美容スキルでクラスの女の子を可愛くしたい【4/1第1巻発売】 作:pelca
「委員長と岡田は風邪で休みだそうだ」
翌日のホームルーム。担任の女性教師がそう告げると、教室がざわついた。
委員長が救急車で運ばれたという話を、どこからか聞きつけた生徒がいたのだ。
風邪というのは嘘。
だからこそ、同じく風邪だと説明されて休んだ陸哉のことが気になって仕方がなかった。
「ねえ、どういうことだと思う?」
「委員長は一日だけ休むって聞いたけど、岡田くんは……もしかして、もう捕まったとか?」
ホームルーム後、廊下に出た弘世と美咲は、昨日の出来事を思い返しながら話し合う。
「それもあり得るけど、なんか引っかかるんだよね」
「どういうこと?」
昨日、美咲は教師陣に一連の事件を説明している。
当然、そこから陸哉の家にも連絡がいったはずだ。
「ギフトの悪用って、程度に関係なく冒険者ギルド協会の職員と、警察のギフト犯罪対策課が動くはずだよね」
その対応については、弘世も身をもって知っている。
二年のとき、ダンジョン観光中に巻き込まれた事件。最終的に麻未が解決したあの件では、事情聴取を受けた経験があった。
「じゃあ、やっぱりもう逮捕されてるとか?」
「そこなんだよ。逮捕されたなら学校側もさすがに隠しておけないと思うんだけど、風邪って濁してるし。うーん……」
美咲は歯切れの悪い様子で考え込む。
その時だ。
「ちょうど良かった。悪いが二人とも、少し来てくれるか?」
「えっと……」
「岡田について、相談がある」
担任に呼び止められ、二人は顔を見合わせてから後をついていった。
「座ってもらえるかしら」
(わ、校長先生だ……)
通されたのは校長室だった。
六十を超えていそうな女性校長と禿頭の教頭、そして担任。三人を前に、二人は向かい合う。
「率直に言います。岡田陸哉くんが、昨日から家に帰っていないそうです」
「「えっ」」
思わず声が重なる。
「溝辺綾さんに暴力を振るった後、そのまま逃げたと聞いていますが」
「はい。どこへ向かったかまでは……」
それは美咲が昨日すでに説明した内容だった。
「連絡を受けてすぐ、ご両親に確認しました。しかし昨日は連絡が取れず、今朝になって帰っていないと連絡があったのです」
「それって……まだ逃げ続けてるってことですか?」
「断定はできません。ただ、彼自身も逮捕の可能性は理解しているはずです。だからこそ、身を隠している可能性はある」
校長は一拍置いて続ける。
「そこで聞きたいのです。岡田くんが行きそうな場所に、心当たりはありませんか? 予想でも構いません」
二人は黙り込んだ。
陸哉とはほとんど接点がない。
私生活も交友関係も知らない。
分かっているのは――彼が冒険者として活動している、ということだけだった。
「冒険者ギルドには連絡したんですよね?」
「ええ。現在調査中とのことですが、少し時間がかかるようでして」
「……すみません。僕たちには心当たりはありません」
「そうですか。もし何か思い出したら、すぐに教えてください」
「わかりました」
話はそれだけだった。
二人は校長室を後にし、一時間目に間に合うよう教室へ戻る。
「岡田のやつ、このまま逃げる気? そんなの余計に罪が重くなるだけじゃん」
「冒険者資格の剥奪が怖いのかも。あれ、本人にとっては誇りだったみたいだし」
「毎日自慢してたもんね。正直、調子に乗りすぎてたよ」
ギフトの悪用は内容次第で、冒険者資格が剥奪される。
二度と活動できなくなる可能性も高い。
とはいえ、家に帰らず逃げ続ければ状況が悪化するだけだ。
そうして昼休みになる。
学校に一本の連絡が入った。
昨夜、陸哉がDランク相当のダンジョンへ入ったこと。そして、いまだ出てきていないこと――その情報は弘世と美咲にも共有された。
「早瀬さん、俺、ちょっと行ってくる」
「は? 高梨が!? いやいや、魔物いるんだよ!? それにギルドの許可がないと入れないでしょ!」
「まあね。悪いけど、先生に伝えておいてくれる!?」
「ちょっ、えええっ!?」
ギルドが把握しているとなれば、いずれギフト犯罪対策課が動く。
ダンジョンへ突入するか、出口を封鎖して待つか。
どちらにせよ、陸哉はそのまま連行される可能性が高い。
次に会える保証もない。
(このまま逃げるなんて認めない。でもダンジョンで命を、なんてことを考えているとしたら。委員長に謝ってすらいないのに――)
弘世のエゴかもしれない。
綾が謝罪を望んでいない可能性だってある。
それでも、陸哉にはケジメだけはつけてほしかった。
弘世はスマホを取り出す。
昼休み中ということに申し訳なさを覚えながらも通話ボタンを押した。
◇◇◇
「クソっ、クソっ、クソクソクソぉっ!!」
ギフト『拳骨』のスキルを発動し、目の前の魔物を次々と吹き飛ばす。
昨日からダンジョンに潜り続けている岡田陸哉は、荒い息を吐きながら奥へ奥へと進んでいた。
校舎裏で暴力を振るった直後、彼は武具を預けているトランクルームへ直行した。
着替えを済ませ、装備を整える。
そしてスマホを取り出し、唯一心を許しているパーティーメンバーに短いメッセージを送った。
向かったのは青山にあるDランク上位ダンジョン。
ダンジョンは、自身のランクより一つ上まで挑戦可能だ。
陸哉はEランク。細かく三段階に分かれる中でも、Dランク上位まで入れたのだ。
だが、彼はこれまでに一人で潜ったことが一度もなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……ん、んっ……ぷはぁ……っ」
回復ポーションと魔力回復ポーションを交互に飲み干す。
傷は癒えていくが、蓄積した疲労まではどうにもならない。
ダンジョンに潜ってからすでに二十時間近く。
単独で魔物を倒し続けるのは、想像以上に過酷だった。
それでも足は止めない。
もう、引き返せる場所にはいないのだから。
やがて辿り着いたのは、暗い洞窟の奥にそびえる巨大な両開きの扉。
力を込めて押し開ける。
中に入った瞬間、背後の扉が重く閉ざされた。
「グルゥゥゥゥゥ……」
低い唸り声。
「やってやる……やってやる……!」
ここは中層、フロアボスの間。
現れたのはダガーウルウェンと呼ばれる狼型の魔物で、空中にダガーナイフのような刃を生成し、連続で放ってくる。
のそりと身を起こしたそれは、一定の距離を保ちながら陸哉の周囲を旋回する。
陸哉は右拳に魔力を込め、スキルを発動した。
『鉄拳』――拳を鉄のごとく硬化させ、攻防を底上げするスキルだ。
格上とはいえ、これまで幾度も魔物とは戦ってきた。
経験はある。実戦も積んできた。
「どらああああっ!!」
陸哉に遠距離攻撃はない。
拳を叩き込む以外に、ダメージを与える術はない。
いつもなら、剣や魔法で援護してくれる仲間がいた。
――そのありがたみを、今になって思い知る。
「――――ッッ!!」
迫る陸哉に対し、ダガーウルウェンは空中に複数の刃を生み出し、次々と放つ。
それを必死に躱しながら懐へ踏み込み、渾身の一撃を叩き込んだ。
「クソ……かてえ……っ」
『拳骨』は一撃の威力こそ高いが、溜めが長く隙も大きい。
仲間がいれば、その間を補い、もっと効率よく削れる。
だが今は一人。
ヒットアンドアウェイで削るしかない。
しかも相手は格上のフロアボス。
手応えは薄く、想像以上にダメージが通っていない。
――長期戦になる。
最初の一撃で、そう悟っていた。
戦闘開始から三十分。
「クソっ……クソぉ……」
ポーションは尽き、身体は傷だらけ。
最初は避けられていたダガーナイフも、疲労で動きが鈍り、腕や足を何度も掠めた。直撃がないのは奇跡に近い。
だが、もう限界だった。
「あぁ……なんで俺は……あんな、バカなことを……」
脅してギフトを暴いてやるつもりだった。
女に囲まれているアイツを貶めたかった。
そんな軽い感情で呼び出した結果――待っていたのは最悪の結末。
冒険者として一年半以上活動してきた。
ルールやしてはいけない事も理解していたはずだ。
何度も危険なダンジョンから生還してきた。
だから自分は特別だと、どこかで思い上がっていた。
有頂天だったのだ。
たとえ脅しのつもりでも、ギフトを使って威圧するなど許されない。
もう冒険者は続けられない。
資格は剥奪され、逮捕もあり得る。
学校にも戻れず、家族にも顔向けできない。
たった一度の過ちで、すべてを失った。
「和樹……悠斗……ごめん。俺、ほんとバカだ……」
ゆっくりと近づく足音。
ダガーウルウェンは、刃を生み出すこともなく距離を詰めてくる。
冒険者は常人より強い。
普通に生きていれば、そう簡単に命を落とすことはない。
だからこそ――命を落とす場所の多くは、ダンジョンだと言われている。
陸哉は今、その一人になろうとしていた。
「死にたくねえ……死にたくねえよ……っ」
なりふり構わず飛び込んだダンジョン。
逃げ場はここしかないと思っていた。
もし終わるなら、ダンジョンの中で――
どこかで、そんな投げやりな覚悟もしていた。
だが本当にその瞬間が迫ると、胸の奥から湧き上がるのはただ一つ。
生きたい。
死にたくない。
「グルゥゥゥゥ……グルァッ!!」
ダガーウルウェンの鋭い爪が振り下ろされる。
動けない。涙で視界が滲む。
もう、終わりだ――
「――誰かに謝る気持ちがあるなら、最初に謝る相手、間違ってない?」
少年のような声が響いたその直後だった。
――ドゴォォォォン!!
耳をつんざく轟音と衝撃。
爆発のような衝撃波が走り、土埃が舞い上がる。
「……へ?」
目を見開く。
そこにいたはずのダガーウルウェンは、真っ二つになっていた。
身体は崩れ、魔力の粒子となって消えていく。
やがて土煙が晴れると、そこに立っていたのは――
黒いヤギの被り物をかぶった、不思議な少女。
巨大な戦斧を軽々と構え、静かにこちらを見据えていた。