天真爛漫なハーフエルフ姫との入れ替わり 作:おくらいりーOh9lawinー
どんなにエルフが閉鎖的な民族であろうと、情報収集が欠かせないのはどこの政治でも同じことらしい。エレンと僕と、結婚した2人のもとには、続々と茶会への招待状が届いていた。
エレンやアンナがちらっと差出人の名前を見て、主に二つに分類していく。純血派、融和派……というのが主な分け方だが、それだけで出席するというのは大変危険らしい。
「政治的な実権はともかく、王族というのは一つの権威そのものですからね」
とアンナは言う。
それに派閥とて一枚岩ではない。単純に周囲が祭り上げているだけだったり、そう見られているだけで、実際は融和派どの距離を測りかねているだけだったり、エルフ同士でも身分に関係なく結婚するために純血派なんぞ滅んでしまえ、というような勢力もあったりで、一筋縄ではいかない。
結局他の親族にも、公の茶会をどうするか相談するとして、一段落ついた。
「お疲れ様」
「もー、ホントに疲れたよぉ、マモルー!」
ちょっと声をかけただけで、ひしと抱きしめられる。そのまま流れるような動きで唇を奪われた。
まあ、僕も嫌ではない、と思ってしまうあたり、だいぶエレンに変えられてしまったのだと思う。
「そう言えば、あくまでも私的な茶会では、何通か招待状が来ていますよ」
「私的なお茶会……かあ」
「エレン、その流し目は?」
「私としては、婚前旅行とかをもーっと堪能したかったのにぃ」
「公務です。あきらめてください殿下」
「アンナの裏切り者!」
またまた、ぷっ、と頬をふくらませるエレンなのであった。僕の顔なので可愛いとは認識されず、僕らはスルー一択である。
「で、そっちのお茶会のホストは?」
「たとえばエリーズ様ですね」
「却下!ゼッタイ却下!」
マモルを猿呼ばわりしたんだから、とまだお怒りの殿下である。
「えと、ほかにはどんなものが?」
「変わり種といえば……ユーノ様から手紙が来ておりますよ」
「え、ユーノから?」
よほど意外だったらしい。エレンが目を丸くしている。
「何か、そんなに驚くことが?」
「ああ、ユーノってね、ちょっと病気がちだったの。仲良くさせてもらってたけど、治療で少し疎遠になっちゃって」
「旧交を温めつつ、新しい人生を歩み始めたお二人の話を是非とも聞かせてほしい、と手紙にはありますね」
「そっかぁ……うーん、私は出席してもいいけど……」
エレンがこちらをちらりと見る。僕は肩をすくめる。
「エルフの世界はとんとわかりませんし、何より……『エレン殿下』がいないと始まらないでしょう?」
「さすがマモル!今度一緒にカラオケにお付き合いしてあげる!」
「エレンが行きたいだけでしょうが」
そんな感じで、夜の営みもしっかりこなしつつ(というか、エレンは男の性欲に流されまくってて欠かしたことがない)、やってきた当日。
お呼ばれした僕らは、2人揃って到着した。顔からして青白いエルフが、お待ちしておりました、と深々と頭を下げる。
「ユーノ。久しぶりね」
「エレン様。お久しぶりです」
僕の顔で気軽に話しかけられたことに一瞬空白があったが、ユーノと呼ばれたエルフは、丁寧な所作でエレンに頭を下げた。
「そして、こちらの方が……」
「豊崎マモルと申します」
「殿下の顔で、違う名前で名乗られて、はじめましての挨拶をするのも不思議な気分ですね」
そう言って、少女はまだ病み上がりといった感じの顔をぎこちなく微笑みに変えた。
「病気の方は、どうなの?」
「いわゆるこころの病気に関しては、エルフよりも人間界の方が研究が進んでいるということもあって、殿下のように留学したらどうかという話もあるのですが……一方で、環境をいきなり大きく変えるのは抵抗がありまして……」
妖精「国」と呼んで交流を重ねているが、実際は「異世界」である。同じ世界での留学や移住だってかなりのストレスになり得るのに、それが世界ともなれば言うまでもないだろう。
「それで言えば、エレンはよく留学したものだね……」
「うーん、まあその辺は、王室外交の一環かな。それに、魔力が比較的多いと、適応力も同時に高くなるんだよ」
その辺を義務だから、で済ませられるあたり、天真爛漫に見えてエレンもなかなかにキマってるというか、常人とは覚悟が違う感じがする。つくづくとんでもない相手と結婚してしまった、と思ってしまうのだが、同時にエレンとならまあ何とかなるんじゃないだろうか、と思わせてもらえる。それは間違いなく、エレンの強さだった。
「こうして立ったままではなんですし、こちらに……殿下が以前気に入っていた紅茶も、ご用意させていただいております」
「紅茶!?はちみつもある?」
「もちろんです」
やったぁ、と無邪気に喜ぶ彼女の隣で、僕はたらりと脂汗を流していた。僕は紅茶が飲めないのである。どちらかと言えばコーヒー派で、紅茶は苦手なのだった。でもこちらの体は紅茶と聞くだけで体が前のめりになりそうになっている。入れ替わりと言えばやっぱり嗜好が変わるものなのか、とはらはらしつつ、見守っている。
「ではこちらを……どうぞ」
多分毒見を兼ねて、先んじてユーノがティーカップを手に取る。両手で抱えるようにして、こくこくと喉を鳴らして紅茶を飲んでいく。僕らもそれに促されるようにして、カップを手に取り、口につけた。
少なくともその時点では、まだ何もなかったはずだ。少なくとも、あれが遅効性の薬でなければ、だが。何杯か紅茶を頂いて、二人の話を笑顔のまま聞き流すマシーンになっていた辺りで、何か歯車が狂った。
「お二人の出会いは偶然だったらしいですけれど、今はどうなのですか?やはり、幸せですか?」
あのスピーチは演技ではないか、と念押しされているわけではないだろうけれど、そんなことを聞かれた。
妙に頭がくらくらしていた。何となく視線を、自分の顔――つまるところ、エレンの方に向ける。エレンもまた、どこか据わった目でこちらを挑むように見つめていた。
「まあまあかな」
そう言って、エレンが少し乱暴に僕の体を抱き寄せる。
その瞬間、今までありえなかったことが起こった。
ーー身体中の毛が逆立ち、鳥肌が浮かんだのだ。
「マモルは孕ませ袋として優秀だし」
耳を疑うような言葉だった。今まで冗談半分に、寝室内で、自虐半分に使っていたはずの言葉で、エレンは笑っている。
「でも……やっぱり私の体を奪って、自分だけ幸せになろうとする態度は許せないかな」
「どういう意味ですか、それ」
気がつけば、僕も挑むようにエレンの方に触れていた。
「なに?」
エレンが、あからさまに嫌悪を浮かべた声を出す。僕の触れた手をはたき落とされた瞬間、何かが明らかにおかしい、と気づいた。
おかしい。何かがおかしい。これ以上はまずい。なのに、身体が止まらない。
「そういう殿下は人の体を奪って本当に楽しそうですよね。性欲に負けていっつも僕を押し倒してきて。本当に幸せそう」
「私が幸せになったっていいじゃない。こんな体を押しつけられたんだから」
「こんな体?」
ああ、やっぱりエレンは、体を奪われてしまったことを、ずっと後悔していたのかもしれない。それはそれで、申し訳ないという思いが強くなる。
でも、それは不公平で、ずるいとも思う。
「あんなに楽しそうに人の体を貪っておいて、何を言い出すんですか」
「まあ、元が私の顔だもん。悪いはずがないよね?でも、やっぱり今の自分の顔がキミの顔だと思うと、ゾッとしないかなって」
「いい加減にしてくださいよ、殿下」
頭がこんがらがっている。自分が体から遠く離れたところに放り出されて、でも本体は、他人の口のように勝手に応答しているかのような錯覚を覚える。
「なんですか、僕のこと嫌いなんですか」
「嫌いじゃないよ?でもまぁ、いろいろ、ね?」
嗜虐的な笑み。僕は自分の顔がどんどん嫌悪に歪んでいくのが分かる。
「……ふん、いっつもちんぽでものを考えてる人が、そんな御大層なお考えをお持ちとはしりませんでした」
「マモルはいっつもそればかり」
わざとらしくため息をつくエレン。
「だって私、世継ぎを生むことを求められてるんだもん。結局そこに自分の意志はないし、自由だって……」
「お情けで結婚してくれたんなら、結構ですよっ」
どん、とエレンを突き飛ばす。へらへらと笑っていたエレンが顔色を変える。
「なによ」
どん、と体を突き飛ばされた。がちゃん、とティーポットがひっくり返る。
「売女のくせに。どうせ私の体になれたからって、浮かれてるんでしょ?誰にでも股を開くつもりでいるくせに」
「殿下こそ性欲の塊じゃないですか。カリーナとか、アンナとか、女を見たら誰とでもヤるつもりでしょう?」
「やればいいじゃないですか」
「やればいいじゃない」
僕らは軽蔑しあい、憎悪しあい、それでも体だけは相反するように、特別な人とのあいだでしかしないはずの行為に没頭しようとしていた。
無理やりに股を開かれた。ほら、その行為が証明している、と僕は喚き、エレンは本当に、品のない人、とこちらを見下していた。いつもの僕らがどこかに行って、演じきれない偽物が、精一杯僕らの真似をしているようだった。
自分が嫌いだから、相手をけなして。貶すことなんてできるはずがないから、セックスで相手をせせら笑おうとしているかのように、先を争って裸になった。僕は常にこちらに性欲を向けてくるエレンをバカにして、エレンはアンアン喘ぐ僕をバカにした。
「ほら、好きでもない男にアンアン喘がされるのって、どう?」
「元男に自分のチンポをもてあそばれてる気分はどうですか?」
「でも、セックスして喜んでるくせに」
「ええまったく。殿下は本当に嬉しそうにチンポをはめたがりますよね」
「……ナマイキ」
ぐるぐる、ぐちゃぐちゃ。
そこがどこなのか、誰に見られているのか、僕らは一体何をしているのか……。
「エレン様、マモル様!」
「「えっ……」」
僕らは互いの顔を唾を吐き掛け合ったあとだった。顔中がぬらぬらとしていた。文字通り扉を破って入ってきたアンナは、縛り上げた侍女を連れている。アンナは、荒れに荒れた室内で、何事もなかったかのように紅茶を飲んでいたユーノに鋭い目を向けた。
「失礼ですが、ご同行してもらいますよ、ユーノ様」
「ええ、分かりました」
アンナが引き連れた護衛たちが僕らを素通りして、ユーノや屋敷の人間を捕らえていく。僕らは互いの肌で温もりを得ようとして、体に下半身を埋めていたエレンが震えていることに気づいた。
「エレン?」
「わた、私……マモルに、なんてこと……」
「エレンっ」
僕にもフラッシュバックが来た。脳みそをがつんと殴られたような感じだった。さっきまで重ねていた、あれだけ好きな人に対する暴言や嘲笑の数々。それを自分がやったという事実と、なんでそんな事を疑問にさえ思わなかったのかという後悔。
目に涙を浮かべたエレンを、抱きしめる事をためらった。
「ごめん……」
「やったのは侍女で、好感度が逆転する薬が仕込まれていたようです」
アンナの言葉が淡々と響く。眼鏡をかけた彼女は、言葉を続ける。
「しかし状況的に、ユーノ様がこの陰謀に関わっていたのはほぼ間違いないということでした。おそらく、殿下とマモル様の不満を引き出すことで王家の権威を失墜させようとしていたのでは、と思われます」
「ユーノさんは一応毒見をされていましたが……まさか」
「ええ。好感度の逆転する薬は、逆に言えばその程度ですから、あらかじめどれかに仕掛けたというよりも、あの場にいた全員が、その毒を飲んだと考えるべきです」
「ユーノさんは……何がしたかったんでしょう」
現在調査中です、とアンナが冷たい響きを伴う言葉で打ち切った。
「その報告は、その……エレンには」
「もちろんです。ただ、本人はとてもそんな事を聞ける状況ではありませんでした」
一日中、布団にくるまり、僕への謝罪の言葉を、うわ言のように呟いているらしい。僕はぎしっと執務室のソファを軋ませて、ため息をついた。
僕も、罪悪感にのまれなかったといえば嘘になる。
でも。
先に立ち上がるのは、男の役目だと、僕は信じている。パートナーが弱っているときにこそ、彼であろうと彼女だろうと補佐する。それこそが、人生を共に歩むということだと僕は思うのだ。
「エレンのところへいきます」
アンナは顔を上げると、こちらに頭を下げた。
「殿下をよろしくお願いします」
部屋に入った。ぐしゅ、と鼻を啜る音がした。本当に一日中泣いているらしかった。
「ごめん……ごめんね、マモル……」
うわ言のように、何度も繰り返している。僕はそっと近づいて、シーツをゆっくりと剥がした。泣き腫らした僕の顔が視界に飛び込んでくる。エレンは僕を見るなり、声にならない声とともに、シーツをかぶり直した。
「ダメ、マモル!なんでここに来たの!」
「君がこうしていると聞いたから。だから来たよ」
「来ないでよ!私、マモルにひどいことばっかり言ったんだよ!?」
悲痛な叫び、というのは、まさにこういうのを指すのだろう、と思った。
「お互い様ですよ。僕も、あなたにひどいことを言った」
「でも、でも、私は……」
「ねえ、エレン」
僕はできるだけ穏やかに、彼女の方に語りかける。
「薬の効き目は、確かなものだったと思うよ。でも、あの状態の僕たち、少しでも、今の、本来の僕らが納得できるような内容で互いを罵っていたと思うかい?」
無言の布団の塊が、やや合って横に揺れる。ノーだと言っている、と思う。
「薬で引き出した本音は、しょせんその程度のものだった。そして、散々中身のない罵り合いをした僕らは、それでもセックスした。正直、ソッチのほうがよほど興奮したくらいだったよ。僕らはお互いを嫌悪しても、嫌になっても、セックスだけは手放せない。そう思ったら、滑稽だったんだ」
だから、僕は。
「だから、僕は……」
おかしい。声が震えている。今にもひっくり返ってしまいそうだ。急に目の前がぼやけ始める。ぼくは、と言いかけて、それ以上声を上げようものなら、僕は、自分の感情が決壊するのではないかと思った。
にょき、と布団の中から、手が伸びてきた。その腕が僕を布団のなかに引きずり込んだ。涙まみれ、鼻水まみれのお化けのような顔をしたエレンが目の前にいた。はっ、はっ、と荒い息をお互いに吐き出した。
「ごめん、マモルっ」
「ごめん、エレン」
「ごめんね」
「ごめんなさい……」
気がつけば抱き合っていた。頬を、熱い涙がこぼれ落ちた。その塩水が口を犯したままで、お互いの唇が重なった。いつもよりベチャベチャした口づけが交わされる。僕とエレンは先を争うように服を脱ぎ、生まれたままの姿で互いを抱きしめ合った。とくん、とくん、と本来の自分の心拍音が、今の自分を癒やしてくれる。安心させてくれる。それは、相手がエレンだからだろう。
「泣かないでよぉっ、マモルっ」
「エレンだってっ」
子供のように泣きじゃくりながら、僕らは、互いの肌をぶつけ合う。胸がぶつかった。肘がぶつかった。腕と腕がぶつかって、僕らは互いの秘所に指を伸ばした。
「ホントは大好きだから」
「わかってる」
「あれは、全部でたらめだからっ」
「わかってる。僕もそうだから」
僕とエレンは、またキスをした。
エレンの顔に、ようやく笑みが戻ってきた。僕は、エレンの上に跨り、ゆっくりと腰を下ろした。両手をしっかりと、恋人同士のようにつないだ状態で。