米沢明は、髪を金色に染めようとして、脱色だけでお小遣いを使い果たしたような髪の色をしていた。割と整った顔立ちを不満そうに膨らませる仏頂面で、いつも腕を組んで授業を聞いていた。教科書もノートも出さず、机はただ彼女の頭を載せるためだけに利用されていた。
授業をサボるほどの不良ではないかもしれない。ただ、時々教師から、中途半端が一番たちが悪い、と冗談めかして叱られる姿が目撃された。実際彼女は、授業が理解できないとしても、サボったらそれこそ何も分からなくなる、と恐怖しているようだった。彼女はまさに、半端な自分に悩んでいたようだった。
保健の実技、入れ替わりでの授業が間もなく始まることを告げられて、米沢はほかの女子たちと同じくええっ、と嫌そうな声を上げた。声の出し方を思い出したかのような振る舞いだった。そして例に漏れず、彼女もまた消極的なまま、かといって授業をボイコットすることなく、参加した。
幸か不幸か、初めて相手を仕ったのはこの僕だった。ブスッとした顔の自分が、ペニスだけをビンビンにみなぎらせてこちらににじり寄って来て、肉棒で女子の股間を貫いた。表情が一瞬で、驚きに塗り替えられた。ぬちゃ、と音を立てたペニスが、次の瞬間勢いよく叩きつけられ始めた。
気持ちよかった、とは、口が裂けても言えない。米沢は力任せで、早漏で、そのくせ復活だけは早かった。授業の終わりを焦るように、射精しては震える手でイチモツをしごいて、半勃ちのままでもペニスを突き入れては、とにかく腰を振ってきた。
僕は、そんな彼女に抱かれた。それくらいしかすることがなかった。
抱きつくというか、抱きしめて、とにかく、その迸りを受け止めた。天井を見上げて、しみを数えるふりをしながら、ありがとう、気持ちよかったよ、と告げた。それくらいのお世辞なら、僕でも言える。
2回目の授業では、始まる前から女子たちの目のぎらつきようはすごかった。男子の中には泣きそうになっている者もいた。僕は一回目と同じく誰でもいいとチェックを入れたが、相手はこちらを指名してきた。
他でもない、米沢である。
あたし、抱きしめられた経験ないんだよ、と泣きそうな声で、米沢は言った。
その告白は、あたかも罪の意識を再び思い出させるかのような苦悩に満ちていた。
二回目も、一回目と大差なかった。鼻息を荒くした米沢がこちらの体に覆いかぶさって、足をグイグイ引っ張って無理やり広げさせる。ようやく、奪われた処女の、喪失感(どころか、股間にはまだなにか入っているような違和感があった)を治していたところに、ペニスが槍のように突き入れられる。その勢いに、思わず腰が引けた。少しだけ、顔をしかめたかもしれない。
しかし、女を征服する喜びを覚えた、経験の浅い男には、そんな微かなニュアンスを読み取る余裕さえなかった。とにかく、入れる。射精するまで、出し入れする。そうすれば、気持ちよくなれるーーそれを、前回学んだばかりだが、彼女にしては熱心に授業の復習から始まった。
彼女が言い出したのは、ピロートークの折だった。
「ばあちゃんは、あたしを、どこに出てもはずかしくない女に育てるんだって息巻いててさ、親父は自分の親だから強く出れなくて。母さんは逆。自由に育てさせるんだって言って。でも、それはあたしのしたいことじゃなくて、全部母さんがしたかったことだった」
抱きついて、顔を、胸に埋めるようにして言った。熱いしずくが、胸元を流れたような気がした。
「あたし、自分が引き裂かれるような感じがする。家にいても、学校にいても。どこにもあたしの居場所はないんだって思った」
米沢の顔がゆっくりと上がり、こちらを見据えた。少し、目が赤くなっている。
「でも、あんたは違ったよ。受け止めて、受け入れてくれた」
「体を重ねただけだよ」
僕は言う。言いながら思う。これが、風俗で救われたような気持ちになる、童貞たちのようなものか、と。
ガチガチな規律や自己嫌悪や、あるいは潔癖が、ショック療法的な、肌と肌の重なり、その温もりを互いに味わうことで、未知のカタルシスとなって、それに夢中になっているのかもしれない。
「お前さ、頭いいじゃん?」
「別に、普通だよ」
「あたしよりは、いいだろ」
「成績で言うなら」
僕は慎重に言葉を重ねる。比較的、出るとこは出ている彼女自身の体を抱きしめながら、米沢はまた口を開いた。
「な。あたしの体やるから……あんたの身体が欲しいって言ったら、怒る?」
「え?」
「入れ替わり。確か、両方から同意を取れたら、ずっとそのままにしておくことができるんだよな」
「らしい、とは聞いてるけど……」
でも実際に使った人間はほとんどいないらしいし、学生間ではまだ確認されていないはずだ。
「あたし、頭も良くないし、フツウの女らしいこと、何もできないんだけどさ、でも、こんなあたしを受けとめてくれたあんたが女を引き受けてくれたら、まだやり直せる気がするんだよ」
ぎゅうぎゅうと、自分のものだった大きな胸に顔を埋めながら、米沢は言う。グリグリと顔を擦り付けて、とにかく、こちらのぬくもりを得ようと必死になっている。
「あんたに、いっしょにいてほしい。あたしからあげられるもんなんか、なにもないけど、でもあたしは、あんたじゃないとだめなんだ」
「それは」
「あたしがあんたの体をもらってさ、中学か、高校を出たらそのまま働いて、あんたは頭がいいから大学出てさ。共働きで、それから、あんたさえよければ、あたしの子どもを産んでほしい」
飛躍している、とは思わなかった。少なくとも僕もそういう想像をしたことはあるし、本物の女子である米沢であればなおのことだろう。
「それから、な」
米沢は震える声で続ける。
「あんたは頭いいし、優しいから、あたしのことも、子どももちゃんと抱きしめて、包みこんでくれて、大好きって言ってくれると思うんだ」
重なることで生まれるぬくもりがある。じわじわと伝わってくる、互いの鼓動。手足のぬくもり。今まで得られなかったそれを、浴びるように得られた米沢は、離れまいと必死だった。
「頼むよ」
あんたが欲しい、あんたじゃないと嫌だ、と米沢は懇願する。
「せめて、こういうのはその、友達から」
僕はどうしようもなくて、先延ばしにする言葉を吐く。ほんと、と弾かれたように顔を上げる米沢の顔が、くしゃくしゃになっている。
「僕の体も、僕の人生も、あげられるかどうかはわからないけど……友達から、始めよう」
予感がある。
もしも、米沢がただ男子の性欲に負けているだけならば、たぶん、体を重ねるごとに男子たちに頼み込むだろう。男子たちに泣きつくだろう。肌を重ねることで、受け止めてもらえたと思うだろう。
だからこれはーー僕のわがままだ。僕が、僕自身のために張る予防線で、入れ替わりという、2人の距離があいまいになる関係だからこそ改めて設置する境界線だ。
くっ、と米沢が喉を鳴らした。子供のように泣く彼女が、胸元にしがみついている。
僕はただ、背中を撫でて、頭を撫でながら、共感と客観視を同時に行おうとする自分に、なんとなくぞわりとしたものを感じざるを得なかった。