真っ白な空間に、場違いなほど豪華な装飾が施された椅子が一つ。
そこに腰を下ろし、退屈そうに人差し指で青色の髪を弄んでいるのは、水を司る女神アクアだった。
彼女の目の前には、つい先ほどまで現世で生きていた、取り立てて特徴のない一人の男が立っている。男は突然の死と、目の前に広がる神々しい光景に理解が追いつかず、呆然と立ち尽くしていた。
アクアは、手元の書類に視線を落とすこともなく、羽衣をふわりと揺らして立ち上がる。
その美貌は確かに女神の名に相応しいものだったが、口を開いた瞬間にその神聖な空気は霧散した。
「はいはい、お疲れ様。若くして死んじゃうなんて災難だったわね。……まあ、私にとってはいつもの業務なんだけど」
彼女は男の反応を待たず、事務的な足取りで彼の周囲をゆっくりと歩き回り始めた。
クリスタルのような瞳が、品定めするように男を上から下まで眺める。
「あなたの人生? ええ、読み上げたっていいけれど、別に大したことは書いてないわ。
平凡に生まれて、平凡に学校へ行って、そして……ププッ、あんなマヌケな死に方をするなんてね! 傑作だわ!」
アクアは堪えきれないといった様子で、口元を片手で押さえながら肩を震わせた。
彼女の嘲笑が、音の響かないはずの白い空間にやけに明るく、そして残酷に響き渡る。
「……あ、ごめんなさい。あまりに可笑しくて。でも安心して。慈悲深い女神である私が、あなたに素敵なセカンドライフのチャンスをあげるから」
彼女は再び豪華な椅子に深く腰掛け、足を組み直した。
その仕草一つ一つは優雅でありながら、態度はどこまでも傲岸不遜だ。
「今からあなたを、魔王軍によって滅ぼされかけている異世界へ送ってあげる。そこで魔王を倒せば、どんな願いでも一つだけ叶えてあげるわ。どう? ワクワクしてきたでしょ?」
アクアは人差し指を立てて、自信満々に微笑んだ。その背後では、男の意思など関係なく、転生のための魔法陣が淡い光を放ち、床にゆっくりと浮かび上がり始めていた。
足元の魔法陣が、物理的な重みを感じさせるほどの眩い光を放ち始める。
男の体が透き通り、異世界への転送が最終段階に入ったその時、アクアは「あ」と短い声を漏らして硬直した。
彼女は、椅子の脇に置かれたままの分厚い束に目をやる。それは、転生者が異世界で生き抜くために与えられるはずの、特殊な能力や強力な武具が記されたカタログだった。
女神としての最低限の義務。それを、彼女は完全に失念していた。
「ちょっと待って! 今のナシ、今のナシよ! あなたに渡すチート能力を選ばせるのを忘れてたわ! そのまま行ったら、あなた一瞬でゴブリンの餌食になっちゃうじゃない!」
アクアは慌てて椅子から飛び起き、消えゆく男の腕を掴もうと手を伸ばす。
その表情は、慈悲というよりは「後で上層部に怒られたらどうしよう」という、保身に満ちた焦燥に染まっていた。
しかし、光に包まれた男は、騒ぎ立てる女神を制するように静かに首を振った。
パニックに陥っていたアクアの動きが、その拒絶によって止まる。
男は、何も持たず、何も与えられないまま、ただ静かにアクアを見つめていた。
「え……? い、いいの? いらないっていうの? ……あ、そう。そうなのね! 自分自身の力だけで道を切り拓きたいっていう、殊勝な考えの持ち主だったわけね! うんうん、そういう心意気、私嫌いじゃないわよ!」
男の沈黙を、アクアは都合よく「許し」と「決意」として解釈した。
彼女の顔から焦りが消え、代わりにいつもの能天気な笑顔が戻る。喉元を過ぎれば熱さを忘れる女神は、すでに目の前の男が無能力で放り出される危うさなど、思考の片隅にも置いていなかった。
「それじゃあ、せいぜい頑張りなさいな! 魔王を倒して、私の信仰を広めることも忘れないでね! バイバーイ!」
アクアは軽やかに、そして無責任にひらひらと手を振った。
男の姿は光の中に溶け、完全に消滅しようとしている。アクアは気づかなかった。
自分を見つめる男の唇の端が、微かに、吊り上がっていることに。
それは許しでもなければ、感謝でもなかった。
男の瞳には、冷徹な理性が宿り、その奥底ではドロリとした愉悦が渦巻いている。
女神の愚かさを、その無知を、心底から楽しんでいるかのような。
見る者がいれば背筋を凍らせるであろう、凄絶な笑み。
最後まで言葉を発さぬまま、男は真っ白な空間から消え去った。
後に残されたのは、豪華な椅子に座り直し、すでに次の死者の書類を手に取って鼻歌を歌い始めた、何も知らない女神の姿だけだった。
魔王城の玉座の間には、静寂だけが横たわっていた。
カズマ、めぐみん、ダクネスが武器を構えたまま、信じられない光景を前に立ち尽くす。
そこには、すでに事切れた魔王の骸と、その傍らに泰然と佇む一人の男の姿があった。
「……は? 何だ、あいつ……。俺たちの出番、なし?」
カズマの呆然とした呟きが響く中、その場にいたアクアの身体が突如として青白い光に包まれる。
「えっ、ちょ、ちょっと待ちなさい! 何よこれ、強制送還!? まだ魔王討伐の報酬も、お祝いのシュワシュワも貰ってないわよーっ!」
アクアの悲鳴が途切れると同時に、彼女の視界は一転した。
懐かしくも忌々しい、あの真っ白な天界の広間。そこには、見覚えのある豪華な椅子と、困り果てた表情で俯く後輩の女神、エリスの姿があった。
「……エリス? どういうことよ、これ。私、まだカズマたちと……」
「……すみません、アクア先輩。どうしても、規約上、拒否できなくて……」
エリスの消え入りそうな声。その視線の先を追ったアクアの身体が、氷を押し当てられたように凍りついた。
そこに立っていたのは、かつて自分が「マヌケな死に方をした」と嘲笑い、何も持たせずに異世界へと放り出した、あの特徴のない男だった。
しかし、今の彼から放たれる威圧感は、以前の比ではない。
その瞳には、あの時と同じ、背筋が凍るような愉悦の光が宿っている。
「……あ、あんた。生きてたのね? っていうか、魔王を倒したの、あんただったの?」
アクアは冷や汗を流しながら、精一杯の強がりを見せて一歩後退した。
「……それで、何の用よ? 願い事なら、そこにいるエリスに言いなさいな。私は今、とっても忙しいんだから……!」
男は、やはり何も答えない。ただ、ゆっくりとアクアの方へ歩み寄る。
その足音は、静まり返った白い空間に異様なほど大きく響いた。
エリスは顔を真っ赤に染め、震える指先で一枚の「願いの書」をアクアに差し出した。
「先輩……これ、彼の『魔王討伐の報酬』としての正式な願いなんです。天界の絶対的なルールとして、受理されました……」
アクアがひったくるようにしてその書面へ目を落とす。
そこには、流麗な文字で、あまりにも直球かつ破廉恥な一文が刻まれていた。
『女神アクアに対し、あらゆる羞恥を伴う性的な行為を執り行う権利』
「な、ななな……ッ!?」
アクアの顔が、一瞬で真っ青から真っ赤へと沸騰した。
驚愕に目を見開くアクアの肩に、男の大きな手が置かれる。あの時、何も持たず、ただ微笑んでいた男の指先が、アクアの肌を、値踏みするように、そして弄るように這った。
「ちょっと、やめっ……! エリス、これ無効でしょ!? 女神への不敬罪よ! こんなの認められるわけ……!」
「……申し訳ありません、先輩。彼は、何の加護も得ずに自力で魔王を討った『人類の救世主』なんです。その功績は、天界の全法律を上書きします……」
エリスが涙目で顔を背ける。
男の顔が、絶望に震えるアクアの耳元に寄せられた。
その口元には、あの時の凄絶な笑みが、今や隠すこともなく満面に浮かんでいる。
男が片手でアクアの腰を強く引き寄せ、もう片方の手が彼女の神聖な羽衣を掴み取った。
しかし、引き寄せたアクアの腰からふと手を離し、顎に手を当てて考えこむ。
その視線が、涙目で震える後輩女神・エリスへと向けられる。
慈愛に満ちた彼女をこれ以上悲しませ、絶望させるのは、彼の本意ではなかった。
やがて、男の口元に何かを慈しむような、優しげな微笑みが浮かぶ。
彼は「願いの書」を指差し、エリスに向かって静かに、だが強い意志を込めて告げた。
「……えっ? 私が、アクア先輩に……その、破廉恥なことを……すればいい、のですか?」
エリスが素っ頓狂な声を上げ、自身の胸元を抱きしめるようにして後ずさった。
男の提案は、願いの主語を「自分」から「エリス」へと挿げ替えるものだった。
男は傍観者として、女神が女神を辱める光景を特等席で鑑賞しようというのだ。
天界のルール上、願いの執行者が代行されることに何ら問題はない。
アクアは一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で呆然としていたが、事の全容を理解した瞬間に猛然と暴れだした。
「ちょっとぉ! 何よそれ、名案だと思った!? 思ったんでしょ!? 全然解決になってないわよ! エリス、あんたも何納得したような顔してるのよ! 却下、当然却下よ!」
アクアはジタバタと地団駄を踏み、エリスの肩を掴んで激しく揺さぶる。
しかし、エリスは伏せていた顔をゆっくりと上げ、ポッと頬を朱に染めた。
指先を合わせ、もじもじと身体を捻りながら、どこか覚悟を決めたような、それでいて妙に艶っぽい視線をアクアへと向ける。
「……でも、アクア先輩。彼の願いは絶対です。彼が直接手を下すよりは、私が行った方が、その……先輩の神威も、最低限は守れる気がしますし……何より、天界の秩序のためですから……」
「言い訳が苦しいわよ! なんでそんなに頬を染めてるの!? ちょっ、ちょっとエリス、あんた……まさか、満更でもないの!?」
アクアが戦慄し、引きつった笑いを浮かべながら後ずさる。
エリスは「失礼します、先輩」と小さく呟くと、普段の控えめな彼女からは想像もつかないほど力強い手つきで、アクアの手首をひしと掴んだ。
「エリス!? あなた、なんか乗り気じゃない!? 目が据わってるわよ! 怖い怖い怖い、今のあんた凄く怖いわよーっ!」
アクアの悲鳴が白銀の広間に響き渡る。
男は、その場で床に正座すると、これから始まる聖なる儀式を心待ちにするように、ワクワクテカテカとした顔で二人の女神を見つめていた。
アクアは拘束された両手首を振り回し、火がついたような勢いで喚き散らした。
その表情は恐怖を通り越し、もはやヤケクソ気味な攻撃性に満ちている。
「わかったわよ、本性を現したわねエリス! 清楚な後輩のフリして、裏では私のこのあふれんばかりのダイナマイトボディに欲情してたんでしょ! 胸がないからってひがんでると思ってたら、あんたまさか、ムッツリ助平な男だったなんてね! そのパッドの下には、女神の誇りじゃなくてドス黒い欲望が詰まってたのね!」
罵倒するアクアに対し、エリスは俯いたままピクリとも動かない。
しかし、その白い額には、かつてないほど鮮明な青筋がビキビキと浮き上がっていた。
握りしめられた彼女の手が、ミキミキと音を立てる。
「……先輩。さっきから、黙って聞いていれば……」
エリスの背後から、凍てつくようなプレッシャーが膨れ上がる。
その様子を特等席で眺めていた男は、頼もしい顔で、エリスに提案をする。
どうする? アクアの言う通り、エリスに『アレ』を生やして分からせるという条件を、今の願いに追加してもいい。私も協力する。
男の言葉に、エリスは一瞬だけ肩を震わせた。だが、彼女はゆっくりと首を横に振ると、黄金色の瞳に昏い光を宿して男を見つめ返した。
「……いえ。お気遣いなく。まずは、この不敬な口を塞ぐために、普通に抱かせていただきます。……『ソレ』については、後で自前で用意しますから」
自前で……? 男は訝しんだ。
女神の権能で構造を作り変えるという意味か、あるいは何か神具を用いるつもりなのか。
一方のアクアは、エリスの「自前」という不穏すぎる単語に、顔色を変えて戦慄した。
「自前って何よ! 何を用意するつもりよ! エリス、あんたそんなキャラじゃなかったじゃない! 怖い、今の笑顔がカズマより何倍も不気味で怖いわよーっ!」
エリスはアクアの叫びを無視し、慈愛に満ちた、しかし逃げ場を一切与えない完璧な微笑みを浮かべる。彼女の指先が、アクアの服の合わせ目に、吸い付くように伸びていった。
エリスの細い指先が、アクアの胸元で結ばれた淡い青色の紐を迷いなく解いた。
神聖な加護を宿した羽衣が、主の意思に反して音もなく滑り落ち、床に力なく横たわる。
「あ……」
アクアの喉から、掠れた声が漏れた。
はだけた布地の隙間から、白く瑞々しい肌が露わになり、重力に従って形良くしなった双丘が、弾むように外気へと放り出される。女神の名に相応しい、豊潤でいて一切の淀みを感じさせないその肢体は、観る者を惑わすほどの輝きを放っていた。
アクアは真っ赤になり、弾かれたように両腕を交差させて胸元を隠したが、時すでに遅い。
エリスの黄金色の瞳には、自身の平坦な胸元とは対照的な、その圧倒的な質量が克明に焼き付いていた。エリスの視線は熱を帯び、隠された隙間から覗く柔肉を、獲物を狙う猛禽のように射抜いている。
「……本当に、憎らしいほど綺麗ですね、先輩」
エリスが静かに腕をひと振りすると、何もない空間に、天界の様式とはかけ離れた、沈み込むような厚みを持つ巨大なベッドが具現化した。
「ひっ、な、何よこれ! エリス、あなた何を……っ!?」
アクアが怯え、後ずさろうとした瞬間、エリスの身体がしなやかに躍り出た。
逃げ場を失ったアクアの肩を、エリスが全力で突き飛ばす。
「わっ……!」
背中に伝わるのは、天界の床の硬さではなく、過剰なまでに柔らかい寝具の感触だった。
アクアは深い羽毛の中に身体を沈ませ、仰向けに転がされる。
すぐさま起き上がろうとするが、エリスがその上に覆い被さり、両膝でアクアの太腿を、両手でアクアの手首をベッドに縫い付けた。
上から見下ろすエリスの顔には、もう幸運の女神としての慈悲など欠片も残っていない。
「もう逃がしません。先輩が、泣いて許しを乞うまで……じっくりと、可愛がってあげますから」
エリスの吐息がアクアの鎖骨を撫でる、静かな、しかし情欲に満ちた宴の幕が上がった。
ベッドに押し倒され、エリスの重みを感じながら見上げるアクアの視界に、意外な光景が飛び込んできた。
自分を組み伏せ、あんなに不遜な口を利いていた後輩女神の肩が、小刻みに震えている。
エリスの顔は、耳の付け根まで熟した果実のように真っ赤に染まり、繋ぎ止めたアクアの手首を握る力も、どこか自信なげに強まったり弱まったりを繰り返していた。
「……え、エリス?」
アクアが呆気に取られたように声を漏らす。
先ほどまでの凄絶なプレッシャーはどこへやら、今のエリスは「押し倒したはいいものの、この先どうすればいいのか分からない」という、初心な少女そのものの動揺を全身から発していた。
黄金色の瞳は、アクアの露わになった白い胸元と顔の間を、泳ぐように何度も往復している。
彼女は必死だった。女神としての矜持も、男への誓いも、すべてを投げ打ってアクアを求めている。その熱すぎるほどの眼差しに、アクアの心の中にあった頑なな拒絶感が、ふわりと霧散していった。
(なーんだ……。生意気なこと言って、結局はこの私にメロメロなだけじゃない)
そう思うと、急に可笑しさがこみ上げてくる。
普段、地上でカズマたちに散々迷惑をかけ、エリスに泣きついては説教を食らっているアクアだったが、根っこにあるのは慈愛の女神だ。
自分をこれほどまでに真剣に、そして不器用に欲している後輩が、なんだか無性に愛らしく見えてきた。
「……もう、しょうがないわね。エリスったら、そんなに私が欲しかったの?」
アクアの声から刺々しさが消え、聖母のような、あるいは悪戯を企む子供のような、柔らかな響きが混じる。
彼女は拘束されていた手首の力を抜き、逆にエリスの指をそっと絡めとった。
「いいわよ。いつも苦労させてるお礼に、今日くらいは私の広い心で、あなたの望みを叶えてあげる。……ほら、そんなに顔を真っ赤にして固まってないで。どこからでも、好きなようにしなさいな」
アクアは逃げるのをやめ、むしろ誘うように、豊かな胸を僅かに反らせてベッドに横たわった。
観念したというよりは、慈悲を与える優位者の余裕。
「ほら、早くしないと気が変わっちゃうわよ? 幸運の女神様」
アクアの余裕たっぷりの微笑みに、エリスの理性の糸がぷつりと切れる音がした。
男が見守る静寂の中、エリスは感極まったような吐息を漏らし、吸い寄せられるようにアクアの白い肌へと顔を埋めていった。
エリスは、吸い寄せられるようにアクアの豊かな胸元へと顔を埋めた。
瑞々しい肌の感触と、水を司る女神特有の清涼な香りがエリスの鼻腔を突き、彼女の理性を甘く溶かしていく。
「……あ、アクア先輩……っ」
震える声でその名を呼ぶエリスを、アクアは拒絶することなく、むしろ慈しむようにその細い肩を抱き寄せた。自由になったアクアの手が、エリスの整えられた髪を優しく、ゆっくりと撫で下ろす。
「もう、甘えん坊さんね。そんなに私のことが好きだったなんて、気づいてあげられなくてごめんね、エリス」
アクアの言葉は余裕に満ちていたが、その指先はエリスの背中を、服の上からなぞるように熱く這い回っている。
言葉少なに行われる抱擁。しかし、絡み合う肢体から発せられる熱量は、静かな天界の空気を一変させるほどに激しいものだった。
エリスの指先が、アクアの脇腹から腰の曲線へと滑り、吸い付くようにその柔肌をまさぐる。
それに応えるように、アクアもまたエリスの細い腰を引き寄せ、密着した二人の身体の境界線が曖昧になっていく。
「ん……っ♥」
「あ……♥」
どちらの口から漏れたものか判然としない、熱を帯びた吐息と小さな喘ぎ。
それは聖なる空間に、毒のように甘い情欲を振りまいていく。
普段は規律に厳しい後輩女神が、今は我を忘れて先輩の身体に指を食い込ませ、その感触を確かめるように、何度も、何度も、貪欲に触れ続けていた。
その光景を、男は一歩も動かずに見つめていた。
彼は豪華な椅子の傍ら、冷たい床の上に一寸の乱れもなく正座し、荘厳な、あるいは求道者のような厳しい顔つきで、絡み合う二人の女神を凝視している。
その瞳に宿るのは、自身の願いが具現化されたことへの深い満足感と、神聖な存在が堕落し、愛欲に溺れていく様を鑑賞する、静かなる感動。
男は微動だにせず、ただ刻一刻と激しさを増す女神たちの睦み合いを、その網膜に、そして魂に焼き付けていた。
アクアの白く細い指先が、エリスの胸元に残された最後の布地へと、慈しむようにかけられた。
「……いつまでも恥ずかしがってちゃ、何も始まらないわよ」
アクアはそう囁き、流れるような動作でエリスの衣装を解き放つ。同時に、自身を包んでいた薄い絹の残滓もすべて脱ぎ捨てた。
光り輝く真っ白な空間に、二つの「究極の美」がさらけ出される。
アクアの身体は、水を司る女神らしく、どこまでも瑞々しく豊潤な曲線を描き、エリスの身体は、幸運を司るに相応しい、清楚でしなやかな、それでいて神聖な気品に満ちた肢体を持っていた。一糸纏わぬ姿で重なり合う二人は、まさに一枚の宗教画のように完璧な美しさを湛えている。
アクアはエリスの細い肩に手を置き、そのままゆっくりと、彼女の慎ましい胸元へと愛撫を下ろした。
「……あ、ん……っ♥」
エリスが短く息を呑む。
アクアの指先は、まるで宝物に触れるように優しく、しかし執拗にエリスの肌をなぞり、その尖端へと這い寄る。そこが熱を持って硬くなるのを確認すると、アクアは顔を寄せ、湿った舌先で丁寧に、何度も、その小さな蕾を転がすように弄り始めた。
「ふぁ……あぁっ、んん……♥」
エリスは快感に身体を弓なりに反らせ、アクアの青い髪に指を埋める。
規律正しい彼女の喉から、理性を剥ぎ取られたような甘い喘ぎ声が途切れ途切れに溢れ出した。
アクアはエリスの反応を愉しむように一度顔を上げると、潤んだ瞳で後輩女神を見つめ、聖母のような柔らかな微笑みを浮かべて告げた。
「……ごめんね、エリス。さっきは男だなんて言って。……こうして触れれば、すぐに分かるわ。あなたは、とっても繊細で、可愛らしい女の子よね」
その優しい声は、エリスの羞恥心を溶かし、確かな情欲へと変えていく。
アクアの愛撫は止まらない。エリスを抱きしめる腕に力がこもり、二人の肌が吸い付くように密着し、天界の静寂を二人の熱い吐息だけが支配していく。
男は、その光景を一分の隙もなく、正座したまま見届けていた。
神聖な愛撫が、いつしか貪欲な睦み合いへと変質していく様を、彼は瞬きすら忘れたような、凄烈なまでの静寂を持って鑑賞し続けていた。
互いの体温が混ざり合い、真っ白な空間に甘く湿った空気が停滞する。
アクアはエリスの細い腰を引き寄せ、自身の指を彼女の秘部へと、迷いなく滑り込ませた。
「ほら、エリス……。そんなに強張らないで、力を抜きなさいな」
アクアの指先が、エリスの割れ目を優しくなぞる。熱を持った花弁を割り、その奥に隠れた真珠のような突起——陰核を、指の腹でゆっくりと、慈しむように潰す。
「あ……っ、ん……♥ ああぁ……っ!」
エリスは背筋を震わせ、快感に翻弄される。彼女もまた、アクアに導かれるようにして、震える手で先輩の秘所へと触れた。教わったばかりの動きをなぞるように、ぎこちなく、しかし切実な意思を込めてアクアの蕾をまさぐる。
「そうよ……上手じゃない。ふふ、いい気持ち……っ♥」
アクアの余裕のある笑みも、次第に熱を帯びた吐息に混じり、途切れがちになっていく。
やがて、どちらからともなく重なり合う形を変えた。互いの顔が互いの股間に向かい合う、倒錯した円環。ベッドの上に横たわる二人の女神は、吸い寄せられるように、その最も柔らかな部分へと唇を寄せた。
クンニリングス——それは、決して暴力的でも激しいものでもなかった。
アクアはエリスの震える内腿を優しく割り、その秘裂に、じっくりと、熱を帯びた舌先を這わせる。蜜を掬い取り、粘膜のひだを丁寧に愛撫するその仕草は、エリスの心の奥底にある欲望を、一滴ずつ引き出すかのようだった。
「はぁ……っ、んんぅ……♥ あ、先輩……っ、そこ……だめっ……♥」
エリスもまた、夢中でアクアの潤いへと舌を伸ばす。不器用ながらも、アクアが発する小さな喘ぎ声を聞くたびに、その奉仕は熱を増し、執拗なものへと変わっていった。
じゅぷり、と、神聖な静寂を汚す、卑猥で甘い水音が空間に響く。
男は、その光景を依然として正座のまま見つめていた。
重なり合い、互いの体液を啜り合う二人の女神。その肢体が快楽に弾け、腰を浮かせるたびに、男の瞳の奥には、冷徹な観察者としての愉悦が深く、深く沈殿していく。
アクアの指がエリスの尻を掴み、エリスの股がアクアの顔を、悶えるように強く挟んだ。
二人の睦み合いは、やがて臨界点を迎える。
互いの粘膜を執拗に攻め立てる舌先と、秘所をまさぐる指の動きが、同期するように速度を増していく。
「あ、ぁ……っ! ああん! せん……ぱい……ぁああぁん……ッ!♥」
エリスが、自身の聖域を蹂躙される快楽に耐えかねたように、激しいよがり声を上げて身体を弓なりに反らせた。幸運を司る女神の身体は、強烈な絶頂の波に打たれて激しく痙攣し、シーツの上に甘い飛沫を散らす。
同時に、アクアもまた「んん……っ!」と喉の奥で震えるような声を漏らし、目を閉じた。
彼女の豊かな肢体は、快感の余韻にじわじわと侵食されるように小刻みに震え、やがて深い溜息とともにベッドへと沈み込んでいった。
静まり返った白い空間に、二人の女神が乱した荒い呼吸だけが重なり合う。
アクアは、胸を上下させながら、まだ絶頂の痺れが残っているらしいエリスの濡れた頬を指先でなぞった。そして、いたずらっ子のような、余裕たっぷりの微笑みを浮かべて囁く。
「……ふふ、凄かったわねエリス。どう? 彼に願ってもらって、そっちにアレを生やして続きをする? もっと凄いこと、教えてあげてもいいわよ?」
その言葉に、エリスはハッとしたように顔を上げ、耳の付け根まで真っ赤に染まった。
女神として、そして一人の女性として初めて経験した、脳を灼き切るような凄まじい快楽。
その余韻は、今も彼女の心と身体を芯から満たし、溶かしている。
エリスは、潤んだ瞳でアクアを見つめると、はにかむように、しかし強く首を振った。
「……いえ。今は、もう十分です。先輩……ありがとうございます」
「あら、そう。……まあ、私も少し疲れちゃったし、ちょうどいいわね」
アクアは満足げに頷くと、エリスを優しく引き寄せ、その柔らかい肌の感触を慈しむように抱きしめた。
二人の女神が互いのぬくもりを確かめ合い、甘い余韻に浸っていたその時。
特等席で微動だにせず「尊き光景」を凝視し続けていた男の身に、異変が起きた。
男は、荘厳な正座の姿勢を保ったまま、ふっ、と満足げに口角を上げた。
その瞳からは一切の淀みが消え、代わりに究極の「悟り」に近い光が宿っている。
彼はただ、静かに、そして幸福そうに息を引き取った。
人は傷つかずとも死ぬのか? 人は尊さにふれて死ぬのか?
死ぬ。死ぬのだ!
天界の法則すら超越した「尊さ」による魂の昇天。
あまりにも純粋な、あまりにも救いに満ちた死であった。
「……えっ? ちょっと、あんた……し、死んでる……?」
アクアがいぶかしげに声をかけた瞬間、男の身体が足元から静かに崩れ始めた。
血が流れることも、腐敗することもない。彼の肉体は、この世で最も清らかな白い灰へと姿を変え、光を帯びながら天界の虚空へと霧散していく。
「消え、ちゃう……? 先輩、彼の願いは、これで終わりということなのでしょうか」
エリスとアクアは、抱き合ったまま呆然とその灰を見送る。
男が消えた後には、ただ心地よい静寂と、先ほどまでそこにあったはずの圧倒的な情熱の残り香だけが漂っていた。
天界から零れ落ちたその白い灰は、異世界の空を舞い、豊かな大地へと降り注いだ。
その灰が触れた土壌からは、やがて季節を問わず、凛とした美しさを持つ百合の花々が、地平線を埋め尽くすように咲き乱れることになるだろう。
その情景は、まさに一編の神話のように美しく、尊い。
ああ、素晴らしきかな、この世界……てぇてぇな!
一方、男のいなくなった地上の異世界。
魔王討伐の余韻に浸る間もなく、紅魔族の少女めぐみんは、ある奇妙な違和感に頭を悩ませていた。
「……? どうしました、ゆんゆん。そんなに私の顔をまじまじと見つめて」
隣を歩く自称ライバル、ゆんゆんの視線が、かつてないほどに熱い。
いや、単なる友情や競争心ではない。先ほどまでの死闘の興奮が冷めやらないためか、彼女の瞳は微かに潤み、めぐみんの華奢な肩や背中のラインを、まるで獲物を、あるいは愛おしいものを値踏みするかのようなあやしい眼差しで見つめてくる。
「えっ!? あ、いや、別に……! ただ、めぐみんって、近くで見ると……意外と、その……女の子らしい、っていうか……」
ゆんゆんが顔を真っ赤にしてモジモジと指先を合わせ、さらには何かを決意したような、どこか「エリスがアクアに向けたもの」に近い昏い光を瞳の奥に宿す。
めぐみんは、背筋に走った予期せぬ悪寒に身を震わせた。
魔王を倒し、世界に平和が訪れたはずのその日は、新たな試練の始まりでもあった。
エリス様がメインだった気も。