That's insane! 作:解毒発酵DNA
どれだけ気をつけたって、病院の力を借りなければいけないことはあるものです
違和感があれば早めに診察を受けた方がいいですね
しばらくの穴蔵生活のうちに気づいたことがある。オールマインドは独立傭兵の支援システムであるが、頼りや頼みをすると明らかに喜ぶような声色をする。
AIというのは押し並べて無機質であると思っていたので、初めは気持ち悪さを感じていた。次第に慣れて、今ではさして気にすることでもないが。
レイヴンの戦い方は本当にカラスのようであった。リニアライフルと6連装ミサイルで攻め立て動きを封じ、近づいてパイルバンカーを撃ち込む。距離が遠ければ2連グレネードを撃ち込んでくる。
このメリニットの2連グレネードは、ヴォルタもミシガンも使っているので発射音も硬直タイミングもよくわかっている。リニアライフルの癖も自分が使うものなのでわかりきっていた。
それにレッドを自分のリハビリに付き合わせていたのは、単に面倒を見るだけではない。
レイヴンの使う6連装ミサイルはレッドが使っているものだ。
そして総重量もほとんど同じであり、動かし方と経験、強さの違いはあれどいい的になってくれて助かった。
サブマシンガンはやめた。左手にはタキガワのブレードを付けた。左側のパルスシールドはレーザーオービットに変えた。ジェネレーターの容量は結局足りなかったので、アーキバスの還流式をオールマインド経由で買った。
すっかり独立傭兵のようになった自分の装備に自嘲気味な笑みが漏れた。
深度2。
あの女が必ず通るだろう通路の前で、ただ、静かに時を待った。
その間に煙草に火をつける。別に普段からこの中で吸っては居るが、あの女が来るならわかるようにしてやりたかった。匂いなど届くはずもないのに、何故かそうして目印のように主張した。
『───ウォルター、AC反応がある』
『おそらくベイラムだろう。そのまま進め、621』
広域の回線に乗った会話が聞こえる。お前の飼い主すらまだ知らないだろう目的を俺は知っている。口に自然と笑みが浮かんでいるのに気がついた。
そこにオールマインドの秘匿通信が入る。
『G5 イグアス。ここで撃破の必要はありませんが、最低でも1時間ほどの足止めをお願いします』
「ああ」
『それでは、健闘を祈っています』
通信が切れる。そこにちょうど、レイヴンの黒味を帯びた迷彩の機体が見えた。
「───待ってたぜ、野良犬ゥ!」
『イグアス………!?』
既にチャージしていたリニアライフルのショットを撃ち込んだ。命中したのが見える。この程度は挨拶として受け取っておけと、自然と笑いが口から漏れ出ていた。
「っは………!卑怯だなんて詰まらねえことは言わねえよな」
『当たり前、でもびっくり、………』
女の声が止まった。
それから、威嚇するような低い声がする。
『なあに、それ』
「お前用だ」
『………ふふ、そう、そうなの』
声が一段と明るくなった。遊んでくれるとわかったらすぐこうだ。絶対に満面の笑みを浮かべた野良犬の顔をしている。非常にムカつくが、やはりあの女を引きずり出してその顔を見ること以外に報酬はないだろう。
『嬉しい!』
「そりゃよかったぜ………とっとと死ねッ、野良犬!」
『嫌!だって私用なのに、すぐ死んじゃったらもったいないでしょ………!』
リニアライフルの応酬から始まり、レイヴンは6連装ミサイルを、自分は4連装ミサイルとオービットを使ってお互いの間合いを牽制し合う。
『レーザーオービットね!やっぱり貴方の方が使い方が上手』
「当たり前だ、野良犬より上等なんだよ俺は」
『繊細なだけでしょ、クワガタだもの』
「エンブレムはアリだ馬鹿」
『知ってる………あっ』
んなもんに当たってんじゃねえよ。
ミサイルに全弾当たってスタッガーしたレイヴンにキックを入れ、少しだけ逃れられるようにタイミングをずらしたブレードを振った。
思った通りにレイヴンはそれから逃げ、また距離を取る。
『まだブレードには慣れてないの?』
「どうだかな」
観察する動きに変わった。やはり鴉は警戒心が強いらしい、雰囲気が変わればすぐに寄り付かなくなる。
「どうした」
『無駄に近づいて斬られたくないの』
「はっ………ビビってんじゃ、ねえ!」
『ちょ、っ』
やはりすぐに終わるのは嫌らしい。近づいた隙にブレードを振れば、レイヴンはアサルトアーマーを使って逃げた。その際に撃たれた6連装ミサイルとリニアライフルでスタッガーしたところを、グレネードに狙われる。
「チッ………」
『………でも貴方、そのアセンブルで………』
「何だ」
『………ミシガンは?だって、ジェネレーターの火の色が青いのに』
流石に気づいたらしい。
レイヴンに向けて、吐き捨てるように言ってやった。
「お前用だって言っただろうが、野良犬」
『………ふ、ふふ、そっか、そうなんだ………!ねえイグアス、やっぱり殺しあうのは最後にしましょ!どうかしら!』
「俺は今てめえを殺してえんだよ」
『それもいいわ、熱烈で!』
「気持ち悪ィこと言ってんじゃねえ!」
パイルバンカーとブレードが交錯し、互いにAPを削りあった。お互いリペアキットを使って、どちらが互いにしびれを切らすかの争いに変わる。
リニアライフルとミサイルが飛び交う中、レイヴンが口にする。
『ねえイグアス』
「何だ」
『貴方、殺す気ないわよね』
吹き飛ばされた。視界外からのパイルバンカーだ、警告音が無かったのでおそらくマニュアル操作である。
「チッ………ナメてんのか………」
『どっちかと言うとそれ、貴方だと思うけど』
その通りである。本気で殺せないので、無駄に神経を使って戦っているのだ。レイヴンがそう思うのも無理はない。
自分だって面倒臭くって仕方ないのだ、存分に本気で殺し合えないということが。
「………ケッ」
『何かあるのね、聞かないであげる』
しかしオールマインドの事を口に出せば、こいつの飼い主に勘づかれる。それは避けたかったので、今こうしているのだった。
しかし自分もずいぶん変わったものだ、今までであれば苛立ちのあまりに全て話していただろう。多重ダムでのあの時のように。
「とにかくてめえがここで動けなくなりゃいいんだよ、俺としちゃあな」
『そうねえ………猟犬といっても、腱を噛み砕かれたら困るわね』
チャージショットを避けて撃ち返す。それは当たらずに跳弾してどこかへと突き刺さった。
この鴉と自分の明確に違う点は、リスクをどこまで背負うことを許容するかだ。
レイヴンは恐れない。無駄な怪我を恐れない無謀という訳ではなく、ただ、好奇心に突き動かされる鴉である。
自分が狂犬だのなんだの言われるのはムカつくが、ミシガン───もといベイラムの飼い犬という自覚はあるので、犬という呼称は受け付けておくが、ここまで好奇心旺盛ではない。
元気に飛び回る鴉とは、自分は違う。
すれ違うと思った瞬間、パイルバンカーの射出より前にブレードを振り抜いた。
レイヴンに2つ目のリペアキットを使わせた。この女に3つそれがついているのは分かっているから、1回できっちり破壊さえしなければ3回は問題ない。
「言う割にはてめえも随分手を抜くじゃねえか」
『貴方が強いのよ』
「ッ、当たり前だろうが!」
純粋な賛辞。
それに照準が少しブレて、レイヴンからパイルバンカーの重い一撃を貰いそうになった。急いでアサルトアーマーを起動し間合いから抜ける。
『なあに、照れた?』
「うるせえ」
鴉の鉤爪が食い込むように、キックが放たれる。そのままミサイルが直撃しスタッガーした自分に向けて、レイヴンの嘴が迫った。
『イグアス』
「ッ!」
つい本気でブレードを起動させそうになったが、殺すな、という頭の冷静な命令で手が止まる。レイヴンも、己の機体でヘッドブリンガーを壁に押しつけるような形になっているのに、手が止まっていた。
『………ねえ、お願い』
「ンだよ」
『本気で殺しに来て欲しいの』
「………」
『今、私を殺せないなら来ないで』
「お前、」
『お願い』
レイヴンの機体のライトは黄色をしている。
これでは鴉というより黒猫であるが、やはりどうしてもこの女は犬っぽい。
尻尾を振って遊んでいたと思ったら、飼い主にあしらわれていると分かると怒って唸る。
軽く笑って挑発するように言った。
「なら俺をここで殺してみろ」
『………そう………』
しょぼくれて尻尾がたれた犬のように、レイヴンは悲しげにパイルバンカーを振り抜いた。分かりきっていたので、脱出レバーに手をかけてさっさと離脱し、破壊されたヘッドブリンガーから抜け出たのだった。
「………野良犬、てめえは俺を………」
『貴方が好きよ。………何言われたか知らないけど、エアも、貴方も、好き』
出る前に聞いたレイヴンの最後の通信は、そんなような事だった。
「そうかよ………次はちゃんと殺しに行ってやる」
レイヴンは聞こえるはずもないのに、どこか嬉しそうに奥の道へと進んで行った。
端末を取り出す。
随分長く野良犬と遊びすぎたらしい。オールマインドからの通信には『準備が終わりました。レイヴンを通して構いません』という内容が1件、30分前に入っている。受けていなかった通信もそれくらいのログであった。
『野良犬は通した、機体は壊されてる』
そう入れてやれば、すぐに返事が来た。
『でしたら私の用意する機体に乗り、1度ウォッチポイント・アルファを出てベイラムの補給艦からMELANDER C3のパーツを頂戴しましょう』
「………ああ?」
それは別にいい、が。
流石に裏切ったばかりである。顔を出すのは憚られた。
慣れているフレームがいいのはそうなのだが、しかしオールマインド製の機体があるならそれでいいだろう。不審に眉を顰めたが、行けと言うならそれなりの理由があるはずだ。
『理由は』
『見せたいものがあります。指定座標まで移動してください』
また思わせぶりなことを言いやがる。聞こえない舌打ちを返しつつ、送られてきた座標までさっさと移動するのであった。流石に、ベイラムのMTに見つかってはたまらない。
「………これか」
指定座標のコンテナの山の裏、そこにオールマインド製パーツのフルフレームが置いてあった。ハッチどこだよコレ、と思いながらも機体を登り、肩口に乗り上げる。すると頭がズレて、下にコクピットが見えた。
「………ケッ」
それに乗り込む。いくら不審でも、拒絶したせいで協力を切られてはたまらない。神経接続を自分でするのは本当に面倒で嫌なのだが、やらなければもっと面倒になる。
腰と首のパーツに繋げ、頭痛を堪えつつ舌打ちしながら操作感度と同調を合わせていった。
「………おい、どうせ聞いてんだろてめえ………」
『はい』
「お前コレ出来ねえのか」
『可能ですが、レッドガンで受けていたような精度の調整を受ける場合は医務官や整備部のデータが必要になります』
「………てめえにやらせるには、どうせ行かなきゃ行けねえって事かよ」
オールマインドの回答を聞き舌打ちした。
『はい。また少々身を隠していただきますが、その後にレッドガン艦隊まで近づいていただきます』
「………」
捨てたものにまた自分から近づくとは。犯人は現場に近づく、と言うかのようで、また自嘲した。
オールマインドの言うまた少々、はかなりの期間だった。全くそれまで何をしているんだと聞きたくなるが、戦況は逐一丁寧に報告してくるので展開に置いていかれることはない。
まず、尖兵のように突っ込んでいったレッドガンの部隊はほとんど全滅している。五花海もレッドもまだ生きているようだが、MTはほとんど残っていないと言っていい。
またベイラムはミシガンをついに投入する気になったようで、近いうちにあの男はレッドガンの艦隊を離れるようだった。
アーキバスはまずレイヴンに先行させ、その後を追う形で突入しようとしたのだが、ミシガンが突入すると聞いてからはV.ⅤやV.Ⅵ、V.Ⅷ、に続けてのヴェスパーの投入はやめたらしい。
煙草を咥えつつ、逐一それを聞く度に「レイヴンは」と聞くのだが、どうやらあの女は深度3以降の未踏領域にまで足を踏み入れたところでアーキバスに『待て』をされたという。
あの女とそのハンドラーが大人しくしている訳が無いので、どうせどこかで突っ込んでいくだろう。
そんな中、オールマインドがついに言った。
『地上へと向かいましょう。深度1まで来た進路を戻ってください。そのまま1機で上昇して頂くことになります』
「あの深さをか………」
砲台がない分降りる時より面倒くさくはないが、それでもあの高さを登ると言うだけで面倒くさい。ついげんなりした声が出たのを、オールマインドは可笑しそうにして言った。
『G1 ミシガンに見つかる方が面倒ですよ』
「違いねえ」
控えめに言わずともあの男には会いたくない。というか合わせる顔がない。
あの男はこちらを詰りなどしないとわかっていても、本当に、そういう挙動をすると分かっている事自体がイラつくのである。
殺したMTたちのように罵倒してくる方がまだマシだった。
「クソッタレ」
ぶつくさ言いながら上がっていったが、予想に反して誰にも会うことなど無かった。
しみったれた連中に会うよりマシだと強がりながら、さてどう近づくかと考えた。が、こっちに聞いた方が早そうだ。オールマインドに声をかける。
「おい、周囲の護衛艦はどうするつもりだ」
『心配はいりません』
何故、と言いかけて気づく。この区域は既に母艦と補給艦を守る3隻の護衛艦の射程圏内であり、自分が乗っている登録不明の機体を放っておくはずが無い。ミサイルとガトリング砲で蜂の巣にされるだろうに、未だに、何も無かったのだった。
「………もう射程圏内だろ。なんで攻撃が来ねえ」
『言ったでしょう?心配はいらないと』
嫌な予感がした。機体を焦って進めれば、オールマインドの声が響く。
『何故焦っているのです?貴方は彼らを裏切る選択をしたでしょう』
「それとこれとは話が別だッ、うるせえな………!」
3隻の護衛艦は墜ちていた。
補給艦からは煙が上がっている。
近くの巨大な母艦は、何故か異様なくらいに静まり返っていた。
「ッ………」
『G1 ミシガンが離れた後、私がレッドガンを護衛艦3隻の大破、補給艦と母艦のみの編成にまで追い込み潰しました。生き残っていると厄介な方々がいらっしゃいましたので』
「なッ………おい………ミシガン以外は雑魚しかいねえんだぞ、居たところで、」
『それに、貴方は既にレッドガン内では死亡した事になっています。私が死亡偽装を行いましたので』
怒鳴ったところで意味は無い。すでに失われたものを数えたところで意味は無い。
しかし、やはり、友人の影はここにしか無いものだったのだ。自分の浅はかさは、いつまで経っても変わっちゃいなかった。
「………考えたところで、意味はねえんだよ」
舌打ちとともに機体を走らせる。母艦の上部は恐ろしいほど静かで、中層部へ侵入するためのハッチが開いたままだった。
『接舷するのですね』
「………当たり前だ、てめえに渡す情報が要るだろ」
『そうですか』
そのまま機体を着け、降りる。
内部は静かだった。
ただ、非常電源によって着いたオレンジのライトと煩い非常用のジェネレーターの音が響いている。これは生存確認じゃない、ただ情報を貰うだけだ。そう言い聞かせながら、人の気配のない艦内を歩いた。
オイル。
冷却水。
そのほかの、嫌な臭いのする液体。
それらを踏みしめて、通れない道を避けていった。そうして、今生き残っているのは戦闘部隊の一部のみであることを────2番ドックに突っ込んでいる自分の整備担当の機体に触れることで、実感したのだった。
「………分かってんだろ………」
捨てたのならこの結末も分かっているはずだった。止まってなどいられない、と機体を乗り越えて医務室側へと走っていく。
1番ドックが空になっているのを久々に見た。もうここには誰一人として残っていない。
死体が見えないのが、妙に嫌だった。見なくていいものであったとしても、あるはずのものがないというのは奇妙で、そして不気味だった。
医務室側に走る度に、嫌な臭いのする液体と揮発した燃料の臭いが近づいてくる。薬品が漏れているのか、なにか薬の匂いもしてきていた。
扉はひしゃげている。それを乱暴に引き剥がして開けた。
「………てめえは………」
ドアの正面で息絶えていたのは女だった。隊員たちのメンタルケアを担当していたあの女だ。
横に倒れて目は閉じていて、腹から溢れた血と内臓が丸く影を形作っている。
医務室には似合わない、人間目線では大きな機体が女を殺したのだろう。停止して動かないが、見たこともないその機体の腕部は血に濡れていた。
同じように医務官たちや病人、怪我人諸共殺されている。ただ邪魔であったから処理されただけだと分かる、無機質な殺戮がそこにあった。
「………チッ」
その遺体を慎重に避けて、無事な端末を探す。
「これは」
『………データ取得を完了しました。整備部のデータとも関連付けられているようですね。かなり正確な所見です』
「あとは機体か」
『はい』
出ていこうとした時、誰かが動いた。懐に入れてある拳銃に手を伸ばした時、その正体に気づく。
「………そんなに経ってんのか」
女が動いたらしい。だが生きている訳ではなかった。死体が妙に動き回るのは知っていたが、今じゃなくたっていいだろうが。
舌打ちしながらその遺体を避け、出ていった。
あとは補給艦にあるだろう、フレームの回収だけだ。そう思いながらまた、上層に上がれるような道を探すのであった。