陰鬱・醜悪・淫猥・悪逆と、間桐臓硯を顕すものを挙げればきりがない。
絶えていく家系を憂い、正義を実現せんとした魔術師は、かの聖女との願いを彼方に忘れ去り、今や身も心も腐り果てていた。
己の生きる指針さえ忘れた魔術師は、『存命』という一点のみを望んだ結果、何よりも卑しい〟蟲〝になった。
そうして自らの子々孫々を大獄に落とし、糧に変え今に至る。
悍ましい老人は、この享楽が続くと疑わない。
■■■■■
臓硯は少しばかり己の矮躯を補強すべく、自らの分身である蟲が住まう蟲蔵で今日を過ごしていた。
だが、老人以外好んでこの蟲蔵に赴く者はいない。
いないはずなのだが、コツコツと真夜中にこちらに赴く足音がする。
「桜か」
今日の分の修行をしに来たのかと判じた臓硯は、蟲蔵の鍵に手をかけた。
と、何か違和感に気付く。
彼女から奇妙な魔力を感じいぶかしむ。
体内にある魔力《オド》は、自然から拝借する魔力《マナ》と違い遺伝子情報と似たところがあり、その波長で個人を判別できる。
故に、間違う事はあまりない。
確かにこの波長は桜だが、彼女のそばにあるのは恐らく…魔術師。
信じ難い事に、とうに蟲の餌になった男と酷似している。
更に解せない事がある。
「なんじゃ…この魔力量は!」
体内で人間が精製する限度を逸脱していた。
英霊ならば可能な貯蔵魔力量だが…これは異常だった。
しかも、雁夜が元々持っていた魔術回路も魔力もあるだけましなレベルのはず。
臓硯は僅かに恐怖した。
あの怪物が!
なんの因果か、甦った男に確かに恐怖したのだ。
「お祖父様、桜です。開け下さい」
トントンと蔵の納戸叩く音と、いつもの調子で話かける桜の様子は変わりがない。
(何故、胎盤風情とかつての捨て駒に畏怖せねばならぬっっ)
と、警鐘を鳴らす本能を臓硯は無視した。
決してそれは、無視してはならない最後の彼の命綱だというのに…。
老人は開けてしまった。
地獄への扉を。
自らの手で…。
臓硯に救いの蜘蛛の糸は垂れない。
それだけの業を『マキリ・ゾォルケン』は重ねてしまったのだ。
…扉が開く。
「よーうぅぅぅ久しぶりだな?爺ぃ」
振り袖を着た見知らぬ幼子がいた。
「なんだよ?俺が判らないのか?仮にもアンタの息子だったっていうのに随分冷たいな」
「仕様がないないよ、おじさん昔より可愛くなってしまったんだもの」
クスクスと桜が笑う。
幼子は頬を膨らませ、むくれる。
「もぉ〜ヤだな!からかわないでヨっっ桜ちゃんったら」
ごめんなさいと桜が謝り、なんとも微笑ましい様子が、臓硯の眼前で繰り広げられる。
そこで子供の顔をよく視ると…似ていた。
昔死んだ出来損ないに似ている。
だが、異なる所が幾つかあった。
髪は絹糸の如く真白。
肌は淡く陶器の様。
右目は夜色。
左目は青い月の色。
整った、だが平凡な顔立ちにはそれが異様に映えた。
見つめ過ぎていたのか、視線に気付きこちらに向き直す。
あまりに暗く深く…子供は妖艶に嘲笑う。
「貴様…」
「漸く納得したかい?お・父・さ・ん」
わざとらしく言う。
そこいたのは、確かに死んだはずの息子・雁夜だった。
「さて殺す前に俺達の苦しみを少し味わって貰わないとな?」
雁夜の言葉に、臓硯は大笑いする。
「カッカッカッ!!!馬鹿言うでないわっ出来損ないにもなれず死んだ屑がっっどうやって今まで生き延びたか知らぬが大人しくしていればよいものを…わざわざ殺されに舞い戻るとは!とんだ馬鹿じゃのう、雁夜!!」
臓硯が蔵の蟲達を、雁夜に一斉にけしかける。
惨めにそこで雁夜は死んだ。
……死んだはずだ。
だが、雁夜は微動だにせず立って生きている。
「どうした?臓硯。殺すんだろ?ほら、早く殺れよ?」
あり得ない!
蟲共に喰われ死んだはず!
僅かに焦りが老人を襲う。
「出来ないぜ?」
理由は直ぐ判明した。
蟲蔵全て雁夜の〟闇〝に侵食され、蟲の半数が圧死していたのだ。
「貴様何をした?」
震える声で問う。
雁夜の代わりに、桜が答える。
「お祖父様そんな問い無意味ですよ、訊いた所で貴方の運命は変わらない」
「黙れ!小娘っっ」
「あらあらコワイ」
言葉とは正反対に桜は笑っている。
「仕方ないな?教えてやるよ」
〟闇〝から天井まで届こうかというほどに巨大な『何か』が現れた。
「よく見ろよ?」
現れたそれは余りにも異形で、醜く美麗で何より、マキリ・ゾォルケンが恋焦がれたかの人に瓜二つだった。
−冬の聖女・ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンに。
「雁夜ぁーーーー!!!貴様ァァァっっよくもよくもーーーーーーーっっ!!!!」
怒りでいつも余裕が無くなり、臓硯は絶叫する。
「ギャハハハーーーー!!!爺いつものしたり顔はどうしたヨ?えぇ?もっと喜べよ、愛しの聖女様だぜ?会いたかったんだろ〜〜?」
完全に露になったその姿は、残酷なものだった。
顔は聖女だが、それ以外の部分はヒトとはかけ離れた怪物。
胴体は甲殻蟲。
両腕は床まで長い百足と、蚯蚓が無数に生え、腰からは女郎蜘蛛の姿と酷似している。
何よりもみるのも躊躇われる箇所は、怪物の体の中央に女性器があり、ヌメヌメと愛液とは違う粘液にまみれた、これまた無数の腕が触手の様に伸び蠢いていた。
「感動の再会はここまでだ…イ〜イ鳴き声を聞かせろよぉ?」
歪んだ笑みが浮かぶ。
■■■■
【やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ狂いそう狂いそう狂いそう狂いそう狂いそう狂いそう狂いそう狂いそう狂いそう死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にた
くない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い】
『そう なら すこし あげる あなたたち に
かれ に あげる』
【殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ私の僕のあたしの俺の私の僕のあたしの俺の私の僕のあたしの俺の私の僕のあたしの俺の私の僕のあたしの俺の殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ憎しみを悲しみを恐怖を痛みを苦しみを殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……………殺し尽くす!!!!!!!!!】
『つながった これ で うまれ る』
〟この世全ての悪〝の名を着せられた『青年』は雁夜の願いを訊いた。
〟この世全ての悪〝は汚染された大聖杯で蟲蔵で餌になった間桐の人間達の願いを訊いた。
雁夜はこの願い達により甦った。
雁夜の願いは桜のそばにいたい。
死んだ餌の願いは『間桐臓硯』を殺し尽くす。
本来汚染された大聖杯が正しく叶えるはずがない、だが願いそのものが歪み捩れていたならば?
狂った願望器はどうする?
叶えよう。
最悪の過程と最兇の結果。
そして今!
二つの願いの集大成が目の前にいる。