憲兵に連れられ、簡易法廷で弁護士を付けることもできず身に覚えのない罪で裁かれ、今、喉元に剣を押し付けられている。私が取れる選択肢は2つ、今ここでさっくり死ぬか、もしくはもうちょっとあと、じわじわと苦しみ藻掻いて死ぬか、その2つしかない。
「……実験に協力しよう」
「賢明な判断だ、代理人……いや、元代理人」
目の前の士官服に身を包んだ女が笑った。そのうち私の後釜を務めるのだろう。いつかは知らず、それを見届ける日が来るかもわからないが。
「聞こえますか、被検体3884号さん」
女性の声にせめて死ぬ前に恨み言でも言おうと返事をしたかったが、声が出ないので掌を開いて閉じて伝える。あの後、目隠しの上でどこか知らない場所に連れて行かれ気がつけば寝かされていた。3884、それが私の管理番号らしい。
「今から実験を開始します、もし生きていたら会いましょう、さようなら」
ゴム製の酸素マスクを付けられ、全身、特に臀部の激痛と、脳と腹部をぐちゃぐちゃに搔き混ぜられるような感触に意識を飛ばされそうになりつつ、飛ばそうにも飛ばせないまま時間だけが進んでいった。気の遠くなるほどそれが続いて急に終わる。
「おやすみなさい、被検体3884号さん」
…
…
いつの間にか意識を失っていた。目隠しは私の視界を奪って久しい。何か分からないが腰か尾骶骨あたりから何かが伸びていて私の身体を持ち上げているような……気がする。まるで尻尾のような。
「はぁ………………は?」
私の声が知ってる声と違う。なんだこの……高い声は?足音が聞こえ……。
「被検体630-2831号さん、聞こえますか?聞こえたら掌を閉じて開いてください」
女性の声にとりあえず同意して……知ってる番号とは違うが、とりあえず掌を閉じて開く。
「おめでとうございます、実験は成功です。成功例は貴方が初めてですよ……あら?これは……なるほど」
さっきからなぜか尻や腰を触られている。異性に触られるのは恥ずかしい。ん?なんだこの感覚。まるで男性器が無くなってしまったかのような……。
「被検体630-2831号さん、おめでとうございます、貴方は唯一のDOLLSになりました。包帯を外しますね」
目隠しになっていた包帯が頭から解かれていく。徐々に光が目に入ってくるようになって眩しい。
「……は?」
おっぱいが……着いてる?私に?
「自分の顔を鏡で確認してみますか?」
手足はベッドに拘束されていて動かすことができない。
「どうぞ、ご覧になってください」
鏡を白衣を着た女が構えた。鏡には私ではなく知らない女性が写っていた。やや青みがかかった緑色の髪をしていて、少し痩せていて……うーん?
「えーと……」
そしてその女性は私の口の動きに同調して口を動かしていた。へ?
「繰り返しますが、貴方は新しい唯一のDOLLSになりました。おめでとうございます」
「はぁぁぁぁ!?」
暫くして白衣を着た男と銃ではなく警棒らしき武器を携えた兵士達がやってきて私に手錠をかけた上で拘束を解いてくれた。どうやらこれからリハビリらしい。尻の上、腰の部分から何か長い尻尾のようなものが垂れているみたいで少し気持ち悪い。
「さて、被検体630-2831号、早速だが尻尾を動かしてみろ」
「はい?」
「尻尾だ」
乱暴に腰の何かを掴まれた感触に驚くと、その青灰色の何かを掴んだであろう白衣の男が吹き飛ばされた。そばに居た兵士が警棒を構える。
「この……!」
「まあよい、そうだそれが尻尾だ」
イマイチ感覚は掴めていないが、そうらしい。
歩行は言うまでもなく大丈夫だったので尻尾の使い道を考えることにする。白衣男側も思わぬ成功例に困惑しているようでどうするべきか長々と一週間以上は話し合うようだった。
尻尾は太く重く、そして長く……まるで白薔薇に居た時のカンガルーのようで……多少ではあるが数日もあったのでコントロールできるようになってきた。
「ほっ、ほっ、よっ!」
尻尾だけで立つこともちょっとだけではあるができるようになった。かなり変わった用の足し方も理解した。そしてもう一点、大事なことを学んだ。
「今すぐに止めろ!被検体630-2831号!産卵管に傷が付く!」
この尻尾は"産卵管"を兼ねているらしい。私の靭やかな尻尾は生殖器でもあった、と。うん?産"卵"管ということは私は胎生ではない……?看守に鎮静剤を巡って押し問答されながらそう思った。
「はぁ……」
「どうした?」
「いや……君に言ったってしょうがない」
「そうか?」
鉄格子でできた檻はさっきまで居た部屋と違ってそれなりに広い。きっと本来は複数人を放り込む営倉だったのだろう。もはや何日経ったか覚えていない。出される食事はあまりにも変わらないものだから回数も忘れてしまった。尻尾をビターン、ビターン、と床に叩きつけても看守達は驚かなくなってしまった。勿論、私も痛くないし、診断でも何も問題が無かったから遊ぶのに使っている。
「良かったな、2831。そろそろ訓練だ」
「はぁ……」
「これでお前と数時間はおさらばできる、じゃあな」
看守が急に私の訓練予定を私に伝えた。何も聞かされていないのに。
「今回、飛行訓練を担当します、TB-3です」
「ど、どうも……」
かつて私が代理人だった頃…………じゃなくなったのは数日前だからだった頃ではないな。彼女は私の部下だった。だから……こうして彼女に教えを請う事になるとは……人生不思議なことばかりである。
「さて、同志がいらっしゃられなかったので作戦業務が滞っています。ただでさえ前線に出れるDOLLSが少ないにも関わらず、ですよ」
うっ……私だって好きにDOLLSになったわけでは……いや、彼女は知らないはずだ……その証拠に彼女は私とは初対面のつもりで動くはず……どうだ?
「……私の顔を覗き込んでも何も出ませんが?同志代理人様」
「は?」
「政変に巻き込まれたのは存じ上げています。そして我らが赤色十月同盟学連のDOLLSになったのもご愁傷さまですが、今の現実に不満を漏らしてもどうしようもありません、同志」
無表情でそう呟くTB-3。周囲をよく見ると狙撃兵や航空型、対空砲型DOLLSが待機しているのが見えてしまった。
「どうすればいい」
「新型のDOLLSとして振る舞ってください、政変が落ち着くまでは」
TB-3はそう呟いてARMSのエンジンを始動した。
「ではエンジンを始動してください」
教官らしい通る声で指示を出したTB-3に従ってエンジンを始動……の仕方を知らないんだよな、私。
「……はぁ、まずそこからですか」
エンジンの始動方法を教えてもらう。えーと……これがこうで……。
「……お」
「まだアイドリングにしておいてください」
心の中のスロットルをアイドリングの位置でホールドしておく。
「補助翼を確認」
「……」
「そうです、左ロール、右ロール、方向舵も大丈夫ですね?」
「うむ」
電子機器の操作確認も流れで済ませ、手持ち装備をチェックする。
「な、なあこれは必要だったか?」
「……何も持たずに試験飛行ができるとお思いですか?」
「いやその、周囲の目が……」
「知ったことじゃないですが?」
ARMSを外したDOLLS達に、ARMSの爆弾倉に相当する部分に機材を積み込まれながら偵察カメラの操作を教えてもらう。まるで高齢者が若者に教えてもらうかの如く丁寧に。
「は〜い着いてきてくださ〜い」
「彼女に従って飛行を開始してください」
「あれ?TB-3は飛ばないの?」
「飛行速度が違い過ぎますので」
「そっかぁ」
「着いてきてくださ〜い」
「あっ、はい!」
とりあえずTB-3の前以外では新人のDOLLSとして振る舞うことにしよう。
目の前を飛ぶMiG-21は少し軸をずらして飛んでいた。警戒されてもしょうがないか。
「ほっ、よっ、ほっ」
訓練の飛行ルートは蛇行し、途切れ途切れになっている高速気流「固定気流」を通り、高空と低空を行ったりきたりするものであった。
「着いてきてくださ〜い」
涼しい顔で飛行速度を上げるMiG-21と、あまりにも翼が震えるので破断を恐れながら飛行する私、そして私の脱走時に処分する為に居るのだろうチェイス機のSu-15が一直線に並んで飛行している。
「こちらは整備会所属、第34哨戒隊です!今すぐに基地の上空から退避してください!」
特殊部隊のニューマコーニオシス大尉が、臨時基地の上空を飛行することについて文句を言いながらロケットを撃っているが無視して訓練飛行を続ける。彼のこのタイミングのロケットは威嚇用だからどうせ当たらない。ほら、早爆した。
「すまんね、これも仕事なんだ」
そっと呟いた言葉は誰にも届かずに消えた。そういえば彼の
固定気流空域を抜け、訓練飛行は続く。ふと後ろにいたSu-15が口を開く。
「……?」
私には聞き取れなかったがどうやら口を滑らせてしまったらしい。MiG-21が反転……いや、その場反転してSu-15の後ろを取った。なんとなく嫌な予感がして自分も"翼が折れるリスクを承知で"反転し、2人の間に割り込む。
「おっと〜?訓練生さん何の用ですか〜?」
Su-15から目を離すことなく淡々と話すMiG-21。
「……私の部下に何か用か?」
「訓練生が〜既に一人前のDOLLSを部下と呼ぶんですか〜?笑えますね〜」
補足しておくとSu-15は私が代理人だった頃は部下だったDOLLSである。
「Su-15、大丈夫だ。君はここでは墜ちない」
「墜とすかどうかは私が決めます〜」
ようやくMiG-21が私を見た。その真顔の瞳の奥に狂気を見た。こいつもTB-3と変わらない。なら何とかなる……かも。
「何だか安心する……」
背中に知っている柔らかい感触。腕が後ろから伸びて、私の豊満とも言えないまだ存在に慣れていない胸の下を包んだ。代理人だった頃なら鼻の下を伸ばしたかもしれない。
「スンスン……」
「……やっぱり墜としましょうか〜」
このままではなんとかする前に墜とされる!対空攻撃手段なんて……はっ……!
「ランスチャージ!」
「なっ……!」
ぐんぐんとMiG-21が近づいてくる。否、私が近づいている。もう逃さない、もう逃げられない、もう逃げない。
2人……3人か、は一塊になって落っこちていく。
「まったく、もう……」
そして急遽離陸したTB-3に3人とも回収された。
「あはは〜訓練日程が〜」
「スンスン……」
「申し訳ありません、教官」
首筋を終始嗅がれながらTB-3とMiG-21に謝る。前にもあったな……DOLLS達に謝って……あの時は許されたけれど……。
ARMSを解除して寝床に戻ると看守がニヤニヤしながら待っていた。
「お前、見てたぞ!モテモテだったな!」
「はぁ……」
「よっ、朴念仁!」
「朴念仁だって?」
「あれだけ言い寄られてて気が付かないのか?」
「私に好意を寄せるような物好きなんて一人しか知らんな」
「おー?もしかして」
唐突にサイレンが鳴り響き、会話は打ち切られた。
「2831号、どうやら出撃のようだ……ちっ」
「了解」
看守が謎の舌打ちと共に鉄格子の戸を開けてくれた。その一人とは副官だった士官のことなんだが……副官は大丈夫だろうか……まさか私共々……そんな筈は……でも……あり得る。寝床から出たら情報収集を行ってから帰ろう……時間と隙が許す範囲で。
「呼び出してごめんなさいね」
寒空……夜空の下、TB-3とMiG-21、そしてSu-15が私を待っていた。集合と同時に離陸滑走に入る。
「物資の輸送と投下、それが今回の訓練よ」
TB-3がMiG-21とSu-15にカメラや落下式増槽やらを投げながら私に任務内容を伝える。
「教官殿、意見具申よろしいですか?」
「……聞かなかったことにするわ」
「……了解です」
流石にまだ駄目か。
「貴方はこれを持って」
落下傘付きのコンテナを持たされた。中身は……ろくなものではなさそうだ。
「その中には衝撃に弱いものが入ってる。だからくれぐれも所定のポイント以外では落とさないでね」
常にガーガー言うガイガーカウンターも渡された。あぁ……察した。TB-3が私に目配せをする。今日はついてない。
City近郊より超高空を超音速で飛行すること約1時間。TB-3は私達が加速を始めた地点で空中待機している。
「準備は良い?」
「問題無い」
「よし、それじゃあ……MiG-21、目標選定をお願いね」
プツン、と無線が切れた。減速開始。亜音速くらいまで減速して追加の指示を待つ。
「マーカーに〜ソレを投げてください〜」
また後ろからSu-15の腕が伸び、今度は私の顔、正確には目の前に何かゴーグルのようなものを被せた。目を開くと弾道予測やその他諸々の情報が見える。
「ありがとう……ございます」
「準備は良いですか〜?いきますよ〜?」
「もう、大丈夫」
眼下を見ると一面の真っ青な背景に灰色の戦闘艦群と、マーカーの小さな印が見えた。急上昇して予測弾道を合わせる。
「投弾!」
ARMSの爆弾倉に固定していたコンテナを投弾すると、予測弾道通りにコンテナが落ちていった。起爆までの時間が表示される。あと45秒。
「反転!」
ループの頂点で反転し、インメルマンターンの要領で引き返す。後ろは振り返らな……。
「Su-15!待て!訓練生!捕まえて!」
ふらふらと飛ぶSu-15を抱き留めて反転しつつ退避を続ける。
閃光と熱波に包まれて私達は基地に帰った。ガイガーカウンターはいつの間にか静かになっていた。
寝ている看守の隣をそーっ、と通って寝床に戻った。尻尾を優しく撫でてまた、眠りに就く。
Su-15(訳注:エースヴァージンのSu-15)
:記憶喪失の航空型DOLLS(訳注:のような何か)。重戦闘機型であり中距離ミサイルによる対空狙撃を得意とする。私の部下だった時はTB-3と組ませてミサイルを補給しながら運用していた。
私(訳注:代理人)
:私は私。姿形名前が変わっても私は私だ。
ゴーグル(訳注:"遺書"でT-4"ソトカ"が装着していたコフィンシステムゴーグルの試作機)
:弾道計算や残り弾薬燃料の表示、敵味方識別情報付きのレーダースコープ等、様々な支援を提供してくれるゴーグル。若干重くて疲れるのが難点。電源はARMSから取れるのでそこは問題無い。