女は美しい。
女は円やかな肢体だ。
女は絹の様な肌だ。
女は緩やかな射干玉の髪をしている。
女は微笑みの顔だ。
女はしかし空虚だ。
女は知性がない。
女は体がある。
女は魂が無い。
女は人間では無い。
女は産まれたばかりだ。
女はそれが用途だ。
女は何から何まで人間では無い。
女は雌だ。
女は餌だ。
女は〟蟲〝だ。
〟蟲〝の雌だ。
雌は消耗品だ。
だが、女は美しい。
当然だ。
最愛の女性の姿を模したのだから……。
(そういえば…お祖父様が言ってたっけ…)
■■■■
特製の〟蟲〝を祖父に渡された。
蟲蔵にいる、数多の淫虫よりは小さい淫虫だ。
「これをお主の胎で育ててみよ。暫くしたら雁夜に使うでな」
「おじさんにですか?」
臓硯は、嫌な笑いをうかばせ、雁夜に使う理由を話す。
「これは他の淫虫とは違ってな?魔力を寄生した宿主に与える為だけの〟蟲〝じゃ」
この老害にも多少は慈悲はあったのかと、少し驚く。
だが、すぐにその甘い考えは霧散したが。
「この〟蟲〝は特製でのぅ…中身は空っぽじゃ。先ず芋蟲の状態で魔力供給する側が魔力を〟蟲〝に満タンになるまで注ぐ。成ったならば供給される側の胎内で蛹化させるのじゃ」
桜はそこで疑問が湧く。
「それではただの苗床にきこえますが…」
意味が無い様に思う。
どこが違うのか解らない。
「いやいや?此れからでな…」
珍しく機嫌が良い。
普段ならば胎盤の話を聞かず、一方的に会話が進むだけなのだが…。
「蛹化した〟蟲〝はそのまま出てくるが、同時に羽化もその場で済ます」
嘲笑を含む笑い声を、あげ臓硯は続ける。
「〟蟲〝はな…母胎と成った者の最も強く性的興奮する皮を纏い成体になる」
つまり、愛する女性を厭がらせで喰わせようとしているのだ。
ひきつった笑い声は次第大きくなり、居間に響く。
「更に〟蟲〝は食用でなぁ?口から摂取する以外方法はない……くっくくっ愉しみじゃなぁ。仮初めの姿とはいえ、好いた女を惨めに喰らわねばならぬとは…堪らぬなぁ…雁夜?」
ジッと歪んだ悦びに浸る祖父を眺め…桜は〟蟲〝を胎内に収めた。
■■■■
この場に臓硯がいれば、さぞや悦びにはしゃいだだろう。
予想通り雁夜は、余りの事に絶望的な顔をして、歪んだ顔を、更に歪ませている。
もう彼から言葉は無い。
アオイは、転がったままの雁夜にピッタリと身体を寄せた。
耳元で、事前に刷り込まれた声と言葉で囁く。
『カリヤクン ワタシヲタベテ マリョク ノ カタマリ ダカラ ヤクメヲ ハタスノ エンリョハ ダメヨ?ワタシ タベテ カミ メ ハナ クチ ミミ クビ カタ ウデ テ ムネ オナカ コシ オシリ フトモモ アシ ゼンブヨ?ハダ ノ シタ ナイゾウ タイエキ ゼンブ マリョク ニナルワ ダカラ
食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?キリサキ ノミコミ ノコサズ サイゴマデヨ ホラ!食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?…………………………………………………………………………………………………タベテ』
張り付いた笑みのままアオイは、ただひたすら懇願した。
臓硯や桜…アオイの言動からして、この〟蟲〝否、キメラは信じがたいが…純粋に食用だというのは理解したが、例え正体は魔導生物キメラだとはいえ、見た目は何ら遜色のない人間の女性……しかも葵の姿をしたものなど食える訳がない!
カニバリストでなくば無理だ。
そんな事、出来る筈がない!
ましてや、桜の前でなんて雁夜には不可能だ。
そんな雁夜に、桜は動じない。
少女は、判っているのだ。
あれはかつての母ではなく、消費すべき餌だと。
人が豚や牛の肉を食うのに、罪悪を覚えないのと同じなのだ。
この魔窟で、桜は嫌という程理解していた。
所詮餌は餌。
故に、少女は雁夜の嘆きや躊躇いが解らない。
折角作った食事なのにと、考えた桜は、
「!っあ…そっか…」
雁夜にのし掛かるアオイの首を、拘束用の蟲で絞め、首を折る。
ボギョ
あっさり死んだ。
桜は気にしない。
それよりやることがあるから。
「ごめんなさい?…固いのたべれないの忘れてた…」
雁夜から答えは無い。
彼は、未だ目の前の惨劇に衝撃を受けたまま。
当然だろう。
いかに姿だけとはいえ、娘が母を殺害したのだ。
なんの躊躇いもなく…だ。
これになんの感情も浮かばない奴は、畜生に等しい。
ならば自分達は?
……判りたくない。
桜が、なんの感情のこもらぬ声を雁夜にかけた。
「たべやすくする」
瞬間無数の淫虫がアオイに群がる。
グ…グチ
ギチギチ…ギチギチリ
ガリリッ
ゴギョン
淫虫達が、細かに解体して行く。
バララ
ビチャン
ボトト…!!
嫌な擬音がする。
そうしてものの数秒で、アオイは宣言どうり、ただの肉キレに成った。
小指大から拳まで、様々な大きさと、塵の如く山と盛り上がり…鎮座した。コロコロと目玉であろう物体が桜の足元に転がって来た。
邪魔だな、と桜は思った。
思ったまま小鹿のような可愛らしい足は潰した。
「めしあがれ」
(抗えない)
アオイからは、豊潤な魔力の匂いがした。
(もう耐えられない)
震える指先が、肉片を摘まむ。
逡巡した雁夜は…最愛の女性を……口にした。
肉は…恐ろしく美味かった。
余りに美味くて、涙が止まらない位美味かった。
■■■■
『時よ、止まれ!汝はあまりにも美しい』
どこかの馬鹿な老人が言った、末期の台詞をふいに思い出す。
(あぁ…確かソイツは負けたんだよな…)
全く立場も状況も違うが、〟負けた〝という一点だけは自分と同じだ。
そう…彼・雁夜は負けた。
(いや違うな)
負けていたのだ。
始めから。
どこから間違いどこから負けたのか?
問うも語るも考えるも意味はない。
起こった現実を変えるのは不可能。
雁夜の聖杯戦争は、矛盾だらけだ。
人間でいたいから否定する。
幸せでいて欲しいから逃げた。
救いたいから殺す。
そんな歪みがこの結末だ。
彼は今、死骸を蟲に喰われていた。
(不様だな…)
上空から魂だけになった雁夜は、他人事の様にぼんやりとソレを眺めていた。
家を嫌い責任を投げ出し、初恋の女性を巻き込み、そのツケを幼子に押し付けた罪悪感から聖杯戦争に身を投じた。
だが、戦う内に願いは変質していき…身の内は何より憎んだ〟間桐〝に近づいていった。
『恋情』『羨望』『嫉妬』『憎悪』桜の救済という願いは、知らず歪んでいったのだ。
正直救済を目的とし重点を置けば、彼は一人で立ち回る必要は無かったかも知れない。
前述にあるが、邪魔したものが雁夜には多かった。
(結果これだ…笑うしかないだろう?)
改めるのが遅すぎた。
眼下では愛しい少女が、今なお凌辱され続けている。
自身の生は苦しみと後悔で終わる事と成ったが、苦痛からは解放された。桜は…?
少女は解放されない。
死んでからも無力を痛感させられて、自分は一体なんだ?
それでも、何とかしたくて手を伸ばす。
掴めないと知りながら何度も何度も。
『聲』が聞こえた。
何重にも重なり言葉とは到底言えないが、確かに『聲』だ。
『聲』は話かけた。
それを聞いた雁夜は叫ぶ!
(何でもいい!助けてくれ!頼むっっ)
『聲』は了承した。
(ありがとう…)
〟この世全ての悪〝に少しだけ残っていたかつての『青年』が、雁夜に応えた。
誰も知る事のない奇蹟の瞬間が…今…叶おうとした。
■■■■■
第四次聖杯戦争は終了した。
勝者は無くただ無惨な形で幕を閉じた。
ある者は全て失い、ある者は成長し、ある者は絶望し希望を手にし、ある者は己を得て、ある者は夢を叶え、ある者は何も判らぬまま終わり…誰一人聖杯を手にせず終わりを迎えた。
そして時は巡り、第五次聖杯戦争が起こり、十年前の幼子は今度はマスターとして、また巻き込まれていた。
「また……戦争か…」
昔よりはある少年の影響で明るさがあったが、桜は心身ともに陰を負い、辛酸な日々を過ごしている。
「蟲蔵行かなきゃ…」
修行と称した、拷問と変わりない調整は続いている。
いつもの様に蟲蔵に入ると、淫虫達が大人しい。
いつもなら桜が来た途端騒ぎ出して群がってくるというのに…。
不審に思い回りを見渡すと、蟲蔵のはじっこの方にポッカリと空間があった。
空間の中心部に、巨大な何かがある。
淫虫達は、一定の距離を保ちその回りを囲んでいた。
「何かしら?」
思い切って近寄る。
ジャリっと桜の足音に、淫虫達は我を取り戻すと、桜が歩み寄る何かから、一斉に逃げた。
ただごとでは無い。
「…蛹?」
子供ほどの飴色のそれは、薄暗い蟲蔵の中で一際輝いていた。
何故か、嬉しくて、懐かしい。
見ていると胸が切なく、自然と涙が流れていた。
しゃがんで蛹に触れる。
脈うつ蛹は、とても暖かった。
触れた瞬間、桜は判った。
「…雁夜…おじさ…ん」
強く抱きしめる!
嬉しくて嬉しくて、涙が次々と蛹の上に降り注ぐ。
「ごめんなさい!ごめんなさい!今まで忘れていてっっあんなに私を護ろとしてくれたのに!ごめんなさい!」
雁夜と過ごした一年間が、どんどん思い出されてゆく。
辛くて、忘れた過去。
けれど…、
「何より大切な思い出なのに!」
桜は泣き続ける。
涙の海に沈んでしまいそうなその時…音がした。
ピ…ピリ…ピリリ……
顔を挙げて、その音の先に視線を落とす。
音は、蛹からだった。
「もしかして…羽化?」
予想は当たっていた。
蛹は、長い間その時を待っていたのだ。
桜が、己を必要とするその時を。
ピリッ!!!!!
最後の音がした。
中から生まれたのは、蛾でも蝶でもなく、ましてや醜いマキリの蟲でも無かった。
上体をゆっくり起こし、蛹から出てきたのは幼い少年。
髪は絹糸の如く真白。
肌は淡く陶器の様。
右目は夜色。
左目は青い月の色。
少年はすっかり羽化が終わると、桜に微笑みかけた。
「ただいま」
少年は雁夜だった。
■■■■
おおきいうつわ
よごれた
さかさまおねがい
かなう
いいはわるい
ちいさいうつわ
しらない
しってるふたり
よごしたひとり
しらんぷりひとり
だからいる
なかに
おしえる
みたきいた
きいただれかは
たのんだ
かなえたなかみは
まっくろ
わるいはいい
それで いいの?
なら いい
すこし
あげる
■■■■
幼い頃の記憶は、霞みがかり、あまり思い出す事は無かった。
只あの吸血鬼のいう通りに、動き今なら嫌悪する行為も、閉ざしていた心はすんなりこなした。
優しいあの人にさえ……酷い凌辱をした。
翌日、雁夜がいなくなってからの間桐家の事、桜の周りで起こった事、全て話した。
当時、何を思って雁夜にアオイを喰わせたかも。
そうして思い知る。
どれ程彼を追い詰め、哀しい想いをさせたか…。
どれだけ幼い自分は、悍ましい真似をしたか…。
「先輩や藤村先生や…姉さんに…会うようになって…少しだけ…戻れた…だけどっっ!!」
雁夜が亡くなって一人になり、それから色々な出逢いがあり、閉ざした感情や道徳心は中途半端だが甦った。
それは喜ぶ事なのに、今は邪魔に思う。
今は、ただ苦しい。
「桜ちゃん」
当時よりやや高い声が、優しく桜を呼ぶ。
顔をあげ彼を見る。
幼い少年・雁夜は、慈愛に満ちた表情で桜を見つめる。