※この作品はR-18です。

That's insane!   作:解毒発酵DNA

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ちょっと長くなっています。
加速していく書き溜めの量
そして普通にさらりと出るオリキャラ達がいます。





10

「算段がついた」

「………?」

 

部屋で歩行器を使いながら動き回っていると、急にウォルターにそんな事を言われた。

 

「あのC兵器についてだ」

「………ああ、カーラに言われてあの変なのを殺しに行ったわね。使えそうだったの」

「ああ。それに加えてベイラムとアーキバスにも協力を取り付けた」

 

その言葉に瞠目する。

話自体は聞いてくれそうなミシガンはともかく、あの嫌味で上から目線のスネイルを丸め込むなんて一体どういう手腕だ。

やはり『飼い主(ハンドラー)』はすごい。純粋な賞賛が口に出た。

 

「えっ………普通に凄いわね、ウォルター」

「………お前にも無理をさせる」

「いいのよ」

 

そんなやり取りをしながら思い出す。

前任者を撃墜した後、カーラからの依頼によってグリッド012に隠れ住むドーザー『正直者(オーネスト)』ブルートゥの討伐を行ったのだ。

なかなか凄まじい男であった。

 

『スロー………スロー………クイッククイック、スロー………』

『楽しみましょう、ご友人』

『サプライズをさせてくれないのですか?』

 

………。

思い出すだけで寒気のする男である。

エアとピッタリ『さっさと黙らせる』という心境が一致したので、本当にさっさと撃ち落とした。

 

「ブリーフィングは1時間後だ。………それと」

「?」

「G5もこの作戦に参加する。ただし自制はしろ」

「………うん、分かった」

 

目を見ながら釘をしっかり刺され、冷や汗と一緒に目が泳ぐ。自分にしっぽがあれば、股の間にはさんで震えたことだろう。

すっかり消えてしまった傷跡ももう一度つけて欲しいが、こうも言われては流石にやめておくべきだ。

 

大人しく頷きつつ、621は立ち去るウォルターの背を見た後に息をついた。

 

「………でもなあ、欲しいんだけどなあ」

『レイヴン、ウォルターの言うことは分かっていますよね』

「分かってる、変にイグアスに絡みに行って今後会えないんじゃ嫌だもの」

『それがいい選択だと思います』

 

エアにもしっかり釘を刺された。

少し拗ねつつ、久しぶりにあの男の声が聞けるのだと思うとやはり嬉しくて仕方が無いのだった。

 

大人しく待っているとブリーフィングの直前、誰かからのメッセージが来る。確認したそれは───イグアスのものであった。

音声メッセージなので、この男が返事を返すことはない。しかしまあ、好きな相手からメッセージが来るなんて嬉しいという他あるものか。

ワクワクしながら開けば、思った通りの不機嫌そうな声がした。

 

『随分派手に暴れ回って生きてるみてえだな、野良犬』

『てめえもオールマインドも、俺をナメてんじゃねえぞ』

『次の作戦でてめえより手柄をあげてやる』

『ふざけたこと抜かしたら殺すからな』

 

オールマインドのことに言及したと言うことは、イグアスはあのAIの話に乗ったということか。

少々面白くないような、しかし楽しみなような。複雑な感情が胸に満ちているが、しかし感想はただ一つだけだった。

 

「相変わらずね、イグアス」

 

無意識に口元が緩んでいた。

ブリーフィングまでその音声を聞き返しつつ、621は男の声が聞ける時を待ったのだった。

最初はスネイルの長々した説明が聞こえてきていて眠かったのだが、そこにミシガンの声が入る。

 

『ここからが本題だッ!!!』

「………」

 

やっぱりイグアス以外のレッドガンと話す時は相手の声量を下げておこう。

じんわりとこっそり、ミシガンの音声だけ音量を下げた。

 

『ケッ………うるせえな、通信だってのに怒鳴るんじゃねえ』

『余計な口を挟むなG5ッ』

『テメエの声がやかましいってんだ』

 

レッドガンはいつも通りだ。

それに少しだけ、嫉妬心に近い何かが湧いて出た。ミシガンにまで嫉妬とは、随分自分も執念深いらしい。

ふふ、と笑いが漏れた。その音声を拾われたか、ミシガンの声が響く。

 

『貴様は笑っている場合では無いぞG13』

「ごめんなさいね」

『貴様には最も重要な役割を任せてやる』

「何させてくれるの?」

『氷原の化け物の鼻っ面をへし折る作業だッ!』

 

そうしてスネイルからの説明が入る。

 

『我々アーキバスの開発局が専用に開発したスタンニードルランチャーを、貴女に使わせて差し上げます。丁重に有難く受け取りなさい』

「どうも」

『そいつで顔面に貼られているシールドを剥がしたあと、ビジターに取り返してもらったアレを撃ち込むのさ。宇宙港にある予備電力を全て回せば足りる計算だよ』

 

カーラのほんの少しだけ茶目っ気ある説明に、ちょっとあの変人の声がよぎったが振り払う。

イグアスの舌打ちの音がした。

 

『チッ………露払いかよ』

「アレ、何してくるか分からないもの。頼りにしてるからね」

『は?』

 

別になんの気もなくそう言えば、聞いていたラスティとカーラの笑い声が響いた。

 

『良かったじゃないかG5、随分ビジターに信用されてるね』

『戦友にそう言ってもらえるとは、君も中々』

『うるせえなッ、技術屋どももそこのキザ野郎も笑ってんじゃねえッ!』

 

その少し緩んだ空気を締めるように、ミシガンの声が響く。

 

『貴様にやるその1本だけが間に合った分だ!遠足の前の荷物確認は怠るなよ、G13』

「ええ」

 

ブリーフィングが終わる。

作戦は今から24時間後、1日間での準備であった。

それまでにアーキバスからはスタンニードルランチャーなる武装が届いた。ここからはアセンブルに悩む作業の始まりである。

 

「………EN容量、MING-TANGじゃちょっと足りないかしら………VP-20Cが1番いいかな………」

『何を悩んでいるのですか、レイヴン』

「どの武装とスタンニードルランチャーを入れ替えようか迷ってるの。もう出てきた取り巻きとかを全部イグアスやチャティに投げてしまうか、それとも、って」

 

カタログスペックを見ながらそう言う621に、エアはなるほど、と言った。

 

『デートの衣装に悩む女性のようです』

「ふふ………実は持ってるのよ?MELANDER C3」

『そうなのですか』

「うん。でも私には扱いづらくて」

 

苦笑するようにそう言った621の様子に、エアが不思議そうに言った。

 

『貴女ならそれでも慣れて使うものと思っていました』

「やめてよエア、流石に私だって命が惜しければ遊ばないよ」

 

実はG13のコールサインを与えられた際に、ベイラムからMELANDER C3のフレームが621に与えられていた。くれた理由はよく分からないのであるが、まあくれるならと思って1度使ったことがある。イグアスも使っているし。

しかし、乗った感想は『よくもまあこんなフレームを乗りこなすものだ』というものだった。

 

軽量化したそれは、今使っているMELANDERよりも案外繊細で、そして妙に言うことは聞かないし、自分にはどうにも向かなかった。

基本的にラスティの駆るシュナイダーのフレームも向いていなかったので、まあ軽量機自体に自分が向かないのであろう。

 

微妙な顔をしながら思い出す。

結局フレームはいつも通り、右肩の6連装ミサイルをスタンニードルランチャーに変えて、ジェネレーターはアーキバスのものにしたのだった。

 

当日まで身体を休めて、作戦開始時刻になれば、降下を開始する。それまでの緊張と高揚が、621の中では強い熱として体の内を焦がしていた。

 

 

目を開ける。

何も無い4番ドックの中は冷えていて、整備部たちの動き回る5番ドックの喧騒が遠くに聞こえている。

イグアスは誰もいない、相棒であった男の機体があった場所の足場にいた。もう帰っては来ないその機体の入る空間を開けて、整備部のACやMTが端の方に止まっている。

咥えるだけになっていた煙草の煙が、空気循環によって巻き上げられていった。

 

超級宇宙航行式機動母艦。

このしみったれた船の正式な名前は、そんな仰々しいものだ。

 

木星戦争からウン十年と経っても稼働するこの船は、古い設備ばかりの骨董品である。

改築前の古い足場が遠くにあるのが見えていた。

人間は皆忙しそうに走っていて、他に比べて照度の下がった4番ドックを見る者は誰もいなかった。

静寂がここにある。今の自分には何より居心地の良いところだ、と苦笑が浮かんだ。

 

思い出したように煙を吸って肺に落とす。

慣れた重さが底につき、その味を味わってから吐き出した。

 

「………レイヴン………」

 

頼りにしてる、などと言い放ったあの女の声がまだ頭に残っている。

女の名を口にして、自分がやはり、何らかの執着心で以ってあの女を求めていると自覚する。

 

あの任務のあと、本当にタムとラプラタは上手くやったようでミシガンにどやされることはなかった。アイスワームとかいう化け物のおかげで有耶無耶になった、とも言うが。

 

「………俺は………」

 

何をするつもりか。

どう生きるつもりか。

決めたつもりだった。

“つもり”であったことを自覚した。

 

このレッドガンで、気に入らないクソジジイの顔をいつかブン殴ってやる。その程度の動機で入り、いつの間にかこうしてたった1人で死地に向かうことになっている。

ドッグタグに触れた。冷たい金属の感触が指先の熱を奪っていく。

その感覚を味わって、それから独りごちた。

 

「………武装はアーキバスにくれてやる、とか言ったな」

 

ミシガンはそう言って、アイスワーム討伐の条件を飲んだという。封鎖機構の邪魔が入らないように牽制兼攪乱としてそっちにはレッドと五花海が向かうそうだが、アーキバスはV.Ⅰを投入するつもりだそうだ。あっちが本命であるのが見て取れる。

 

「気に入らねえ現場監督だけ置いていきやがって、どさくさに紛れて殺してやろうか」

 

するつもりはないが、悪態が漏れる。

アレがアイスワームに食われたら御の字ということにしておこう。一々鼻についてムカつく男であるからして、長時間考えるとストレスの塊になる。

 

煙草の火を消した。

耳鳴りがする。

 

また少し目を閉じた。

レイヴンの目的は何なのか、未だに分からないままでいる。あの女は俺から逃げることはない。

鴉らしく感情の分からない丸い目で、次はどうするの、と言わんばかりに俺を見る。

 

「………」

 

ナメてんじゃねえとよく口に出すが、あの女は自分を下に見ている訳ではない。

どこまでも同じだと思っていて、どこまでも自分が翼に食いつく気でいると思っている。

ある種の信頼、ある種の執着。

そういったものが向けられているのに、なにか居心地の悪い気がした。

 

「………クソッ」

 

好意だとか、慕情だとか、そういったものがここにあるのならどれだけ楽だろうか。

それで説明のつかない執着は、概ね『負けたくない』『俺を見ろ』『離したくない』と、そういった類の欲求だった。

 

あまりに子供じみたその感情が、今の己がレイヴンに抱きそして求めるものだとわかるのが苛立って仕方ない。承認を求めるそのさまが、どれだけ浅ましいことか。

 

苛立ちが指先に現れていた。潰された煙草の吸殻だけがそこにある。

 

「………いいさ、やってやるよ。テメエが望むように幾らでも食いついてやる」

 

たかが蟻だと舐めているようなクソ役人も、あのお喋り(チャティ)なAIも、あの女が『戦友』などという狼のようなキザな男も気に食わない。

気に食わないことだらけだが、蟻というのは案外体格に見合わない力の持ち主だ。

自分がそれを掲げた意味を見せてやる。

 

「鴉だって逃がさねえ」

 

相棒の痕跡に証明を立てるように、4番ドックから離れた。作戦まであと、3時間を切っていた。

 

 

 

 

『これよりベイラムとアーキバスの合意に基づき、混成AC部隊による共同作戦を開始するッ!突撃しろ、命知らずども!』

『怒鳴るんじゃねえ、聞こえてる』

『総員私の指示に従うように』

『頼んだぞビジター』

 

アイスワーム討伐作戦の開始時刻。一気に入ってきた回線からの情報量に、呻くように621は言った。

 

「………ちょっと聖徳太子ね………」

『はい。レイヴン、G1 ミシガンの音量を下げておきます。上げておきたい方はいますか』

「意外と聞こえないからスネイル」

『分かりました』

 

スネイルやイグアスの進行方向からは少し離れ、621はアイスワームの頭部を探す。

 

「地鳴りはしてるけど、一体どこに───」

『ボサっとしてんじゃねえ野良犬ッ!飛べ!』

 

イグアスの怒声が届く。

反射的に浮き上がれば、真下をアイスワームの装甲が通っていった。

1歩遅ければ死んでいた。珍しく助けてくれたらしい。

 

「………ありがと、イグアス」

『テメエが死んだら無駄足だ………俺にンなもん踏ますんじゃねえ』

「ええ」

『621、アイスワームの頭部からロックは外すな。振り切られれば都度付けろ』

「ええ、ウォルター」

 

飛び上がったまま頭部を観察する。

止まるということはほぼ無く、延々と規則性のない行動を取り続けているらしい。

 

「顔面………難しいわね」

『621、焦らなくていい』

「ありがとう」

 

とはいえ、スネイルとイグアス、チャティのリソースを無駄に消費させる訳にもいかない。

戦友だって待っているのだ。

ENが切れた瞬間に足をつき、ちょうどそこに鎌首を擡げるアイスワームの顔面を狙う。

 

「ここ?………ああ〜ッ………」

『外してんじゃねえか野良犬』

『カビの生えた旧型には難しいようで』

「煩いわねあんたたち………」

『大丈夫だビジター』

「可愛げがあるのはチャティだけね」

 

スネイルとイグアスにチクチクされつつ、地面をのたうつように暴れるアイスワームを再度狙う。砂と氷の霧の中を裂くコーラルの赤い光が見えた。

 

「流石にね」

 

次は命中した。鼻で笑うイグアスの声が聞こえたが、とっとと離脱しなければ自分が轢かれる。顔面の範囲内からすぐに離脱した。

 

『早いな戦友!』

「ありがとう!お願い戦友」

『ああ、任せてくれ。こういうのは得意でね』

「貴方得意じゃないこと無いでしょう?」

『ふふ………そんなことはないさ』

『とっとと撃てやキザ野郎………』

 

苛立ったイグアスの声に笑う。

 

「なあに、嫉妬?」

『自惚れてんじゃねえ殺すぞ』

「あら、私一言もラスティとの会話の話はしてないわよ?あんたがアレを撃てなくて残念だったわね」

『テメエ………!』

『G5!G13!貴様らそこで乳繰り合っとる場合かァ!』

『テメエも何言ってんだクソジジイ………!』

 

そんな中にスネイルの冷ややかな声が割って入った。

 

『発情期でないのなら黙って従いなさい、離れろと言ったのが聞こえませんでしたか』

「聞いてなかったわね、ミシガンくらい声張って頂戴な」

『悪いなあクソ役人、音量だけは上げといてやるよ』

『貴様ら………!』

 

それ以上スネイルは何も言わなかったが、不満であるのが動きでありありとわかる。あら、あいつの方が大人ね〜、なんて思いつつ、621はアイスワームの頭部を見上げた。

ラスティの声が響く。出力のカウントが徐々に上がっていくのは、こう、少年のような心が刺激されて本当に戦友は格好いいと思う。

 

「戦友」

『ああ────外しはしない』

 

彼のその言葉と共に、アイスワームの頭部に光が着弾した。その威力に制御系統が崩れたか、それともコーラルが何らかの影響を受けたか。

とにかく脳天を撃ち抜かれたアイスワームは、のたうちながら横になる。

 

「今のうちに撃ち込むけど………エア」

『3回は当てる必要があるでしょう』

「そうよね、面倒」

『1人で何喋ってんだ』

「よくある症状って流しておいて」

『ケッ………っ、クソ………』

「………?」

 

こちらに悪態をつこうとしただろうイグアスの声が苦痛に歪んだ。そのまま荒く息をついたのがわかる。

 

「大丈夫?」

『うるせえ………ッ、また、耳鳴りか………』

「大丈夫じゃなさそうね」

 

そう言ってアイスワームの正面から離脱するイグアスを目で追いかけて、撃てそうなだけ撃ちこんだ後に自分も離脱する。再び動き出したアイスワームが自分が立っていた地面を削っていった。

 

「はあ………1回で済んでくれたら良かったのに」

『621、集中を切らすな』

「ええ」

 

そしてやはりというべきか、アイスワームは自分の身体の内に格納していたのかドローンのような子機を出す。同時にC兵器と思しきミサイルまで発射された。

 

「本当におかしいわね技研って」

『笑えるだろう?とボスが言っている』

「本当に。カーラの言う通りの集団ね」

『………まだまだおかわりが来るよ、構えな、だそうだ』

「うん、ありがとうカーラ、チャティ!」

 

その声を聞きながらミサイルを避ける。中々の衝撃値の貯めようとAPの削れように、恐怖感が戦意と興奮を煽っていった。

 

「ふふ………」

『笑ってる場合かテメエは』

「イグアス、お願い」

『………チッ』

『仕方ありません、我々で周囲のドローンは落としましょう。貴女はアイスワームに集中を』

 

今日は妙に素直だ、とイグアスを目で追いかけて、アイスワームに向き直る。

ドローン達にロックを持っていかれて厄介だ。

覚悟を決めて、アイスワームの真正面、唸る顔面の掘削部に立ちはだかって構える。

 

「効くといいけど」

『621ッ!?』

 

焦ったウォルターの声がした。

衝撃とともに、アイスワームの顔面にあるシールドが剥がれたのがわかる。しかし自分のAPは残り1、恐ろしいほどに威力の高いその顔面は、本当に何故そんな力が要るんだと言いたくなった。

 

「ターミナルアーマーさまさまね」

『621………』

「うふふ、ギリギリだったけど」

 

姿勢安定が中々戻らず焦ったが、成功はした。

しかし同じ無茶は出来ない。

一気に減ったリペアキットに震えつつ、ラスティの射撃を待った。

 

「ふう………」

『中々無茶だな、戦友』

「早く終えたいじゃない」

『人生まで終える気かテメエ』

「それもいいわね、泣いてちょうだい」

『誰が泣くか』

 

軽口を言いつつ離れるが、やはり恐ろしかったのも事実。震える手がそれを証明していた。

 

「でもちょっと怖かったわね」

『勇気と無謀を履き違えたかG13』

「ふふ、そうね」

『長生きしたければ、ホームと電車の隙間に足を突っ込む子供のような真似は止めろッ!死にたがりほど迷惑なものはないぞ』

「ごめんなさい」

 

ミシガンにもその恐怖がバレたらしい。

厳しい声に耳を傾けつつ、“愉快な遠足”に向き直る。

 

『これで決める』

 

ラスティが丁度、顔面を撃ち抜いた。

1条の光線が巨大な怪物の頭部を貫き、のたうつ巨体はコーラルの赤い光を漏らしながら横たわる。

 

「流石」

『ああ、今のうちだ戦友』

 

再びあるだけの弾を撃ちこんだ。耳鳴りがする。エアのものとは違うそれに顔を歪めて、少し離れた。

頭痛がする。

割れるようとはいかなくても不快なそれに、集中出来ないので正面から離脱した。

 

『621、どうした』

「ちょっと耳鳴り………」

『G5の猿真似はしなくていいぞG13』

「そういうんじゃないの………本当に」

 

苦しげに息をつけば、ミシガンもそれ以上は言わなかった。苦しげにと言ったって、本当に痛いんだから仕方が無い。

 

『っ、………クソ………』

「イグアス?」

 

同じようにイグアスも離れたのが見えた。チャティも妙に思ったのか少し離れ、遅れてスネイルが離脱しそうになったところでアイスワームが起き上がる。

 

『なんだ………?』

 

天に伸びるように起き上がるその様子は、物語の1ページに見える。文字の多い作品に入れられた挿絵のようだった。

 

『っレイヴン』

「あ゛、ぐっ………!?」

『………頭がッ………!』

 

耳鳴り。

続けて襲ってきたのは、痛い、という情報だった。

焼けるように頭の中が疼いている。内側から脳髄を破裂させるんじゃないかという勢いのそれに、苦痛の声をあげてしまった。

 

『621、大丈夫か』

「は、ァっ………なんとか、意識は、ある………」

『レイヴン、深呼吸を。多少軽減されます』

「う、ん」

 

そんな中にミシガンの怒声が響いた。

 

『G5ッ!応答しろ!』

 

思えばイグアスの声がない。

近くに走るヘッドブリンガーはいたが、アイスワームのコーラルを使ったプラズマのような攻撃が見えてからはどこに行ったのかも分からない。

 

「イグアス」

『………聞こえ、てる………ッ、ゲホッ、あ゛ア、クソ………頭が痛え………』

 

声が聞こえるあたり生きてはいるようだ。チャティは近くを走っているし、スネイルは見かけないが、今は生きていても死んでいてもどうでもよかった。

重要なのは────

 

『更にシールドを厚くしたようです。剥がすには2撃必要です、レイヴン』

「そうみたいね………」

 

この頭痛の中、もう2撃もスタンニードルランチャーを撃ち込んでやらなくてはいけないことだった。

 

スネイルの機体が墜ちている。声は聞こえていたのでどうせ生きているが、いつの間に離脱していったんだ、と思う。

横目でふらつくヘッドブリンガーを見て、こっちも長くは持たないだろうと気を引き締めた。

 

『ビジター、焦らなくていいが………俺も長くはもたない』

「そうね、ごめんなさいチャティ」

『構わない。当ててくれ』

 

その淡白さが逆に暖かい。

チャティはかわいいわね、と言いつつ、動きに激しさを増したアイスワームにカメラを向けた。

 

「ほんと、どうしたものかしら………」

『レイヴン、そこから当てるのは無謀です』

「よね。ダメだって分かってた」

 

正面に入るがすぐに浮上する。真下をアイスワームの装甲が通った。

 

「一旦離れた方が分かるかな」

 

遠くに着地し動きを見る。チャティもイグアスも、避けるだけで精一杯らしい。特にイグアスは。

 

「はあ………よし」

 

待ち構える。

再び地面に潜ったのが見え、地鳴りの感覚を頼りに位置を調整した。

 

「来る」

 

目の前に、破砕機が見えた。

 

「やば、っ」

 

クイックブーストで避ける。胴体になぎ払われそうになったのを、地面の隙間を滑り込んだ。

 

「はあ………」

『レイヴン、少し落ち着きましょう』

「ええ」

 

振り向き、再び襲いかからんと破砕機が見ているのを確認する。接続に合わせるんじゃタイミングが合わない、と操縦桿を引いた。

 

「ここよね」

 

命中。

それを確認し、すぐに離脱する。逃げ遅れれば、削れていく地面が自分の末路だ。

 

『いいぞ戦友、もう1発だ』

「ありがとう」

『………ッ、は、決めやがって………』

「貴方それより耳鳴りは」

『………うるせえッ………』

 

荒い息が聞こえる。絶対大丈夫ではないが、意識があるなら死ぬことは無いだろう。

一旦手動にした操縦を神経接続に切り替える。微かな痛みがあるので、置き撃ちには便利だがあまりやりたくない事だ。

 

『逸るなよ、621』

「ええ」

 

再びアイスワームを観察する。暴れ回るその巨体に殴られないように離れた。

 

「はあ………本当に、辛い………」

『………ビジター、すまない。俺はここまでだ』

「ありがとうチャティ、カーラ」

『ああ。こういう時こそ笑え、とボスが言っている』

 

カーラ流に励まされ、少し口に笑みが浮かぶ。

向かってくる破砕機を見ながら、イグアスに言った。

 

「そのシールドとミサイルを捨てれば明堂でも動くわ、出力は落ちるけど」

『………あァ!?てめえ何する気だッ』

「マシンガンなくなったらパイルバンカーでも拾いなさいな」

『野良犬、』

「じゃあね、あとはお願いよ戦友」

『待て戦友ッ!』

 

ラスティの珍しく焦った声がした。

別に死にたい訳では無いが、APがギリギリなので遺言じみた言動になってしまう。

 

『G13』

「別に死にたがってる訳じゃない!貴方に貰ったラッキーナンバーだものね!」

『………いいだろう』

 

流石に止められるか、と笑ったが、ミシガンも良いと言ったことだし突っ込んでいこう。

アイスワームの顔面に出る。

破砕機が迫っていた。

散る火花が、鮮明に映る。

 

「当てるから」

『レイヴンっ!』

 

着弾したのが見える。

焦ったエアの声がした。

衝撃とともに弾き飛ばされ、近くの岩場に叩きつけられる。口の中は血の味がした。

 

「………ふふ………」

 

案外死ぬのって怖いのね。

そんなふうに思いながら、621は寒さの中で目を閉じた。

 

 

 

 

「野良犬ッ!おい!」

『………戦友のお陰でシールドは剥がれた、続行するがいいか、G1 ミシガン』

『構わん、決めろV.Ⅳ』

『了解』

 

弾き飛ばされたMELANDERのフレームが見える。腕についていたリニアライフルは鉄クズになり、2連グレネードはあの破砕機に食いちぎられていた。

 

死ぬ訳がねえ。

死んだわけがあるか。

 

必要のない操縦桿を握る手に汗が滲み、力が入る。

 

『G5ッ!G13の武装からスタンニードルランチャーは取れるか』

「今行ってるッ、クソが………!」

 

アサルトブースト使ってまで急いでるだろうが。そう思って、なぜ自分がそこまで焦っているのかと、妙に冷静に嘲る俺がいる。

 

「野良犬」

『………』

 

機体は燃え上がってこそいないがひしゃげていた。どこかからか漏れたオイルが、角張った装甲の隙間から垂れている。

 

「っ………」

 

サブマシンガンじゃ足りねえ。

苛立ちながら武装をほぼパージし、スタンニードルランチャーとパイルバンカーを担ぐ。パイルバンカーは少しガタつくが、スタンニードルランチャーは安定してついていた。

 

「クソ………」

 

言う通り、アーキバスの武装のくせに大豊のジェネレーターでも動くらしい。悪態をつきながら、睨むようにカメラ越しの怪物を見た。

 

「おい!拾ったぞッ、とっとと当てろキザ野郎!」

『わかってる。出力を限界まで上げる、これ以上はこちらも撃てないぞ』

「クソ………!」

 

なんで自分が一人でこんな目にあってやがる。

なんで俺があの女のお下がりを担いでる。

弱音と意地とが混ざりあって、怒鳴り散らしてしまいたい気分であった。

 

『G5ッ、貴様が墜ちればこの作戦は失敗だ………意地でもそこで怪物退治を完遂しろッ、分かったか!』

「言われなくても分かってんだよッ!!!」

 

耳鳴りが酷い。頭痛も酷い。

そんな中で怒鳴りやがって。

嫌味な役人はとっくに墜ちていて嬉しいが、そうなると耳障りなのはミシガンの声である。

 

『621………』

 

犬の無事を祈るような飼い主の声がした。

 

「死んじゃいねえ、クソラッキーナンバーがよ………!」

『………』

 

口をついて出たのは別に励ましではない。己が信じたいものを言っただけで、それはすなわち、自分があの女に『生きていてくれ』と思っているということの裏返しであった。

 

気に入らない。

なんでこの程度でブレている。

苛立ちのあまり舌打ちが出た。何故か軽く笑っているV.Ⅳの声がする。

 

「笑ってんじゃねえ………!」

『すまない────そういうつもりではなかった。君も、随分戦友を気に入っているらしい』

 

どういうことだと怒鳴りそうになって、V.Ⅳの声にノイズが入った。

 

『私も同感だ。彼女が死ぬ訳がない』

「………ケッ」

『出力120%………頼んだぞ、G5』

 

光がアイスワームの頭部をブチ抜いた。相変わらず気障ったらしい、気に入らない男である。

 

「言われなくてもブッ殺すに決まってんだろ」

 

チャージの終わったスタンニードルランチャーを放った。リニアライフルのチャージを溜めつつ、至近距離に近づいてパイルバンカーを入力する。

 

「ッ!?」

 

随分限界だったらしい。パイルバンカーは一撃放っただけで、杭を破砕機に叩き込んで崩壊した。鴉の嘴が折れた様に、やはり、言いようのない焦りが浮かぶ。

 

「クソが」

 

チャージショットを撃ちこんだ。まだ冷却中のスタンニードルランチャー、オーバーヒートしたばかりのリニアライフル。苛立ちながら、空いた左腕を振りかぶった。

 

「ふざけんじゃねえぞ」

 

ACのパンチは中々の威力が出る。ついでに蹴りも加えてやった。そうなればスタンニードルランチャーも冷却が終わっていた。もう1発撃ちこんでやる。

 

終われよ。

さっさと死ね。

そんな思いだけが自分にある。

 

「………頼む、ッ」

 

終われ。

もう一度リニアライフルを撃ちこんだ。

巨体が再びのたうち回ったので離れる。

 

「まだ終わんねえのかッ!?」

『いや違う、爆発するぞッ!離れろ!』

 

ミシガンの怒号を聞いて反射的にアサルトブーストを使ってアイスワームから離れた。

怪物が爆発して崩れ落ちるさなか、また強い耳鳴りと激しい頭痛がする。

 

「ッぐ………ゔ、っ」

『G5、どうした』

「………うるせえ………」

 

気取られたくないという思いで悪態をつく。

自然と機体を、鴉の残骸に寄せていた。

 

「野良犬」

 

コアの装甲に手をかける。

ヘッドブリンガーの指で軋んだそれは、外れかけた天板をハッチのように開けた。

 

「死ぬ前に、」

 

ヘッドブリンガーを開ける。凍りつくような空気が鼻と目を刺激した。舌打ちしながらギリギリまで近づけて、神経接続パーツを外す。

 

「………、」

 

女はそこにいた。静かに目を閉じて、口から血を微かに流している。口紅のような鮮紅色が、色のない唇に鮮やかに乗っていた。

 

彫像のようであった。

 

滑らかな肌に手を伸ばし、冷たい感覚に触れる。それから女を抱き上げて、神経接続を外した。自分でやるより余程簡単に外れたので、そのまま抱き上げて機体に戻る。

 

微かに息があった。このまま放っておけば低体温で死ぬだろう。ハンドラー・ウォルターすら間に合いはしない。

 

『何をしているG5』

「死にかけの野良犬を拾ってるだけだ」

 

ミシガンに返したその言葉に、ハンドラー・ウォルターが懸念するかのように声を出した。

 

『………ミシガン、621は───』

『ウチの役立たずが拾った犬だ、責任もってソイツに面倒は見させよう』

『………そうか』

『しばらくすればどこへなりとも放り出してやる、帰巣本能は備わっているな?』

『ああ』

『MELANDERのフレームなら幾らでもくれてやる』

 

女を腕に抱きながらその会話を聞く。要するに拠点までコイツを持って行っていいという許可だ。

 

女は固く目を閉じている。

小綺麗な顔がそこに収まっていた。やはり、この鴉は眠っていると美しい方に寄る。

綺麗に整った顎のラインも、均整の取れた顔の配置も、目のラインも、全てが綺麗だった。

大きな目玉が開けば、愛嬌に振れる。

 

苦笑が漏れた。

どのみち自分は、余程この女を手離したくないらしい。

 

「5番で下ろす」

『分かっている、帰投しろ』

「ふん」

 

接続を切ったせいで手動操作しか受け付けなくなったヘッドブリンガーを作戦領域から離脱させる。その途中、V.Ⅳの声がした。

 

『送り狼にはなるなよ』

「狼はてめえだろ」

『………ふふ、そうだな』

 

さして気にした様子もなく笑う男に舌打ちを返す。作戦領域から出た瞬間、目的地を現在母艦がある座標に付け、自動操縦に変えた。

その時、女が少し身じろいだのがわかった。

 

「おい」

「………、うぉ………るたー………?」

「どこがてめえの『飼い主(ハンドラー)』に見えてんだ」

「………イグアス………?」

 

微かに開いた目がこちらを見ていた。女はただ体を預け、血の流れたあとの残る唇が揺れる。

 

「なんで………」

「黙ってろ」

「うん………」

 

寒さを紛らわせるように、鴉が頭を擦り寄せてきた。自分の身体の線を細い指が撫でる。

 

「………イグアス………ねえ、また………」

「つけろって?」

「うん………」

「………」

 

髪で分かりづらい、首筋の方に噛み付いた。じんわりと血の味がする。

それを吸って、離す。

女は満足したように笑った。

 

「消えちゃったの、だから………」

「寝てろ」

「うん」

 

女は静かになって、しばらくして寝息をたて始めた。

ヘッドブリンガーの中で何やってんだ、とあの馴染みの整備担当に言われそうだ。

別にヤった訳でもねえんだからいいだろ、と勝手に思いながら、視界に映る銀世界を見ていた。

 

母艦が見える。

通信を開いてハッチを開けさせ、接舷した。

整備ドックの5番へとヘッドブリンガーを搬入させ、レイヴンを抱え直してコアから出る。

 

「医務室開けろ」

「うわっ出てくるなり何………女ァ!?」

 

瞠目している整備担当のラプラタを押しのけ、とっととヘッドブリンガーから降りた。タムもパーツ交換や修理、弾薬の確認に来ていたらしくそこにいた。

 

「お疲れーす………え、何、女性?誰?」

「野良犬だ」

「ああ、G13っすね………え、なんで?」

 

無視して歩く。医務室が遠い。

 

「ちょっと、G5、アンタ顔色ヤバいっすよ」

「うるせえ、タム」

「G13抱えますか」

「触んな………」

「ええ?………じゃあ医務官呼びますからちょっと待って」

 

座らされた。レイヴンを抱え直せば、別に取らないっすよというタムの声がする。

 

「ちょっと待ってて下さい」

 

その声が離れたと同時に、ぷつ、と糸が切れるように意識を手放した。

喧騒が遠くで聞こえた気がした。

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