美容スキルでクラスの女の子を可愛くしたい【4/1第1巻発売】 作:pelca
「ひびき先輩、胸を小さくする方法と……えっちって、どう関係があるんですか?」
放課後の静かなトイレの個室。
狭い空間に響く晶の声には、まだ理解が追いつかない戸惑いが滲んでいた。
ひびきの言葉は、晶にとってはあまりに現実離れしていたからだ。けれど、目の前のひびきは冗談を言っているわけでもなく、真剣な眼差しを向けている。
晶の願いはただ一つ――陸上競技で少しでも速く走るため、胸の重みを軽くしたい。
そのために、どうしてえっちという単語が出てくるのか。普通なら首をかしげて当然だった。
「今はね、詳しくは話せないんだ。でも後日、時間を作ってくれる?」
「もちろんです! ひびき先輩のためなら、ボク、絶対に時間とります!」
「ふふっ。やっぱりあきらは元気だね。その悩みが解決できたら、もっと元気になれるかもよ」
「た、多分……そうだと思いますっ……!」
(本当は――胸のサイズは『脂肪燃焼』で小さくできるし、『育乳』で逆に大きくもできる。あとは、あきら自身が納得して、弘世の施術を受け入れられるかどうか……)
そんなことを考えながら、ひびきは一旦話を切り上げた。
そして後日、晶を弘世に引き合わせることを決めるのだった。
◇ ◇ ◇
迎えたその日。
晶は他校の生徒なので学校で接点はない。
指定したのは部活後の夜――薄暗くなりはじめた時間帯。場所、ひびきの家だ。
「こんにちは……!」
玄関から元気よく声をかけてきた晶を、ひびきはそのまま自室に案内する。
部屋には既に弘世が待っており、晶は姿を見た瞬間、驚きと興奮を隠せない笑顔を見せた。
「こんにちは。高梨弘世です」
「ボ、ボクは駿河晶と言います。……あなたが、ひびき先輩の彼氏さん……!」
「ボクっ子、か……はじめて見た……っていうか、イケメンすぎてびっくりした」
「ふふーん、でしょ? あきらは女の子からモテモテなんだよ〜!」
晶は爽やかな笑顔の持ち主で、男女問わず惹きつけられる雰囲気を持っていた。
見た瞬間、絶対に嫌いになれないと感じさせる不思議な魅力があった。
そんな晶とひびきが並んで腰を下ろすと、もう夜も遅い。早速本題に入る。
「あきら。前に胸を小さくしたいなら、ちょっとえっちなことが必要って言ったの、覚えてる?」
「えっ、あっ……は、はいっ! もちろん覚えてます……! ……彼氏さんの前で言うのは、ちょっと恥ずかしいですけど……」
男の前でえっちな話をすることに、晶は顔を赤くした。
陸上一筋で、男女の恋愛には疎い彼女には、あまりに刺激的な会話だった。
「じゃあ、弘世。説明お願いしてもいい?」
「うん。――駿河さん、今から話すことは他の人には秘密にしてほしいんだけど、大丈夫かな?」
「も、もちろんです! ボク、ひびき先輩を裏切るなんて絶対しません!」
「ありがとう。じゃあ説明するね」
弘世は静かに、丁寧にギフトとスキルについて話しはじめた。
晶は最初は戸惑いを浮かべていたが、説明が進むにつれて瞳が輝きを増していき、最後には希望を見出したような顔になっていた。
だが――「胸に直接触れなければならない」と聞いた瞬間、頬を真っ赤にして固まってしまった。
「……つまり、胸を小さくすることは可能。ただしリスクは一つ。俺が駿河さんの胸を、直接……揉まなければならない」
「ひびき先輩の彼氏さんが、ボクの胸を……そ、それって、浮気みたいにならないんですか……?」
「あきら、その点は安心していいよ。弘世は今まで十人以上の人の体に触れてきてるんだよ。みんな悩みを抱えてて、それを解決するために、弘世が力を貸してきたの。一部は……まあ、特例だけどね」
その特例には陽鞠や海莉が含まれていた。悩みの解消とは関係なく、最初からギフトを使ってしまった相手だ。
「胸を小さくした例はまだないけど、大きくしたことならあるよ。写真、見る?」
「えっ……いいんですか?」
「顔は映ってないから大丈夫」
ひびきが見せたのは、葵の施術前後の写真だった。
胸のサイズが明らかに変化しており、肌まで驚くほど綺麗になっている。
「すごい……! 本当に大きくなってる。それに、すごく綺麗な肌……」
「それは弘世の『肌質改善』の効果だよ。全部まとめて綺麗になっちゃうんだ」
「……ボクの胸も、同じように?」
「あきらのはまだ直接見たことはないけど、きっと綺麗になると思うよ」
晶は胸元を見下ろす。陸上のために潰してきた胸。
それでも綺麗になりたいという女の子らしい欲は、心の奥にずっとあった。
「――あきらは二年生。あと一年、高校の部活は続くよね。よく考えてみて? 弘世は私の彼氏。でもあきらにとっては、まだ赤の他人。女の子が男の人に胸を触られるって、それだけで覚悟のいることだから」
「ひびき先輩……っ。ああ、ボク、やっぱり相談してよかった……こんなにボクのことを思ってくれるなんて……」
「私もね、ずっと肌に悩んできたの。コンプレックスって、その人にとっては本当に重い。だから真剣に考えてほしいの」
「はい……!」
晶は感動したように頷いた。
これまでにも多くの悩みを持つ人を見てきたひびきだからこそ、説得力があった。
晶はどんな答えを出すのか――それはまだわからない。
「あ、それと弘世は私以上に人を思いやれる人。だから、あきらもちゃんと向き合ってほしいな」
「もちろんです! ひ、弘世先輩って呼んでもいいですか!」
「う、うん。俺は大丈夫だよ。じゃあ俺も晶ちゃんって呼ぶね」
「あ、晶ちゃん……ですか……」
「あれ、嫌だった?」
「ち、違います! ただ、ボク、学校でちゃん付けで呼ばれたことがなくて……少し恥ずかしいというか……」
「じゃあ駿河さんのままにしようか?」
「いえっ、好きなように呼んでください!」
晶は恥ずかしそうに笑った。
学校では王子と呼ばれ、女子たちに囲まれる日々。
だからこそ、普通に「ちゃん付け」で呼ばれるのがむず痒くも新鮮に感じられた。
その日は一旦解散し、返答は後日に持ち越すこととなった。
◇◇◇
「……晶ちゃん、大丈夫かな。これまでにも男が苦手な人はいたけど、晶ちゃんはまたちょっと違うタイプっていうか……」
晶を見送ったあと、ひびきの部屋で弘世が漏らした不安。
彼女の周囲を取り巻く環境は、普通の女子とは少し違っていた。
「あきらにはファンクラブがあるんだって。しかも親衛隊まで。すごいよね」
「マジか……そういうの、本当にあるんだ」
「しかも男子禁制らしいよ。男子は近づけないんだって。まあ部活内では多少絡むみたいだけど」
告白されることもなく、恋愛対象として見られもしない。
それが晶という存在を特別にしていた。
「陸上やってなかったら、今ごろモデルとか宝塚とか行ってそうだよね」
「あ……」
「どうしたの?」
弘世の言葉にひびきが一瞬、はっとしたように表情を変える。
そして少し照れたように打ち明けた。
「実はね…………私、モデルに誘われてるんだ」
「ええっ!? それってすごいことじゃ!? もしかして法坂さん? それとも宝来さんから!?」
法坂瑞希はひびきの従姉妹、宝来美鳥は冒険者専用の芸能事務所『トレジャーネクスト』の社長の娘だ。どちらも交流があるから、あり得るとは思ったが――
「違うの。話をもらったのは――恋ちゃんから」
「……えっ!? それ、めちゃくちゃすごくない!?」
二階堂恋――日本では超がつくほどのトップモデル。
乳がんにより摘出した胸を弘世のスキルで再生したことは記憶に新しい。
「恋ちゃんの事務所は大手だから、かなり本格的みたい。……実は少し前からやり取りしてて、事務所の人に私の写真を見せたら興味を持ってくれたんだって」
「すげぇ……ひびき、モデルになりたいって言ってたもんね。……チャンスじゃん!」
ひびきは自分が綺麗になっていき、より自信を持てるようになってから、モデルになりたいと考えるようになっていた。
ただ、行動には移せていなかった。それが今、現実の扉を開こうとしている。
「でも……私、身長が高くないから。モデルとしてやっていけるのか、それだけが不安」
「身長か……」
「恋ちゃんも背が高いし、あきらだって……」
「俺に身長を伸ばすスキルがあればなぁ」
「ふふ、でも身長にコンプレックスはないの。だからもしスキルで伸ばしたら、自分に自信が持てないと思う。私が選ばれるなら、ありのままの私でいたいから」
ひびきの瞳には揺らぎがあった。
ギフトの力で得た容姿。けれど、身長だけは自分のままでいたかった。
「なんか、ひびきらしくないくらいネガティブだね」
「……うん。いざ夢が目の前に置かれると、怖くなるんだ。自分に自信がついたはずなのに……」
寂しげな表情を浮かべるひびきを、弘世はぎゅっと抱きしめる。
耳元でそっと囁いた。
「ひびきは、明るくて、ちょっとうるさいくらい元気で、人を振り回すところが魅力なんだ」
「それ、褒めてます?」
「もちろん。俺は本気で褒めてる。顔も小さいし、スタイルだって十分。身長なんて関係ない。誰が見ても可愛いって思うよ」
その言葉は真実だった。
弘世は、これまで多くの女性と出会ってきた。けれど、今も昔も、ひびきが一番可愛いと思っている。
「まずは挑戦してみようよ。それから決めても遅くない。二階堂さんだって応援してくれてるんでしょ?」
「……そうだね」
「心配いらない。俺はひびきが一番だって、胸を張って言えるから!」
「なにそれ……モデルの話と関係ないのに……でも、すっごく嬉しい」
顔を赤らめながら、ひびきは笑った。
弘世の言葉は心に深く染み込んでいき、胸の奥を温かく満たしていく。
「……じゃあ、一度、事務所の人に会ってみようかな」
「うん、それがいい」
「弘世……すきだよ」
「俺もだよ、ひびき」
強く抱きしめ合いながら、二人は愛の言葉を交わす。
その夜、ひびきはもう一歩、夢へと近づいていった。