俺の鑑定スキルがなんかおかしい ~女性のエロステータスが丸見えなんだが~ 作:フレキシブルコーギー
洞窟の前に焚き火が組まれていた。
薪が弾ける音。立ち昇る煙が夕暮れの空に細く溶けていく。
空気は冷え始めている。森の夜は早い。
焚き火の傍に敷かれた毛布の上に、リーシャは座っていた。
──正確には座らされていた。
右足首を投げ出すように伸ばし、そこに俺が巻いた応急処置の布が白く浮かんでいる。腫れはまだ引いていない。歩くのは無理だ。
つまり逃げられない。
「……」
リーシャは腕を組んで不機嫌な顔で焚き火を睨んでいた。
(オークとゴブリンが住んでる洞窟で一晩過ごすですって?ていうかあのオーク、前に見たやつじゃん……!)
(冗談じゃないわ。エルフの里でこんなこと言ったら卒倒されるわよ)
(さっさと足が治ったら帰る。絶対に帰る)
(あのオーク……こっちをチラチラ見てくるし……食べられたりしないでしょうね……)
心の声がダダ漏れだ。
……食べないよ。ベルは人を食ったりしない。
俺は焚き火の準備をしながら、横目でリーシャの様子を窺っていた。
銀色の髪が焚き火の光を受けて淡い金色に揺れている。腕を組んで座っている姿は、怒っているというより──拗ねているように見えた。
まぁ、無理もない。
Aランク冒険者のプライドを持つハイエルフがオークとゴブリンの住処に泊まることになったのだ。彼女にとっては屈辱以外の何物でもないだろう。
俺はため息を飲み込んでベルの方を向いた。
ベルは焚き火の向こう側に座っている。焚き火の光に照らされて巨大な影を岩壁に落としていた。
その横にはリノがちょこんと座っている。小さな身体がベルの腕の影にすっぽり収まるくらい小さい。
二人はじっと俺を見ていた。
嬉しそうに。
「レン、今日モ来テクレタ。ベル、嬉シイ」
ベルが尻尾を振った。豚の尻尾がブンブンと揺れている。
「ギギッ!」
リノも嬉しそうに声を上げた。
「ああ、ただいま。二人とも元気だったか?」
「ウン ベル、元気」
「ギッ」
二人の反応に自然と顔がほころぶ。
だが、すぐに申し訳ない気持ちが込み上げてきた。
「ベル、ごめんな。今日はお肉を持ってきてないんだ」
いつもならマルタさんの店で買った肉を持ってくるのだが、今日はリーシャとのクエストで直接ここに来てしまった。準備する時間がなかった。
ベルが首を振った。
「イイ」
「いいって……でも」
「レンニバッカリタヨッテタラ、ワタシモ苦シイ」
ベルが真面目な顔で言った。
「レンガ、イツモ肉持ッテキテクレル。嬉シイ。デモ、ベルダッテ、狩リデキル。自分デ、食ベル分クライ」
「ベル……」
「ギギ……!」
リノが口を開いた。片言の、たどたどしい人語。
「エモノ……ベルト、イッショニ……トッタ……!」
リノが胸を張った。
小さな身体を精一杯伸ばして、誇らしそうに。
「お前たち……二人で狩りをしたのか?」
「ウン! リノ、火ノ魔法デ獲物ヲ追イ込ンデ、ベルガ仕留メタ!」
ベルが嬉しそうに言った。
「リノ、スゴイ。火、上手クナッタ」
「ギギッ!」
リノが照れたように身を縮めた。
俺は思わず笑った。
「すごいな、二人とも。連携して狩りをしたのか。偉いぞ」
「エヘヘ」
ベルが照れて身体をくねらせた。地面が少し揺れた。
「ギ……ギギッ♡」
リノが俺の足にしがみついてきた。褒められたのが嬉しいらしい。
俺はリノの頭を優しく撫でた。リノが目を細める。
ベルが洞窟の奥から何かを引きずってきた。
見ると大きな鹿のような動物だった。角が立派で、毛並みも良い。
「コレ、今日トッタ。レンモ食ベテ」
「マジか。立派な獲物じゃないか」
ベルが慣れた手つきで肉を切り分け始めた。
上手い。
……よく考えたら俺と出会う前にもベルは一人で生活してたワケだし、獲物を取れるのも当たり前か。
「よし、焼くか。リノ、火を頼めるか?」
「ギッ!」
リノが小さな手を焚き火に向けた。
ボッ、と小さな炎が手のひらから放たれ、焚き火の火力が一段上がった。
火の魔法。相変わらず便利だ。
俺は切り分けた肉を串に刺し、焚き火の上にかざした。
じゅう、と肉が焼ける音がした。脂が滴り落ちて、炎がパチパチと弾ける。
香ばしい匂いが森に広がっていく。
「いい匂いだな」
「ウン! ニク、サイコウ!」
「ギギ♡」
三人で焚き火を囲む。
いつもの光景だ。
ベルとリノと俺。種族は違うけど──こうやって一緒に火を囲んでいると、なんだか家族みたいだと思うことがある。
俺は笑いながら肉をひっくり返した。
脂が焚き火に落ちてジュワッと音を立てる。匂いがさらに濃くなった。
匂いは──焚き火の反対側にも届いていた。
リーシャの鼻がぴくりと動いた。
(……いい匂い)
(でも、私は関係ない。あんな連中と一緒に食事なんてしない)
(エルフがオークと食卓を囲むなんて……ありえないわ)
心の声が聞こえる。
腕を組んだまま、頑なにこっちを見ようとしない。
だが──
ぐぅぅ。
腹の虫が鳴った。
リーシャの頬が焚き火の光だけでは説明できない赤さに染まった。
俺は何も言わず、焼けた肉を一本取り上げた。
そしてリーシャの方へ歩いていった。
「リーシャさん。食べませんか?」
差し出した。
リーシャがちらりと肉串を見た。それからすぐに視線を逸らした。
「……いらない」
「そうですか」
俺は肉串をリーシャの隣に置いた。
「ここに置いておきますね。食べたくなったらどうぞ」
「いらないって言ったでしょ」
「はい」
俺は焚き火に戻った。
鑑定が反応した。
(お腹空いてるのは事実だし……)
(でもオークと一緒に食べるのは……いや、別にオークと一緒に食べるわけじゃないわよ)
(たまたま同じ場所にいて、たまたま同じものを食べるだけ。それはセーフよね?)
どういう理屈だよ。
俺は心の中でツッコみながら、ベルたちと食事を続けた。
三十秒後。
かすかな音がした。
肉を齧る音だ。
(……おいしい)
(悔しいけど……おいしい……)
よかった。
俺は小さく笑って、自分の肉にかじりついた。
食事が進む。
俺は肉串を齧りながら、ふとベルとリノの方を見た。
ベルが皿の上に切り分けた肉を載せていた。
「もぐもぐ」
行儀よく咀嚼している。口を閉じて。
リノも同じだった。
小さな手で、自分サイズの木のフォークを握り、皿の上の肉を一口ずつ食べている。
「ギギ……もぐもぐ」
二人とも食器を使って行儀よく食べている。
「おぉ……」
俺は思わず声を上げた。
「二人とも食器を使いこなしてるな!」
前に置いていった食器セットだ。
まさかここまでちゃんと使えるようになっているとは。
ベルが以前肉に齧りついていた姿を思い出す。ガブリと豪快に頬張るワイルドな食べ方が──今は木の食器で上品に食事している。
リノに至っては小さな手でフォークをぎゅっと握りしめて、真剣な顔で肉を口に運んでいる。時々こぼしそうになるが、その度にフォークを握り直して、もう一度挑戦する。
健気だ。
「ベル、リノ。すごいぞ。ちゃんと使えてる」
ベルが照れて頬を掻いた。
「ギギッ!」
リノが得意げにフォークを掲げた。
この二人、俺がいない間にちゃんと練習してたのか。
胸がじんわりと温かくなった。
その時だった。
「……あのさ」
背後から、声がした。
リーシャの声だった。
俺が振り返ると、リーシャが肉串を手にしたまま──目を見開いていた。
ベルとリノを凝視していた。
「なんでオークとゴブリンが食器を使ってお行儀よく食べてんのよ!」
ストレートなツッコミだった。
まぁ、そうなるよな。
普通に考えて、オークとゴブリンが木の食器で行儀よく食事をしている光景は異常だ。
「ダッテ手ヅカミトカ……恥ズカシイシ……」
「ギィギィ」
リノも頷いた。
リーシャの口が、ぱくぱくと動いた。言葉が出てこないらしい。
(手掴みが恥ずかしい……?)
(オークが……恥ずかしいって……?)
(上級の魔物ならまだしも……。あ、もしかして……)
心の声が聞こえる。
リーシャが何かを言いかけ、口が開きかけた。
だが、すぐに閉じた。
代わりに黙って肉串にかじりついた。
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食事がひと段落した頃だった。
「キュゥ」
小さな鳴き声が聞こえた。
胸元の袋──ウルフの赤ちゃんたちを入れていた革袋から灰色の毛玉が一つ這い出してきた。
「キュゥ……キュゥ……」
続いてもう一匹。もう一匹。
三匹の赤ちゃんウルフが、よちよちと袋から出てきた。
鼻をヒクヒクさせている。
肉の匂いだ。
焚き火で焼かれた肉の匂いに釣られて、起きてきたのだろう。
「キュゥ!」
一匹がよちよちと歩き始めた。
短い脚がもつれそうになりながらも懸命に進む。
だが──
焚き火のそばに置かれた肉の前で、立ち止まった。
匂いを嗅いで、口を開けて──
噛めなかった。
歯がまだ生えていないのだ。
「キュゥ……」
情けない声を出して、肉の塊の前でへたりこんだ。
他の二匹も同じだった。匂いに誘われてやってくるが、食べられない。
「……だよな」
俺は頭を掻いた。
赤ちゃんだ。離乳どころか、まだ母乳が必要な時期。
肉なんて食べられるわけがない。
かといって、この世界にはミルクを売っている店がすぐ近くにあるわけでもない。
今は夜。街は遠い。
「どうしよう……」
俺が途方に暮れていると。
ベルが立ち上がった。
俺の横に来て赤ちゃんウルフたちを見下ろした。
「コレ……赤チャン?」
「ああ。ウィンドウルフの赤ちゃんだ」
「オナカスイテル」
ベルが即座に言った。
「匂イデ分カル。ミルク、欲シガッテル」
さすがベルの嗅覚だ。赤ちゃんの状態を匂いで正確に読み取っている。
「でも、ミルクなんてないし──」
「アル」
「え?」
ベルが自分の胸を指さした。
重量感のある巨大な乳房。
「ベル、出セル」
「……出せるって、まさか」
「オーク、赤チャンイナクテモ、オッパイ出ル。群レノ赤チャン、ミンナデ育テル。ソレガ、オークノ掟」
その瞬間──俺の鑑定が反応した。
【鑑定結果】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【基本情報】
名前:ベル
種族:オーク(上位種)
【授乳情報】
授乳能力:あり
現在の状態:乳腺が発達しており、刺激により母乳分泌が可能
母乳の質:栄養価が極めて高い
【補足情報】
オークは群れの幼体を共同で保育する本能を持つ。
妊娠・出産経験がなくても、幼体の鳴き声や匂いに反応して乳腺が活性化し、授乳が可能になる。
【心の声】
(赤チャン……小サイ……可愛イ……)
(オナカ空イテル……可哀想……)
(ベル、オッパイアゲル。ベルノオッパイ、イッパイ出ルカラ)
(レン、心配シナイデ。ベルニ任セテ)
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なるほど。
オークには、群れ全体で子供を育てる本能がある。
血の繋がりがなくても。種族が違っても。
目の前にお腹を空かせた赤ちゃんがいれば──母になれる。
そういう生き物なのだ。
ベルが焚き火のそばに腰を下ろした。
そして大きな手で、赤ちゃんウルフを一匹そっと持ち上げた。
巨大な手のひらに灰色の毛玉がすっぽりと収まる。
ベルの片手は赤ちゃんウルフの全身を包めるほど大きい。
だが、手つきは驚くほど優しかった。
卵を扱うように。壊れ物を抱くように。
ベルが赤ちゃんウルフを自分の胸に抱き寄せた。
「オイデ」
低い穏やかな声。
赤ちゃんウルフが鼻をヒクヒクさせた。
そしてベルの胸に顔を埋めた。
匂いで分かったのだろう。本能で。
ここにミルクがある、と。
「キュゥ……」
ちゅ、ちゅ、と小さな音がした。
赤ちゃんウルフが、ベルの乳首に吸い付いている。
「……」
ベルが目を細めた。
痛くはないのだろうか。歯のない口で吸い付かれているだけだから、たぶん大丈夫なのだろう。
ベルの表情が柔らかくなっていた。
凶暴なオークの顔。豚鼻に牙。
でも今この瞬間、ベルの顔は母親の顔だった。
「ヨシヨシ……イッパイ飲ンデ……」
ベルが赤ちゃんウルフの背中をそっと撫でた。
一匹目が満足したのか、口を離してウトウトし始めた。
ベルはそれをそっと膝に降ろし、次の一匹を抱き上げた。
同じように胸に抱き、授乳する。
三匹目も。
一匹ずつ丁寧に。
リノが、その様子をじっと見ていた。
「ギ……」
そしてリノも三匹目の赤ちゃんウルフのそばに近づいて、小さな手で背中を撫で始めた。
ぎこちない動きだった。力加減が分からないのか、恐る恐る触っている。
だが──赤ちゃんウルフは嫌がらなかった。
「キュゥ♡」
むしろ、リノの小さな手に鼻を押し当てて、甘えるような声を出した。
「ギギッ! ベル! コノ子、リノニナツイタ!」
リノが嬉しそうに声を上げた。
ベルが笑った。
「リノ、優シイカラ」
「ギギッ♡」
俺はその光景を、焚き火越しに見ていた。
オークがウルフの赤ちゃんに授乳している。
ゴブリンがウルフの赤ちゃんの背中を撫でている。
種族なんか関係ない。
お腹を空かせた赤ちゃんがいて、ミルクをあげられる存在がいて、優しく撫でてあげる子がいる。
それだけのことだ。
「ベル」
「ウン?」
「この子たち育ててくれるか?」
ベルが俺を見た。
それから、膝の上で眠り始めた赤ちゃんウルフを見下ろした。
「育テル」
即答だった。
「ベル、コノ子タチ、育テル。ベルノ家族ニスル」
「ありがとう、ベル」
「ベル、赤チャン好キ。小サクテ、温カクテ。守リタクナル」
ベルが赤ちゃんウルフの頭を指先でそっと撫でた。
赤ちゃんが、すぅすぅと寝息を立てている。
「ソレニ」
ベルが付け加えた。
「コノ子タチ、大キクナッタラ、強クナル。ベルト一緒ニ、レンヲ守レル」
ウィンド・ウルフはCランク相当の魔獣だ。
三匹が成長すれば──それだけで相当な戦力になる。
ベルとリノとウルフ三匹。
仲間が増えていく。
「頼りにしてるよ、ベル」
「ウン!」
ベルが嬉しそうに尻尾を振った。
リノが赤ちゃんウルフを膝に乗せて、ご満悦の顔をしている。
「ギギ♡ アッタカイ♡」
赤ちゃんウルフが三匹とも、ベルとリノの膝の上で丸くなっていた。
小さな毛玉が、規則正しく上下している。
安心して眠っている。
……よかった。
この子たちは、ここで育つ。
ベルとリノと一緒に。
種族を超えた、家族の中で。
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焚き火の炎が、少し小さくなっていた。
俺は薪を一本足して、火を盛り直した。
薪が弾ける音。
あたりは静かだった。
森の虫の声。遠くで鳴く夜鳥の声。
そして、焚き火を囲む仲間たちの、穏やかな息遣い。
ベルが洞窟の入り口近くに座り、膝の上で赤ちゃんウルフを抱えている。リノはベルの横で、もう半分眠りかけていた。小さな身体がベルの太い腕にもたれかかっている。
俺はふと、リーシャの方を見た。
リーシャは動いていなかった。
毛布の上に座ったまま。腕を組んだまま。
だが──さっきまでの不機嫌な顔とは、少し違っていた。
何かを考えているような、遠い目をしていた。
焚き火の光が銀色の髪を揺らしている。
彼女の視線はベルとリノと赤ちゃんウルフたちの方を向いていた。
(オークが赤ちゃんに乳をあげてる……)
(ゴブリンが赤ちゃんの背中を撫でてる……)
(魔獣の子供を、魔物が育ててる。こんなの……見たことない)
(意味が分からないけど……目が離せない)
俺はその心の声を、静かに受け止めた。
何も言わなかった。
今はまだ、何も言わなくていい。
リーシャが自分で感じたものはリーシャのものだ。
俺が言葉で押し付けるものじゃない。
夜が深くなっていく。
オークとゴブリンとウルフの赤ちゃんとエルフと人間。
種族も立場も全部違う者たちが、一つの焚き火を囲んでいる。
それは──たぶん、この世界の常識からすれば、ありえない光景なんだろう。
俺はもう一本、薪を焚き火にくべた。
炎が明るさを取り戻す。
光が全員の顔を照らしていた。