That's insane! 作:解毒発酵DNA
おいしいものは脂でできています
幻聴は女のかたちをしているものなのだろうか。
今、621はベイラムによって依頼されていたドーザー勢力『RaD』の居城、グリッド086の調査を行っている。そしてその傍ら、自らの進路をウォルターと遜色ないサポートで案内する『エア』の声を聞いていた。
任務に出発する前のことだ。
この症状をウォルターに伝えたところ、「第四世代の強化人間にはよく見られる症状」であると言われ、彼が呼んだ医者には薬を渡された。
耳鳴りはあったが幻聴は初めてだというに。
まあでもこんなものか、と少し湧いた不満は錠剤とともに飲み込んだ。
「今のお前には休息が必要だ」
そんな621の様子を案じるように、ウォルターはそう口にした。
「わかった、ウォルター」
「俺は用事があるのでしばらくここを離れる」
ウォルターの目が少し揺れた。
あまり信頼されていないみたいだ。苦笑してもう一度返事をする。
「うん、大丈夫」
「必ず休息は取れ」
「わかった」
イグアスにつけられた痣にウォルターの手が触れた。やはり優しくて暖かい。嬉しさに起伏の乏しい感情が揺れた。飼い主に撫でられて喜ばぬ犬がいるものか。
出発の時間がきて離れる手を名残惜しみ、それからゆっくりと身体を休めていると、『エア』の声が頭に響く。
『レイヴン』
「………なに?エア」
『貴方のハンドラーは不在のようですね』
「何か頼みたいの?」
『ベイラムからは早速依頼が来ているようです』
「ああ………これ?」
ブリーフィングを開けば確かに、いつものG6 レッドの声が響いた。どこかポップにも見える赤とヤドカリのエンブレムの横に、音声の勢いに応じた表示が上限を振り切っている。
相変わらず元気だな、と思うと同時に思い返すのは、赤とクワガタムシの頭部をしたあのエンブレムであった。
身体が疼く気がする。
あの男に会いたい。会って確かめたい。
お前の“見る”声は、このようなかたちをしているのかどうかを。
『レイヴン』
その思考に切り込むように、キン、とした耳鳴りとともにエアの声が脳内に響く。
「………なあに」
『グリッド086には、荷物輸送用の大型射出機構………カーゴランチャーが存在しています』
「それがどうしたの」
『使用すれば中央氷原に渡ることができるかと』
前回ウォッチポイントでスッラを撃破した後に破壊した、巨大なジェネレーターに似た装置。あの中には膨大なコーラル流が溜まっていたらしく、噴出したそれらは中央氷原へとゆっくり、赤い気流となって移動していったのだという。
ウォルターによれば、それはコーラルの『群知能』によるものらしい。そんなものが生で脳内にぶち込まれれば、そりゃあ人格や感情形成もおかしくなるというものである。妙な納得感とともにへえー、とその話を聞いたことを思い出した。
ブリーフィングの画面を閉じ、独り言を口にする。
「でもウォルターは居ないしなあ。………エアは私を案内できる?」
ダメ元である。幻聴に何を期待しているのか。しかし返ってきた返答は意外なものだった。
『はい、問題ありません』
随分明確に受け答えしてくれる。
まさかそんな、と思いながらも、621はエアに返した。
「………じゃあ行ってみよ、大豊じゃなくてベイラムの依頼だし。ミシガンにちょっとしっぽ振るくらいでウォルターもそこまで怒らないでしょ」
そうして今、グリッド086に来ているのである。
新しくBAWSから購入したブースター、『KIKAKU』を使っているが───やはり『MELANDER』にはファーロンのものを宛てた方が使い勝手がいい気がしている。
しかしこのブースター、パイルバンカーをぶち当てるときの調子がいい。とても楽しい。誰かを撃ち落とす時なら便利かもしれないと思いつつ、やはり普段使いはファーロンのものに落ち着きそうだった。
『
『レイヴン、先に進みましょう』
「あ、うん」
感情のあまり読み取れないエアの声に導かれ、レイヴンはグリッド086の中を進んでいくのだった。
『RaD』の頭領、『
肩にかけたバズーカとミサイルも、持ってきていて本当に助かった。
その途中、『
『おや………ビジター、あんたおひとり様だったんじゃなかったのかい』
「………何の話?貴女にもエアが分かるの?」
その返答に、カーラはさらに困惑したようだった。
『エア?………レッドガンにそんなコールサインは居ないはずだが』
「………レッドガン?なんで?」
思いもよらない名前が出てきた。
ミシガンがこんなドーザー勢力に興味があるなんて思えない。故に来る理由が分からない。621も困惑していると、銃声が遠くから響いた。
『ふうん………まあいい、あっちにもウチのおもてなしを受けてもらおうじゃないか』
カーラがそう言ってから、自分も通ってきた通路からさらに爆発音が響く。
………レッドだろうか。にしたって途中参加する意味が分からないが。
不思議そうにしつつ、621がグリッドの最奥で補給を行っていると、アサルトブーストを吹かすのをやめた1機のACが着地した。
緑とグレーのボディに差す赤が鮮やかに見えている。
イグアスの乗機、ヘッドブリンガーだ。
『野良犬』
「………イグアス!?」
小腹が減ったのでもきゅもきゅ食べていた行動食を慌てて飲み込み、通信を受ける。
『生きてやがったか』
「いや、うん、そうだけど、」
なんで?
そう621が言うと、それを鼻で笑うイグアスの声がした。
『死んだと思ってたぜ』
「ああ………」
そりゃあコーラル流に飲まれても生きていたのは、エアが自分の機体を動かして再起動してくれたからである。大抵の強化人間は気絶してコーラルに溶かされて死ぬだろう。
まあつまりは安否確認である。しかもおそらくこの男の独断で。
『レイヴン、彼は?』
「イグアスだよ、G5 イグアス。オールマインドのログハントにもある」
『………成程。連絡の履歴もいくつか確認できます』
「でしょ」
そうだ、と思い出す。イグアスに用があったのだった。ちょうどいいので疑問を口にする。
「ねえ、イグアスは幻聴を聞くことある?」
『てめえがさっきから一人でブツブツ言ってるそれか?』
『私は幻聴ではありません、レイヴン』
「ルビコニアンのエアなんだって。女の子」
イグアスは黙ったまま聞いている。多分ヘッドブリンガーの中で引いた顔をしていそうだ、と笑ってしまった。
「ふふ、ねえ、おまえの幻聴は女のかたちをしているの?」
『耳鳴りだけだ、てめえほどイカれてねえよ』
「それは良かった。聞こえてたら嫉妬するとこだった」
『………は?』
思ったより困惑した返事が来たので、また笑ってしまった。
『嫉妬してしまうのですか、レイヴン』
「だってエアばかり可愛がられたら困る………まあイグアスだし『うるせえ』とか『黙ってろ』とかしか言わない気もするけど」
くすくすと笑う621に、苛立っているようなイグアスの声が割って入る。
『てめえの声だけは全部聞こえてんだよ野良犬ゥ………!マトモに取り合うんじゃねえ、ンなもん』
そう言った後に少し舌打ちをして、イグアスが呟いた。
『くそ………また耳鳴りか………』
「エアが喋る時も耳鳴りみたいな音がするんだ」
『後遺症か?………てめえのハンドラーは随分呑気にしてるじゃねえか』
「休めって言われてるけど遊びに来た」
『馬鹿はてめえの方かよ』
どうせ独断で来ているイグアスに言われたくはない。言わないがそう言いたげな621を嘲笑うようにイグアスは言った。
『くたばってなくて残念だぜ』
「ふふ」
笑いが漏れる。なぜ笑っているのか、自分でもわからなかった。嬉しいのか、求めた男が自ら来たのが面白かったのか。
とにかく自分の目的はグリッド086上部に位置するカーゴランチャーである。ブーストを吹かし、イグアスの前に立った。
「今日も?」
その言葉の意味をイグアスはきちんと理解したらしい。鼻で笑うような音と共に声が響いた。
『当たり前だ』
自分の奥が疼いた。
ああ、この男は今日はどこまで自分を痛めつけるのだろうか。未だに首から滲む血液も、あらゆる部分に残る青痣も、腫れたあとの残る頬も、まだ残っているのに。
自分自身すら理解できない昏い欲求が身体を占める。明確に嬉しいと感じる自分の傷跡を撫でた。
『………レイヴン』
「なあに、エア」
それを咎めようというのか、エアの少しだけ鋭い声が響いた。
『それはあまりにも………健全でない欲求であるように思います。あなたのハンドラーが心配していたように』
「ふふ、そうだね、でもいいの」
『レイヴン………?』
そのための、かたちなのだから。
なぜ自分がここまでこの男を好くのかと聞かれればそれは『同じ』だからだ。
ゴミのようで。
価値のない。
捨てられれば野良犬以下の。
『傭兵』である。
哀れみも愛おしさもそこに感じているのだ。相手の裸と晒された傷を見て、それを舐めて、相手は自分に同じ傷が欲しくて傷つけてくる。
自分を舐めれば同じ味がする。それが美味しくてしょうがないのだ。
幻聴と会話しながらくふくふ笑う621を、イグアスはまた腹立たしいと感じていた。
ただ苦しめたい。齧り付いて血を啜りたい。
それなのにこの女はそれを受け入れる。
酷く楽しそうに。嬉しいといわんばかりに。
なぜこの女は幻聴の話を自分にしたのか。
自分に聞こえない『声』を、自分が傷つけるのが見たいのか。理解できなかった。
白魚のような手に触れられる度に、自分のつけた傷痕が覗く度に、昏い欲が腹に溜まっていく。早く吐き出したくて仕方がなかった。
あの女が乗るACから引きずり出せば、そこにいるのは『レイヴン』ではなくただのか弱い、ゴミのような人生を送った女であるから。
己のように。
女が生きているのか分からなかった間、ほかの女に手を出す気も、自分を慰める気もしなかった。それがなぜかは分からなかったが、とにかく今はさっさと終わらせて女に自分を突き立てたい。
今日はどうしてやろうか、とイグアスがその思いを燻らせているとも知らず、621はグリッドの最奥、大きなエレベーターのある前室へと向かっていた。
「何があるんだろうね」
『カーラの事です、きっと………』
「とっておきだよね」
コクピットで嬉しそうに笑う621と対照的に、イグアスは不機嫌極まりない声で言った。
『とっとと終わらせんぞ』
エレベーター前の部屋は異様に広く静かだった。そこにカーラの通信が入ったので、回線を繋ぐ。
「ここまで来たよ。カーゴランチャーのとこに通して」
『………ふふ、ビジター、あんたたちは向こう見ずだね』
どうせ会話も聞いていたのだろう。この互いに破滅するだけの関係を“向こう見ず”とは。カーラからすれば自分たちもまだ子供か、と笑えてしまった。
同時に地面を揺らす大きな音が響き始める。
そうして目の前に現れたのは───
『は?』
「わあ………」
中心部分に燃え盛る炉心。
2つの金属裁断用グラインダーブレードを装着した腕が、2人を粉砕せんと迫り来る。
『さよならだ』
『───ッ、』
イグアスが自分を呼ぶ声がした。
『ははは!やっぱり怖いもの知らずだねビジター………その炉心に喰われちまいな!ほら行け、スマートクリーナー!』
アサルトブーストで炉心目掛けて飛び込み、そうして“あるもの”を起動する。
『………なんだって?』
「ふふ」
“アサルトアーマー”。戦況を有利にするサブ装備のようなもの。自分のスタッガーはリセットできるし、相手はもろに食らってスタッガーするしでいいことずくめだ。
「じゃあ一発目ね」
パイルバンカーと持ち替えたバズーカ、リニアライフル、ミサイル、ととにかく撃ち込めるだけ撃ちこんだ。
『おい!野良犬ッ!!!』
「生きてるから大丈夫。イグアスは?」
『出れるかどうかを心配しろてめえは!』
確かに。
背後で唸りを上げ始めたグラインダーから逃げ、スマートクリーナーの上部を観察する。
「溶けた鉄だ」
『吹き出してきやがって………!めんどくせえな………!』
常時溶けた鉄がどろどろ零れている。一体どこがスマートクリーナーなのか、と思ったところで、動きが止まった。
「突進かなあ」
『だろ』
二人で地面に着地し、めがけて襲いかかってくるスマートクリーナーからクイックブーストを吹かし互い違いに逃げる。
ミサイルや、時折621がパイルバンカーで小突き、炉心を狙い撃つ。
『………上か?』
しばらくそうしていた中、唐突にそう言ったイグアスに621が聞き返した。
「弱点?」
『あァ』
飛び上がりバズーカの弾頭を撃ちこんでやれば、たしかにスタッガーまでが早い。
「よし」
『殺れるな』
二人でありったけ持てるだけの弾を、上部の溶鉱炉と下部中心にある溶鉱炉へぶちこんでいく。
「イグアス、あと弾は」
『右手はねえ、右肩は10%、左手もじき無くなる』
「わかった」
再度621はスマートクリーナーにつっこんでいく。見えた背中は冷却が終わっており、そこで察してイグアスは撃つのをやめた。
パルス爆発がスマートクリーナーの足元で炸裂する。
スタッガーして止まったのを見てから、イグアスは残っていたサブマシンガンとミサイルを撃ちきった。これで621が決めきれなければ死ぬのみである。
『………けっ』
「当然」
そんなことは起きないと知っている。
この女はいつもそうだ。
炉心にくれてやったのか、パイルバンカーが消えていた。ついでに左腕もない。
沈黙したスマートクリーナーから離れ、621は笑った。
「楽しかった!」
『イカれてんのかてめえは』
『そうかい………今度こそ本当に打ち止めだよ、全くウォルターの猟犬は』
2人の呆れた声を聞いても、621は命を削る戦いが出来たことにご機嫌なのであった。
その後カーラにRaDのドーザーたちが集まる居住区に通された。修理してやる、とのことだ。
どうせ後々面倒事や頼み事が来ると分かっているが、621は喜んで修理を受けた。
対してイグアスはかなり渋った。
まあそれはそうだろう。独立傭兵と企業所属の傭兵では、その辺は適当にしてはいけない違いがある。
しかしイグアスもあの戦いで受けた損傷の具合では無事に帰れないので、動ける程度に修理するまでは2人ともこの場所に居るしか無くなったのである。
「暇」
「………」
二人同じ部屋に押し込められたので、621は早速抱きついて求めた。
当然やるだろう、という621のその行動に、舌打ちこそすれどイグアスは拒絶しなかった。
顔の傷痕を手が這う。
首の鬱血痕をなぞるように、舌で舐られ齧りつかれる。吸われる痛みが甘い痺れとして背を走った。
今日は最初だけ優しくする気分らしい。
硬いソファに押し倒された。恋人のような手の繋ぎ方をして、少しだけ冷えた体が温められるような、ゆっくりとした口付けを味わう。
期待に膨らんだ胸の先を捏ねられ、感じる快感にただ身体を委ねた。
予想に反して、今は本当に優しい行為だけだった。
イグアスは自分につけた傷痕を見て、まるで愛おしいというようにそれをなぞって、また傷を刻んでいった。
普段はしない行動に驚けば、そのままだらだらと期待に涎を垂らす蜜口に指を入れられる。
蕩けはじめたくらいの蜜口に、欲望のままそれを突き立てられた時は痛みがあった。しかし、それすらいつもの事だ。
621にとってはこれからこの男に与えられる快楽の象徴であり、この男が自分の傷をさらけ出す合図であり、ありのままの苦痛を最大限互いに味わうための行為だった。
痛みと快楽に跳ねる身体を、押さえつけるようにイグアスに組み伏せられている。
力の違いが顕著に見える。血管の浮き上がった手を微かに握り返した。
「………イグアス」
「………なんだ」
名を呼べば、衝動のまま突き立てられていた欲望がどろどろと吐き出された。そのまま互いを貪るように口付けて、また硬くなるそれに興奮と少しの優位性を覚えてしまう。
『………レイヴン。どうして貴女は彼に与えられる痛みを欲するのですか』
ずっと黙っていたエアが口を開く。
次第に抑えが効かなくなったイグアスに腕を押さえつけられて、乱暴な行為に耽けるだけだ。
また、新しく鬱血痕になりそうだと眺めていたときの事だった。
「………ふふ………エアったら変なの」
『………いいえ、おかしいのはレイヴン、貴女です』
「おかしくない、よ」
『傷つけられ苦しむことが貴女の幸せなのですか?』
「ちがうの、だって」
621は幸せそうに笑って言った。
「わかるの」
首に手が伸び、締めあげられた。イグアスだ。
「か、はっ」
『レイヴン!?』
欲にギラつく目が、自分を射抜いていた。
「話してんじゃねえ」
「………ぅ、あ?」
「俺を見ろ」
「………み、てる、よ?」
青ざめていく顔色など気にせずに、乱暴な行為は激しさを増していった。喘ぎ声すら上げられないほどに621の首が締まった時、溜まった全てが吐き出される。
どくどくと感じるその感覚に、621はこのまま死ねそうなほどに気持ちよさと虚脱感を感じていた。まあ多分、本当に死ぬと思うが。
『レイヴン、レイヴン!しっかりしてください、呼吸を───』
「………ッ、!?野良犬、おい────」
焦るならやらなきゃいいのになあ。
朦朧とする意識の中で、愛おしくて仕方のない男の頬を撫でた。