That's insane! 作:解毒発酵DNA
物語の構成上、来る依頼が前後しています
自分が見たいだけで書いた、評価いただけるようなものだとは思っていなかったので、ひとつでもそれがあるとやはり嬉しくなってしまうものです
ありがとうございます
「宣伝だってさ、エア。皆パイルバンカーの錆にしてあげるよ」
『それで喜ぶ方はあまり居ないと思いますが………それとレイヴン、その装備はベイラム製なので、V.Ⅳからの要望には合わないかと』
「そっかあ、残念」
そう言いながら封鎖機構の執行部隊をパイルバンカーでぶち抜いた621に、ウォルターは呆れた声で言った。
『ふざけていないで先に進め、621』
今、621はV.Ⅳ ラスティが持ってきてくれたシュナイダーの任務に出撃していた。
中央氷原にあるヨルゲン燃料基地にて、惑星封鎖機構がせかせか集めたエネルギーや燃料を全て台無しにしてやろう、という話である。
この際ラスティに言われたのが、
『企業の依頼に乗って連中を叩けば金になる、と宣伝してくれ』
というものだった。
なので、621はこのようにふざけているのだ。
621の装備は全身がベイラム謹製のMELANDERフレーム、ジェネレーターのみがアーキバス式の還流型だ。左手にパイルバンカー、右手にリニアライフル、そして肩にはレーザー系の垂直ミサイルとメリニット謹製2連グレネードが装着されている。
確かにこれではアーキバスの依頼というより、ベイラムからの依頼に見えるな、と621は思った。そこが狙いというならまあ、それもあるか、くらいだが。
「たしかにアーキバスのはジェネレーターしか使ってない………。ラスティのスライサーならどうかなあ………あとスタンバトンとか?面白そうじゃない?」
『レイヴン、任務に集中を』
「大丈夫、ちゃんと壊すものは壊すよ〜」
ぶち抜いたLC機体の胴体からパイルバンカーを引き抜きつつ、621は笑う。嬉しそうなその様は子供のようだった。
その任務を易々と攻略していく様子を見つつ、ウォルターは思案した。
621に聞こえている幻聴と、彼女が執着するG5イグアスとの関係のことを。
今もひとりでに話したり、妙に嗅覚が良くなるように、どうやら621の中には『エア』と彼女が名付けた幻聴が居るらしい。
感情の起伏が乏しく、知能的にも内心の言語化を行うことが難しい彼女が生み出した、外付けの情報処理人格のようなものだろう。
解離性同一性障害とまでは言わないが、精神分裂は旧型の強化人間に起こりがちな問題である。
ウォルターはそう結論づけていた。何か明確に見落としている、という漠然とした予感を無視した上でだ。
そうでなければ、あの男に対してそこまで執着することも無いはずだと。そう思っている。
彼女の過去をその口から聞いたことはない。
ただ傷を作りながら帰ってくるそのさまは、とても見ていられるものではなかった。
『ウォルター、次は?』
「………そこで少し待て、補給シェルパを送る」
いつの間にか、621は最奥のエネルギー精製プラント手前のポイントに到達していたらしい。
補給物資を手配する。その間も、621はひとりで話していた。
『ねえエア、さっきのLC機体じゃ足りないよ』
『まだ居そうだよね、強いかなあ』
『強襲艦はだって、弱いし。それに今日持ってないんだよ、ロケラン』
『じゃあラミーみたいに両腕チェーンソーかなあ?カーラに頼む?』
「何の話だ621」
つい口をはさんでしまった。旧知の名前が出た上にそれがあまりに不穏であったからだ。
たしかにカーラであれば笑いながらやるだろう。想像にかたくないのでやめて欲しいところだ。
ふふ、と小さく笑う621の声がした。
前よりは明らかに感情が出力されているが、それがG5との異様な関係性から得られたものであると思うと、少し苦い気分になる。
『ねえウォルター、両腕をチェーンソーにしてLC機体を刻んだら楽しそうじゃないかなあ』
「………スマートクリーナーになるつもりか」
『カーラなら面白がってくれるかなあ』
「笑うだろうがやめておけ」
『はあい』
本気で言っているわけでは無さそうだ。
軽口の延長線だろうと思いつつ、しかしそれは誰に向けたものかといえば幻聴に対してなのだろう。
ウォルターがそうなんとも言いがたい顔をしているとは露知らず、621は届いた補給シェルパから物資を補給していた。
「やっぱりグレネード、ちょっと高い」
『節約しているのですか?』
「うん、欲しいのがあるから」
『………G5の持っていた煙草ですか』
「それもあるけど、別にそっちはそんなめちゃくちゃ高いわけじゃないの。欲しい装備とフレームがあるんだ」
『なるほど。………このエルカノのパーツですか』
「そうそれ。鳥みたいで綺麗だから」
チェックを入れたリストを見たのか、エアがそう言ったのに621は返す。
『鳥………』
「エアは鳥、見たことある?私は無いの。でもよくモチーフにはなってるでしょ、盗ってきた私の名前みたいに」
『そうですね………たしかに、ありません。このルビコンには、原生生物の鳥類は今や殆ど生息していませんから』
「だよね、ルビコンで見たことない」
補給を終え、飛ぶ。
通信が入る音と共に、ウォルターの声が響いた。
『補給を終えたか。そのまま奥に見えるエネルギー精製プラントを破壊しろ』
「わかった」
フレームの頑丈さにものを言わせて丁寧に周囲の砲台と警備をすり潰しつつ、621は最奥のプラントに到達した。
あとは帰るだけ、となった時に、2体の機体が621の元に飛翔してくる。
「………ウォルター、あれなあに」
『この識別反応は………!』
その時、広域無線に声が乗った。
『コード23、現着』
『報告通りだな』
「………?」
語彙から惑星封鎖機構なのは分かる。だが、今まで見たこともないそれは、全く見た事ない武装を担いでいた。
『識別名、レイヴン………優先排除対象だ』
物騒でとてもいい。
パイルバンカーを構え直し、その機体の方に降り立った。
「ふふ、宣伝しなきゃね」
『………特務機体エクドロモイ。特定脅威を排除するための高機動機だ、パイロットの練度も高い』
「分かってる。HCとLCじゃ物足りなかったの」
青いブレードの光に、流星のように飛翔する黒い影が飛びこんでいった。
────目が覚める。
頭痛が酷い。
血を流しすぎた時のように、横たわっているはずの身体が冷えきって動かない。
頭がくらくらとする。
目が回る。
光の刺激が煩わしくなり、目を閉じた。
薬品の匂いがする。
人が動いた音がした。気配は複数あり、それぞれ思い思いに動いているようだった。
「おい、イグアス、お前今起きたか?」
「………」
その問いに答えることすら煩わしく、というより、動けず何も返せない。
その誰かが身体に触れた。声的には医療班の、同期だからと言って馴れ馴れしいあの男だと思うのだが。
検分するように身体に触れた後、男の声が言った。
「………まだ喋れねえかな、あー………」
察しがいいじゃねえか。
少しだけ笑ってやれば、あ、と男が言う。
「やっぱ起きてんじゃねえか」
苦笑した男が横に座ったのが分かる。
そのまま何かを書きながら話し出した。
「確認な。手に力は入るか」
手を握られた。
感覚はあるが、自力で動かせない。気持ちの悪い感覚と同時に、ああ、と理解する。
神経接続が安定しなかった時に起きる虚脱だ。自分の負担など顧みずに逃げ帰って来たのだから当然こうなるだろう。
「入らなさそうか………思ったより重症だな」
本当にな。
何も言わないまま、ただ、男の声を聞いている。
「とにかく意識の回復はしたって連絡しておくぜ、災難だったなイグアス。
戻ってきた時ヤバかったぜ、座席がコーラルとお前の血でベトベトになってやがった」
ヘッドブリンガーはどうなった。
聞こえるはずの無いその問いに答えるように男が言う。
「ヘッドブリンガーも酷え状態だぜ、あれもよくぶっ壊れずにお前運んできたよ………コーラルの腐食で穴だらけ、その上主要制御もほぼ効いてねえときた。爆発してなかったのが奇跡だ」
全部品の交換か。
また金が消えるな、と思いながら、ただ寝転がっているだけだった。
「まあ生きてるだけ良かったよ。レッドはしょっちゅうここに出入りしてるし、総長もマジに気にしてたからな………ああ、五花海はいつも通りだ」
五花海はどうでもいい。アイツはこっちに興味がなく、ヴォルタとは話していたが、もうそれも随分前の話に思える。
たまに賭けをしていれば入ってくることもあるが、壁越えの前日、自分が作戦から外された時以来それも消えた。
アイツはヴォルタを随分気に入っていた。だから俺に思うところがある。それは分かる。
自分とて、自分を憎まなかったことはない。
だからあの男が俺に怒っていても、違和感は無い。
妙に静かな感情が己の中にある。
あの女が───レイヴンが布に包んで寄越した骨は五花海の手元に、ドッグタグは俺の手元にある。
見る度に思い出す。
『───俺を外す、だと………!おいミシガン、てめえ何考えてやがる!』
『何を考えていると言いたいのはこちらだ馬鹿者ッ!作戦中に私情を交えた挙句、一端の独立傭兵と解放戦線の前で作戦内容をバラすなど、貴様こそどういうつもりだッ!!!』
『だったらそもそもやらなきゃあいいだろうがッ、MT部隊じゃ話にならねえ、せめて───』
その続きは言えなかった。
ミシガンにぶん殴られ、放り出されたからだ。
その日、最期に会ったヴォルタは、いつも通り煙草を吸っていた。アイツはボコボコにされた俺の顔を見てひとしきり笑ったあと、横で一緒に煙草を吸った。
『ぽっと出の女がそんなに気に入っちまったのか?』
『気持ち悪ィ事言うんじゃねえ』
『ぶはっ、その割にはご丁寧にメッセージまで送ってやがる』
聞いてやがったのかよ。
たしかにレイヴンに対して『調子に乗るなよ野良犬』『俺たちは壁越えを果たす』なんて言って送ったが。
舌打ちを返せばまた笑われる。不快ではないが、それに笑って返せるような質もしていない。ただ黙っていれば、ヴォルタは言った。
『やるなあ、アイツ』
ACに乗ったのが初めてだというのが嘘だと思えるくらい、あの女は綺麗に飛んでいた。
『………』
『死ぬのが怖かねえのかと思ったが、違うなアレは』
その時には意味がわからなかったが、今ならアイツの言いたいことがなんとなくわかる。
『意味があるまま死ねると思ってんだ』
だからレイヴンは俺を恐れない。
意味があるまま俺に殺されると、分かっているからだ。
意識が浮上する。
腕に違和感がある。
今度は首を動かすことができた。点滴の針が刺さっている感覚が分かる。
「………」
「おや」
近くにいたのは五花海だった。
訝しげに見れば、男は笑う。
「聞きましたよ、なんでもコーラルに飲まれかけたとか。しかし残念でしたね」
「………はっ………死んでなくて悪かったなァ………?」
そう返せば、五花海はきょとんとした。てめえが言ったんだろうが、と言えば、また少し笑う。
「そういう意味ではないですよ。私はね、一度も貴方に怒ったことなど無いですから」
「………どうだかな………」
真意の分からない男である。
コイツを制御できるのはG2 ナイルくらいのものだが、アイツもとうに死んでいる。
随分減ったな、と思った。
ハークラー。ヴォルタ。ナイル。
残っているのはミシガン、五花海、レッド、そして自分だ。
それで、自分に何の用があってコイツはここに来ているのか。妙に静かな頭の中で、ただ見つめれば五花海は言った。
「………やはり貴方も第四世代らしい」
「馬鹿にしてんのか………」
「………いえ。ああ、いや、馬鹿にしたことにしておきます」
自分が睨むと、また笑った。
「憐れまれることほど屈辱的なことは無いでしょうし」
普段ならここで噴出しただろう怒りが来なかった。そこでなぜわざわざこの男がそう言ったかを理解する。
「………鎮静剤か………」
妙に静かな頭も、妙に凪いだ感情も、全てはそのせいだったのだろう。
確かに破裂しそうな痛みは消えていて、それによって増幅された苛立ちと怒りは静まっている。
微かな耳鳴りだけは残っているが、それも今はあまり気にならない。
それが気持ち悪かった。自分がこんなにも『何も無い』と、むざむざと思い知らされているかのようだった。
「ふふ、よく効いているようで。こうするとあのG13とさほど変わらないですよ、貴方」
「………」
それでも眉間に皺を寄せれば、五花海はついに声を出して笑った。
「はは、いや、失礼。貴方はどうにもあのラッキーナンバーにご執心のようですから」
「………何が言いてえ………」
にんまりと笑った口が、弧を描いたまま動く。
「どうやら彼女、今はアーキバスのV.Ⅳと随分仲良くしているようですよ?今度、どうやら同じ任務に出撃するそうで………」
「………ッ、」
「そうそう、それともう1つ」
薬剤が効いている筈なのに暴走しかける思考に、ひやりとした言葉が刺さる。
「自傷行為も程々にした方がよろしいかと」
レイヴンとの関係を、五花海はそう言った。その嘲るような物言いに過去の屈辱が、憎悪が、怒りがフラッシュバックして息が上がる。
───別にどうでもよかったはずだった。
奪うことも奪われることも、息を吸うことと対して変わらない。あの場所はそういう場所だった。
別に、どうでもいいと。
本当にそうならこの記憶を後生大事に抱えているわけが無い。
特に、意味の無い行為だった。
初めて見たものを親だと思うように、自分に懐いて付いてきた子供がいた。
別にその時は自分も子供だったので、見た目上は子供同士がつるんでいるだけだ。
あれは喋る声を持たなかった。
正確にいえば、聞こえる耳を持っていなかったので、喋らなかった。
庇護対象がいれば優越感も、何もかもが満たされた。だから可愛がった。
最初にそうしたのが、なぜかは覚えていない。その感情はもうとうに消えた。
たまにアレは意地でも動かない時があった。
引っ張ってもダメなので、少しの残飯とかろうじて手に入れた飲み物を与えた。
今思えば、当然のことだ。
動けるはずもない。
身体へのダメージが大きかったのだ。
たまにアレは金を作ってきたり、普通の食い物を自分に分けて与えてきた。
近くに居るのを許されることが嬉しいというように、自分のそばにいた。
あれは明らかに依存で、そこで気づくべきだったのに、自分は丁度いいからと放っておいていた。
ある日の事だった。
血と汚物の匂いが、自分とソレが居たところに漂っていた。
嫌な匂いに覚えがあった。
こうして殺される子供がいることを、この路地で溜まっている子供同士の情報で知っていたというのに。
満足させられるほど耐えられれば金が貰えるということは、耐えられなければゴミのように打ち捨てられるのである。
探し出した。
その時アレの尊厳を奪って殺したヤツを。
笑っていた。
無力な子供が仲間意識でマジになっていたのが面白かったらしい。
なめてんじゃねえ。
その時知ったが、自分には人を殺す才能があったらしい。そいつが黙るまで丁寧に潰して、割いて、殺してやった。
そこからずっと、転げ落ちている。
何が悪かったのか。
そんな問いは全く意味を成していない。
ただ、産まれた場所が悪かった。
俺たちの何が悪いのか。
何も悪くはない。
ただ産まれたことだけが、俺たちの間違いであった。
よく似ている。
その時の吐き気をそのまま鏡写しにしているようではないか。
────レイヴンを、あの女を苦しめている時の、己の表情は。
溜めた欲を、女の中に吐き出していく時も。
女の全てを奪うように、のしかかって自由を奪うさまも。
女を支配するかのように、頭を、口を、腕を押さえて蹂躙するさまも。
正気になって、時折女に優しくしてやるさまも。
何もかも、自分のされてきた行為の後追いだ。
そうして自分の傷を確かめている。
俺はこんなに苦しんでいる。
俺たちはこんなに救われないでいる。
だからお前も苦しめよ。
そういう救いようの無い、足の引っ張り合いに似たその感情が、自分が女に与えた形である。
あの女は鏡だ。
自分がそうした。
鏡に向かって『お前は不幸だ』『お前は誰だ』と言い続けるなんて、それは確かに、自傷行為という他ない。
そうすればいつか、精神は壊れていくからだ。
そして───それを今、なぜ、この男は俺に理解させたのか。
睨めあげれば、やはり五花海は笑っていた。よく分からない男ではあるが、今、たしかにひとつだけ言えることがある。
男の目の奥には、どこにもやりようのない感情だけが冷えきっている。
「ね?」
クソ野郎。
怒ってねえなんざ嘘じゃねえか。
お前が見捨てた、お前は逃げた、そう言わないだけで目が雄弁に物語っている。
つまり言いたいのは、『精神を壊して死ぬなんて許さない、お前は一生苦しんでいろ』ということだ。
残念でしたね、の意図はそこにあったんだろう。
『同じところにいけなくて悲しかったですか?』と、嫌味のように言うつもりだったのだ。
それを理解し、舌打ちを返すだけしか出来ない自分を置いて、五花海は病室を出て行った。
「………クソが………」
頭を掻きむしることもままならないまま、ベッドの上でただ呻くことしか出来なかった。