天真爛漫なハーフエルフ姫との入れ替わり 作:おくらいりーOh9lawinー
食事に招待されたのは、これで二度目である。一度目は結婚の前の顔合わせで、結婚の後の会見などでバタバタするだろうから、という理由で急いで設けられた席で、エレンの家族、うちの家族はもちろん、エルフ側の王家も錚々たる顔ぶれが出席していて、大変肩身が狭かったのを覚えている。
僕もエレンもまだまだ未成年で、エレンに至ってはエルフ基準ではまだ幼子もいいところなのだが、結婚したエルフは個人として扱うという風潮もあって、主に二人で離宮で暮らしている。その生活がどれだけ爛れているかは、誰もが知っていることだろう。正直いつ妊娠してもおかしくないペースで、エレンと僕はまぐわっている。
実質付き人や護衛なども含めて大勢が離宮で暮らしているので、本当に二人きり、という感覚になることは少ない。言うならば家を出て、新たにエレンを旗頭に派閥を作ったというのが正しいだろうか。
僕の家は庶民の家なので、エレンも結構な頻度で遊びに行き、夕食を食べるなんてこともよくある。でも、今回は傍系とはいえ王家の人間との会食である。こいつは一筋縄ではいかないぞ、というのが僕の考えだった。
それ相応のおめかしが必要になる。スタイリストに身を委ねながら、ついでにいくつか、新しいドレスを注文する。それから、エレンに頼まれていた、人間界側の服もいくつかーー特にブラジャーやショーツなど、「勝負下着」に限ったものをーー、一点もので注文する。
エレンのことだから、自分が着たいというよりは、僕が着て、彼女の前で披露するのを見たいというのが本音なんだろうけど、このあたり、入れ替わりというやつは、なんとも独特な関係を作り出してくれるものである。
さて、諸々準備を終えたら、いよいよ会食である。場所はご両親の離宮で、父親も母親も揃っている。
「御機嫌よう、お父様、お母様」
「ああ。久しぶりだね、エレン」
エレンの両親は、どちらもハーフエルフだった。ハーフエルフが生まれるということは、どちらかが人間で、どちらかが純血のエルフだと思っていたのだがーーこのあたりは、よくわからない。
それに、エレンがハーフエルフなら、僕との子供は厳密にはクォーターになるんじゃないかとか、少し気になったこともあったが、その疑問は今は、隅においておく。
「お招きくださり、ありがとうございます」
頭を下げる僕に対して、照れたように頭を掻く父親。
「いつかエレンも息子となる人を連れてくるものだと思っていたけれど……うん、まさか、エレンが息子になって帰ってくるとはね」
「あなた、何度目ですか?」
「そうはいっても、こればかりはなかなか慣れるものではないよーーマモルくん」
「はい」
「その、こちらでの生活や、置かれた状況など……最近は、どうだね」
「元々政治の中枢からは離れてますし、公務はエレンやアンナがこなしてくれています。当面は、お世継ぎについて考えるだけで済んでいますね」
「ああ、うん、そうかね」
言って、父親が視線を彷徨わせる。
「エレン?」
「はい、お父様」
「マモルくんに、負担をかけたりしていないだろうね?」
ぷっ、とエレンが頬をふくらませる。
「マモルは毎晩喜んでくれてるもん!」
「毎晩!?」
「まあ!」
目の錯覚か、エレンの母の目が、キラッと輝いたように見える。
目を白黒させながら、父親は言う。
「……節度は守りなさいね?」
なんだろう、僕はやはり、この小市民的な父親に少し、同情してしまう。
フィールドは完全にエレンの側で、彼女たちは生まれた直後から洗練されたマナーを叩き込まれて生きてきたわけである。容姿としては僕の方が彼ら側なのだが、ノイズにも等しい「僕」の中身はエレンなので、一切音を立てずにナイフとフォークを操る。僕は見様見真似でついていくので精一杯である。
「さて……マモルくん。本当はもう少し早く、君と話をする機会を設けておきたかったのだがね。プレッシャーになっても申し訳ないし、かと言って……と考えているうちにずるずると時間だけが過ぎてしまった。時間にルーズなのは、我々エルフの悪い癖だな」
「いえ。エレンとの生活が少し落ち着いた頃に一席設けていただき、感謝しています」
「そう言ってもらえると、ありがたい」
少しばかりの沈黙が訪れる。
「旦那さま?」
「いや参った。将来息子になるひとが来たときは、どんなことを話そうかといろいろ思案していたものだが、いざその時が来てみると……何も思いつかない」
「お気持ちは、わかるような気がします」
慎重に言葉を選びながら、僕は言う。
「僕も、結婚相手の、両親へのご挨拶を、いつかはするものだと思っていましたから」
嘘だ。本当はーー僕になんか、結婚相手が見つかるはずがないし、そういう機会は来ないものだと、思っていた。思春期ゆえの確信などではなく、不景気が後押しするあきらめ、のようなものとして。
「入れ替わりについては、魔術省からの情報が逐一送られてくる。今ではほとんど実例がないという魔法だから、失伝している話もだいぶあるらしいがね」
「そして、入れ替わった君たちの日々についてはアンナから報告を受けているのですよ」
ちら、とエレンの母親が頬に手を当てる。エレンの困った顔に、よく似ている。
不思議な話だ。僕自身は、エレン本人の姿でその表情をしているところを、ほとんど見たことがないはずなのに。
「その……娘が迷惑をかけて済まない……」
朝顔が萎れるような、しおしおとした様子で、二人が力なくうなだれる。憤然として、エレンが声を上げる。
「迷惑なんてかけてないもんっ!」
「エレンはちょっと黙ってなさい。日頃からセクハラまがいの言動はもちろんのこと、場所も選ばず、学生としての本分も忘れて……挙句に、イメージプレイ……?どうなっているんだね?」
「やってみるとめっちゃ興奮して気持ちがいいの!」
「やめなさいそういうのは!」
「お父様だってお母様とそういうこと、したことないの!?」
途端に、訪れる沈黙。
「……ないよ?」
「お父様、視線。声」
「旦那様はそういうことをしなくても逞しくて絶対に衰えないの!」
「こらこらこら!」
もしかして、エルフって淫乱なんだろうか。僕はまた少し遠い目をして家族団欒にどう適応したものか、わからない。
「セクハラじみた話をしたくないのだが……エレンとは、うまくやっていけそうかね」
「エレンが僕に愛想を尽かさない限りは、恐らく」
「君が、本来の性別と違って妊娠させられ、子供を産む側となっているとしても、かね」
「魔術省が入れ替わりを一時的に戻す薬などの開発をしてくれていることは知っていますが……僕は、一生エレンの体で生きていくという覚悟と責任をもって、エレンと結婚したつもりです。そうでないと、エレンにふさわしい相手は幾らでもいることでしょう。だから、この体は、エレンには悪いですけど、基本的に、返してあげるつもりはありません」
「マモル……」
エレンが目を潤ませる。そうか、と父親が腕を組んだ状態で何度も頷く。
「でも、エレンの体を奪ったという事実は、消えません。だから僕は、エレンが求めるなら、可能な限り、彼女の子供を産みたいと思います。たくさん子供を産んで……多分、僕本来の体のほうが先に死ぬと思いますから、その時に元に戻れたらいいな、とは思っています。昔から、見送ることは、苦手で。だから……僕は、エレンが寂しくないくらい、子供が欲しいです。僕自身のためにも、エレンのためにも」
「マモルっ」
と、エレンが飛び出してきた。ギュッと僕の体を抱え込む。
「マモルが私の体を奪ったって言うなら、私だって、マモルの体を奪ったの。だから、この体の最期まで、使わせてもらう。マモルは、私のカラダで長生きしなさい」
「それは……」
どちらが寿命の短い体を引き受けるか。それで言い争う僕らに、不思議そうな顔をする父親と母親。
「おや、その辺の話は聞いていないのかな?」
「「え?」」
「エルフはどちらかといえば精霊寄りの生き物と呼ばれていて、人間がエルフと交わると、回数を重ねるごとに人間の体をエルフのものに近づけていくものなのだよ。だから、毎日のように体を重ねていたら、ほとんど二人の寿命は変わらないくらいになっているんじゃないかな」
「そうなんですか?」
「それが悩みのタネになることもあるがね。ハーフエルフとして誕生したものも、エルフの血筋が顕在化して、どうしても人間側の特徴を打ち消したりしてしまって、結果普通のエルフとほとんど変わりない状態になったりとか」
「そう、なんですか……」
いやでも覚悟しなければならない、と思っていたことが、杞憂であったことに気付かされて少し拍子抜けしてしまう。また、ハーフエルフ同士だけでは種を存続できないらしい理由も。
「よかったあ……」
ギュッと、エレンが抱きついてくる。さっきよりも一段と、強く。
「泣かないでよ、エレン」
「むー、泣いてないもんっ」
「二人は本当に仲がいいのねえ」
ふふふ、とエレンの母親が嬉しそうに目を細める。
「それから、2人が互いに影響し合うという話だけど、入れ替わりの場合はより顕著になるそうだ。本来は体に固着している魂が入れ替わるのだから、魂と魂がただ入れ替わっているだけではなくて、時に混ざり合い、影響し合うこともあるという。考えたくはないが、多人数の入れ替わりなどがあったら……皆結果的に少しずつ変質してしまうと言えるのかもしれないね」
「ということは、つまり……」
「エレン?」
眉をひそめたエレンに問う。
「私が毎日毎日マモルを求めてやまないのは、実はマモルがエッチだから、という可能性が?」
「それはないと思いたいなぁ……」
といっても、出会った当初のエレンの言葉は世継ぎ、世継ぎだったから、相当意識していたのは確かだ。その危うさと言うか、表面上の言葉が失われて、今はセックスしたい理由として持ち出すくらいなのだから、だいぶ健全になったとは思うのだが。
「あくまでも可能性の話なのだから、自分にとって都合の悪いものを、マモルくんに押し付けようとするのはやめなさい」
こんな調子で、二度目の食事会は基本的に和やかに終わった。僕らの離宮に戻ってから、エレンが少し寂しそうな顔をする。
「お父様とお母様、難産だったらしいの」
「えっ?」
「体質なのか、エルフの血と人間側の血の相性が悪かったのか、とにかく子供ができなくて、やっと生まれたのは私一人。でも私は、一人っ子より、弟とか妹とか、とにかく、もっとハーフエルフの家族が欲しかったかな」
「そう、なの?」
「うん。純血が尊ばれるエルフの中では、ハーフエルフは……王家に連なっているとは言え、外国人みたいな立場だから」
エレンがまた、ぎゅうっと抱きついてくる。
「寂しかったんだね」
「うん……だから、マモルが、私が寂しくないくらい子供が欲しいって言ってくれて、嬉しかった。君は、私の人生の辛いところを、いつも引き受けて、遠ざけて……私の夢を叶えてくれる」
少しだけ、エレンが離れた。瞳が潤んでいた。
「あなたが好きです」
エレンが言う。
「私のすべてを、あなたに捧げます。あなたがいつも、私を救ってくれるからです。だから……あなたのお側に、一番お側に、いさせてください」
「……こちらこそ、末永く、よろしくお願いします」
お互いに襟を正して、言った。くらり、と力なくベッドに座り込んだエレンの方に、今日は僕が先に、覆いかぶさった。
夢を見た。エレンそっくりの少女が、僕を見上げている。
「おかあさま、たねうま、ってなあに?」
「……えーと?それは、誰に言われたのかな?」
「サヤちゃんがねー、おとうさまは『ハーフエルフがほこるたねうま』だって。そのおかげでハーフエルフは救われたんだって」
「うーん、からかい半分の褒め言葉でもあるから一概には言えないけど……お父様には言わないようにね?」
「えー?」
ぷーっ、と頬を膨らませるあたりが、本当にエレンにそっくりだ。僕は彼女の手を引いて、離宮の庭を歩き出す。
子どもたちの姿がどんどん増えてくる。男の子に、女の子。みんな、耳が人間にしては少し長めで、エルフにしては短めだ。エルフにしては珍しいと言われる黒髪の持ち主がちらほら見える。その遺伝子を提供したおとうさまことエレンは、子供たちに囲まれて座っていた。
「ねー、お父様、お父様は昔お母様だったって、ホント?」
「ホントだけど……どうしたの、急に」
「だって意味わからないもん。お父様は昔お母様で、お母様は昔お父様だったって」
「そうだよ?」
「お母様はお父様でもあって、お父様はお母様でもあるってこと?」
「そうだねー」
「エレン。あんまり自分の子供をいじめないの」
うううー、と不思議そうに首をひねる少年の頭を撫でてから、エレンが立ち上がる。お互い、体が一番パフォーマンスを発揮できる青年期の姿で固定されて、いまだに僕らは学生気分が抜けてない、なんで言われることがある。
でも、誰が何と言おうと、僕はエレンに出会えたときが一番幸せだったのだから。これで、いいのだ。
「違うでしょー?お父様はマモルなのに、なんでエレンお母さまは、マモルお父さまをエレンって呼ぶの?」
「お互いの本当の名前、でもあるからかな」
わかんないー、という言葉が、また上がる。風に巻かれた庭園の花が、くるくると舞い上がる。
「今日はロイドも帰ってくるって」
「そっか……結局日本で将来の相手を見つけてくるのかな?」
「兄や姉が、あなたの……人間の世界の王族たちと次々婚約したから、自分はそういうのはコリゴリだって口癖でしたもの」
「結局元庶民は僕だけなんだもんなぁ」
やれやれと首を振る僕の唇に、そっと唇を重ねるエレン。
「ね、お父様……ううん、マモル?」
「なんだい?」
「私……今、とても幸せ。子育ては忙しいけれど……だからかな、まったく、寂しくないの。毎日が満たされてる」
「そっか」
「私の夢を、叶えてくれてありがとう。マモル」
二度目の口づけが、この夢の終わりを告げる。僕は、エレンが嬉しそうに笑いながら、一筋、涙を流している姿を目に焼き付ける。穏やかな陽の光を浴びて、彼女は一際輝いていた。
この光景が正夢になるまで、そう時間はかからないだろうと、僕は特に理由もなく確信していた。