俺の鑑定スキルがなんかおかしい ~女性のエロステータスが丸見えなんだが~ 作:フレキシブルコーギー
──こいつ、味方すら食うのか。
鑑定結果を見て背筋が凍った。
群れのボスでありながら、弱った仲間を見捨てるどころか自分の餌にする。
とんでもない化け物だ。
そしてそいつが今──リーシャを獲物と見なして動き出そうとしている。
「リーシャ!正面の茂みの奥にもう一匹いる!ボスだ!」
俺は叫んだ。
「ボス……!?」
リーシャが茂みの方を向いた。
その瞬間──草地が爆発するように割れた。
巨大な灰色の影が飛び出してくる。
「グォォォォォ!!!」
体重140キロの巨躯が、風の魔法を纏って暴風のように突進してきた。
地面の草が根こそぎ吹き飛ぶ。土煙が舞い上がる。
「右眼が潰れてる!右側が死角だ!右から──」
俺が叫んだ。
だがボスは速かった。
風刃。
ボスの全身から放たれた風の刃が、リーシャに向かって飛んだ。
「っ!」
リーシャが横に跳んだ。
風刃が地面を切り裂く。岩が真っ二つに割れた。
あれをまともに食らったら──人なんて両断される。
残りの二匹のウルフがボスの出現に怯え、慌てて距離を取った。ボスの方を恐怖の目で見ている。
仲間のはずのボスを、怖がっている。
群れの中で恐怖で支配していたのだろう。こいつは群れのリーダーじゃない。暴君だ。
リーシャが短剣を構えたまま、片膝をついていた。
右足首を庇っている。機動力が落ちている。
「グルルル……」
ボスがゆっくりとリーシャに向き直った。
口の端から涎が垂れている。目が──獲物を見る目だ。
「……ふん」
リーシャが立ち上がった。
痛む右足を踏みしめて。
彼女の顔に焦りはなかった。
むしろ──
どこか冷たい。
今までの戦闘中とは、明らかに空気が違う。
「はぁ、やるしかないわね。面倒だけど」
リーシャが短剣を鞘に戻した。
代わりに、両手を胸の前で組んだ。
(何しているんだ……?)
そう思った瞬間──
「……!?」
リーシャの身体が、光り始めた。
淡い緑色の光。
足元から立ち昇るように、光の粒子がリーシャの全身を包んでいく。
風が変わった。
さっきまでの自然な風じゃない。リーシャを中心に、渦を巻くような風が生まれている。
銀色の髪が、重力を無視したようにふわりと浮き上がった。
「──ウィンド・ヴェール」
リーシャの唇が小さく詠唱を終えた。
瞬間。
風が爆発した。
いや──リーシャが爆発したように見えた。
立っていた場所から、姿が消えた。
「──!?」
俺の目が追いつかなかった。
ボスのウルフも同じだった。
白濁した右眼が虚空を探す。健全な左眼もリーシャを捉えられていない。
次の瞬間。
リーシャはボスの右側にいた。
死角。
俺が叫んだ情報を、正確に活かしている。
弓を構えていた。
いつの間に抜いたのか。矢はすでに番えられ、弦は限界まで引き絞られている。
至近距離。
ボスが反応する前に──
ヒュンッ!
矢が放たれた。
風の魔法を纏った矢。通常の何倍もの速度と貫通力。
矢はボスの白濁した右眼を──正確に射抜いた。
「ガァッ……!?」
ボスが悲鳴を上げた。
だがリーシャは止まらない。
弓を背中に戻し、短剣を抜く。動作が一つの流れの中で完結している。
風を纏ったまま、地を蹴った。
ボスの巨体を跳び越える。
空中で身体を捻りながら──短剣を、ボスの首筋に叩き込んだ。
ザシュッ!
深く。
正確に。
急所を一撃で穿つ。
「ガ……ァ……」
ボスの巨体が前のめりに崩れ落ちた。
ドスンッ!
地面が揺れた。
そして──動かなくなった。
「……ふぅ」
風が止んだ。
リーシャが、ボスの死体の傍に降り立った。
緑色の光が、ゆっくりと消えていく。銀色の髪が重力に従って肩に落ちた。
短剣の血を一振りで払い、鞘に戻す。
振り返った。
逆光の中で、銀色の髪が風になびく。
「……」
言葉が出なかった。
見惚れていた。
美しかった。
これがAランク冒険者の本気か。
いや──あれですら、本気じゃなかったのかもしれない。
リーシャが俺の方を見た。
「何ボーッとしてるの?」
「あ、いえ……すごかったです。本当に」
「当然でしょ」
リーシャがそっぽを向いた。
(かっこよかった……って思ってくれた?)
(べっ、別にそんなの気にしてないけど)
(でも……ちょっとだけ、見せられてよかったかも)
心の声が聞こえる。
耳の先が、また赤い。
その時だった。
「きゃうん!」
残りの二匹のウルフがボスの死体を見て──逃げ出した。
脱兎の如く。一目散に。
ボスの恐怖から解放されたのだろう。二匹は草原の向こうへ消えていった。
リーシャが丘を登ってきた。
「ちっ……逃げ足だけは早いわね……」
リーシャは舌打ちをして、俺のところに来る。
右足を引きずりながら──だが、それを悟らせないように平然と歩いている。
しかし俺の鑑定は見逃さなかった。
「足、大丈夫ですか?」
「平気よ」
嘘だ。無理に動いたから、捻挫がさらに悪化している。
だが、リーシャが言う。
「素材、回収するわよ」
「素材……あ、クエストの証明ですね」
「それだけじゃなくて。毛皮と牙は高く売れるわ。特にボスの牙は──」
リーシャが言いかけた時。
俺の耳に、小さな声が聞こえた。
「……キュゥ」
微かな。本当に微かな鳴き声。
「?」
俺は足を止めた。
「キュゥ……キュゥ……」
ボスの死体の向こう。草地の奥から聞こえてくる。
俺は草を掻き分けて進んだ。
そして──
「あ」
声が漏れた。
草地の窪みに、小さな塊が三つ。
灰色の毛玉。
目もまだ開ききっていない。
ウィンド・ウルフの──赤ちゃんだった。
三匹。
身体は大人の手のひらに乗るくらい小さい。毛がふわふわで、まだ牙も生えていない。
「キュゥ……」
一匹が俺の指先に鼻を押し当ててきた。
冷たくて、小さな鼻。
鑑定が反応した。
【鑑定結果】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【基本情報】
種族:ウィンド・ウルフ(メス・幼体)
年齢:生後約10日
状態:空腹、体温低下、衰弱気味
【身体情報】
体重:1.2kg
風魔法:未覚醒
戦闘力:なし
離乳:まだ(母乳が必要な時期)
【心の声】
(オナカスイタ……)
(サムイ……)
(ダレカ……アッタカイノ……)
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胸が締め付けられた。
親はもういない。群れも壊滅した。
この子たちだけ、取り残された。
「何見てるの?」
リーシャが後ろから覗き込んだ。
三匹の赤ちゃんウルフを見て──表情が変わった。
「……子供ね」
リーシャの声から、感情が消えた。
冷静な、判断者の声。
「群れが壊滅したなら、この子たちは長くは生きられないわ」
「……」
「離乳もしてない赤ちゃんよ。母親なしじゃ育たない。このまま放置しても餓死するか、他の魔物に食べられるか」
リーシャが短剣を抜いた。
「成長したら、人やエルフを襲う魔獣になる。ここで処分しておくのが──」
「待ってください」
俺は、リーシャと赤ちゃんウルフたちの間に立った。
「どいて」
「嫌です」
リーシャの目が細くなった。
「何を言ってるの。あなた、人間でしょ?魔獣の子供を庇うの?」
「理屈は分かってます」
俺は答えた。
分かっている。リーシャの言うことは正しい。
母親がいなければ育たない。放置すれば餓死する。仮に生き延びたとしても、成長すれば人を襲う魔獣になる。
冒険者として考えるなら、今ここで処分するのが合理的だ。
分かっている。
でも。
「キュゥ……」
俺の足元で、赤ちゃんウルフが鳴いた。
寒くてお腹が空いて、誰かの温もりを求めている。
こんな小さな命を──目の前で殺させるわけにはいかない。
「理屈では分かってます。でも、こいつらはまだ何も悪いことをしてない」
「これから悪いことをするわ。本能よ」
「そうかもしれません。でも、それは今じゃない。それに……俺たちにとっての悪いことは彼らにとっての悪いことじゃないかもしれない。ただ、生きたいだけかもしれない……」
俺はリーシャを見た。
「今この瞬間、こいつらはただの赤ちゃんです。寒くてお腹が空いて、誰かに助けてほしいだけの」
リーシャが俺を見返した。
目は冷たかった。
「甘いのね」
「……甘いかもしれません」
「甘いわよ。冒険者には向いてない」
「知ってます」
リーシャが目を見開いた。
知ってる、と。
あっさり認めた俺に何か思うところがあったのか。
「じゃあ聞くけど」
リーシャが短剣を構えたまま言った。
「この子たちをどうするの。連れて帰るの?育てるの?Eランクの冒険者が?」
「……何とかします」
「何とかって何よ。具体的に言いなさい」
「……今は分かりません。でも、殺させません」
「話にならないわ」
リーシャが一歩踏み出した。
俺は──動かなかった。
短剣を持ったAランク冒険者が目の前にいる。
俺の身体能力では、リーシャを止めることなんかできない。
本気で押し通るつもりなら、俺ごと切り伏せることだってできるだろう。
でも、俺は退かなかった。
リーシャの足が止まった。
「……」
沈黙が流れた。
風が草を揺らす音だけが聞こえる。
リーシャが俺の目を見ていた。
長い間。
それから。
「……はぁ」
深い深いため息。
リーシャが短剣を鞘に戻した。
「勝手にしなさい」
「え……」
「聞こえなかったの? 勝手にしなさいって言ったの」
リーシャが踵を返した。
「でも、責任は取りなさいよ。あなたが助けたんだから、あなたがどうにかするの」
「……ありがとうございます、リーシャさん」
「感謝しないで。私は呆れてるだけだから」
リーシャが背中を向けたまま言った。
(……馬鹿みたい)
(Eランクのくせに、Aランクの私に立ち向かうなんて)
(なんで退かないの。なんで目を逸らさないの)
(ああいう目をされると……困るのよ……)
心の声が聞こえた。
「……キュゥ」
俺の足元で、赤ちゃんウルフが鳴いた。
俺はしゃがんで、三匹をそっと抱え上げた。
小さい。温かい。そして──震えている。
「大丈夫だ。俺がなんとかする」
なんとかなるかは分からない。
でも……この命を見捨てるよりはいい。
たぶん、そういう生き方しかできないんだ。俺は。