美容スキルでクラスの女の子を可愛くしたい【4/1第1巻発売】 作:pelca
約十分後。校舎の外から救急車のサイレンが近づいてくる。
外傷はできる限り処置した。
だが、あの衝撃だ。他の骨や脳への影響がないとは限らない。
保健室で様子を見るという選択もあったが、精密検査を受けさせるべきだと判断し、弘世は救急車を呼ばせていた。
救急車が到着すると、校内は一気にざわつく。
何があったのかと、生徒たちが不安げに見守る中、救急隊員が担架を運び込み、綾を慎重に乗せていく。
弘世も付き添いとして救急車に乗り込んだ。
「早瀬さん、部活あるよね? あとは俺に任せて行ってきなよ」
「それはそうだけど……でも、私だって現場を見た一人だし。委員長はクラスメイトだよ? やれることはしたいの!」
「本当に大丈夫?」
「うん。顧問には電話で伝えるから。私にも手伝わせて!」
「わかった。じゃあさ、校内で事情を説明しなきゃいけない人たちに、起きたことを伝えてもらえる?」
「任せて!」
後部ドアが閉まり、救急車はサイレンを鳴らして走り出す。
学校に残った美咲は、すぐに職員室へ向かった。
保健室の先生だけでは伝えきれなかった経緯を、改めて自分の口で説明するために。
◇◇◇
「ん……んん……」
「委員長っ!」
綾がゆっくりと目を覚ました。
視界に映ったのは、ベッド脇に座る弘世の顔。自分がどこにいるのか、なぜ横になっているのか、すぐには理解できない様子だった。
「……いたっ」
回復魔法で傷は塞いだはずだが、口元に鈍い痛みが残っている。
本来歯があった場所の違和感。残った歯もぐらついていた。
「……委員長、俺のせいで……ごめん」
「…………ああ、そっか。私……」
少しずつ記憶が繋がり、何が起きたのかを思い出していく。
綾は眠っている間に精密検査を終えていた。
医師の説明によれば、脳や顎の骨に異常はなし。幸い、折れたのは歯だけで、他に大きな損傷は見られないという。
その言葉に、綾は小さく息を吐いた。
「私、高梨くんのこと……助けられたのかな?」
「うん。委員長が庇ってくれたから、俺は無事だよ」
「そっか……それなら、よかった……」
天井を見上げ、力を抜いてベッドに身を預ける。
「それで……その……」
「歯、だよね」
「うん」
弘世が言い淀むと、綾が先に口にした。
「まだ、ちゃんと実感がなくて。落ち着いてはいるけど……少し混乱してる」
弘世の胸に、強い責任感が込み上げる。
今の自分にできること――それは一つだった。
「俺は、委員長の力になりたい。……もし悩むことがあったら、俺を頼ってほしい」
「高梨くんを? よくわからないけど……うん、わかった」
言葉の真意までは伝わっていない。
それでも綾は素直に頷いてくれた。
やがて病室に駆けつけた両親。
弘世は怒られる覚悟をしていた。自分が原因で綾の歯が失われる事態になったのだから。
しかし、両親は弘世を責めなかった。
綾は昔から正義感が強く、困っている人を放っておけない性格だという。特に小さい頃は怪我をして帰ることが何度もあったらしい。
今回は確かに大きな出来事だった。
だが助けに入ったのは綾自身の意思。だから弘世が必要以上に責任を感じることはない、と穏やかに告げてくれた。
◇◇◇
綾は体に大きな異常がなかったため、その日のうちに帰宅できることになった。
学校も大事をとって、一日だけ休むことになる。
――その夜。
綾はひとり洗面台の前に立ち、静かに水を溜めた。
そして、そっと顔を水面へ近づける。
「っ……これじゃ、しばらく部活は無理……だよね」
歯茎に鈍い痛みが走る。
水がしみて、思わず顔を上げた。
見た目の傷はなぜか綺麗に塞がっている。
それでも痛みは残り、思うように口を動かせない。
これでは、満足に泳げない。
「ははっ……ははは…………はぁ……」
力なく笑ったあと、ため息がこぼれる。
にじんだ涙がぽたりと水面に落ち、小さな波紋を広げた。
次の大会は四週間後。
練習を重ねなければ勝てる世界ではない。
しかも三年生。出場できる大会はもう数えるほどしか残っていなかった。
――そして翌日。
思いもよらない出来事が起きる。
岡田陸哉が昨日から帰宅していない。
その連絡が、彼の両親から学校へ入ったのだった。