※この作品はR-18です。

管理されたい管理人   作:霧里

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ペリカを困らせたい

:四号谷地

 

 

影が伸びた。

 

頬が熱くなるのを感じたペリカは、跳ねるように振り返る。

爆炎と、黒煙と、怒号のような衝撃。ビリビリと鼓膜が揺らされて、堪らず耳を畳んでしまった。

 

一体何が?

 

考えるまでもない。

 

こんな状況でも飄々としてる女が隣にいる。

カツンっ……! 踵鳴らし、踏み込んだ。掴みかからん勢いで手を伸ばす。

 

「おバカっ!!」

 

直近の爆発に比べれば、随分と可愛らしい怒号ではあった。

けれど、そこに込められた鬱憤は比べるべくもない。

 

「管理人! 言いましたよね? 私。待てってっ。待ってってっ。ステイですよ? 分かります? お座りだっつってんのっ!!」

 

肩を揺さぶられ、それでも管理人はマスクの裏の笑顔を絶やさない。

それが気に入らない。何度もだ。もう何度目だ。人の気も知らないで。人の話を聞きもしないで。

 

「この間だってそうですよっ。馬鹿みたいに榴弾塔を並べ立てて、馬鹿みたいな爆発起こして、馬鹿みたいに大穴開けてっ。もうっ、バカなんですかっ!! 記憶と一緒に常識まで忘れてきましたかっ!! 皆さんに謝り倒すのは私なんですよっ。どれだけ恥ずかしかったかっ……」

 

皆の苦笑が今でも目に浮かぶ。

 

活性点の処理のため。拠点防衛のため。どうして爆発物を多用するのか。

剣の腕だって悪くはないくせに。敵と見れば、しれっと爆弾を放っている。

ああ……いっそ私も、チェンのようであれば楽だったのか。もう慣れたようにそこから連携を始めている。毎度こめかみや眉間を押さえる私は、どうしても一歩出遅れてしまって。

 

「まぁまぁ。落ち着きなよ、ペリカ? 言ってくれれば私だってさ?」

「……なんですか、これ?」

 

差し出された その爆弾(モノ)ではなく、意図を問う。

おもむろに爆弾を投げるなと、何度も釘を差した。必要なら任せるからと頼みもした。そのすれ違いが今だというのに。どうしてこの女は、私に爆弾を差し出せるのだろうか?

 

「キミも投げたかったんだろう? ゴメンね、気づかなくって。さぁ、まだあるからさ。一発ドカンと……ね?」

 

カッチーンっ……!

 

いけないことだと分かっている。物に当たるなど、幼さの見本みたいだ。

けれど、腹立たしい。どうして私が悪いみたいになっているの。一度だって、投げさせて? なんて言ったことはないのに。

 

思わず手が出てしまった。

 

パチンッと手を弾くその音は、ハイタッチの後のように小気味が良い。

管理人の手から溢れた爆弾が地面にぶつかるその直前、慌てたチェンが滑り込んできた。

 

「あっぶなっ! ちょっ、ペリカこれ爆弾爆弾っ。怒るのは分かるけど、ちょっと落ち着いて」

「構うものですか。落としたくらいで爆発なんかしませんよ」

 

後でチェンにも謝らないと。セーフティは効いてるだろうが、爆弾を転がして焦る気持ちも分かる。しかし……それはそれとしてチェンにも言いたいことはあった。

 

「それにチェン。あなたもですよ?」

「うわっ、こっちきたっ」

 

自覚はあるらしい。

 

私の視線を受けた彼女は、気まずそうに顔を背けた。

 

「止めて? と、頼んだでしょう? 何をホイホイ管理人の言うことを聞いているのですか」

「いやぁ……これは、だってね? 周辺の安全確認は大事なことでぇ……それにぃ、そのぉ、あのぉ……そうっ!」

 

閃いたっ!

 

ぱっと顔を上げたチェンは、早口で思いつきを並べ立てる。

 

「言って聞くような管理人じゃないんだからっ。被害を最小限に抑えるためだったんだよっ。いたしかたなかった。うん、間違いないっ」

 

理屈ではそうかも知れない。チェンの言うことにも一理ある。

無法よりも悪法か。変に押さえつけるよりも、適度に発散させた方が良い。その柔軟性は見習うべきものだ。しかし、その屁理屈には何処か聞き覚えがあった。

 

「チェン……あなた、管理人に似てきましたね?」

「ぇぇ……やだぁ」

 

すっごく……嫌そうな顔をした。

 

この二人の関係もよくわからない。

 

飼い主とそのペット。火に油かと思えばそうでもない。時には気の置けない友人のようであり、一緒くたにされるのは酷く嫌がる。謎の美少女仮面剣士……。管理人からお揃いのマスクを手渡された時は、断固として固辞していた。

そもそも、マスクを付けていたら美少女かどうかも分からないでしょうに……。

 

怒りが呆れに変わっていく。

 

チェンのお陰と言えばそうかもしれない。管理人と二人だったら、もう少しキツく当たっていたかも。

 

「道具箱(ストレージ)……開けてください、管理人」

「え、やだぁ……」

「聞く耳持ちませんっ」

 

体を抱いて一歩下がる。だが、そんなことに構いはしない。たとえ私が暴漢に見えていようとだ。強引に回線を繋ぎ、管理人のデバイスに手を突っ込んだ。

 

「……」

 

爆弾、爆弾、爆弾……。そうじゃなければ榴弾塔だ。粉薬ですら粉塵爆発に使うんじゃないかと疑えるほど、底底に爆発物が詰まっている。

全回収からのアクセス拒否。自分の職権を、こんな風に乱用するなんて思わなかった。管理人の権限ならいくらも迂回出来ようものだが、その間に対策を打たなければ。

 

「酷い、酷いよペリカ……。せっかくいっぱい作ったのに」

「はぁ……。一体、何があなたをそうさせるのですか?」

 

戦えるからといって、戦いが好きとは限らない。

剣が使えるからって、敵を切りたい訳じゃない。戦わずに済むなら、私だってそうしたい。爆弾一つで敵が逃げていくのなら、それは御の字だろうが。

 

「何って……そりゃ、うん。思うんだ。私の悩みも、こんな簡単に吹き飛んでくれたらなって。爆発を見てるとね? 少しだけ気が楽になるんだよ……」

「それはっ……! その……」

 

あまりにズルい。

 

普段の飄々とした態度とは正反対のしおらしさ。影が揺らいで見える。今にも消えてしまいそう。管理人に無理をさせている。分かっていた。でも、頼るより他はなくて……。大丈夫だという彼女に、また甘えてしまった。

 

「何を……悩んでいるのですか? 私に出来ることなら何だって」

 

こんな事しか出来ない自分が情けない。

記憶がないこと。それを踏み台に向けられる期待の重さ。その不安は想像に難くない。それでも、爆弾以外でどうにか管理人の不安を和らげられないか。手探りでも指を伸ばしたかった。

 

「なんでも……ね?」

「なっ……ぁ」

 

触れられた頬が熱くなる。抱き寄せられて、体が固まってしまう。

少しの背伸び。マスク越しに重なる視線。近づいてくる彼女の唇に吸い込まれそうだ。目を閉じて身を委ねてしまいそう。チェンが見ていることなんて、完全に忘れていた。

 

「もっとキミを困らせたい……とかかな?」

 

まるで、褥で乙女を口説くような声だった。

 

その瞬間……。

 

ハイタッチのように小気味の良い音が響き渡った。

 

「そりゃ、怒るて……」

「あははははっ♪」

 

呆れるチェンと、笑う管理人。ドスドスと分かりやすい足音を立てながら、立ち去っていくペリカの背中。

 

「あんなに肩を怒らせて……ふふっ。可愛いなぁペリカは……はぁ」

「無敵か、アンタは」

 

ウットリとしてらっしゃる。頬に手形を貼り付けながら、それでも笑顔を絶やさない。お互いの好意は目に見えているのに、どうしてもっと仲良く出来ないのだろうか? 10年ぶりなんだ。ケンカなんかよりやることはあると思う。

 

「そうでもないさ……」

 

振り返った管理人はもう笑っていなかった。

ううん、口元はまだ笑みを形作っているのに、マスクの向こうはきっとそうじゃない。

 

「今にもキミに嫌われるんじゃないかと思うとね。指が震えてしまいそうだよ」

 

差し出された手を取り立ち上がる。

おちゃらけた言葉とは裏腹に、管理人の指先は冷たいまま。その不安をちゃんと伝えたことはあるんだろうか?

 

「あたしには言うんだ?」

「チェンなら笑ってくれるだろう?」

「人を無神経みたいに言うなっ!」

「逞しいとは思っているよ?」

「せめて頼もしいって言ってっ」

「あはははっ♪」

 

また、笑って誤魔化すんだ。めんどくさい人。そうは思うけど、放っては置けない。人に甘えるのが上手いと言うか……なんなんだろうな。

 

少しだけペリカが羨ましい。

 

あたしには悩みの一端を話してくれたけど、ペリカには言わないんだ。

遠慮のない関係。頼りにされるのは素直に嬉しい。贅沢だって言うのかな? でも、あたしにはそれがすっごく羨ましい。

 

 

*******

 

:ペリカの個室

 

申請と、要請と、どれもこれも似たような内容だ。誰もが管理人頼みで嫌になる。こんなの、以前は自分たちでやれていただろうに。彼女の活躍が増えれば増えるほど、広がる噂は泳ぎだす。ロッシが口にしてた荒唐無稽な伝説のほうが、まだ可愛げがあったくらいだ。

 

後ろは見ない。視線も上げない。

 

部屋に入ってきた管理人は、壁に背をあずけて佇んだまま。邪魔をしないならそれでいい。しばらく放っておいてはみたものの、流石に何もなさすぎて気味が悪くなった。ロクでもない悪戯に、期待を寄せる訳ではないけれど。

 

無言に耐えきれなくなったペリカは、根負けする形で声を掛ける。

 

「チェンに、何か言われましたか?」

「ん? そりゃ『仲直りしてこい』くらいは言うさ?」

 

チェンの言いそうなことだ。悪戯な笑みを浮かべて、管理人の背中を押す彼女の姿が目に浮かぶ。私には出来ないこと。だから、話したんですか?

 

「でしょうね」

 

そう言うのが精一杯。はぐらかされたのが腹立たしい。物分かりが良いふりを自分にも辟易してしまう。一つ、二つ、数を数えて胸のもやもやを押し込んだ。

そっと、管理人の手が伸びてくる。肩に手を回されて、座ったまま後ろから抱きしめられた。

 

「困ったものだよね。ケンカしてるつもりはないんだけど」

「じゃあ、何のつもりですか?」

「言っただろう? キミを困らせたいんだって……」

「怒りますよ?」

「あはははっ♪」

 

三つ、四つ。まだ、気分は落ち着かない。

それどころかますます荒れる一方だ。挑発的な言動にイラ立ちが募る。笑い声ですら鬱陶しい。思わず手を払い除けてしまいそうになった。

 

どんな、顔をするのでしょうね。

 

それでもまだ、笑っていられますか?

 

少しだけ、管理人の気持ちがわかってしまった。倉庫に積み上がった大量の工業爆弾。コイツを一気に起爆させたら、どれだけ清々しいんだろう。

何もかもを木っ端微塵にして、お腹の底まで響く振動に酔いしれたい。

 

大きく息を吸って、吐き出した。

 

六つを数える頃になっても、血の気は引かないまま。私を困らせると言うなら、もう十分だ。頬を撫でられ、アゴの下をくすぐられる。ふっと、耳に息を吹きかけられ、思わず喉を鳴らしてしまう。

 

放っておけばいい。

 

その内、飽きたら止めるだろう。

 

いつもなら割り切れた事も、今日は何だか上手く出来なかった。

虫の居所が悪い日くらいある。フェリーンのように長い尻尾があれば、管理人を引っ叩いている頃だろう。

 

「……やめて」

「やーだ♪」

 

自分でも驚くくらい冷たい声だった。今は、あなたを受け入れている余裕がない。

二度も警告したのに、聞いてはもらえないんだ。なら、もういい。すぅっと、何かの境界線が薄れていくのが分かる。

 

人の気も知らないで……。

 

当然だ……。

 

口にしたことなんて一度も無いのだから。

 

「え、あれ……ぺり、か?」

 

あぁ、びっくりしてる。まだ、そんな顔が出来るんだ。私への信頼を疑ってもいない。沸騰した感情が脳を焼く。気づけば、管理人をベッドに押し倒していた。

 

「あなたが……悪いんだから」

「な、なにさ……今日は随分、情熱的じゃないか……」

 

声が震えていた。私も、彼女も、突然の状況に上手く対応しきれない。

何を他人事のように言っているんだ。「今すぐ離れて」心の何処かで声がする。

けれど、私は私を止められない。頬に触れ、顔を寄せて、彼女のマスクを取り上げた。

 

「ぁっ……」

 

悲鳴にも似た小さな声。一瞬の光に目を細めた管理人の瞳は、揺らいでいた。

マスクの裏に隠された弱々しい素顔。逃げるように視線がそれる。

 

「……ごめん」

 

囁くような謝罪に心が震えた。罪悪感と支配欲に全身が総毛立つ。

謝らないで。許してしまいそうになるから。あなたのくれるものなら何でも。

ワガママだっていい。涙の一粒。向けられる感情の全部が愛おしい。

 

気づけば、その唇を奪っていた。

 

驚きと困惑。唇が引き結ばれて、肩を掴まれる。

柔らかくて、瑞々しい。甘い甘い果実。小鳥がそうするように、何度も何度も啄んだ。

 

「ペリカ……やめ、なにを……んっ!?」

 

何でしょうね? 自分でも分からなくなっていた。

愛している。なのに、傷つけたくて堪らない。失うのが怖くなった。奪われるのが許せなくなった。こんな事、してる暇なんて無いのに。

 

「口……開けてください」

「……っ」

 

引き結ばれた唇を指でなぞる。頑なな拒絶に悲しくなった。

あの後、チェンに何を言ったのですか? 私には言ってくれないのですね。

ペリカは真面目すぎるから? でしょうとも。気に留めてられない。あなたの不安を真に受けて、きっと考えすぎてしまう。

 

服の隙間に手を差し込んだ。

 

籠もった熱が纏わりつく。なだらかなお腹の上を、くすぐりながら奥へと進む。

ムズがる声。捩れる背中。伝わる鼓動が跳ねると同時に、指先が膨らみの袂へ辿り着く。「やめて」とも言われない。管理人は顔を背けたまま、そのままで。

今までの仕返しなら、これくらいでいいはずだ。これ以上は……そう、思うのに。

 

軽く指で押しただけ。

 

ちょっとした悪戯。ただ、離れるのでは名残惜しい。

一つ、二つ、それだけのつもりが、止まらない。触れるたびに、管理人は小さく体を揺らして身悶える。引きつった自分の笑い声を初めて聞いた。持ち上がった口の端は笑顔になりきれない。冷えた指先が、温もりを求めてやまなかった。

 

包みこんで、力を込める。

 

形を変えて、押し返される。

 

張り、艶、包み込むような柔らかさ。汗ばんだ肌が吸い付いてくる。

ゾクッと、怖気が走るようだ。目の前がクラリと揺れて仕方がない。荒い吐息が鼻に掛かる。呼吸にまで意識が回らなかった。ゆっくりと、管理人の胸を揉みしだきながら、頂きに向かって指先が伸びていく。

 

「……ぁぁっ。んっ……っ」

 

甘く響く上ずった声。指の腹を押し返す感触が確かになるほど、唇は隙間を広げていく。逃げるように背筋がそれた。頬に触れ、唇を撫でる。

抵抗はさせてあげない。すっかり固くなった乳首を転がしながら、指先を膨らみへと沈めていく。唇を閉じようとするたび、爪の先で引っ掻いた。瞳から零れ落ちた涙に、心苦しさを思い出す。

 

でも、管理人がいけないんですからね?

 

いつも、いつも、いつも、私を困らせてばかりで……。

 

唇に挟まれた指先が、温もりに包まれる。ううん、いっそ熱いくらい。

奥へと逃げた舌を追いかけて、さらに指を伸ばした。唾液に塗れた指が蕩けてしまいそう。押し返そうとする舌と擦れ合い、電気のような痺れに鼓動を乱される。

 

もっと奥に……。

 

受け止める側のことなんて忘れていた。「けほっ」と、エヅイた管理人の声に、ようやく正気を戻す。慌てて指を引っ込めた。だけど、けれどもだ。紅潮した頬。口の端から零れる涎。乱れた吐息が吹き掛かる。涙に揺れる瞳に見つめられて、理性が焼き切れた。

 

「んくっ……!?」

 

唇を奪う。今度は貪るように。そこに小鳥の可愛さなんて残ってなかった。

例えるなら猛禽か……。いえ、管理人から見れば今の私は、ただの強姦魔にも映ったでしょうね。

 

ぎゅっと、肩に掛かる手に力が入った。唇が結び直される。

けれど、その全部が弱々しい。まるで、何かに怯えるようでもあった。あぁ、そういう……。その時、何かがすっと胸に落ちた。

 

「んっ……んんぅぅ……っ!?」

 

体重をかけて組み伏せる。アゴを指で挟んで、無理矢理に口を開かせた。

管理人の舌を絡め取って、強引に吸い上げた。ジュッと、引きずるような。グチュっと、掻き回すような。淫靡な水音を繰り返しながら、味合うように彼女を愛でる。ゴクリ……大きく喉を鳴らすと、全身が満たされるみたいだった。

 

吐き出した自分の吐息から管理人の匂いがする。

 

唇に残った唾液を舐め取った。まだ足りない。もっとほしい。媚薬に浮かされたみたいに意識が曇る。

 

「ペリカ……もう、やめっ……ひゃっ」

「いいえ。あなたも、飲んでください……」

 

喉の奥へと届くように、舌を伸ばす。

流れるままに、唾液を彼女の口の中へと注いでいく。頬の裏にたまり、舌の根本を満たして。息苦しいんだろう、咳き込むように鼻息が乱れる。

 

ちょんっ……軽くひとつまみ。

 

鼻先を摘んでみせると、管理人は目を丸くして身悶えた。

唇を引き剥がそうと顔を振って、でも私はそれを許さなくって。じわり、大粒の涙が膨らみ落ちる。それと同時に、小さく喉がなる音がした。

 

コク、コク……。

 

粘つく唾液に咳き込みながら、何度も、何度も、小刻みに。「けほっ」後に残ったのは、私達が混ざりあった飛沫だけ。

 

「はぁっ、はぁっ……。のんだ、よ? だから、これで……もう」

 

終わるわけがないでしょう。

 

手近なものがなかった。ダメになってしまうかもしれないが、そんな事にまで気が回らない。上着を脱いだ私は、管理人の両手を縛り上げてベッドに固定する。

 

「ペリカ……もう、ほんとに。お願いだから……」

 

お願いだから、なんだというの?

足を引き寄せ、腰を引いたのを見逃さなかった。小さく、息を呑むのが分る。

意識させるように、ゆっくりと、太ももの内側から奥に向かって指を這わせた。

滑らかなタイツの向こう。緊張で固まる体。むわっと、芯に近づくほどに熱気は広がり、汗とは違う湿り気を感じ始める。

 

「これは、なに?」

「しらない……」

 

人差し指と、親指との間に透明な糸が出来ていた。

ネバネバとして、ヌルヌルとしていて、指に絡みつく。それを目の前に広げられた管理人は、ふいっと顔を背けてしまった。

 

「乱暴にされて、気持ちよかったんですか?」

「……っ」

「私は嬉しいですよ? 全部、忘れられた訳じゃなくって。以前もこうやって、あなたは悦んでくれて……」

「うそっ……。私、そんな……ペリカ、と?」

「さぁ? どう思います?」

 

歯噛みした管理人は、それ以上強くは出られない。

残酷な事をしている。自覚はあった。記憶をなくして不安になっている所に、こんな追い打ちみたいなこと。ズルい女だ。私に嫌われるのが怖い。彼女の不安に気づいて尚、それを利用している。

 

「体に聞いてみましょうか?」

 

耳の先まで真っ赤になった。わざとらしく息を吹きかけると、肩をすくめた管理人から子猫のような声が漏れる。可愛い。嗜虐心と、庇護欲と、溢れる感情が胸に収まりきらない。服を脱ぎ捨て、肌を晒す。管理人の服を捲り上げた私は、目の前で揺れる素肌に手を伸ばした。

 

「あっ、やだ、ペリカ……そんな、乱暴にっ……はっ、ぁぁ……」

 

口では嫌がりながらも、触れるたびに緊張は解けていく。

諦めたのか。受け入れたのかまでは分からない。ただ、足を絡めようと、差し込んだ太ももを管理人は拒まなかった。

 

もっと直に触れ合いたい。

 

薄いタイツの隔たりですら口惜しい。

 

脱がすか。もっと乱暴に破いてしまうか。でも、そんな余裕は残ってない。今更仕切り直すのもイヤ。今すぐにおっぱじめないと、気が触れる。

 

「ペリカ?」

 

不安げな声にはっとなる。何か、粗相をしただろうか? 記憶の食い違いを探るような視線。急に動きを止めた私を前に、管理人も戸惑っている。押し倒した側が気を使われているのでは、あんまりに格好が悪かった。

 

おでこにキスをした。

 

鼻先にキスをした。

 

瞼に、頬に、唇に、キスをするたび好きを囁く。

 

タイツに黒い染みが広がるほど、お互いの境界が曖昧になっていった。

腰を揺らし、太ももを押し付け、管理人の体がベッドに沈む。背中に手を回し、抱きしめた。素肌を擦り合わせて、耳の先を甘く喰む。

 

こんなに……小さいんだ。

 

管理人が何処か大きく見えていたのは、私からの勝手な期待のせいだ。

何も変わらない。私と同じ。彼女だって、こうしてしまえばただの女の子でしかないのに。

 

恐る恐るだ。

 

私からの愛撫を受け止めながら、管理人が少しずつ肌を寄せてくる。

 

「もっと……。良いんだよ、ペリカ? キミの、好きにして……」

「……っ!?」

 

そんな震えた声でよく言えたものだ。違う。いつも、そうだったはずだ。

私の期待に応えようとして、彼女はいつも……。腸が煮えくり返る。イラ立ちを何処にぶつけて良いか分からない。

 

「バカッ!!」

 

もう、叫んでいた。

 

「バカッ、バカっ、ばかっ……っ。辛いなら、そう言って。怖いなら、言ってよ。私のために無理しないでっ、お願いだから……全部、ちゃんと、話してください……。いわれなきゃ、わかりませんよ。私……チェンみたいに、できないっ」

 

「良いんだよ、キミはそのままで。私がペリカの為に頑張りたいって思ったんだ。だから、うん、良いんだ」

 

おいで、ペリカ。

 

あ、ダメだ。

 

いま、そんな事言われたらダメになる。

押し倒したのは私の方なのに、気づけば甘えてるのは私の方。キスの跡が焼き付いても、噛み跡が残ってしまっても、受け入れてもらえる。爪が経つほど抱きしめた。馬鹿みたいに腰を振りながら、醜い感情を押し付ける。もっと、深くに、一つになりたい。固くなった頂きが、お互いの膨らみの中へと沈んでいく。

 

擦れて、乱れて、快感が全身を駆け巡った。

 

下腹に力が入って、意識が飛び飛びに白んでいく。

 

「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめん……なさぃっ。許してっ、管理人……今だけ。いまだけで、明日には元にもどりますから……だからっ。ぅぅぅ……っ!!」

 

涙で視界が埋まる。ドクンっと、一際強く鼓動が跳ねると、呼吸さえも止まった気がした。一つ、二つと、数えて、ようやく自分が彼女に抱きついていることを思い出す。

 

「大丈夫。大丈夫だよ、ペリカ……」

 

子供をあやすような優しい声。

 

それだけが、少し不満だった。

 

ゆっくりと、管理人の刻む音に合わせて、乱れた鼓動も落ち着いていく。

なにを、やってたんだろう。焼け野原で一人佇んでいるようだ。いつもこう。管理人に無理はさせたくないと思う一方で、結局最後はこうなってしまう。

 

「う、うぅぅっ……」

 

管理人の腕の中で、安心しきった私は溢れる涙を止められない。

 

「なんでペリカが泣くのさ? 泣きたいのはこっちだよ。急に押し倒されてこんな……」

「だって、だって、でも、でも……っ!」

 

話にならない。嬉しいのと、悔しいのと、一杯の感情で頭のなかがグチャグチャだ。

 

「えっと、だから……違うんです。何があっても、私はっ。管理人の味方ですから。そこだけは、安心して……下さい」

 

途切れ途切れの言葉でも、ようやくそれだけは伝えることができた。

 

 

********

 

ペリカが遅刻なんて珍しい。今にも超域の裂け目が広がるんじゃないか。

そんな珍事を前に、様子を見に来たチェンが個室の扉を開けて中を覗き込む。

 

「おはよう、チェン」

「おはよう、管理人」

 

何をやってるんだろう? 仲直りしてこいとは言ったけど。

ベッドの上でスヤスヤと。管理人に寄り添いながら眠るペリカは、いつになく穏やかな顔をしていた。

 

「よかったら、解いてくれないか? 昨日からずっとこの体勢でね。そろそろキツイ」

「まぁ、とやかくは言わないけど」

 

近づいてみた管理人の肌には、大量の噛み跡とキスマーク。おまけに、ベッドに両腕を固定されていて。随分、情熱的な夜だったのは疑うべくもない。

 

「ペリカ、そろそろ時間だよ。起きて?」

「ん……ぇ、なに? えっと……?」

 

管理人に肩を揺すられ、寝ぼけ眼を擦ったペリカはゆっくりと起き上がる。

 

「ああ、おはようございます、管理人。すみません……今、時間は……いえすぐ」

「いいけど。とりあえず、服着たら?」

「ぇ、ちぇん? ふく……って? なに……ぁ」

 

肩から毛布がずり落ちた。惜しげもなく晒される白い素肌。遠慮したチェンが視線を逸らすのと同時に、ペリカの顔が真っ赤に染まる。

 

廊下にまで響き渡る可愛らしい悲鳴。

 

その持ち主が誰だったのか。噂話が落ち着くまでの間、ペリカは余計な気苦労を抱えることになった。




「違うんです、チェン……。あの、説明をさせて下さい」
「良いって別に。何も違ってないだろうしさ?」
「みてみてチェン。キスマーク♪」
「おー、良かったねぇ管理人」
「管理人はちょっと黙ってて下さい」

理性溶かしたペリカに襲われたかった。
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