That's insane! 作:解毒発酵DNA
書き溜めが終わりそう
ACのブースターを吹かす。
代わりに立ち上がるMELANDERの脚が、自分の足だ。
岩に紛れるような黒と迷彩の塗装の中に、いくつか鮮やかな赤いパーツが見え隠れする。
621の機体だ。
雪原の中を雪を巻き上げて、惑星封鎖機構が操る強襲艦とLC機体の中を掻い潜る。
「楽しいね、エア」
『………はい。貴女の気分は間違いなく高揚しています、レイヴン』
「そうでしょ、ふふ。感情豊かになったってウォルターも言ってた」
『私からすれば、元から豊かではあると思いますが………』
「出せるようになったって事にしておくね」
『はい』
呑気に話していると、高出力の青いビームに焼き払われそうになる。ほんの少しだけ装甲が焦げたが、強襲艦が味方だろうがアーキバスだろうが焼き払ってくれて助かっている。
621は今、大豊からの依頼で来たこのヒアルマー採掘場にて、惑星封鎖機構に襲いかかられていた。
さっきまで通信が来ていたレッドの声がしない。ウォルターが切ってしまったのだろうか。また安否不明状態でウロウロするなんて、再び要らぬ心配をさせそうである。
と、そんな事を考えている場合ではない。
合計で2体目のLC機体をパイルバンカーで吹き飛ばしたところで、またビームが横を通っていった。
たった1機のACとMTばかりの企業たちに、どうにも本気でかかってきすぎている。蟻を潰すのに必死になる人間みたいで滑稽だ。
「なんか本気だねえ、アーキバスとベイラムがやり合ってるのなんていつもなのに。しかもベイラムは独立傭兵使ってるだけ」
『余程知られたくないものがあるのでしょうか』
「不思議だよね」
レッドガン部隊やヴェスパー部隊相手に放つならまだしも、自分はG13のコールサインがあるとはいえ独立傭兵である。
ここまで本気で潰したところでどうなるのか、と思ったが、ふと、621は思い至る。
「そういえばこの名義借り物だったや」
『そうなのですか?』
「うん、その時も封鎖機構のヘリがいたの」
『なるほど………貴女以前の“レイヴン”という名義の独立傭兵について、調べてみます』
「ほんと?ありがとうエア」
その間にもう1機LCを落とし、雑魚も殆ど狩った。あとはあの大物か、とモノアイを上に向けた。その時、エアの声が耳鳴りと共に響いた。
『レイヴン、あの垂直カタパルトからであれば、強襲艦の上部に上がれるかと』
ピピ、と音を立ててガイドが立てられる。
そこに行けばたしかにカタパルトが存在しており、やはりエアはすごいと素直に感心した。
やはりこれが幻聴なものか。エアは絶対別にいる。そう思いながらACを動かしていると、ウォルターの声が聞こえてきた。
「621」
「なあに」
「………垂直カタパルトを見つけたようだな、そこから強襲艦上部に上がり、破壊しろ」
「分かった」
そういえばまたエアと普通に話してしまった。
ウォルターに彼女の声が聞こえないのを惜しく思いつつ、垂直カタパルトで上昇した機体をアサルトブーストで強襲艦のもとへ動かしたのだった。
強襲艦は乗ってしまえば特に大したことはなかった。いい感じの部分を狙ってリニアライフルのチャージショットと蹴りで十分だった。
どちらかといえばその後の方が大変で、爆発しそうな強襲艦から必死で逃げた。
あの破壊兵器を扱える強襲艦が爆発したら、さすがにコーラル流に飲まれるよりも死が確実である。
道連れなんてされてたまるか。
強襲艦から離れて静かになった採掘場の空間で一息つく。青い爆発はまあまあ綺麗だったので、今度はメリニットのド派手なロケットランチャーでも撃ちこんであげよう。きっと面白い。
そう621が次の撃墜の算段を立てていると、そこにウォルターの声がした。
「621、戻って休め」
「うん」
帰投するためにブーストを吹かし、ウォルターに指定されたポイントまで移動したのだった。
中央氷原は今までいたベリウス地方よりも、もっと人気もなく過酷な環境であった。
吹雪く灰混じりの雪。人間が生きるには向かない凍った大地。この下に眠るコーラルを求めて放たれる銃火器以外に、この地の温度は存在しなかった。
「人が生きられるくらいの寒さで、雪………触ってみたいね、エア」
『………そうですね。私にも経験がありません』
「でしょ」
脚部のブーストに巻き上げられる雪が、尾のように621の機体の後についていく。
ウォルターの乗るヘリが見えてきたので停止し、合流を待った。
帰って来てACから降りれば、すぐに脳内デバイスの調整が入る。エアと話したからだろうな、と思いつつ、身を委ねて意識を落とした。
次に目が覚めた時は、自室のベッドの上だった。
「………」
手に残る痣を見る。
薄れてきてしまっているので、自分で握ってみた。しかし痛みが不快なだけで、新しく傷にすることは出来ない。
「………むー………」
包帯は取れたが、色々と体が回復してしまっているせいで、男につけてもらったそれらが薄れている。ぼんやりとそれに嫌だなあ、という気持ちを抱きつつも、どうすることもできないのでただベッドの上に転がっていた。
ウォルターも来ない。
エアの声もしない。
あの煙草の匂いはない。
痛みもない。
自分の匂いしかしないベッドに埋もれて、そうだ、と思い至る。
「自分で買えないかな、煙草」
そう思って意気揚々と枕元の端末をいじる。
前は高いから諦めたのだが、今は装備も修理代も安定して来たので割と金は貯まっている。
その中でふと、メッセージが来ているのに気がついた。
「………ん、戦友だ」
V.Ⅳ ラスティ。
『壁越え』以来の連絡に驚いた。ヴェスパーとはだいたいペイターとしか話してないな、と思いつつも、そのメッセージを再生した。
『やあ戦友、久しぶりだな』
「やあ戦友〜」
メッセージなので返事は無い。
ラスティの声を聞く度に、一緒に戦った時に見た彼の飛び方を思い出す。
ああ、彼ともいつか殺し合いたい。
どんな風にあのスライサーで刻んでくれるだろう。
あの速度で、どのように自分を撃墜してくれるだろう。
自分が鴉なら、ラスティは狼だ。
素早く狡猾に、しかしてそこに卑怯さはない。
清廉すぎて自分の黒い色を恥じてしまうくらいに、あの男の戦い方は鮮やかだ。
───しかし、やはり、どうしても今求める男とは違う。自分の羽に、脚に、嘴に、執拗に食らいついて欲しいのだ。あのハイエナのような男に。
物騒な内心と昏い欲求とは裏腹に、621は嬉しさに微かに緩んだ頬を布団に埋めながらメッセージを聞いた。
どうやらラスティはシュナイダーからの依頼を回してくれたようで、これに成功すれば購入出来るパーツも増えそうだった。………この中央氷原に来たときに貰ったパーツは見ないふりをしているままだが。
一体シュナイダーはどこから、カーゴランチャーで自分が中央氷原に渡ったことを知ったのだろうか。
そういえばエルカノやファーロンからも購入出来る物品のカタログが増えていた。BAWSにはまだ少し貢献度が足りないかもしれない。カタログは増えていなかった。
アーキバスは今のところ特に必要でないし、ベイラムや大豊はもう御用達である。フレームと武装的に。
そんな事を思いながら、メッセージを閉じる。また戦友といつか一緒に戦えたらいい。
履歴の上部に表示されるラスティの下にはまだ、あの男が寄越してきたメッセージがあった。
何度もこの男の声を聞いた。
聞く度に自分の頬が緩んで、身体が熱く疼く気がする。
メッセージの冒頭に必ずくる、『野良犬』という声に笑みを浮かべながら、またもう一度それを聞いたのだった。
そのようなことが起こっている頃、イグアスはといえば不機嫌極まりない、という顔で任務に出ていた。
内容はエンゲブレト坑道内部にある、センシングデバイスの破壊である。さして難しいことではない、よりによってレッドガンを使う程でもまったくない。
苛立つ理由は単純である。
あの野良犬の代わりに、自分がコキ使われているのだ。
苛立ちのあまり、速度と風で自分の機体が軋む。つい自分が唯一残ったものを雑に扱ったことに、また苛立った。
自分に腹が立つ。
全てに腹が立つ。
あの時、女は笑った。
あれが嬉しいといわんばかりに笑ったのだ───あの時それを与えていた自分でない、わけの分からない幻聴に向かって、『わかるの』と宣って笑ったのだ!
今もえも言われぬような怒りと苛立ちが燻るのはあの女のせいだと言いたくなって、またそれに腹が立った。
その時に自分が明確に、自分の知らないものに嫉妬し執着する惨めな男であると知ったのだ。
そしてそれから逃げ出すように、何もかもを放っておいたのは、自分だ。
「クソっ………全部あの女のせいだ………!野良犬ぅッ………!!!」
八つ当たり気味に坑道内の封鎖機構のLC機体を蹴りで破壊した。軽量になっているとはいえ、MELANDER C3の装甲ならこの程度でも歪みはしない。今や軽さと丈夫さだけが取り柄のパーツだ。
「ああ、クソ、っ」
耳鳴りが酷い。奥へ進む度頭痛も段々と増してきた。
この中央氷原に来てから、ずっとこれが続いている。頭の中心から掻き回されて、丁寧に脳漿を捏ねられるような感覚がする。
吐き気すら覚えるこの様に、医者は『第四世代にはよくある症状だ』などと宣った。
そんな訳があるか。
こんなものは強化人間になってからも味わったことなどない。頭痛ごときで痛み止めと精神安定剤など求めたことは一度だってない。
それが『よくある』だと、あのヤブ医者め。
引き金を引く手に力が入る。ぎち、と機体の手が軋む。握りこんだ自分の拳が鳴るように。
『ッなぜレッドガンが………!』
『ここで止めろ、絶対に奥へ通すな!』
相手の通信が聞こえる。
ACの上位機体に乗っておいてゴミのような動きしか出来ないゴミが、どうやって自分を止めるというのか。
小馬鹿にした笑みが漏れた時、頭痛が酷くなる。狙われる際の警告音が煩い。どうせ当てられねえ癖に一丁前に鳴らすんじゃねえ。
苛立ちはずっと自分を苛んでいる。
光すら煩わしくなる痛みを伴うそれを紛らわせるように、チャージしたリニアライフルで群がる機体を撃ち抜いた。
「………ああ………ゴミみてえに………湧いて出やがる………!」
その耳鳴りと頭痛の中で、通信の入るノイズ音が鳴った。
「チッ………何だ!」
『G5 イグアスに伝達ッ!惑星封鎖機構の地上部隊がそちらに向かっている、想定より動きが早い、早急にデバイスを破壊せよ!以上!』
レッドだ。
その内容に舌打ちをし、アサルトブーストを使って進む。最奥部のデバイスはシールドに守られているが、中に入れば意味は無い。
リニアライフルをチャージしたまま撃ち抜いて、これで終わりだ、と背を向けた時だった。
キン、と強烈な耳鳴りとともに、一瞬意識が持っていかれるほどの激痛に襲われる。
「あ゛ッ、が………!?」
息が上がる。
機体の中で感じる大きな地鳴りと共に、コーラル流が噴出しているのが見えた。
「逆流、か………!クソ、っ、は、ッ………あ゛、ぐ………!」
頭が痛い。
痛いことしか理解できない。その情報だけが明確に脳みそに叩きつけられている。
上手く手が動かない。
神経接続されているはずの機体の動きが鈍い。
警告音が響く。
そして凄まじいスピードでAPが削られていく表示を見て、吐き気にすり変わっていく痛みを飲み込んだ。
背後から迫るコーラル流から逃げ出す。
ぜえぜえ音を立てて上がった息だけが、コクピットの中に響いていた。
コーラルで赤く燃えるような視界の中で、『声』がする。
何故それを『声』だと思ったのか、自分には分からなかった。頭の中で何かが蠢いている。何かが騒めいている。
「あ゛ァ………うるせえ………なあ………!」
コーラル流に飲まれる封鎖機構の連中を放置し、地上へ早く這い上がりたい、という思いだけが自分を突き動かしていた。
『コード23、現着………なんだ?何が起こってる』
『逃げ出してきたのか?』
「ッ邪魔だ、カスどもがァ!!!」
勢いのままに飛びかかり、増えたHCだかLCだかの機体のコアを撃ち抜く。至近距離で放たれたリニアライフルの弾に沈黙したそれを放り出し、狙い撃ってくるその他の弾を避けた。
『叫び』が聞こえる。
背後から迫る耳鳴りに似たその音は、心の臓を冷りとした手で撫でるような感覚を齎した。
痛い。
頭が、痛い。
「ゔ、ッ………!あ゛あ゛ッ、どいつもこいつも、ムカつくんだよ………!俺の邪魔を、するんじゃねえ………!!!」
嫌な汗が落ちる。
身体が暑いのに冷えた汗がいやにくっきりと感じる。その中でまた、ノイズ音が聞こえた。どうせレッドだ、と決めつけ怒鳴る。
「あと、何分だ!!!」
『!ご無事ですか!先輩、コーラルの逆流により───』
「いいからあと何分だッ、言え!!!」
『2分です!先輩、大丈夫ですか!?さっきから様子が───』
「大丈夫じゃねえに決まってんだろボケが………!!!」
通信を切って再度アサルトブーストを使い上昇する。どうしようもない耳鳴りが自分を苛んでいる。
ついに平衡感覚すら失い始めた中で、自分の愛機にかけることしか出来ない。
死にたくない、という純粋な願いだけが自分に残っている。
思い出すのはあの女だ。なぜこの瞬間に思い出したのか分からなかった。やはり、自分の恐怖のかたちは、いつも女のすがたをしている。
「あァ………クソッ、頭が………!」
破裂した脳漿を撒き散らして死ぬんじゃないかと思う痛みに襲われる。少しでも圧がかかればそのまま風船でも割るかのように弾けることだろう。
誰かが通信越しに何かを喋っている。
理解できない。
痛い。
何かが聞こえる。
『統括AIの指示を───』
『───コーラル流が』
『そこのAC、止まれ───』
耳に届いたのはそんな言葉だ。
ここに相乗したレッドやミシガンの怒鳴り声など聞きたくはないので、レッドガンからの通信は全て切ってしまう。
群がるカスどもが邪魔だ。
後ろの叫びは近づいてきている。
───ああ、クソ。
どいつもこいつも、うるせえな。
もう誰かも分からない。
分からないが、黙れ、という意思と苛立ちで広域無線に声を叩きつけた。
「───てめえら、死にたくなかったらとっとと外に出ろ!!!」
息を飲む音がする。
『どうしますか、───』
『コード────、総員退避───』
明確に聞き取れたのはそれくらいだ。おそらく封鎖機構の連中だが、いちいち聞き分けるような余裕はない。
赤くなる視界の端から、噴出したコーラルがヘッドブリンガーの装甲にかかったのが分かる。じわじわと侵食されボロボロになっていくそれに思わず舌打ちした。
転がるように外に出て、機体の脚の塗装が削げた。この中で吐瀉物をぶちまけるような真似は出来ない。気合いでそれを堪えて、上がった息を吸っては吐いた。
「はァ────はぁ、ッ、はあッ、はッ………」
機体の中にいながらコーラルを浴びすぎたらしい。茹るような熱が集まり、顔から溶け落ちていくかのようだ。
震える手で自動操縦に切り替える。進路は付近にあるレッドガンの移動拠点付近に辿り着くようにしてある。
「は、ッ………あ゛………!」
薄れる意識の中、声が『見える』。
赤い、粒子に似た流れがふわふわと空気中を漂っていく。
輝くそれはどこかに行く、という意思でもって、流れと合流して漂う。
白い背景に浮かぶそれはどこか幻想的であり、しかし周りを食い荒らすように腐食させていくその様子は恐ろしい。
じわじわとそれらは集合し、1つになり、緩やかにどこかへと向かっていく。
「………あれ、は」
何かが『いる』。
意思がある、と何故か明確にそれを認識してしまう。そんな事はありえない、と否定しかけた時、ふと、ある情報に思い至る。
コーラルの意思。
ハンドラー・ウォルターが齎した情報には、コーラルには『群知能』とやらがあるという話だった。
なにかの群れのような、そういう意思があると。そういう野生の群れに似た動きをすることがある、というだけの話だ。
それなのに、自分は今アレが明確に『いる』と思っている。
「………声………が………」
耳鳴りがひどい。
頭痛は最早、引いていた。しかし目の回るような感覚と、何かが自分から流れ落ちる感覚と、身体を蝕む熱がある。
吐き気を抑えるように口に手を当てれば、べったりと付いたのは血液だった。
「………、」
目が閉じそうになる。
死にたくない。
だから、目を開いていないと、いけない。
ぶり返す頭痛に頭を抑えながら、座席で嘔吐く。
ぽたぽたと自分の服の上に染みができた。
その色すら認識出来なくなるくらいに、頭の中で何かが騒めいている。
ああ、もう、目が閉じてしまう。
あれは、生きているのか。
意識を失う前に思ったのは、そんなようなことだった。