おっさんが若い美女にラブラブされる、冴えない男たちの短編集 作:Mr.Claude
金曜日の午後八時、営業二課のフロアには俺と部下の女の子だけが残っていた。
ほかの連中は定時かその前後にさっさと帰っている。週末の金曜に残業なんて、まともな社会人がすることじゃないしな。
デスクの蛍光灯が一本だけ点いている。あとは非常灯の薄青い光。オフィスの半分以上が影に沈んでいて、空調もタイマーで切れたから、窓の外を走る車のエンジン音がやけに近い。
「課長、お疲れさまです」
缶コーヒーが差し出された。ブラックの、自販機で百三十円のやつだ。
小さな手だった。缶が大きく見えるほど細い指で、ネイルもしていない。彼女は桃山あんず。今年四月に入社した新卒、俺の部下だ。
「ああ、ありがとう」
「いえ、お代はいいですよ。いつもご馳走になってますから」
あんずがにこっと笑う。丸い頬と、眼鏡の奥のくりっとした赤い目。緑みがかった黒い髪をお団子にまとめていて、後れ毛が首筋に何本か垂れている。
化粧っ気は薄い。というか、童顔だからナチュラルメイクで十分なのだ。それでも唇にはうっすらリップが乗っていて、さっき塗り直したんだな、と気づいてしまう俺がいやらしい。
(いや、気づくだけだ。それだけだ)
俺──関谷は、缶コーヒーのプルタブを引いた。
四十三歳、独身。営業二課の課長を五年やっている。五年やって課長のまま。出世レースは三十代後半でリタイアした。
髪は前頭部が後退気味で、スーツは量販店の二着セット。唯一の取り柄は飲み会の幹事がうまいこと。あとは人畜無害なオッサンだ。
「桃山、お前こそ帰れよ。金曜だぞ」
「もうちょっとだけ。見積りのフォーマット、直し終わったら帰りますから」
「見積りって……明後日提出のやつ?」
「はい。あの、伊藤さんに引き継ぎを頼まれまして」
伊藤という男は営業二課の中堅で、あんずの教育係だ。仕事はできるが後輩への面倒見が悪く、見積りの下処理みたいな雑務を新人に振ることで知られている。
言いたいことはある。あるが、部下同士のことに課長が口を挟むと角が立つ。
「……なるべく早く切り上げろよ」
「はい。でも、課長と二人の残業って、ちょっと嬉しいです」
あんずがそう言って、隣の席に腰を下ろした。いつもの席は二列向こうなのに、わざわざ俺の隣だ。
椅子がきしむ。軽い体重に対してオフィスチェアが大げさに鳴る。
(近っ)
あんずの匂いがする。柔軟剤か、シャンプーか。薄いのに妙に鮮やかな匂い。空調の切れた夜のオフィスは、こういう匂いがよく通る。
そして近いから分かってしまう。肩幅は狭い。手首も細い。なのに白いブラウスの内側だけが、不釣り合いなほど──まあ、その、胸の話だ。
あんずの胸は大きい。最近の子は発育がいいとか、そういうレベルじゃない。初めて配属されてきた日、俺を含む営業二課の男性社員は一瞬黙り、それからわざとらしくパソコンに向き直ったものだ。
「……桃山」
「はい?」
「お前さ、俺の横に座るの、やめたほうがいいぞ」
「えっ」
あんずが目を丸くする。眼鏡がずり落ちかけて、人差し指で押し上げた。
「なんでですか?」
「なんでって……いや、変な噂が立つだろ。課長と新人が二人きりで残業して、隣に座ってたら」
「でも、ほかに誰もいませんよ?」
「だから余計にまずいんだよ」
あんずは小首をかしげた。お団子がゆらっと揺れる。
「私、課長の隣がいいです」
「聞いてないだろ今の話」
「聞いてます。でも、いいです」
にこっ、と笑う。
参った。こういうところが困るんだ。あんずは誰にでも敬語で、愛想もいい。だけど俺に対しては妙に距離が近い。なぜかは分からないし、聞いたこともない。
聞けない。聞いたら、何かが変わってしまいそうで。
「……まあいい。見積り、分からないとこあったら聞け」
「はいっ」
あんずはノートパソコンを開き、カタカタとキーを叩き始めた。
俺も自分の書類に戻る。缶コーヒーの苦味が舌に残っている。
三十分ほど経った。
隣からカタカタという音が消えた。代わりに、規則正しい寝息が聞こえてくる。
「おい、桃山」
返事がない。あんずは腕を枕にして、デスクに突っ伏していた。お団子が崩れかけている。後れ毛が頬に貼りつき、眼鏡は少しずれて、半開きの唇からかすかな吐息がこぼれている。
蛍光灯の光が、白いブラウスの背中を照らしていた。うなじから背骨のラインが見える。ブラのストラップが、ブラウス越しにうっすらと浮き上がっていた。
(寝てるのか)
まあ無理もない。入社半年の新人が、先輩の仕事まで引き受けて、金曜の夜に残業しているのだ。
ため息をつく。上着を脱いで、あんずの肩にかけてやろうかと思った。
だが手が止まる。
肩に触れたら、起きるかもしれない。
触れなくても、上着をかける動作で気づくかもしれない。
そんなことを考えている時点で、俺は何かを期待している。あんずが目を覚まして、寝ぼけた顔で「あれ、課長……?」なんて言うのを。
ばかばかしい。四十三の男が二十二の部下に何を期待してるんだ。
上着をかけた。
「ん……」
十分ほどして、あんずが目を開いた。
焦点が合うまでに数秒かかる。俺のスーツの上着が肩に乗っていることに気づいて、ぱちぱちとまばたきをする。
「あ……すみません、寝ちゃって」
「気にするな、俺もよく寝る」
「嘘ですよ、課長いつも最後まで残ってるじゃないですか」
体を起こしたあんずが、上着を胸の前で握りしめた。返す様子がない。
「課長」
「ん?」
「……あったかいです、これ」
声が小さかった。さっきまでの明るいトーンとは違う。
あんずはうつむいて、俺の上着に顔を埋めた。鼻先を生地にこすりつけるようにして、すん、と匂いを嗅ぐ。
「おい、桃山」
「課長のにおい、します……」
「やめろ、おっさんの汗くさいだけだ」
「汗くさくないです。缶コーヒーと……あと、課長のにおい」
あんずが顔を上げた。
眼鏡の奥の赤い瞳が、蛍光灯の光を受けて琥珀色に揺れている。涙ではない。寝起きの水分が、虹彩の上で揺れているだけだ。
だけど、その目に見つめられると、心臓が妙な打ち方をする。
「課長」
「……なんだ」
「私、伊藤さんに嫌われてると思います」
唐突だった。だけど驚きはしなかった。
「引き継ぎじゃなくて、押し付けですよね。見積りの下処理。他の新人には頼んでないのに、私にだけ」
「……」
「理由は分かってます。私がお酒の席で伊藤さんのお誘いを断ったからです。断ったっていうか、課長に助けを求めたからです」
覚えている。先月の歓送迎会で、伊藤があんずに二次会を執拗に誘っていた。俺が「桃山は明日早いから」と割って入った。伊藤は不満そうだったが、課長の一言には逆らえなかったらしい。
「あのときから、態度が変わって」
「そうか」
「だから……あの」
あんずが椅子ごと、こちらに近づいてきた。キャスターがフローリングの上を滑る音がする。
膝が触れた。
あんずのストッキング越しの膝が、俺のスラックスに当たっている。
「課長は優しいです。私にも、ほかの人にも。でも私、ときどき思うんです」
「なにを」
「私にだけ、もうちょっとだけ優しくしてほしいなって」
(まずい)
あんずの声が、ほどけ始めていた。敬語の形は保っているが、語尾が溶けている。目は潤み、唇が微かに開いている。
「桃山、それは」
「あんず、って呼んでください」
「……は?」
「みんな桃山桃山って言います。でも課長には、あんずって呼んでほしいんです」
あんずの手が、俺の膝の上に置かれた。
細い指。爪はきれいに切りそろえてある。ネイルもしていない、素のままの手だ。
その手が、俺のスラックスの布地を小さく握った。子犬がズボンの裾をくわえるみたいに。
「課長」
「…………」
「好きです」
蛍光灯のジジ、という音がやけに大きく聞こえた。
「入社したときから。歓送迎会のとき助けてくれたからじゃなくて、もっと前から。配属の挨拶をしたとき、課長だけが私の目を見て『よろしく』って言ってくれたんです。ほかのひとは……胸ばっかり見てたのに」
あんずの手が震えている。
膝の上で、小さな指が、拳を作っては開き、作っては開いている。
「課長には目を見てもらえて、すごく、嬉しくて──だから」
涙がこぼれた。あんずの頬を一筋の涙が流れ落ちて、眼鏡のフレームに沿って滴る。
「ごめんなさい、泣くつもりじゃ……」
「あんず」
「──え」
名前を呼んだら、あんずが固まった。
涙が頬の途中で止まったように見えた。目を見開いて、口を半分開けて、息を止めている。
沈黙。
逃げるなら今だ。課長として、大人として、桃山を帰すのが正しい。
正しいことは分かっている。部下に手を出す上司は最低だ。二十歳以上も年の離れた女の子に欲情するなんて、救いようのないオッサンだ。
だが。
この子は俺の目を見てくれと言っている。俺だけに優しくしてくれと、震えながら言っている。それを拒んだら、あんずは二度と誰にもこんな顔を見せないかもしれない。
俺はあんずの頬に手を伸ばした。
涙を親指で拭う。眼鏡に触れないように気をつけながら、頬骨から顎にかけてそっと撫でた。
あんずの肌は薄くて温かい。蛍光灯に照らされた産毛がきらっと光る。
「あ……」
あんずが目を閉じた。頬を俺の手のひらに預けるようにして、小さく傾く。触れられたことを確かめるように。
「……泣くな」
「はい……はい……」
返事をしながらも涙が止まらない。俺の親指が涙を拭うそばから、新しい雫があふれてくる。
だから俺は──あんずの眼鏡を外した。
鼻の両脇に、眼鏡の跡が赤く残っている。素の童顔があらわになると、あんずは二十二どころか十代にすら見えた。
「め、眼鏡……」
「ぼやけるか?」
「ちょっと……でも、課長の顔は見えます。近いから」
近い。互いの息がかかる距離だ。
あんずの唇がうっすら開いている。リップの上に涙の塩気が光っている。
(ここからは、もう戻れない)
俺はあんずの唇に自分の唇を押し当てた。
「ん……っ」
小さな声が漏れる。あんずの体が一瞬こわばり、それからふにゃっと脱力した。
涙の味がする。塩辛くて、ほのかに甘い。リップの味が舌の先に乗った。
「は、ぁ……課長……」
「嫌だったら、押せ」
「……嫌じゃ、ないです」
あんずの手が俺のワイシャツの胸元をつかんだ。押すのではなく、引き寄せるように。
もう一度唇を重ねる。今度はあんずの方から舌先を差し出してきた。俺の唇のあいだに、おずおずと、遠慮がちに。
ちゅ、ちゅる……
唾液が混ざる音が、静まり返ったオフィスに響く。
「んっ……んぅ……」
あんずの舌は小さい。俺の舌に触れると、びくっと引っ込み、でもすぐにまた伸びてくる。怖いもの見たさみたいに。何度も何度も、触れては引っ込み、触れては引っ込みを繰り返す。
「ん、はぁ……か、ちょう……もっと……」
「口、開けて」
「はぃ……あ、む……」
舌を深く絡ませた。あんずの口の中はぬるりと湿っていて、舌の裏側がとくに柔い。歯の裏を舐めると、ぷるっと身体が震えた。
キスしながら、あんずの背中に手を回す。ブラウスの上から触れた背中は薄くて、肩甲骨が手のひらに収まる。
その手を下ろしていくと、腰のくびれに触れた。くびれから横に回すと──指先が沈んだ。ブラウスの布地ごと、指が埋もれていく。
「ひっ……」
腰の横から手を滑り込ませて、胸の下に触れる。ブラウス越しでも分かる。柔らかくて、温かくて、重い。
「課長、そこ……」
「嫌か?」
あんずがうつむく。顔が真っ赤だ。耳まで赤い。
それでも俺の手を払いのけようとはしない。唇を噛んで、ほんの少しだけ首を横に振った。
「嫌じゃ、ないです。恥ずかしいだけ」
ブラウスの上から、あんずの乳房を包む。両手でも収まりきらない。
「……すごいな」
「や、やめてください、そういうの……ずっとコンプレックスで……」
「コンプレックス?」
「だって、みんなそこしか見ないんですもん……胸が大きいってだけで、なんか……私じゃなくて、胸を見てるみたいで」
声が震えている。
ああ、そうか。こいつが俺の目を見てくれたことをあんなに喜んだ理由は、これか。
「あんず」
「は、い」
「俺は今、お前の顔を見てる。目も見てる。でも胸も触ってる。全部お前だよ。お前の目も、涙も、この胸も」
あんずの目がうるうると揺れた。泣きそうな顔で、だけどさっきとは違う涙で、唇をきゅっと結んでいる。
「……脱いで、いいですか」
「え?」
「自分で、脱ぎます。見ててください」
あんずの指がブラウスの第一ボタンに触れた。
ぷちっ、と小さな音。
鎖骨が見えた。肌は蛍光灯の下でも白い。
第二ボタン。
谷間の始まりが見える。ベージュのブラジャーのレースが覗いた。
「は、ぁ……」
あんず自身が息を漏らしている。自分を脱がす行為に興奮しているのか、恥ずかしさで壊れそうなのか。たぶん両方だ。
第三ボタン。
ブラジャーの全景があらわになる。大きなカップが胸の重みで少し下に引っ張られ、乳房の上半分がブラからあふれていた。
「こんな……こんな格好、自分でしといて、恥ずかしいですけど……」
あんずはブラウスの前を開いたまま、俺を見上げた。
蛍光灯の青白い光が、細い鎖骨と、そこから信じられない曲線で膨らむ谷間を同時に照らしている。少女みたいな童顔に涙の跡が残っていて、眼鏡のない目は赤く潤み、唇は濡れてキスの光沢を帯びていた。
(うそだろ)
こんな光景が現実であっていいのか。残業で人気のない金曜のオフィスに、こんな子が半分脱いで立っている。
安物の缶コーヒーの横に、この子がいる。
「課長、座っててください」
「え──おい」
あんずが俺のオフィスチェアを引き、座らせた。椅子がギィッと鳴る。
それからあんずは俺の脚の間にしゃがみ込んだ。
「あんず!?」
「いいから。私に、させてください」
あんずの指がベルトに触れた。留め金を外す手つきはぎこちない。だけど確実だ。
「経験は……あるのか」
「一回だけ。大学のとき……でも良くなくて」
ジッパーを下ろされる。スラックスの中に手が差し入れられ、下着の上から俺のものに触れた。
「あ……おっきい……」
あんずが、ぽつりとつぶやいた。反応している自覚はあった。キスした時点で、いやもっと前から、もう限界に近かったのだ。
下着の中から引き出される。あんずの細い指が、勃起したペニスを握った。
「はぁ……」
息を吐いたのはあんずの方だ。握った指の間で、俺のものが脈打っている。
「熱い……すごい、熱い……」
あんずが顔を近づけてくる。吐息が先端にかかった。鼻先がかすめて、ぴく、と俺の腰が跳ねる。
「課長のにおい……」
あんずは目を閉じて、ペニスの側面に頬をすりつけた。子犬が飼い主の手にすり寄るように、頬で、鼻で、匂いを確かめる。
「匂い嗅ぐな、恥ずか……っ」
「だめ。好きなんです、課長のにおい」
ちゅ。
先端にキスをされた。唇が触れただけで、腰の奥から電流が走る。
気がつくと、あんずの髪に手を伸ばしていた。お団子の根元を、指先でそっと撫でる。
ちゅる、ちゅっ、
ちゅぱ、ちゅる……
あんずの唇が亀頭を包んだ。舌先がカリ首の裏を撫で、裏筋に沿って這い上がる。
「ん、む……ちゅ、ぱ……れる……」
下手だ。歯が当たるし、リズムも一定じゃない。だけど一生懸命なのが分かる。舌の先で形を確かめようとしている。どこが気持ちいいのかを探っている。
「あんず……歯、気をつけて」
「ん……ごめ、なさい……こう、ですか……」
唇をすぼめて、歯が当たらないようにする。その動きで頬がきゅっとへこんで、吸引力が増した。
「っ……!」
「んっ、んむ、じゅる……ちゅぷ、ちゅぷ……」
あんずの目が見上げてきた。涙の跡が残る童顔が、俺のペニスを咥えたまま俺を見ている。眼鏡がないぶん、目の大きさがよく分かる。潤んだ虹彩が、蛍光灯の光を拾ってキラキラしている。
(やばい、この顔は)
吸い込まれそうだ。四十三年生きてきて、こんな目で見上げられたことがない。
「はっ、ぷ……課長ぉ……おいしい……」
「な、おいしいって……何が」
「分かんない……でも、おいしい……もっと……」
じゅる、ちゅぷ、
じゅる、ちゅぷ、
あんずが頭をゆっくり前後させる。お団子がとうとう崩れて、髪がばさりと落ちた。
緑がかった黒髪が肩にかかる。長い。こんなに長かったのか。毛先がゆるく巻いて、俺の太ももをくすぐった。
髪の隙間から見える横顔は──。
「あんず」
「んぅ?」
「上がってこい」
声が出た。自分でも驚くほど低い声だった。
あんずがペニスから唇を離す。透明な糸が、唇と先端のあいだに一本引かれて、ぷつん、と切れた。
「いい、んですか……」
「いい」
しばらく、二人とも動けなかった。
デスクの上で、空になった缶コーヒーが蛍光灯に照らされている。
現実だ。夢じゃない。
あんずが俺の太ももに頬を預けて、ぼんやりと息をしている。唇が濡れて光っていて、頬は上気して赤い。
「課長」
「ん」
「上、行っていいですか」
その声は、さっきまでの一生懸命なフェラとは違う、静かな決意を含んでいた。
あんずの腕を引いて立たせる。スカートのファスナーに手をかけると、あんずは自分から腰をひねってくれた。
するりと落ちたスカートの下から、ベージュのストッキングと白い下着が現れた。
ストッキングの向こうに、透けて見える肌の色。太ももの内側にうっすらと汗が光っている。
「ストッキング、脱ぎますね……」
「いい。そのまま来い」
俺はあんずの腰を引き寄せ、自分の膝の上に座らせた。対面で。椅子がギギッと大きく軋む。
「あ……あ、あぁ……」
俺の勃起が、あんずの下腹部に触れた。ストッキングと下着ごしに、熱が伝わってくる。あんずの下着は、もう湿っていた。
「ここ、こんなに濡らしてたのか……」
「言わないでください……恥ずかしい……」
あんずが両手で顔を覆う。ブラウスの隙間から、ブラジャーに押し込められた胸が見えている。
「顔隠すな」
「だ、だって……」
「見せてくれ。あんずの顔が見たい」
手を下ろさせると、真っ赤に染まった顔があった。涙と汗で濡れていて、唇はフェラの名残でてらてら光っている。
「か、課長……」
「ん?」
あんずが口を開きかけた。でもすぐには声が出ない。
唇が動いて、止まって、また動く。喉が小さく上下した。
「あんず。何を入れてほしいか、ちゃんと言ってみろ」
俺の声は、自分で思ったよりも落ち着いていた。
あんずの目が大きく見開かれる。耳まで赤い。
口がぱくぱくと動く。声にならない。
「む、り」
やっと出た二文字は、ほとんど吐息だった。
「です」
あんずの指が俺のワイシャツの裾を掴んでいた。白い指先が、布地に食い込んでいる。
俺は何も言わずに待った。
蛍光灯のジジ、という音がやけに大きい。あんずの呼吸だけが、荒く、近い。
「課長の、あの、その」
何度も言い直す。目が泳いでいる。視線が俺から逸れ、天井にいき、床にいき、また俺に戻ってくる。
唇を噛んだ。小さく息を吸って──
「お──おち○ちん」
最後は早口だった。自分で言っておいて、あんずの顔がさらに一段赤くなる。
指が俺のシャツを握りしめていた。爪の先が白くなるほど強く。
「偉いぞ」
頭を撫でた。あんずがびくっと肩を震わせた。
「もう一回、全部言ってみろ」
あんずが俺を見上げた。涙が溜まっている目で。恨めしそうな、でも逆らえない目で。
唇が震えている。
「おちんちん、ください」
一拍、あんずが息を吸った。
「あんずのなかに──入れて、ください」
小さな声。でも最後まで言い切った。途切れなかった。全部、声にした。
直後。
あんずの手が俺のシャツから離れた。
両手で自分の顔を覆う。
指の隙間から、赤い目元が覗いている。
「もう、お嫁に行けません」
震えた声が、掌の向こうから漏れてきた。
「こんなこと言っちゃったから……」
指の隙間を、涙が伝い落ちた。
この子は、たかだか「おちんちん」と口にすることすら罪だと思っている。それにだ、二十二歳で「お嫁に行けません」なんて、育ちが良すぎる。そんなこと今どき誰が言う?
でも──だからこそ、たまらない。
胸しか見なかった連中には絶対に言わない言葉を、この子は俺にだけ、泣きながら言った。
あんずが手を下ろした。
涙の跡が光っている。泣きながら、俺をまっすぐ見ている。
──唇を重ねてきた。あんずの方から。
涙の味がする。さっきと同じ塩辛さ。でも意味が違う。
離れたあんずが、鼻をすすって言った。
「入れてください。お嫁に行けないなら、課長がもらってください」
下着をずらした。ストッキングの股の部分を破く余裕はなかったから、あんずの方が自分で、もぞもぞと下着ごとストッキングの股布を横にずらしてくれた。
指が触れる。あんずのそこは指先が火傷しそうなほどで、とろとろに濡れていた。
「ひぅ……っ」
「入れるぞ」
「はい……っ」
先端を押し当てて、あんずの腰をゆっくり下ろしていく。
ずぷ、と先端が飲み込まれた。
「あ、ぁぁ……っ」
じわりと、熱い。
あんずの中が俺を包む熱は、缶コーヒーの温もりとは全く違った。身体の芯から溶かされるような、甘くて重たい熱だ。
「っ……あんず、中、すごい……」
きつい。あんずの中はものすごく狭くて、ペニスの先が入っただけで全体がきゅうっと締まる。
「痛いか?」
「痛く、ない。ちょっと、苦しいけど」
「ゆっくりでいい」
「はい……はい……」
あんずが自分の体重で沈んでいく。重力に任せて、少しずつ。俺のものがあんずの中を押し広げていく。
途中であんずが「ぁ」と小さく声を漏らし、腰の動きが止まった。半分くらいだ。
「大丈夫か」
「はい。奥に、当たって」
「無理するな」
「無理じゃないです。もうちょっと」
あんずが俺の肩に手を置いて、ぐっと体を押し下げた。
奥に当たっている感触がある。子宮口だろう。コリッとした弾力が亀頭を押し返してくる。
「ぁ……ぁぁ……入って、る……課長の、全部……」
全部じゃない。半分より少し多いくらいだ。だけどあんずにとっては全部なのだろう。
小さな身体のなかに、俺がいる。
その実感が、じわりと胸に広がった。
「動くぞ。ゆっくりいくから、苦しかったら言え」
「は、い……」
腰を小さく揺すった。引いて、押して。引いて、押して。あんずの中が俺の形を覚えようとするみたいに、壁がうねる。
「あっ……ん、あぅ……」
あんずが俺の首に腕を回した。しがみつくように、体重を預けてくる。柔らかい胸が俺の胸板に押し潰され、形を変えた。
ブラ越しの乳首が硬くなっているのが分かる。
角度を変えた瞬間、亀頭がざらりとした隆起に触れた。
あんずの腰がびくっと浮いた。
「あっ──そこ、そこ、いいです……!」
膣壁の中ほど、天井側。触れるたびにあんずの膣がきゅうっと締まった。
ここだ。覚えた。次も、その次も、この子が声を上げる場所を、俺は忘れない。
繰り返し突く。小さな膣がきゅうきゅうと締まり、ペニスをしゃぶりつくように絡みつく。
「あっ、あっ、あぁ……かちょう、かちょう……」
「あんず……いい、すごくいい……」
「ほんと、ですか……? 私の、ので……きもち、いいですか……?」
(この子は)
こんなときまで俺に確認をとる。認めてほしがっている。
お前のおかげで気持ちいいと。お前のことを見ていると。胸だけじゃなく、全部。
「気持ちいいよ。あんずのなか、最高だ」
「っ……! あぁ……嬉しい……嬉し……」
あんずの目から涙があふれた。さっきの悲しい涙じゃない。笑いながら泣いている。童顔がくしゃっと歪んで、鼻をすすりながら、腰を自分から動かし始めた。
「あっ、あぅ、あっ……課長、課長、課長ぉ……」
名前の連呼が始まる。呼びかけの密度が跳ね上がっていく。
あんずの足が俺の脚に絡んでいた。ストッキングの中で、足の指がぎゅっと丸まっているのが分かる。本人は気づいていない。身体だけが、快楽に正直だった。
「ん、あぁ、いい、です……あっ、あっ、奥、奥ぅ……んぁっ」
あんずは俺の上で腰を使い始めた。前後に、小さく、だけど確実に。ストッキングのナイロンが俺の太ももとこすれて、しゃりしゃりと音を立てる。
繋がった場所からは、もっと生々しい音がしている。
くちゅ、くちゅ、
くちゅ、くちゅ……
濡れた音がオフィスに響く。誰もいないフロアに、あんずの喘ぎ声と水音だけが満ちていく。
「はぁ、あっ、あっ、かちょ……もっと、もっとください……」
「あんず、敬語……」
「あっ、ごめっ、なさ……あっ、あっ、だめ、もう、ことば、が……」
敬語が壊れかけている。声の段階が上がっていく。
「せき、やさん……」
「っ……!」
「せきやさん、せきやさん、せきやさんっ、あっ、あぁっ……きもちいい、きもちいよぉ……」
課長じゃなくなった。名前だ。俺の名前を呼んでいる。
あんずの顔は涙と汗でぐしょぐしょだ。お団子がとっくに崩れた髪が頬に貼りつき、口元からは涎が糸を引いている。
だけど笑っている。泣きながら、壊れかけながら、あんずは笑っている。
甘い電流が、腰の奥から背骨を駆け上がった。
あんずも同じだったのだろう。同時に身体が強張り、互いの目が合った。
あんずの歯が俺の肩に食い込んだ。噛んでいる自覚なんてないのだろう。痛い。だけど、その痛みが愛おしい。
「せきやさぁん、あっ♡ もう、だめ、でしゅっ♡ なんか、くるっ──♡♡」
「いいぞ、そのまま」
「やだっ、やだぁっ♡♡ こわっ、でも、とまんないっ──あっ、あっ──」
「怖くない。大丈夫だ」
「あっ、あぁーっ……もうっ、せきやさんじゃなきゃやだっ、やだよぉ……っ!」
あんずが俺の首に顔を埋めた。細い腕が、首にきつく巻きつく。爪が肩の後ろに食い込んでいた。短く切りそろえた爪でも、これだけ力を込めれば痛い。
あんずの腰が止まらない。止めようとしているのが分かる。でも止まらない。小さな身体が俺の上で勝手にがくがくと跳ね、膣内がめちゃくちゃに収縮する。
「あ゛っ……ぁ、ぁぁ──っ♡♡♡」
あんずの身体がびくん、と大きく跳ねた。
口を開いて声にならない声を上げ、目をきつく閉じて、俺のシャツにしがみついたまま──絶頂していた。
「ぁ……は、ぁ……ぁ……」
余韻のなか、あんずの指が俺のシャツの襟元をまさぐる。首筋に鼻を押し当てて、くんくんと匂いを嗅いでいた。
壊れても、匂いを嗅ぐ。子犬みたいに。
「あんず……中、きつい。俺も、もう……」
「はい……出して、ください……あんずのなかに……」
敬語が戻りかけている。だけど声は震えたままで、湿っている。
「中は」
「いいです。お薬、飲んでますから」
俺はあんずの腰を両手でつかみ、最奥に押し込んだ。
限界だった。ペニスの根元から熱い塊がせり上がってくる。
「ん゛……っ!」
あんずが背中を仰け反らせる。ブラウスが大きく開いて、ブラジャーからあふれた胸が揺れた。
一発目。あんずの子宮口に叩きつけられた。
あんずの身体がびくんと跳ね、膣がきゅうっと脈打つ。精液を搾り取るように、膣壁がうねった。
「ぁ、あっ、あっ──あつい、なかに、あついの♡」
二発目、三発目。出すたびにあんずの身体が小さく跳ねる。
精液が送り込まれるのを、あんずは目を閉じて受け止めていた。まるで、大切なものを受け取るみたいに。
唇がふにゃっと緩んで、へらっと笑った。
「えへ……えへへ……」
「……なに笑ってんだ」
「だって……嬉しいんですもん……」
蛍光灯のジジ、という音が戻ってきた。
二人ともしばらく動けなかった。あんずは俺の首に腕を回したまま、肩に顔を埋めている。
繋がったまま、呼吸だけを合わせている。
「……重くないですか、私」
「軽いよ」
「嘘。おっぱい重いから」
「……まあな。すこし重い」
「ひどい」
あんずが俺の胸を、こつんと拳で叩いた。力なんてほとんど入っていない。
「でも……いいです。課長に重いって言ってもらえるなら」
「なんだそれ」
ゆっくりと体を離す。繋がりが解けると、あんずが小さく「あ」と声を漏らした。腕だけが、まだ俺の首に残っている。
「あんず」
「はい」
「……月曜、飯でも行くか」
「……飯って」
「メシだよ。昼飯。社食じゃなくて、お前の行きたいところに行こう」
あんずが目をぱちくりさせた。それから、くしゃっと顔を歪める。また泣くのかと思ったら、満面の笑みだった。
「はいっ。行きます。絶対行きます」
ブラウスのボタンを留め直しながら、あんずは何度も頷いた。眼鏡をかけ直すと、いつもの桃山あんずが戻ってくる。
ただし、目が少し赤い。
「……その、私の見積りは」
「もういい。月曜に俺が伊藤と話す」
「え、でも」
「いいから。遅いし、タクシー拾え」
あんずは立ち上がり、スカートを整え、かばんを持った。出口に向かいかけて、振り返る。
「課長」
「ん?」
「……私、明日と明後日は実家に帰る用事があって」
「うん」
「でも、次の土日は予定を空けます」
「ああ、うん……?」
「その次も、その次も、予定空けておきますから」
ぺこりと頭を下げて、あんずは営業二課のドアを開けた。
廊下の非常灯がぼんやりと、彼女の後ろ姿を照らしている。お団子が崩れたままの髪が揺れて、やがて見えなくなった。
俺は椅子に深く沈み、天井を見上げた。
デスクの上には、空になった缶コーヒーが二つ。片方は俺の、もう片方はあんずのだ。
月曜日が来る。そのとき俺は何をすべきか、もう分かっている。伊藤と話をする。あんずの席を二列向こうから俺の隣に動かす。
あとは──メシを奢る。奢って、あんずの笑った顔を見る。それだけだ。
「いや。土日のことも考えなきゃな」
空調のない金曜の夜は、まだ少しだけ、あんずの匂いが残っていた。
(了)