※この作品はR-18です。

蛹化《ムシ》の女   作:件

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二ノ蟲

女は美しい。

女は円やかな肢体だ。

女は絹の様な肌だ。

女は緩やかな射干玉の髪をしている。

女は微笑みの顔だ。

女はしかし空虚だ。

女は知性がない。

女は体がある。

女は魂が無い。

女は人間では無い。

女は産まれたばかりだ。

女はそれが用途だ。

女は何から何まで人間では無い。

女は雌だ。

女は餌だ。

女は〟蟲〝だ。

〟蟲〝の雌だ。

雌は消耗品だ。

 

 

 

だが、女は美しい。

当然だ。

最愛の女性の姿を模したのだから……。

 

(そういえば…お祖父様が言ってたっけ…)

■■■■

 

 

特製の〟蟲〝を祖父に渡された。

蟲蔵にいる、数多の淫虫よりは小さい淫虫だ。

 

「これをお主の胎で育ててみよ。暫くしたら雁夜に使うでな」

「おじさんにですか?」

 

臓硯は、嫌な笑いをうかばせ、雁夜に使う理由を話す。

 

「これは他の淫虫とは違ってな?魔力を寄生した宿主に与える為だけの〟蟲〝じゃ」

 

この老害にも多少は慈悲はあったのかと、少し驚く。

だが、すぐにその甘い考えは霧散したが。

 

「この〟蟲〝は特製でのぅ…中身は空っぽじゃ。先ず芋蟲の状態で魔力供給する側が魔力を〟蟲〝に満タンになるまで注ぐ。成ったならば供給される側の胎内で蛹化させるのじゃ」

桜はそこで疑問が湧く。

 

「それではただの苗床にきこえますが…」

 

意味が無い様に思う。

どこが違うのか解らない。

 

「いやいや?此れからでな…」

 

珍しく機嫌が良い。

普段ならば胎盤の話を聞かず、一方的に会話が進むだけなのだが…。

 

「蛹化した〟蟲〝はそのまま出てくるが、同時に羽化もその場で済ます」

 

嘲笑を含む笑い声を、あげ臓硯は続ける。

 

「〟蟲〝はな…母胎と成った者の最も強く性的興奮する皮を纏い成体になる」

 

つまり、愛する女性を厭がらせで喰わせようとしているのだ。

ひきつった笑い声は次第大きくなり、居間に響く。

「更に〟蟲〝は食用でなぁ?口から摂取する以外方法はない……くっくくっ愉しみじゃなぁ。仮初めの姿とはいえ、好いた女を惨めに喰らわねばならぬとは…堪らぬなぁ…雁夜?」

 

ジッと歪んだ悦びに浸る祖父を眺め…桜は〟蟲〝を胎内に収めた。

 

 

■■■■

 

 

この場に臓硯がいれば、さぞや悦びにはしゃいだだろう。

予想通り雁夜は、余りの事に絶望的な顔をして、歪んだ顔を、更に歪ませている。

もう彼から言葉は無い。

アオイは、転がったままの雁夜にピッタリと身体を寄せた。

耳元で、事前に刷り込まれた声と言葉で囁く。

 

『カリヤクン ワタシヲタベテ マリョク ノ カタマリ ダカラ ヤクメヲ ハタスノ エンリョハ ダメヨ?ワタシ タベテ カミ メ ハナ クチ ミミ クビ カタ ウデ テ ムネ オナカ コシ オシリ フトモモ アシ ゼンブヨ?ハダ ノ シタ ナイゾウ タイエキ ゼンブ マリョク ニナルワ ダカラ

食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?キリサキ ノミコミ ノコサズ サイゴマデヨ ホラ!食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?食べて?…………………………………………………………………………………………………タベテ』

 

張り付いた笑みのままアオイは、ただひたすら懇願した。

臓硯や桜…アオイの言動からして、この〟蟲〝否、キメラは信じがたいが…純粋に食用だというのは理解したが、例え正体は魔導生物キメラだとはいえ、見た目は何ら遜色のない人間の女性……しかも葵の姿をしたものなど食える訳がない!

カニバリストでなくば無理だ。

そんな事、出来る筈がない!

ましてや、桜の前でなんて雁夜には不可能だ。

そんな雁夜に、桜は動じない。

少女は、判っているのだ。

あれはかつての母ではなく、消費すべき餌だと。

人が豚や牛の肉を食うのに、罪悪を覚えないのと同じなのだ。

この魔窟で、桜は嫌という程理解していた。

所詮餌は餌。

 

 

故に、少女は雁夜の嘆きや躊躇いが解らない。

折角作った食事なのにと、考えた桜は、

 

「!っあ…そっか…」

 

雁夜にのし掛かるアオイの首を、拘束用の蟲で絞め、首を折る。

 

ボギョ

 

あっさり死んだ。

桜は気にしない。

それよりやることがあるから。

 

「ごめんなさい?…固いのたべれないの忘れてた…」

 

雁夜から答えは無い。

彼は、未だ目の前の惨劇に衝撃を受けたまま。

当然だろう。

いかに姿だけとはいえ、娘が母を殺害したのだ。

なんの躊躇いもなく…だ。

これになんの感情も浮かばない奴は、畜生に等しい。

ならば自分達は?

……判りたくない。

桜が、なんの感情のこもらぬ声を雁夜にかけた。

 

「たべやすくする」

 

瞬間無数の淫虫がアオイに群がる。

 

グ…グチ

ギチギチ…ギチギチリ

ガリリッ

ゴギョン

 

淫虫達が、細かに解体して行く。

 

バララ

ビチャン

ボトト…!!

 

嫌な擬音がする。

そうしてものの数秒で、アオイは宣言どうり、ただの肉キレに成った。

 

小指大から拳まで、様々な大きさと、塵の如く山と盛り上がり…鎮座した。コロコロと目玉であろう物体が桜の足元に転がって来た。

邪魔だな、と桜は思った。

思ったまま小鹿のような可愛らしい足は潰した。

 

「めしあがれ」

 

 

(抗えない)

 

 

アオイからは、豊潤な魔力の匂いがした。

 

 

(もう耐えられない)

 

 

震える指先が、肉片を摘まむ。

逡巡した雁夜は…最愛の女性を……口にした。

肉は…恐ろしく美味かった。

余りに美味くて、涙が止まらない位美味かった。

 

 

 

 

■■■■

 

 

『時よ、止まれ!汝はあまりにも美しい』

 

 

 

 

 

 

 

どこかの馬鹿な老人が言った、末期の台詞をふいに思い出す。

 

 

(あぁ…確かソイツは負けたんだよな…)

 

 

全く立場も状況も違うが、〟負けた〝という一点だけは自分と同じだ。

そう…彼・雁夜は負けた。

 

 

(いや違うな)

 

 

負けていたのだ。

始めから。

どこから間違いどこから負けたのか?

問うも語るも考えるも意味はない。

起こった現実を変えるのは不可能。

雁夜の聖杯戦争は、矛盾だらけだ。

人間でいたいから否定する。

幸せでいて欲しいから逃げた。

救いたいから殺す。

そんな歪みがこの結末だ。

彼は今、死骸を蟲に喰われていた。

 

 

(不様だな…)

 

 

上空から魂だけになった雁夜は、他人事の様にぼんやりとソレを眺めていた。

家を嫌い責任を投げ出し、初恋の女性を巻き込み、そのツケを幼子に押し付けた罪悪感から聖杯戦争に身を投じた。

だが、戦う内に願いは変質していき…身の内は何より憎んだ〟間桐〝に近づいていった。

『恋情』『羨望』『嫉妬』『憎悪』桜の救済という願いは、知らず歪んでいったのだ。

正直救済を目的とし重点を置けば、彼は一人で立ち回る必要は無かったかも知れない。

前述にあるが、邪魔したものが雁夜には多かった。

 

 

(結果これだ…笑うしかないだろう?)

 

 

改めるのが遅すぎた。

眼下では愛しい少女が、今なお凌辱され続けている。

自身の生は苦しみと後悔で終わる事と成ったが、苦痛からは解放された。桜は…?

少女は解放されない。

死んでからも無力を痛感させられて、自分は一体なんだ?

それでも、何とかしたくて手を伸ばす。

掴めないと知りながら何度も何度も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『聲』が聞こえた。

何重にも重なり言葉とは到底言えないが、確かに『聲』だ。

『聲』は話かけた。

 

 

それを聞いた雁夜は叫ぶ!

 

 

(何でもいい!助けてくれ!頼むっっ)

 

 

『聲』は了承した。

 

 

(ありがとう…)

 

 

〟この世全ての悪〝に少しだけ残っていたかつての『青年』が、雁夜に応えた。

誰も知る事のない奇蹟の瞬間が…今…叶おうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

第四次聖杯戦争は終了した。

勝者は無くただ無惨な形で幕を閉じた。

ある者は全て失い、ある者は成長し、ある者は絶望し希望を手にし、ある者は己を得て、ある者は夢を叶え、ある者は何も判らぬまま終わり…誰一人聖杯を手にせず終わりを迎えた。

そして時は巡り、第五次聖杯戦争が起こり、十年前の幼子は今度はマスターとして、また巻き込まれていた。

 

「また……戦争か…」

 

昔よりはある少年の影響で明るさがあったが、桜は心身ともに陰を負い、辛酸な日々を過ごしている。

 

「蟲蔵行かなきゃ…」

 

修行と称した、拷問と変わりない調整は続いている。

いつもの様に蟲蔵に入ると、淫虫達が大人しい。

いつもなら桜が来た途端騒ぎ出して群がってくるというのに…。

不審に思い回りを見渡すと、蟲蔵のはじっこの方にポッカリと空間があった。

空間の中心部に、巨大な何かがある。

淫虫達は、一定の距離を保ちその回りを囲んでいた。

「何かしら?」

 

思い切って近寄る。

ジャリっと桜の足音に、淫虫達は我を取り戻すと、桜が歩み寄る何かから、一斉に逃げた。

ただごとでは無い。

 

「…蛹?」

 

子供ほどの飴色のそれは、薄暗い蟲蔵の中で一際輝いていた。

何故か、嬉しくて、懐かしい。

見ていると胸が切なく、自然と涙が流れていた。

しゃがんで蛹に触れる。

脈うつ蛹は、とても暖かった。

触れた瞬間、桜は判った。

 

「…雁夜…おじさ…ん」

 

強く抱きしめる!

嬉しくて嬉しくて、涙が次々と蛹の上に降り注ぐ。

 

「ごめんなさい!ごめんなさい!今まで忘れていてっっあんなに私を護ろとしてくれたのに!ごめんなさい!」

雁夜と過ごした一年間が、どんどん思い出されてゆく。

辛くて、忘れた過去。

けれど…、

 

「何より大切な思い出なのに!」

 

桜は泣き続ける。

涙の海に沈んでしまいそうなその時…音がした。

 

 

 

ピ…ピリ…ピリリ……

 

 

 

顔を挙げて、その音の先に視線を落とす。

音は、蛹からだった。

 

「もしかして…羽化?」

 

予想は当たっていた。

蛹は、長い間その時を待っていたのだ。

桜が、己を必要とするその時を。

 

 

 

ピリッ!!!!!

 

 

最後の音がした。

中から生まれたのは、蛾でも蝶でもなく、ましてや醜いマキリの蟲でも無かった。

上体をゆっくり起こし、蛹から出てきたのは幼い少年。

髪は絹糸の如く真白。

肌は淡く陶器の様。

右目は夜色。

左目は青い月の色。

少年はすっかり羽化が終わると、桜に微笑みかけた。

 

「ただいま」

 

少年は雁夜だった。

 

 

 

 

 

 

■■■■

 

 

 

 

 

 

 

おおきいうつわ

 

よごれた

 

さかさまおねがい

 

かなう

いいはわるい

 

ちいさいうつわ

 

しらない

 

しってるふたり

よごしたひとり

しらんぷりひとり

 

だからいる

 

なかに

 

おしえる

 

みたきいた

 

きいただれかは

 

たのんだ

 

かなえたなかみは

 

まっくろ

 

わるいはいい

 

それで いいの?

なら いい

 

 

すこし

 

あげる

 

 

 

 

 

 

 

■■■■

 

 

幼い頃の記憶は、霞みがかり、あまり思い出す事は無かった。

只あの吸血鬼のいう通りに、動き今なら嫌悪する行為も、閉ざしていた心はすんなりこなした。

優しいあの人にさえ……酷い凌辱をした。

翌日、雁夜がいなくなってからの間桐家の事、桜の周りで起こった事、全て話した。

当時、何を思って雁夜にアオイを喰わせたかも。

そうして思い知る。

どれ程彼を追い詰め、哀しい想いをさせたか…。

どれだけ幼い自分は、悍ましい真似をしたか…。

 

「先輩や藤村先生や…姉さんに…会うようになって…少しだけ…戻れた…だけどっっ!!」

 

雁夜が亡くなって一人になり、それから色々な出逢いがあり、閉ざした感情や道徳心は中途半端だが甦った。

 

 

それは喜ぶ事なのに、今は邪魔に思う。

今は、ただ苦しい。

 

「桜ちゃん」

 

当時よりやや高い声が、優しく桜を呼ぶ。

顔をあげ彼を見る。

幼い少年・雁夜は、慈愛に満ちた表情で桜を見つめる。

 

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