早速だが、今の私は大変、機嫌が悪い。どの程度機嫌が悪いのかといえば宿敵が目の前に現れたら挨拶もそこそこに産卵管を腹か背中に突き立ててしまいそうなくらい機嫌が悪い。
「おはよう、機嫌はいか……言うまでもないか」
看守が巡回に来た。こいつは宿敵でも何でもない、ただ虫の居所が悪いタイミングで来た不運なヒト。
「そんなに殺気立てないで」
「こっちはイライラしてるんだ」
「ほらほら、ブラシを貸して」
……収監されて数週間、変わったことといえば尻尾のブラッシングを看守がしてくれるようになった。こんな姿、副官や元部下のDOLLS達には見せられないな。
「……まさか、繁殖期?」
「……!」
急な指摘に驚いて尻尾(兼産卵管)を鉄格子のこちら側に引っ込めてしまった。
「ちょっと待って、ドクターを呼んでくる」
看守はブラシを放り出して出ていってしまった。残されたのはブラシと……手帳が落ちている。勝手に読むのは……本人に悪いから止めておこう。
暫くして看守は泣きながら帰ってきた。ズボンではなくスカートを履いて。
「……どうした?」
「……」
「泣いてばかりだと何もわからん、話してくれ」
「……」
看守はずっと泣いていた。鉄格子に背中を預けて泣いていた。私が彼女の恋人なら抱き締めたりするのだろうが、残念ながら私はそういう関係ではない。ただの世話役に過ぎない。
「……尻尾でも何でも良い、縋り付いてみろ。意外と精神面に良いかもしれないぞ」
尻尾だけ鉄格子の外に出して近くに差し出してみる。齧り付かれたりして抵抗されたらそれはしょうがない。ひゃう……!
「……」
あー……判断を誤ったようだ。尻尾を撫でられると、とても擽ったい。機嫌が悪かったことすらいつの間にか忘れてしまっていた。
「これで良いのか?」
「これが良い」
「そうか……苦しかったら言えよ?」
「うん」
いつの間にか一方的に距離を詰められていた。今では看守の頸に尻尾を巻き付けさせられている。無抵抗の人命を握っているようであまり気分は良くないが。
「それで……なんだったんだ?」
「……言えない」
「そうか」
「うん」
なーにが、うん、だとか今朝の私なら出てきそうだが……今の私はそうでもないらしい。
「2831、もう一つお願いしていい?」
「なんだろうか」
「私を抱いて」
「……断る」
「発情期なのに?」
「発情期だろうと産卵期だろうとやっていいことと悪いことはある」
「……笑っちゃうよね、2831……いいえ、代理人にとって私は有象無象の一人に過ぎなかったのに」
「……何が言いたい」
「私の顔を見て何も思い出さない?」
その整った顔に何か……微かに覚えている。泣く少女、血の海に沈む男、そして……。
「……そうか」
「パーシングお兄ちゃんを覚えてますか……?」
看守、エミリーには兄が居た。彼の名はパーシング。背景は長くなるので(思い出せないし)飛ばすが、整備会の人間だったはずだ。パーシングを血の海に沈めた張本人は護衛で居たDOLLSによって制圧された。おそらくあと一歩遅ければ彼女も死んでいただろう。
「……思い出した」
「代理人」
「私のことは2831号と呼んでくれ」
「……代理人」
「駄目だ」
「ずっと、ずっと……あうっ」
尻尾の先、まだ柔らかいところで頭頂部を軽く叩く。うーん、便利な尻尾だ。
「恨み言の1つや2つ言いたいだろう」
「好きです、代理人」
「はぁ…………駄目だ」
「……わかってます」
「なら止めろ」
「嫌です」
さっさと尻尾を引き込んでも良いが、そういう気には不思議とならなかった。
「……私の話を聞いてくれますか?」
「……良いだろう」
あの事件の後、彼女は整備会に入った。時に私の作戦に前線で参加し、時に居場所を転々としながらDOLLS達の装備の管理・調整をし……もう少しで私の近くまで……というところで政変が起きた。彼女は私を追って看守になる事を選んだ。
「わかりますか?私の気持ちが」
「……わかるよ」
「なら……!」
「だが駄目だ」
「こうなったら……」
悪いことをされる前に尻尾をさっさと引っ込める。
「看守の権限に被検体への暴行は含まれているのか?一応これでも外見上は女の子、なんだぞ」
「私は生粋の女ですが!?」
やいのやいの言い合いながら、最終的には牢屋の鍵を勝手に開けられて抱き着かれていた。
「もし、私が君を殺して脱獄したらどうするんだ」
「……しないでしょう?代理人様」
「そうだな」
倫理観は人並みにあるつもり、だ。サイレンが吹鳴する。
「……すまないが仕事の時間だ。さようなら、エミリー」
「帰ってきてくれますか?」
「……被検体として、なら」
「必ず帰ってきて」
手錠を掛けられて鍵の開いた牢屋を後にする。
「スンス……ん?」
私の服の匂いを嗅ぐなり、ぶつぶつと何かを呟くSu-15を尻目にTB-3とMiG-21から指示を受ける。今度は地上支援訓練だった。特殊コンテナではなく通常兵器。前線も以前と比べたらまだ程近い。
しっかりと上昇して、災獣や他のDOLLSの手が届かない高度に上がる。この高度まで到達できるDOLLSは数少ない。あ。その数少ない例外と目が合った。一瞬だけ目線が合ったあと、そっぽ向いて逃げられてしまった。わざわざ追いかける時間も理由も無い。
「えーっと……あそこか。そろそろ緩降下だな」
戦場を認識したので緩い角度で速度を出しながら降りていく。翼は閉じて、エンジン出力も少し下げて……降下率正常、あと5秒……3……1、引き起こし開始。
雪の上を白煙を巻き上げながら滑るように飛び、目標である防衛種に1500kg爆弾を放つ。
「地上より爆撃支援に感謝する!目標は崩壊した!繰り返す目標は崩壊した!」
その無線を聞いたのは離脱の為、再上昇してからだった。
私が帰ったのは相変わらず夜だった。看守は今度は起きていた。
「おかえり」
「ただいま戻りました」
牢屋に入ってさっさと戸を閉める。
「キスして」
「嫌です」
尻尾も出さない。少なくとも今日は。
「代理人、貴方が死ぬ夢を見たの」
「どうせ私はもう死んでいる」
「貴方が生きた証が欲しい」
「勘違いするな」
戸を閉めても開けられるのなら押さえるしかない。
「……」
「君はまだ若い。道を外れるな」
可愛らしく着飾った彼女の人生に、私は追い打ちをかけてしまったのだろう。
「お父さんにも言われたの」
「なら尚更だろう」
泣きながら話す彼女に尻尾をつい差し出してしまいそうだが心を鬼にして戸を押さえる。
「わかってる、わかってるの……でも、代理人……貴方が」
「……条件を出そう」
「本当?」
「一つ願いを聞いてやるが、条件がある。できるか?」
「教えて」
「君はまだ若く……学校にも行ってないのだろう?私の給料を学費に使え」
虜囚にもなぜか給料が出るのが不思議ではあるが有意義な使い方とはこういう事だろう。
「社会を、世界を知って、それでも好きだったら……考えてやる」
そのうち私よりも魅力的な人を見つけるだろう。一人のことを想ってここまで来れたのなら大丈夫だ。
「うん……!」
なんとか説得に成功し、今夜も貞操は守られた……多分。
…
…
何もかもが寝静まった夜、戸が静かにスライドする音で目を覚ました。看守は簡易ベンチで寝ている……ではこれは……!
「起こしちゃったかしら?」
「TB-3……?」
TB-3が私の髪を梳かしながら言う。ARMSと女心というものは女性の髪のように繊細なの、わかる?と。
「そうか……」
「その様子だと分かってなさそうね」
「すまない……」
「まあ良いわ、その方が好都合だもの……私にとっては、ね」
「うぐっ……」
「いい、代理人?生前の貴方には無数の銃口が向けられていたの。私だって貴方に銃口を向けていたの。」
首筋に冷たい汗が伝った。
「そして今も複数名は向けているの。私の言っていることの意味……わかるわよね?」
背後から尻尾に跨がられつつお腹に手を回され、抱き着かれながら黙って聞く。
「貴方に必要とされたい、貴方に一緒にいて欲しい、貴方が必要、みんなそれぞれよ、だけれど……全ては代理人、貴方次第なの」
背中で体温を感じる。きっと姉が居たらこうだったのかもしれない。
「看守の話をずっと聞いていたわ」
「げっ……聞かれてたのか」
「代理人、いかにも貴方らしいわ。」
「TB-3」
吐息が耳を擽る。
「……若い娘達に道は譲っても、負ける気は無いの」
「……」
「……」
お互いに沈黙する。
「もっと頼って。私を必要として……私も頑張るから」
「……すまない」
「……そこはありがとう、と言って」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
TB-3は暫くして静かに出ていった。看守の頭を優しく撫でて出ていった。
TB-3(訳注:見た目は改良型のものに近い)
重爆撃機としては実質的に引退しており、その積載量と飛行速度から空中タンカー及び空中弾薬庫としての運用が基本的。その特性から私が作戦指揮を取るときはいつも飛行してもらっていた。口癖は"またですか?"副官の次くらいには信用していたし、副官がもし居なかったら告白していたかもしれない……多少なりとも彼女から好意を向けられていたとは思う思いたい。
最近、機種転換を検討していると聞いた。過積載で3tまで積めなくもないとはいえ、DOLLS達の近代化を考慮すると積載量に不満があるらしい。確かに私が本来装備する予定だったミサイルも一発が4.5tで4発積載(計18t)される計画だったらしいからそう考えると……。そう言えばTu-95に機種転換したTB-3が居たとか聞いたことがあるような無いような。
加筆
私は彼女達にとても想われていたんだな。幸せ者だよ。
看守
連日、私を監視する少女。スカートを履いてもズボンを履いても絵になる……が個人的には学校に行っていろいろ学んで欲しいと思う。こんな人とDOLLSの中間みたいなものを好きになってもいけない。
加筆
きっと私のことも愛情の事も誤解している。私は敬愛を向けられるような英雄でも、ましてや抱いて、なんて言われるような存在でもない。彼女はもっと自分を大事にするべきだし、世界を知るべきである。まだ若い、彼女はきっと、何度だってやり直せる。
Su-15
加筆
もしかしてまさか副官なのでは?とは思いつつ、副官だとしてもなぜ気づかれたのだろうか、とかじゃあ元の人格はどこへ?とか思うことがある……となるとSu-15は副官ではないと見たほうが精神的には良い。もし副官だったらどうしよう……逃げようかな……。