「今まで入れ替わった人たちは全然真剣になってくれなくて」
いかにも私、怒ってます、という感じで腕を組み、こちらに若干きつい視線を送ってくる。僕より少し年上のますみさん。書類によれば僕のOBに当たるらしい。現在地方の国公立大に通っているが、若いうちに子供を産むことを考えている。福祉を活用してキャリアウーマンとしてのキャリアを着実に積もうと考えているらしい。
保健の実技の授業優秀者は、選抜クラスに入ることができる。選抜クラスは、校内の女子だけに限らず、同年代の女子、大学生、はたまた人妻などと、合意の上で体を入れ替えることができる。
選抜クラスの目的は、「妊娠すること」である。
昨今、少子化対策から、早くから子供を産むことを推奨されているのは言うまでもないが、それと掛け合わせてしまったのがこのクラスの特徴だ。
福祉の発達で、子供を産んだ女性には個人に手当がつくようになった。
科学技術の発達で、後から遺伝子を、自分のパートナーとのものに変更することも可能になった。
そして最大の変化は、やはり男性たちに新たな役割が付与されたことだろうか。健康な子供を産める男には、貢献度に応じてこれもまた、手当がつくようになった。となると、従来のパートナー制では不十分で、社会全体がポリアモリーを容認するような形に変わっていく。
そんなわけで、社会学者の中には「貧乏学生が死語になる時代が来るかもしれない」なんて自説を振り回すものまで現れるほどだ。
別にそれなら無理に入れ替わらなくてもいいのだが、女性側のセックスというのは、一種の男子に課せられた箍のようなものだ。
見も知らぬ男に抱かれる苦痛を肩代わりする思いやり、男側のセックスの経験に乏しい女性らの、力任せなやり方を受け止めてあげられるだけの胆力。入れ替わりによって求められるのはそこである。
「私は本当に子供が欲しいの。でも、今まで入れ替わってきた男ときたら、時間切れになるまでおっぱいを弄んだり、エロ自撮りをしようとしたやつまでいたの。もう頭に来る!」
女性は言う。
「みんな本気で私を孕ませる気がないのよ!」
中々のパワーワードだった。
「でも、今回のように学校とか、公共機関を利用した入れ替わりであれば、最初からそんなことされなかったのでは?」
「ほら、初めて入れ替わるんなら、彼氏とやりたいでしょ、まずは」
「はあ」
その辺は価値観の違い、ジェネレーションギャップというやつかもしれない。
「なによ、わからないの?」
「あの、僕彼女いなくて」
「へえ。アンタくらい顔が良ければ、より取り見取りでしょうに」
あはは、と笑っておく。健康な男子でセックスが上手(女性側)でも、所詮はまだまだ学生である。
「じゃ、とっとと始めましょ。本気で孕ませていいのよね?」
「はい」
「中折れしたりしないわよね?」
「それは……ますみさん次第かと」
「あっそ。もう、いいわよ」
ますみさんが僕の体を引き寄せる。自分の前髪を押し上げて、額を露出させる。僕もそれをまねるように、前髪を上げた。額と額がこつん、とぶつかった。
「じゃあ、まずはやっていきましょうか」
ますみさんは慣れた様子でこちらの腰に手を回し、ぐっと唇を押し付けてきた。ここで突き返すのも何なので、失礼にならない程度に受け止めておく。そのままストレッチャーと見間違えそうな簡易なベッドに押し倒される。
いきなり乱暴だな、と思ってしまう。まあ僕も、男として抱く回数より女として抱かれる回数の方が多いから、さあ自分の体でセックスしてみましょう、とか行われたら、暴発するんじゃないか、というのが悩みどころではあるけれど。
男の、というより、男の体になった人間のセックスは、かなり乱暴なことが多い、というのが、とりあえず僕を含めたクラス全員の一致した意見だった。そして不思議なことに、これを受け流す技術は、男子の方が自然と身に着けているものだったりする。
「もう少し、しっかり愛撫してもらえますか?」
「なによ、もう……わかってるわよ」
それにしても本当に、おっぱいって、男にならないと楽しめないの、ずるいわよねー、とますみさんは言う。
「女だったらまるでイイコトなしなのにさぁ……でもあんた、男の割には入れ替わった相手のおっぱい揉んだりしないの?」
「ますみさんの言う通り、自分のおっぱいを揉むのは、正直……」
ますみさんは、わりと容赦がない。胸をむんずと掴んで、ぐにぐにっ、と両手で握りつぶすようにして、揉む。それが一通り済んだと思ったら、今度は乳首に吸い付いてきた。こちらを完全にベッドに押し倒した状態で吸い付く様は、赤ん坊のような、なんて優しいものじゃなくて、肉食獣が獲物を貪るがごとく、だ。
これも、普段はまったく気にならなかったのに、男になったらやってみたい、と女子が言い張る愛撫の一つだった。胸に執着し、思いのままに、赤ん坊のようにちゅうちゅうと胸に吸い付くのは、恥じらいのようなものが邪魔をするらしい。
そして今、鼻息荒くますみさんは僕の胸に吸い付いている。吐息が胸をくすぐるというのか、肌が少し、湿ってくるのがわかる。痛いくらいに乳首を口で愛撫されると、だんだんと体から力が抜けてくる。その状態でますみさんは、男がよくやるように自分も寝転がって、指をこちらの秘所に這わせてきた。自己申告の通り、たぶん彼女は処女ではないのだろう。でも開発もされてないようだった。
指が一気に二本入ってきた。くちっ、と隠れていた入口がめくり上げられ、中へ中へと急いていく。
「ちょっと、女みたいに股を閉じないでよね?」
「あ、はい、気を付けます」
無意識に股を閉じようとしてしまうのは、あるあるだ。正確には言えば、条件反射のようなもので、もしかしたら体が自分を守ろうと無意識に動いているのかもしれない。僕は一応サービスもかねて、M字に開脚したうえでその脚を自分の手で掴む。ますみさんが、ごくっと喉を鳴らしたのがわかる。
「へえ。エロいじゃん」
「あ、ありがとうございます」
指の出し入れが、徐々に雑になっていく。無表情を装った顔の奥に、欲求不満の色が見え隠れしている。
もしかしたらますみさんは、女側のセックスの面倒くさいところを全部肩代わりさせたうえで、一方的に男の快楽を貪りたいタイプなのかもしれない。こういうタイプの人も、いるにはいる。男の立場で言えば、それがいわゆるヤリチンというやつで、嫌われる男のムーヴなのだが、意外と「男のセックス初心者」となった人は、陥りがちである。
ますみさんが、用意されていた精力剤をしっかり服用してから、再び僕をマットレスに押し付けた。僕は念のためローションを落として、少しは膣をほぐしておいた。指で十分に広げられた入口に、ますみさんは嬉々として腰を突き出して入ってきた。
「あああっ、入ってるぅ……」
恍惚として、満足げに。ますみさんはため息を漏らす。それからはっと思い出したようにこちらの脚を抱えて、勢い任せに腰を振り始めた。
女視点だからわかることと言えば、男のセックスの様は、かなり滑稽だということだ。尻を突き出して、下手な人間は全身を使って前後するので、顔が近づいてきたり遠ざかったりする。ますみさんは下手な方だった。
彼女も女としてセックスする時、わざと喘いだり、絶頂したふりをしてやり過ごしてきたことがあるだろう。彼氏たちは機嫌を損ねないまま、キモチイイ?キモチイイ?と耳元で囁き、そのたびにますみさんはあいまいな答えを返していたことだろう。
しかし今、彼女自身がその男たちと同じ轍を踏んでいるのだった。
体は下に押し付けられたまま、背中を擦りつけるように前後する。ペニスがたまに、敏感な箇所を叩く。でも、そこ、という箇所を触れるより早く、ペニスはまた浅いところからやり直しになり、結局のところやたらめったら突きこまれているという始末だ。
それでも一応、満足させて孕まされることが目的なので、僕はあえて何も言わない。ちょっと喘いだり、声を殺したりして、身をよじるだけでいい。そして、ますみさんがこちらにしがみついてくるのを待つ。ぶるぶるっと体全体が揺れ始めて、それが肌伝いに共振する。やがて、ますみさんは、避妊具なしに精液を、膣の中にぶちまける。自分自身の秘所の中、自分自身の子宮目掛けて。
これが孕まされることであり、入れ替わり選抜クラスの目的でもある。とはいえ一度や二度のまぐわいじゃ確実に妊娠するとは限らないから、何度も何度も繰り返すことになる。
もしも僕が入れ替わりセックスを経験していなかったなら、肉体関係を結んだ相手とはハードルが下がったと思い込んで、そのうちプライベートでも会おう、ととち狂ったかもしれないが、一度でも女性の立場になってみればわかる。
よほど自分を気持ちよくさせてくれる相手でないと、あるいは、それ以外の何か秀でたものがない限りは――体の関係はあくまでも体の関係に過ぎず、心まで許したわけではない、とわかるようになる。もしかしたらそれこそが、この入れ替わりセックスの意義なのかもしれない。
男だろうと女だろうと――少なくとも、男の体に入っている相手は、ちょろい。上気した頬と潤んだ瞳でそっと手を重ねるだけで、相手は自分に惚れた、と思い込む。そして、何をしてもいいと言われたような気になるし、これからもそういうことができるのだと勘違いする。こればかりは男のセックスにそういう欠陥があるとしか思えないが。
「あー、サイコー」
ますみさんがこちらの唇が腫れ上がるくらい、べたべたと口づけする。それから僕の体をひっくり返す。彼女はボブカットなので、髪は邪魔にならなかった。僕は四つん這いにさせられた状態で、床に向かって垂れる乳房をむんずと掴まれた。また同じことの繰り返しである。異物が、胎の中にぐりぐりッと挿入される。そして、最初の内だけは規則正しいリズムに乗せて、腰が叩きつけられる。尻の肉に、下半身が力任せにぶつかってくる。太腿と太腿が、ぶつかり合う。自分の背中を見下ろすというのは一体どういう気分だろう。
「おら」
舌なめずりしながら、ますみさんは言う。
「孕め……孕めっ!」
男なら言ってみたいセリフ、なのかもしれない。僕はもう言われ慣れたので、面倒くさい。
三度目のセックスは、ますみさんの膝の上だ。相手の手を握りながら、僕の方が腰を動かす。自然に動き出す、なんてこともない。ただ体を重ねるだけのセックスなんてそんなものだ。
そしてそれは、夜職の女性も同じなのだろう。僕ら入れ替わり選抜クラスは、初めて夜を切り売りしてきた女性たちの心境に少しは近づけた男たちなのだと言えるかもしれない。
入れ替わりセックスは、男女の境を曖昧にする。女子だろうと男の快楽に呑まれて有頂天になるし、男だって、受け身に回れば退屈なセックスをお愛想で乗りこなす必要に迫られる。
四度目で、ますみさんはようやく落ち着いた。男のセックス、ハマっちゃったかも、と恥ずかしそうに言ったが、それはたぶん本音だろう。でも、初めての入れ替わりではなかったというから、これまでの入れ替わった男側がよほど受け身側のセックスが下手だったに違いない。
セックスの実技、選抜クラスは、基本的にしばらくは、相手は固定されることが多い。もちろん選択権は女性側にあるので、お試しで合わないと思えば相手を変えることができる。
ただ、中にはこの制度をいいように使う女性もいる。
「うーん、もう少し他の人とも試してみたいんだけど、いいかしら?」
「構いませんよ」
僕は若干の軽蔑と共に言った。彼女の目つきは、少しでも違う反応を見せる女を見つけようとする、ヤリチンしぐさそのものだったからだ。
そう、自分の体をいいことに、出産の手当てをいいことに、セックスする相手を変えて、風俗店のように利用する女性も、最近は少なくないのだった。
「じゃ、今日はありがとう」
「ええ。お疲れさまです」
僕は元の自分の体を取り戻した。
これでも忙しい学生の身だ。出産まで肩代わりすることはできない。
できるのはあくまでも、女性側のセックスの肩代わりだ。女性と体を入れ替えてセックスすることで、それが負担になっている嫌悪感を取り除く、より出産に前向きになれるように手伝う。それだけだ。
これで少しでも女性が前向きになれるなら、それに越したことはない。男だろうと女であろうと、将来のパートナーを喜ばせられるようになれれば言うことはない。
そして。
少なくともパートナーとなる相手に軽蔑されるような振る舞いをしないよう、反面教師から学べるものがあれば、それでいい。
少なくとも僕は、そう思っている。