限のない全てがひとつになった。ただ純粋な、『目の前の女が欲しい』という欲望だけが残っている。
「………」
いまさら女を優しく抱いた。
なぜかはわからない。なんならこうしている自分に対して、非常に憎たらしい気にすらなっている。
頭に感じる重みは前ほど悪くなかった。
そのまま女のうなじに自分の歯を突き立てる。微かに痛みに呻く声がした。
己の獣欲がそれでまた少し増幅する。
血の味が滲むそこに吸い付いて、舌を這わせ、また吸った。そろそろいきり立つ自分のものも、吐き出せる頃になった。
首から口を離し、吐き出される生暖かいどろついた欲とともに、互いに舌を絡めあった。
繋がる部分から受け入れきれずに流れたものが、互いの身体を伝っていく。
じっくり、中に擦り込むように腰を動かして、女の身体は自分のモノだと主張するように舐った。
「………ん………」
「………はァ………」
口が離れる。しばらく銀色の糸が繋がっていたが、それが切れてベッドの上に落ちていった。
621がイグアスの顔を見れば、普段から自分を見る、憎々しげな色はいくらか薄れている。
自分はもう1回くらい吐き出して欲しいので再び口付けを求めれば、案外素直に与えてくれた。
頬に触れて、手を回し、引き寄せる。
そうして溶かし合うように互いの体温を絡めるのだ。
その途中に頭を撫でたり、抱きしめたりしてみる。まるで母親が子供を慈しむときにするかのように。
ここまで来ると腹を蹴られたり、罵倒とともに拳が飛ぶが、今日は無い。
それどころか、いつもよりも優しく胸に触れられ、吸われ、優しく舐られた。
イグアスからも続きを求められたので、驚いて撫でる手が止まる。
「………?」
「………んだよ、欲しいんじゃなかったのか?」
「欲しい」
「………だったら大人しくしてろ」
今度は指で優しく中を拡げられた。
きゅう、とまた奥が吸い付いて離さない。締め付けるそこを明確に水音が立つまで弄り回し、液体が滴るまでに蕩けさせられる。
声を抑えようと必死に口を押さえていると、普段の小馬鹿にした笑みとは違う笑い声が胸元でした。
「………はっ」
「んぅ、っ………なんで、笑うんだ」
「別に」
───全くわからない男である。
このようにたまに、甘ったるいような、優しい行為が混じることもある。
優しく触れられ、蕩けさせられて、ぐちゃぐちゃになるまで抱き潰される。
今度は少しだけ、行為が長い気がした。
「………」
「………」
終わった後のピロートークなんてものはない。ちょっと煙草吸って2人でぼんやりして、それで帰る。
互いの温度を感じられる距離にいるのに、何を考えているかは分からない。ただ、あまりにも話すことがないので、その匂いと銘柄は覚えてしまった。
ベイラム本社のある木星圏によく流通している、意外と高いヤツだ。色々と種類はあるが、この箱の色は1番重いヤツである。自分には肺に重くて吸えない。
そういえば、前に少しだけ入った軽いヤツがあったので、勝手に手を伸ばしたら腕を折られたこともあった。
後でG6に聞けば、あれはヴォルタの遺品だったという。
言えば手なんて出さなかったのに、なんで先に手が出るのか。
勝手に触った方も悪かったが、それにしても言え、くらいは思っても許されるだろう。
勝手に思い出してはむくれつつ、ぼんやりと端末で独立傭兵のコミュニティを覗いている。そこには取り留めのない愚痴、ジャンク品の流通、薬のバイヤーが居る場所、コーラルをナマでいくとかいう馬鹿の発言、そういったものが流れ続けていた。
そしてその中に見つけた、『変な機体が最近うろついている』という投稿を見て、ふと621は思い出したことがあったのだった。
「イグアス」
「………あァ?」
「最近変な機体を見た?急に出てくる無人機」
思い出したのは解放戦線の依頼でBAWS第2工廠の調査に出向いた時に戦った、あの機体である。
スキャンを使わねば見つけることが出来ず、そして見たことの無い武装を使ってくる。
全部パイルバンカーで破壊してやったが、思えば1個くらい剥ぎ取っておけばよかった。
しかし、ベイラムの発明品は性に合う。新しいのがないだろうか。まあ、コイツにパーツをねだっても寄越しやしなさそうだが。
621はイグアスをジト目で見つめる。
特に感情の読み取れない目でじいっと見つめ返されていたが、イグアスは一言だけ返した。
「そいつがなんだ」
「最近私が出撃する度に居る」
「人気者じゃねえか、そのままくたばれ」
そういうのが聞きたいんじゃないんだが。
不明そうにベッドに沈んでいる621の声が響く。
「お前だけか?」
「………レッドの奴から聞いたことはねえよ。他も特にねえ」
意外と教えてくれるのか。
今日は妙にイグアスの機嫌がいいと621は思った。
「ふうん………」
「なんだ」
ねだったら情報が来ないだろうか。
ちょっとだけ可愛こぶるように、普段吠える犬がしっぽを振って口角を上げるように、できる限り機嫌を損ね無さそうな媚び方で話しかける。
「アイツの武装が欲しいんだ、伸びるやつ」
「どれだよ」
「分からない、みたこと無かった」
「俺が知るか、アーキバスかタキガワじゃねえのか?」
やはり機嫌がいい。
ずりずり這いずって腰に抱きつけば、鼻で笑われると同時に頭に手を置かれた。
撫でられる訳ではない。しかし大きい手に触れられていると妙に落ち着く。
少し息を吸って、吐いて、しかしちょっとばかし可愛こぶったのは無駄になった。
「オールマインドに聞くか………イグアスじゃ役に立たない………」
「殺すぞ」
舌打ちの割に暴力はなかった。
その手は621に自分の手で付けた傷跡と痣をなぞっていった。少し痛いが、指先の温度でいくらか気が紛れる。
しばらく無言でそうしていて、621がうつらうつらとし始めた頃、イグアスがおい、と言った。
「なに」
「てめえ、次は」
「ウォッチポイント行くんだって………」
「ああ………?あの封鎖機構の巣窟に行くのかよ」
「うん」
たまにこうして聞かれるのだ。
別に知っても大したことないはずなのに。
死ぬなとも言わずにこちらをじっと見るだけ見て、イグアスは離れていった。そうしてさっさとシャワーを浴びて、着替えて勝手に先に出ていく。
代金はいつも半分位は置いていく。まあ、付き合わせている身ならそれくらいは出して欲しいが。
擦れる度に体が訴える痛みも、少し寝れば回復する。重い身体を動かして、つけられた傷にお湯が染みるのを耐えつつ自分もやっとこさシャワーを浴びる。本当に好き勝手つけてくれるものである。どこもかしこも痛い。
そう文句をひとりで言いながら、いつも連れ込まれる宿を出た。
愛機に乗って帰れば、相変わらずウォルターは悪い足を引きずって自分を出迎えた。
心配そうな目の色は、まるで自分がウォルターの子のように思えて勘違いしてしまうから、あんまりして欲しくはない。
「ただいま」
「………」
イグアスの吸っている煙草の匂いが自分からする度に、ウォルターは苦い顔をする。まあ痣つくって帰ってきては、またこうして行くのだから不安にもなるだろう。
「あっちも使い物にならない線引きは分かってる。心配しなくていい、ウォルター」
「そういうことでは無い」
ウォルターに触れられた。優しくて暖かいこの手が好きだ。居たかどうかすら覚えていない父親のようで。
目が影を落としている。怒っているのではなくて、明確に心配だとわかる声色だった。
「自分の体は大切にしろ」
「わかってる、ウォルター。大丈夫だ」
「何処がだ」
震える声で、自分と同じくらいしかない身長のウォルターに抱きしめられた。
ウォルターの顔は本当に悲しそうで───ああ、本当に、自分がウォルターの“猟犬”であると忘れそうになってしまうから、あんまりそんな風にして欲しくはないのに。
621は、安心させるようにウォルターの背に手を回した。本当にものを使うのに向かない人である。
「問題は無いよ。神経もやっていないし、私の身体では身篭って使い物にならなくなるということもない」
「………」
力が少し強くなって、緩んだ。
「何かあれば言いなさい」
結局、そう言ってしまう人なのである。
その日、イグアスに言った通りウォッチポイントへ向かった自分は───
『私はエア』
『ルビコニアンのエア』
『レイヴン』
『あなただけが』
『私の声を聞くことができるのです』
奇妙な幻聴との同居生活が始まってしまったのだった。