That's insane! 作:解毒発酵DNA
短いので早めの投稿です。
次は3日後に戻ります。
「………」
機械音が響いている。
非常電源のジェネレーターが動く音が喧しい。
「クソ………っ、そういう事か、ふざけやがって」
誰か。
生き残りは。
焦りが身体を突き動かしていた。
「上層はダメだ………ッ、クソ、ここもか」
ルビコンの冷たく凍った外気が、艦内に入り込んでいる。そこには、見覚えのある逆関節が突っ込んできていたのだった。
「チビ………」
いつかの、あの女の機体である。
オイルがだらだらと装甲の隙間から流れた痕があった。
回り道をしてひたすら走る。
「………ッ!」
2番ドック。
そこの足場に派手に突っ込んでいたのは、ハナムグリのエンブレムをしたMELANDER C3だった。
自分の、整備担当が使っていた機体である。
「………、」
機体の名を知っているのに呼べなかった。
全滅。
ウォッチポイント・アルファ付近に身を隠していたはずのレッドガンは皆ここで、死に絶えていたのだった。
遡ること────何週間かは分からない。もしかしたら数日であったかもしれないし、そうでも無いのかもしれない。
とにかく時間感覚の狂う地下に、ずっと閉じ込められていた。
深度1の砲台越えは非常に面倒であった。ネペンテスと名付けられているらしいそれに何機MTが撃ち落とされたかなどと、数えてなどいられない。誰かが悲鳴をあげる度に、苛立ちだけが募っていく。
戦闘部隊はミシガン以外はほぼ出払い、レッドガンの母艦を守る3つの護衛艦に補給船諸共任せたのだった。
整備部にも幾人か戦えるようなヤツはいるが、大抵は戦闘部隊から落ちた連中であるので本気で頼れはしない。
護衛艦は付近にいるなら大丈夫だと思っているような上層部に、ああ、本当に浅はかな連中だとため息すら漏れた。
あの野良犬が、護衛艦以上の性能を持つ封鎖機構の艦をいくつ落としたと思っているのか。
それにあの鴉なら、どうにかしてあの獅子の肉を噛みつき啄むだろう。そんな予感があった。
無事とは言えない。
深度2前でMT部隊はほぼ半数が減り、ACである自分たちもかなり消耗した。
なんとか届いた補給物資を受け取りつつ、そして焦る上層部にうんざりしつつも、ミシガンの怒鳴り声を聞き流しながら深度2へと入っていったのだった。
「………広いな」
『意外と綺麗なようですね………どうしますか』
『ガードマシンは居ますがその程度。手分けしてもよいでしょう』
施設は妙に広い。こじ開けずとも正面から入れたのは僥倖だと思っていると、秘匿回線に誰かが繋げてきたのが分かる。
「………」
無言でレッドガン側への音声を切り、秘匿通信を繋げた。
「誰だ」
『お久しぶりです、G5 イグアス』
「オールマインドか。チッ………少し待てよ、まだレッドと五花海がそこに居るだろうが」
『入り口正面は開錠しておきました』
「すんなり開いたのはてめえのせいか」
ならガードマシンが異様に静かなのもコイツか。舌打ちしつつ返す。
「さっさと要件を言え」
『このまま貴方には、アーキバスの突入まで身を隠していただきます。機を見て地上に上がれるよう手配しますので、そこで私からの依頼を受けていただきます』
「………」
一旦五花海とレッドの話が詰まりそうなので、何も返さずにもう一度レッドガンに回線を繋げた。
「なら俺が進む」
『先輩………!?』
『おや、先程から妙に静かでしたが』
「うるせえな………面倒そうな方に誰が行くかで揉めてる場合か、とっとと終わらせてとっとと穴蔵から出るぞ」
そのまま機体を動かした。
『ではそのように』
『はい、お気を付けて』
レッドと五花海の声が聞こえる。無言で離れたあと、通信をまた切った。それからオールマインドに繋ぎ直す。
「で?こっからどうする」
『しばらく進んでください。そこにちょうど良いものがあります』
「はあ………?」
自分についてくるMT部隊を気にしながら、オールマインドの言う通りに進む。
そこは少し広い空間だった。開けば、外界と隔絶するように背後にあった扉が閉じる。
『まずは貴方に着いてくるMT部隊を排除しましょう』
「待て、まだミシガンが見てやがるだろうが」
『通信妨害を1分後に行います。期間は20分、そこでMTを排除しきってください。その後音声データを取得し改ざんします』
即答出来なかった。
ここでやらねば、オールマインドに切られる。しかし、やはり、レッドガンという繋がりを自ら手放すことに嫌な汗が滲んでいた。
「は………」
『20分以内の殲滅が確認できなかった場合、私の協力者としてあなたに今後依頼することはありません。………それではこれで』
通信が切れた。
扉が開かないか試しているMT部隊たちの声が聞こえる。
『ダメか?』
『ダメじゃねえけど、遅いな………』
『なんで急に閉まったんだか』
あと40秒。
手に汗が滲む。
レイヴンの目的。それを知るならオールマインドについて行く必要がある。
『あー………クソ、方式がまた………』
『普通に開かねえのか、面倒くさいな』
『あと2体くらい足せばいけないか?』
『やるか』
あと20秒。
それまでに覚悟を決めなくてはいけない。
『やっぱ止めた』『もう無理だ』とは、言えなくなる。
退路を絶たれる感覚が、自然と腹を決めさせた。
10秒。
引き金に手をかける。マニュアル操作ならば、コアを狙う警告音は鳴らない。
息をついた。
手離さないと決めたのならば、今抱える全てを俺は捨てる必要がある。
0秒。
意を決して、ミサイルと同時にチャージしたリニアライフルをMT達に放ったのだった。
『ッ!?』
『G5ッ、どうして』
『裏切りやがったのかッ』
「………」
返答はしない。音声は完全に切って、向かってくるMT達を確実に潰す。
『ミシガン総長に報告をっ』
『繋がらない!クソ、誰の命令で………』
『たまたま総長に拾って貰っただけの、ゴロツキ上がりが………!』
「………」
そうだな。
相棒の男が最期に『親父』と呼んだあの男を、今、自分は裏切った。
分かってくれとは言わない。叱れとも思っていない。恩より女を取った愚かしさを、ただ詰るだけでいい。
ひたすらにMTを潰した。
機体ごと人間がひしゃげる感覚が、触覚が無いはずのヘッドブリンガーを通して伝わってくるかのようである。それはとっくに慣れた感覚のはずなのに、妙に重く感じていた。
『うわぁっ』
『ひいっ』
『何か言ったらどうだッ、クソ、止まれ──』
次第に声が減る。
怯えた声が増えた。
『やめてくれ、どうして』
『助けてくれ!誰か!』
『G3とG6に報告、をッ』
撃ち抜く度に、どうしてか引き金が重い気がする。
『クソ………気が狂ったか………!』
『また自分だけ逃げる気かよッ、おい!』
逃げはしない。
だから殺している。
気が狂っているのは初めからだった。
『──────わかるの』
あの女の声がする。
腕に抱いた感覚が、まだ、そこにある。
首を絞めた感覚もまだ、ここにある。
声は消えた。
時間にして15分。随分あっさりと、ひとつのMT部隊は全滅したのだった。
「………」
『お見事です』
オールマインドの声に答える気になれなかった。騙すことも裏切ることも抵抗なんてとっくに消えていると思っていたのに、罪悪感と呼べるそれが身体の中に澱のように充満している。
『そのまましばらく待機してください』
5分程して、オールマインドが再び口を開いた。
『それではG5 イグアス、私たちの計画について話しましょう。この先の扉を開きます。そこから側面へ降下し、ダクトを通って次の場所へ進んでください────そこで一旦、身を隠しましょう』
「………ああ」
やっときけた口はそんなものだった。
死体に目を背けて、オールマインドが指定したポイントに降りる。
そこでヘッドブリンガーを停止させたところで、オールマインドの声が響いた。
『まずは貴方に再びの賛辞を』
「要らねえ。とっとと要件を言え」
『………承知しました』
少し笑ったような声だった。感情のないはずなのにそんな振る舞いをするので、不快感に眉を顰める。
『貴方はRb23………独立傭兵レイヴンが第四世代型強化人間であることは知っていますね』
「ああ」
『彼女には私の計画における重要な役割を担わせていました』
その言葉に、聞き流しておくつもりだったが聞く気になる。過去形で言ったのなら、今はそうしていないということだ。
それがわかったのか、オールマインドは非常に嬉しそうに言う。機械のくせに妙に感情のあるヤツだった。
『彼女に聞こえているコーラルの意志………技研の研究成果からこれを“Cパルス変異波形”と以後呼称しますが、これらからの交信を受け取ることが出来るのは体内にコーラルが高濃度で存在することが条件なのです』
「………だから俺を」
『はい。G5 イグアス、貴方もまた第四世代型の強化人間。私の協力者としての選定候補でした』
「そんでてめえ、野良犬に手でも噛まれたのか」
『いえ、彼女とは未だ協力関係という体を保っています───貴方が求めるのは彼女でしょう』
「………」
改めて口に出されるとムカつくが、飲みこんでただ聞くだけに留めておいた。そのままぶっきらぼうに返す。
「だったらなんだってんだ」
『彼女の目的は“Cパルス変異波形”………彼女が“エア”と呼称する存在の意志に従い、それと添い遂げることにあります。彼女はコーラルリリース………人類の枠を逸脱する現象で以て、それを実行するつもりなのです。そうなれば彼女は自らの“個”を保てるかどうか』
「………は、」
言葉に詰まる。お前は今なんて言いやがった、と思いながら、通信に浮かぶオールマインドのエンブレムを睨めあげた。
「それを俺に教えてどういうつもりだ」
『合理的に考えれば排除対象でしょう。企業からも、封鎖機構からも、彼女の飼い主からも。彼女はそれでもコーラルリリースのために動いているのですよ』
垂れた汗は冷えていた。
なら俺に近づいた理由はなんだ。ああして笑って求めた理由はなんだというんだ。
自然と手に力が入っていた。それを見透かすように、オールマインドの声が響く。
『彼女を止めなければ、貴方は一生彼女に届くことはないでしょう………どうですか、G5 イグアス。私の依頼を受けていただけますか?』
聞くのであれば、直接か。
それまでこの戦場を生き延びて、最後に残ったあの女に問い質してやるしかないのだろう。
「………上等だ、やってやる」
自分を選ばないというのならば、そのまま食い殺してやる。その回答に、またオールマインドは酷く楽しそうな機敏の声で笑ったのであった。
『それでは依頼内容の説明を。現在アーキバスはレッドガン率いるベイラムの部隊を先兵とみなし、貴方たちがある程度の損耗を受けた後にRb23………独立傭兵レイヴンを投入するつもりでいます』
そこまでは承知の上である。それであの厄介な砲台も、設備も、全て確かめて放置しながら来たのだ。続きを促すように黙った。
『その後来るアーキバスのヴェスパー部隊、V.Ⅲオキーフの排除を貴方にお願いします。その後、独立傭兵レイヴンを完全に自分たちの手駒にすべく、V.Ⅱスネイルが不意打ちで彼女を捕らえます。相当な実力者であることは確かですので、レイヴンと協力しこれを殺害してください』
「それまでは」
『この場で身を隠し───ああ、いえ。ひとつ頼みたいことがありました』
オールマインドは言った。
『貴方の望む舞台を整えるため、少々時間が必要です。独立傭兵レイヴンの足止めをお願いしたいのですが』
「………」
『彼女の強さではG1 ミシガンやV.Ⅰ フロイトでなければ完全に足を止めることは無いでしょう。また彼らはそれぞれ企業の最高戦力、易々と投下されるものではありません』
「それで」
『それに………貴方が殺す素振りを見せれば、レイヴンも多少は貴方に対して迷いも見せることでしょう』
やりますか、とオールマインドが言った。当然、今になって何を聞いているんだと笑ってやった。
「やってやるつっただろうが」
『良いでしょう。なにか求めるものやパーツがあればこちらで用意します。オールマインド製パーツと武器のカタログを用意しましたのでご覧下さい』
送られて来たのはカタログで───ベイラムの企業カタログを見慣れた自分からすれば少しだけ新鮮に見えた。腕のパーツは今使っているMELANDER C3よりもいい。
武器は使いたいと思うものは特に無かったが────あの嘴を折るなら、自分に合う牙が要るだろう。ジェネレーターのEN容量を考えながら、武器の選定を繰り返していく。
慎重に、あの女を食い殺すための形を選ぶ。
それに特に甘さはなく、また暖かい思いもない。あるのは大きな執着と、選ばれていないのではという不安から付随した少しの憎悪であった。
それであるというのに、やることはまるで、気に入った人間に丁寧にアプローチする前の人間のようであった。