美容スキルでクラスの女の子を可愛くしたい【4/1第1巻発売】 作:pelca
「――和樹、援護頼む! 悠斗、アイツを剣で削ってくれ!」
「おう!」「わかった!」
ここは池袋に存在するEランク上位ダンジョンの低層階。
薄暗い通路の先で、三人の冒険者が武器を構え、中型のトカゲのような魔物と対峙していた。
和樹と呼ばれた魔法使い風の少年が、小ぶりな炎弾を放ち前衛を支援する。
その隙を逃さず、悠斗と呼ばれた剣士が、無駄のない型から鋭い斬撃を叩き込んだ。
二人はギフト持ちの現役冒険者。
そして、もう一人――
「――陸哉! トドメ頼んだ!」
名を呼ばれた陸哉は、武器を持っていない。
だが、その拳こそが彼の最大の武器だった。
「どらああああっ!!」
跳躍と同時に右拳へ光を纏わせ、削られた胴体へと渾身の一撃を叩き込む。
衝撃が爆ぜ、トカゲの魔物は大きく吹き飛んで地面を転がり、そのまま魔力の残滓となって霧散した。
討伐完了――同時に、地面にはアイテムがポップアップする。
「ふう……なんとか倒せたか」
「やったな、陸哉」
「まあな。俺の実力があれば、この程度は余裕だろ」
「はいはい。自慢は後でな。アイテム回収しようぜ」
陸哉の自信満々な言葉を軽く受け流し、二人はドロップ品の回収へ向かう。
「ヴェルデリザードの鱗か」
「相場は五万ってとこだな」
「Eランクでこれなら上出来だろ」
地面に残っていたのは、手のひら大の緑色の鱗。
それを手際よく回収した三人は、まだ現役の高校三年生だった。
リーダーの岡田陸哉が声をかけて結成した<豪拳ギルド>は、二年前に発足。
十六歳でギフトの<鑑定>を受けた後、すぐに仲間を探して走り回った結果が今だ。
現在はEランク。トップランカーとの差はまだ大きいが、高校生でありながら死と隣り合わせのダンジョンに挑み、結果を出している者は多くない。
一度の探索で十万円以上を稼ぐことだってある。
高校生にして大金を稼いでいる三人は、それぞれの学校ではそれなりに名の知れた存在となっていた。
◇◇◇
「ふぃ〜〜〜やっぱダンジョンの後は風呂だよな!」
「ああ……体に染みる」
「ほんとそれ……」
三人は探索を終えると、決まって公衆浴場で汗を流す。
稼ぎを考えれば高級スパや温泉に行くこともできるが、初心を忘れないため、あえて安い風呂を選んでいた。
「でさ、お前ら恋人はどうなんだよ」
「まあ、順調かな」
「俺も似たようなもんだ。特に変わりなし」
陸哉以外の二人には彼女がいる。
冒険者になって間もなくできた相手で、どちらも一年以上続いていた。
一方で陸哉は特定の恋人を作らず、冒険者という肩書きを武器に遊んでばかりだ。
「陸哉はマジで女遊びやめた方がいいって」
「冒険者がモテるのは事実だけどさ」
「何言ってんだよ。俺がモテようとしてるわけじゃねえ。向こうから勝手に寄ってくるんだ。捌くのが大変なだけだ」
実際、噂を聞きつけた女子のほうから近づいてくることもある。
もっとも、陸哉自身が日頃から冒険者であることを吹聴しているのが最大の理由なのだが。
「あ、そういや俺のクラスにさ、ムカつく奴がいてよ」
「陸哉はいつもムカついてるだろ」
「その気性の荒さ、ダンジョンじゃ役立つけどな」
軽口を交わしつつ、陸哉は話題を変える。
三年に進級し、クラス替えで初めて同じになった男子のことだ。
「まあ聞けよ。そいつ見た目は地味なくせに、なぜか俺以上に女囲ってやがる。しかも林道と付き合ってるらしいし、それだけでも十分なのに、氷堂にクラスの可愛い子まで……っ」
「林道も氷堂も知らんけどさ、陸哉だってモテてるんだろ? 気にする必要なくない?」
「――俺はな、アイツがヤバいギフト持ってると見てる」
「……は?」
さほど深刻な話でもない。
だが陸哉にとっては、冒険者でもなく、見た目も平凡な相手に負けているように感じるのが我慢ならなかった。
そして、ぽつりと続けた一言で空気がわずかに変わる。
「『誘惑』とか『催眠』とか……『支配』系じゃないかってな」
「いやいや、あり得ないって。仮にそうでも、<鑑定>された時点でギルドの監視対象だろ」
「そうそう。周囲で怪しい事件が起きたら真っ先に疑われる」
当然の反論。
危険性の高いギフトは管理される。それが日本での常識だった。
「……<鑑定>した奴が、すでに効果受けてたら? それに、<鑑定>前に自分で能力に気づく奴だって、少ないとはいえ一定数いる。絶対安全なんて言い切れねえだろ」
陸哉の推測はさすがに飛躍しすぎている。
だが――完全に否定しきれないのも事実だった。
もし本当に『誘惑』や『催眠』のようなギフトが存在し、それを受けたとしたら。
当人が気づかぬまま操られる可能性だって、ゼロとは言い切れない。
しかも<鑑定>される前に気づいたとしたら、そのギフトが冒険者ギルドに管理されることなく悪用できてしまう。
「世の中、善人ばっかじゃねえ。犯罪者ギルドだって実在するんだ」
「で、陸哉はどうするつもりなの?」
「決まってる。そいつの化けの皮を剥がしてやる。軽く殴りでもすれば、防衛本能でギフトを使うだろ」
「殴る? バカなことやめろよ」
「はぁ……こっちまで巻き込むなよな」
陸哉はもっとモテたい。もっと女に囲まれたい。
その欲望が、冷静な判断を鈍らせている。
二人が止めようとしても、その決意は揺るがなかった。
だからこそ――弘世の正体を暴き、あわよくば女も奪い取る。そのために仕掛けることを決めたのだった。
◇◇◇
「――なあ高梨、少しいいか?」
「岡田くん……いいけど、どうしたの?」
「ああ、ちょっとな」
翌日の放課後。
岡田陸哉は高梨弘世を呼び止め、人気のない校舎裏へと連れていく。
その様子を、教室の窓際から見ている女子生徒がいた。
「岡田くん? ……高梨くんに何の用かな?」
「岡田のやつ、高梨に……って、え?」
声の主は、委員長の溝辺綾とテニス部の早瀬美咲。
「早瀬さん?」
「委員長……気になるの?」
二人は顔を見合わせ、去っていく男子二人の背中を目で追う。
そして再び視線を交わすと、小さく頷き合った。
――こっそり、後を追おう。
二人もまた、気づかれぬよう校舎裏へと向かうのだった。
◇◇◇
「岡田くんって、冒険者なんだよね?」
「ああ、そうだ」
「しかもEランクなんでしょ? この学校じゃ、かなり凄いよ」
校舎裏へ到着すると弘世から話を切り出した。
かつては自分も冒険者を目指し、どんなギフトを授かるのかと胸を躍らせていた時期がある。だが現実は違い、望みは叶わなかった。絶望しかけていたあの時、声をかけてくれたのがひびきだった。
そのおかげで、冒険者になれなかった喪失感は少しずつ癒え、やがて自信を取り戻した。
今では自分のギフト『美容』を誇りに思っている。
ひびきが見つけてくれて、感謝してくれたから。
他の女の子たちも同じだ。理由は違えど、みんな喜んでくれた。
だからこそ思う。
自分にできないことを成し遂げている人は、本当に凄いのだと。
冒険者が魔物を倒し、得たアイテムは武具や研究に使われ、誰かの役に立つ。
弘世の言葉は、純粋な尊敬から出たものだった。
――だが。
「お前……舐めてんのか?」
「……え?」
低く押し殺した声。
陸哉は眉間に皺を寄せ、怒気をあらわにしていた。
弘世は理由のわからない怒りに戸惑う。
「俺が冒険者として活躍してるのは周知の事実だ。だからモテるのも当然だろ。それは理解できるよな?」
「えっと……うん。冒険者は命がけでダンジョンに潜るし……それだけで尊敬されるよ。ましてや岡田くんはまだ高校生だしモテても不思議じゃない」
「じゃあなんだ――高梨。お前はどうして女に囲まれてる?」
冒険者がモテる。それは誰もが知っている。
だが冒険者でもない弘世がなぜか女子に囲まれている。それは陸哉だけでなく、周囲の男子たちも密かに抱いていた疑問だった。
むしろ、今まで誰も突っ込んで聞かなかったのが不思議なくらいだ。
「ええと……なんでだろう?」
困ったように首をかしげる弘世。
その瞬間、陸哉の中で何かがぷつりと音を立てて切れた。
「てめえ……いい加減にしろよ。お前みたいな平凡な奴が何もしないでモテるわけねえだろ。――ギフトだろ? 怪しい能力を使ってるんじゃないのか。『誘惑』とか『支配』とか……いや、『隷属』かもしれねえな」
「そ、それは言いがかりだ! 俺はそんなギフト、持ってなんか――」
弘世の反論はもっともだった。
だが、陸哉にとっては想定内のやり取りでもある。
「へえ。ギフトを持ってること自体は否定しないわけか」
「……今はギフト持ちの方が多いだろ。でも俺のは、そんな怪しいものじゃない」
ここまで真正面から詰め寄られたのは初めてだった。
弘世のギフトには強い反動――副作用がある。だが、それを悪用したことは一度もない。
「なら言ってみろよ。お前のギフトは何だ」
「…………それは、言えない」
「はっ、はははは! やっぱり危険なんじゃねえか! 問題ないなら言えるはずだろ? 言えないってことは、そういうことだ!」
「違う! 俺は危険なギフトなんて持ってない! 一方的に決めつけるな!」
弘世の能力は、美容業界に激震を走らせかねない力を秘めている。
本来なら数百万、数千万とかかる施術や技術を無料で、しかも失敗なく実現できてしまうのだ。
だからこそ、むやみに明かしてこなかった。
たとえ効果の全容が伝わらなくても、陸哉のように口の軽そうな相手にはなおさら話せない。
「やましいことがないなら教えろよ。俺は何一つ後ろめたいことはねえぞ。戦闘系ギフトで真面目に冒険者をやってるだけだからな。……まあ、中学ん時はちょっと荒れてたけどよ」
陸哉は元々気性が荒く、喧嘩も多かった。
周囲から恐れられる存在だったが、自分のギフトが戦闘向きだとわかると、表向きは落ち着いた。もっとも、その攻撃的な本質までは変わっていない。
「俺にはな、お前に騙されてる女を救う義務がある。どうしても口を割らないってんなら――」
そう言って、陸哉は右腕をぐるりと回す。
拳が淡く光を帯びていた。
「岡田くん……何を……っ」
「俺の『拳骨』ならな、お前なんざ軽く小突くだけで終わりだ」
ゆっくりと、陸哉は弘世へ歩み寄る。
その気迫に押され、弘世は一歩、また一歩と後ずさった。
「そんなことしても何にもならない! それに、ギフトを使った暴力は禁止されてる! こんなの冒険者ギルドに知られたら――」
(ビビってやがるな。顔の手前で止めてやれば、腰抜かして全部吐くだろ)
「ここまで来てもまだ黙るか! この学校の女を解放しろ! クズが――!!」
陸哉は右拳を振りかぶった。
弘世にそれを避ける身体能力はない。
Eランク冒険者である陸哉は、そこらの不良とは比べ物にならない実力者だ。魔物すら倒せる拳を、人間に向ければどうなるか――考えるまでもなかった。
もっとも、弘世に当てるつもりはない。
寸前で止め、恐怖を植えつけてギフトの内容を喋らせる。それだけのはずだった。
――だが。
「やめてえええええええっ!!」
「なっ!?」
「えっ!?」
瞬間、弘世の前へ一人の女子生徒が飛び込み、弘世の胸を押した。
すでに拳は振り抜かれる軌道に入っている。
止められない。
本来なら弘世の目前で止まるはずだった拳。
だが、割って入った少女の位置は、もう引き返せない距離だった。
ぐしゃり、と鈍い衝撃音が響いた。
眼鏡が宙を舞い、少女の身体が弾かれるように倒れ込んだ。
コンクリートの上に崩れ落ちるその姿を、弘世は呆然と見つめる。
「……委員長?」
自分を突き飛ばし、庇った相手の名を震える声で呼ぶ。
「きゃああああああああっ!?」
少し離れた場所で一部始終を見ていた早瀬美咲が悲鳴を上げた。
静まり返っていた校舎裏に、その叫びだけが大きく響いた。