絶望の速度
「速すぎる! 映像が……補足できないッ!」
ザフト軍クルーゼ隊のジンのパイロットが悲鳴を上げた。
彼らのモニターに映るのは、不自然なほどに鋭い軌道を描く「白い残光」のみ。シナンジュ・スタインは、C.E.(コズミック・イラ)の物理法則を嘲笑うかのような加速で、戦場を文字通り切り裂いていた。
「……出力安定。機体追従性、良好。サイコフレームの感度も、この世界の『静かな宇宙』によく馴染む」
ユウゲツ・ヒカリは、全天周モニターに映し出される光の粒――敵機の熱源反応を冷めた瞳で眺めていた。彼女の脳内には、フロンタルの冷徹な空間把握能力と、ゾルタンの狂気的な攻撃衝動がデータとして流れ込んでくる。だが、数十年もアナハイムの修羅場(納期)を生き抜いてきた彼女は、その「亡霊」たちを単なるデバイスの一部として使いこなしていた。
「さて、まずはその不格好なブリキ缶からだ」
ユウゲツが指先でトリガーを撫でる。
シナンジュ・スタインのハイ・ビーム・ライフルから放たれた一撃は、ジンの回避行動を完全に読み切り、その右腕とメインスラスターだけを蒸発させた。
「な……!? 直撃じゃない、武装だけを狙ったのか!?」
「当たり前だ。機体を爆発させたら貴重なサンプル(破片)が回収できないじゃないか。部下たちの手間を増やすなよ」
ユウゲツは独り言ちると、次の獲物へと視線を向けた。彼女にとって、この戦いは戦争ではなく、あくまで市場調査(フィールドワーク)だった。
シナンジュが宙域を支配する一方で、ゼネラル・レビルから発進した3機のメッサーF01型もまた、ザフトの戦列を崩壊させていた。
「おいおい、こいつら本当に『最新鋭機』かよ? 旋回性能が1世代前のアクシズ機並みだぞ!」
メッサー1番機のパイロット――アナハイムの技術試験部出身の部下が、通信回線で笑い声を上げる。彼ら80人の部下にとって、この世界のMSは「古臭い教材」にしか見えなかった。
メッサーはその巨体に似合わぬ機敏さでジンの懐に飛び込み、大型のビーム・サーベルを振り下ろす。ジンの重突撃機銃を重装甲で弾き飛ばし、物理的な質量差で敵を叩き潰す。
「無駄だ。君たちの弾丸では、このガンダリウム合金の皮すら剥けないよ」
その光景を、ヘリオポリスを脱出したばかりのアークエンジェルから、マリュー・ラミアスやナタル・バジルールが愕然として見つめていた。
「……何なの、あの機体は。連合でも、ザフトでもない……。あんなMS、データにないわ!」
「マリューさん、あれ……味方なんでしょうか!?」
キラ・ヤマトの問いに、誰も答えることはできなかった。ただ一つ確かなのは、その「白い悪魔」と「巨躯の影」が介入した瞬間から、ザフトの攻勢が完全に止まったということだけだ。
3. 赤い「盾」との接触
「……面白い機体がいるな。あれが連合の『G』というやつか」
ユウゲツの視界に、紅蓮の装甲を持つMS――イージスガンダムが飛び込んできた。アスラン・ザラは、同胞たちが一方的に蹂躙される惨状を見て、怒りのままにシナンジュへと肉薄する。
「貴様……どこの所属だ! 中立を騙ってザフトを攻撃するつもりか!」
イージスが変形し、5連装スキュラを放つ。だが、ユウゲツは鼻で笑い、スラスターを一瞬だけ逆噴射させてその攻撃を「踊るように」回避した。
「所属? そんな小さな枠組みで私を見るな。私はアナハイム・エレクトロニクス。君たちのその……『不自由な機体』を査定しに来た、ただのエンジニアだ」
「何だと……!?」
「いいか、赤いパイロット。君の機体、変形機構に頼りすぎてフレームの剛性が死んでいる。おまけにエネルギー管理が杜撰だ。フェイズシフト装甲を維持しながらその大口径砲を撃てば、すぐにバッテリーが底を突くぞ」
「貴様に何がわかる!」
アスランがビームサーベルを抜いて斬りかかる。
だが、ユウゲツは強化人間の反射速度でそれを完璧に見切り、シナンジュのビーム・トンファーでイージスの腕を受け止めた。火花が散り、サイコフレームが共鳴する。
「わかるさ。……私は、君たちが生まれる前からガンダムを作ってきたんだからね」
ユウゲツは冷徹に言い放つと、シナンジュの脚部でイージスの腹部を力任せに蹴り飛ばした。
4. 技術者の去り際
「所長、そろそろ限界です。これ以上暴れると、アークエンジェルを逃がすための舞台装置を壊しすぎます」
艦橋からの通信が入る。ユウゲツは時計を見た。戦闘開始からわずか3分。予定していた初期データの収集は完了している。
「わかっている。……さて、ザフトの諸君。今日の査定(テスト)はここまでだ。君たちのMSは、及第点にも届かないスクラップだよ。もっとマシなものを用意してから、私を呼んでくれ」
ユウゲツは全通信チャンネルを開放し、傲慢に言い放った。
「私の名はユウゲツ・ヒカリ。覚えなくていい。……どうせ君たちは、私の作った機体の背中を追いかけるだけで精一杯になるんだから」
シナンジュ・スタインは強引に旋回し、メッサー隊を伴ってゼネラル・レビルへと帰還していく。その背後では、追いかける気力さえ失ったザフトのパイロットたちが、ただ茫然と立ち尽くしていた。
ゼネラル・レビルの格納庫。ハッチが閉じ、気圧が安定する。
コックピットから降りたユウゲツは、ヘルメットを部下に投げ渡すと、不機嫌そうに髪をかき上げた。
「……最悪だ。あの程度の相手にサイコフレームを使ったせいで、知恵熱が出そうだ。コーヒー、一番濃いやつを淹れておけ。あと30分で今日の機体損傷レポートを上げろ」
「了解です、所長! 残業代、期待してますよ!」
「出すわけないだろ、まだ仕事は始まったばかりだ」
ユウゲツはそう言い捨てると、次の戦場――地球への降下を見据えて、モニターに流れるC.E.の未熟な技術データを、食い入るように見つめ始めた。
アナハイム・エレクトロニクスの快進撃は、まだ始まったばかりだ。