「なんの因果か知らないが〟この世全ての悪〝に仕立てられた奴がまだ居てなぁ…自我もなんも残ってないっていうのに、〟この世全ての悪〝の群体として大聖杯の中にいたらしい。ソイツが俺の歪んだ願いを訊いたらしいぜ?だが問題はあった。ソイツは訊くだけしか出来ない…だから本来なら諦めるしかなかった。…所が、だ」
雁夜は、自ら造りだした怪物に触る。
「ソイツは今や自分である〟この世全ての悪〝に俺の願いを訊かせた!真っ当な願いを訊かない〟この世全ての悪〝は更に自分になった大聖杯に俺の歪んだ願いを訊かせた。重なった願いは泥と喰われ死んだマキリの餌達の怨念と混じり蟲蔵の蟲に残留している俺を喰った蟲共の中で、細切れになった肉体を繋ぎ合わせ…足りない部分は大聖杯の核の聖女様の肉を奪い復活したって訳!」
奇跡だよな、と雁夜は破顔する。
要するに雁夜は、聖杯の泥とマキリの怨念を利用し、蟲の中で己の肉と、ホムンクルスであるユスティーツァの肉を交ぜ、自身を再構成したのだ。
つまり今の彼は、蟲と人間とホムンクルスの三重属性のキメラと言う事に成る。
その事実に驚愕する。
「まぁそれで大分人間とかけ離れちまってさ、なんとビックリ?俺聖杯の中にある泥とラインが出来てさ、チート過ぎてま〜す★」
それが、異様な魔力量の正体だった。
今の雁夜は、大聖杯のマスターというあり得ない状況なのだ。
如何に御三家といえど、臓硯に勝ち目はない。
だが、最早どうでもいい。
「雁夜ぁぁ…貴様よくもよくもっっユスティーツァをーーーーー!!!!!」
臓硯は激昂していた。
あたり前だ、愛しい女を汚され怒りにふるえぬ者など居ない。
だから雁夜は、聖女の肉を剥ぎ取る際余分に取り、この怪物を造ったのだ。
目論見はうまく功を奏した。
(まだ足りない!)
雁夜達は、マキリの餌達は、こんな物で満足などする訳がない。
更に〟闇〝から何体かの怪物を生み出す。
雁夜は狂喜する。
始めの一体は身体は美しい女だが、顔が刻印蟲で背中から、翅刃虫の羽根が生えているもの。
次の一体は顔はユスティーツァで、胴体は銀鱗に覆われた大蛇、両腕は千手観音の如く何本もある。
三体目は、ユスティーツァの顔が首の上に何十個もあり、球体状になっていた。
そして顔を除けば、上半身はきちんとした女性体だが、下半身が蟷螂の姿。
四体目は、顔は女性器を模し、艶やか銀髪を陰毛の様に見せていた、手足は人間のものだがそれ以外は無数の内臓らしき肉塊と、男性器や乳房が混じりあい観るに堪えない様相を呈していた。
巨体な怪物らは、最初のと合わせ五体…が、雁夜がこれで終わらせるはずがないだろう?と目を臓硯に向け足元から、成人の拳ほどの無数の淫虫が姿を見せた。
「さぁ……お祖父様?この小さな淫虫達を見て下さいな…」
雁夜を背後から抱きしめていた桜が、先を促した。
「雁夜おじさんと私の合作なんです!」
嬉しそうにニコニコと桜は雁夜と目を合わせ、「「ね〜」」と確認しあう。
臓硯がその窪んだ眼窩を、巨大な怪物達から足元の蟲達にそそぐ。
「!!!!???」
絶叫すら出る事が出来ない。
喉が…声を発する全ての機能は動かなかった。
小さな蟲達は一匹一匹が…完全なユスティーツァの姿をしている。
聖女の縮小版だ。
小人の聖女は、恋人を見つけた乙女の様に全員が囁く。
「「「「「「ゾォルケンフミツブシテゾォルケンフミツブシテゾォルケンフミツブシテゾォルケンフミツブシテゾォルケンフミツブシテゾォルケンフミツブシテゾォルケンフミツブシテゾォルケンフミツブシテゾォルケンフミツブシテゾォルケンフミツブシテゾォルケンフミツブシテゾォルケンフミツブシテゾォルケンフミツブシテゾォルケンフミツブシテゾォルケンフミツブシテゾォルケンフミツブシテゾォルケンフミツブシテゾォルケンフミツブシテゾォルケンフミツブシテゾォルケンフミツブシテゾォルケンフミツブシテゾォルケンフミツブシテゾォルケンフミツブシテ」」」」」」
愛を求める代わりに囀ずる言葉の、なんと醜くきことか!
小人達はうっとりと淫蕩な仕草で、臓硯に絡みついてゆく。
「どう?」
と、桜。
「嬉しい?」
と、雁夜。
老いた偉大な魔術師は、もうなにも出来ない。
「ここにいる蟲達はぜ〜んぶアンタの聖女様から採った細胞から造ったんだぜ?だ・か・ら多少弄りはしたが…みんな聖女様のクローンなんだよ」
嗤う。
雁夜が嗤う。
嗤う。
桜が嗤う。
嗤う。
五体の怪物が嗤う。
嗤う。
無数の小人が嗤う。
嗤う、嗤う、嗤う、嗤う、嗤う、嗤う。
残念で、無惨で、残忍で、無念な老人を嗤う。
『間桐臓硯』の魂は、あと少しで完全に腐り堕ちる。
「爺、約束通り啼き喚いて絶命しろ」
無機質で無慈悲な処刑の刻の鐘が、どこかで鳴った。
■■■■
臓硯は、確かに追い詰められている。
だが、腐り果てた魂はそれを認め様とはしなかった。
しぶとく踏ん張っているのだ。
状況は最悪も最悪…退路無しだ。
今の雁夜には、勝てないだろう。
何しろ聖杯と反英霊の加護と、マキリの餌の支援を受けているという、あり得ない資格を有している。
数百の年月を永らえた、自分すら辿り着けない、巓(いただき)に彼はいる。
しかし老獪な吸血鬼は、切り札を有していた。
その一手が、濁り切った精神を辛うじて支える。
(この老いた身体では難局を越えるは得策で無し…仕方ない)
雁夜は冷えた目付きで、こちらを観ている。
完全に勝者の余裕がみて取れた。
付け入る余地はまだあると臓硯は判じた!
(その驕りがあるならば、挽回は如何様にも出来よう)
背後から蟲達を呼び、ギリギリまで魔力濃度を薄くし…桜に接近させた。
臓硯は勝機を見つけた!
「若造がいつまでも調子に乗るでないわ!」
雁夜にわざと蟲をけしかけ、隙を作らせる。
その間に桜を…だが雁夜に甘さは無かった。
ピギャ!!!
桜に到達する前に雁夜の怪物に…ー喰われた。
「爺〜俺が判らないはずがないだろう?」
雁夜はそう云うと、後ろの桜の胸の谷間に触れた。
「桜ちゃん今コレ取って良い?」
雁夜の手に上から両手を重ねて、首を縦にふる。
「ハイ、お願いしますね」
「少し痛いけど」
「構いませんよ、フフ…おじさんなら許しちゃいます☆」
桜が上着とシャツを脱ぎ、美しい上半身を晒す。
それから一瞬だった。
雁夜の手は、桜の柔肌を背中まで貫き、一気に引き抜いた。
不思議な事に、一切の血も出ず傷すら残らず、元のままの肌があった。
「てめエの本体がココにあるなんざ端からお見通しなんだよ!」
抜き去った後の雁夜の手中には、ビチビチと動く−臓硯の魂が収められた−刻印蟲があった。
臓硯に向き直ると、蟲を突き出す。
「やっ…やめろ…!!!」
身体が震え、歯がカチカチと鳴る。
矮躯の老人を一瞥し、桜に蟲を渡し、雁夜特製の蟲封じの硝子瓶に詰める。
「お前みたいな妖怪に油断なんかする訳ないだろうが」
雁夜の笑みは余裕の笑みではなく…敵の策に溺れないという意味の笑みであったのだ。
(終わり…だと…?)
臓硯は認めない。
認める訳にはいかなかった。
「こんなっっこんな事が罷り通ってなるものか-------!!!!」
恥も外聞もなく老魔術師は叫んだ。
「なんの為に…なんの為に儂が今までを生きてきたと思う!貴様なんぞにこの間桐臓硯が敗けるなど…あり得ない、あり得ぬわっっ」
最早そこにマキリの始祖として君臨した魔術師はなく、死に怯える哀れな老人がいるだけ…。
雁夜は嗤った。
滑稽としか言い様がないその姿に。
「なぁお父さん、この着物に見覚えない?」
他者の言葉など聞こえていないだろう父に話かける。
「俺が着ているこの藤色の振り袖は二代目の胎盤が着てた」
雁夜は、臓硯に近づき見せた。
「この帯は蟲に負けた子供達がみんな着けてた」
己の纏う着物を、誰のものか、一つ一つ説明していく。
「アンタはどうせ誰も覚えていないだろうがな…餌達は覚えているんだ」
桜が硝子瓶を、雁夜に渡す。
「さぁ…終わりにしようぜ」
硝子瓶から臓硯の本体を出して、ゆっくりゆっくり……、
「やめよ…やめよやめよやめよ-----!!!!!!」
落ち込んだ眼は、絶望に大きく開く。
「…До свидания! (さようなら)マキリ・ゾォルケン」
握り潰した。
□□□□□
雁夜は全ての残骸を、自身の使い魔の怪物達に始末させた。
跡形もなく。
「呆気ないな…」
「そう云うものじゃない?おじさん」
築くのは長く、喪うのは一瞬。
物事はそういう摂理なのかも知れない。
「そうだね…」
今まであった忌まわしい出来事。
雁夜は、なんだかそれが夢の様に思えた。
知らず桜の手を固く握りしめていた。
「桜ちゃん」
「何?」
桜のかつて令呪があった手の甲に、頬を寄せる。
なんだか猫が甘えている様で、くすぐったかった。
「…全部終わった…それでも…」
その先は言えなかった。
けれど、桜には判っていた。
「ずっと一緒にいよう…雁夜さん」
初めて、名前だけで呼んでみた。
−もう私達を虐める人はいない。だから幸せになろう−
満開の花が咲く様な、柔らかく暖かな笑顔が、雁夜を包む。
「桜」
雁夜も呼び捨てにする。
「幸せにするよ!雁夜さん」
「うん!桜」
何もかもが辛かった。
何もかもが苦しかった。
何もかも憎かった。
だけど、此れからは…。
その日…二人は幸福の入り口に初めて立った。
〈終〉