美容スキルでクラスの女の子を可愛くしたい【4/1第1巻発売】 作:pelca
「委員長! もう来て大丈夫なの?」
翌朝、マスク姿の溝辺綾が教室に入ってくるなり、早瀬美咲が駆け寄り、心配そうに声をかけた。あれだけ歯が折れていたのだ。こんなに早く登校してくるとは思っていなかった。
もっとも、美咲は知らない。ここまで早く復帰できたのは、八木沼麻未の治癒魔法によるところが大きい。あの応急処置がなければ、通常の病院では対応にかなりの時間を要していただろう。
「うん、なんとかね。だって私、大会に出なくちゃいけないから」
「……委員長」
大会に出て勝つこと。その一つに、どれだけの想いを賭けているのか――。同じくテニスに本気で向き合ってきた美咲には、その覚悟が痛いほど伝わっていた。
「とはいっても、完治までは別メニューで調整することになるけどね」
「完治までは……か。高梨?」
「早瀬さん、色々知ってるみたいだね」
「まあね。私も助けられた一人だからさ」
治るという言葉に美咲はすぐに察した。歯をインプラントのように補うのではなく、元通りに治す――それはもう、ギフトのような超常的な力以外ではありえない。
二人は自然と視線を移し、まだ登校していない弘世の席を見つめた。
◇◇◇
「――あれ、今日は岡田くん休み?」
いつも岡田陸哉のそばにいた女子の一人が、不思議そうに呟いた。その疑問が解消されないまま、担任の女性教師がホームルームのために教室へ入ってくる。
だが、その表情はどこか神妙だった。普段から特別明るいわけではないが、それでも今日の空気は明らかに違う。教室の空気がすぐに張り詰めていく。
ホームルームが始まり、教師は開口一番にこう告げた。
「いずれわかることだ。学校としても隠し通すことはできない」
その一言で、教室は重苦しい沈黙に包まれる。
「ギフトは悪用してはいけない。それは誰もが知っていること。昨今の犯罪ギルドの件を見ても、理解しているはずだ」
一拍の間を置く。その表情には、できれば自分のクラスでは口にしたくなかったという苦渋が滲んでいた。
「――岡田が逮捕された。理由は……わかるな」
一瞬、何を言われたのか理解できず、生徒たちは言葉を失った。だが、その意味がゆっくりと浸透していき、教室はざわめきに包まれていく。
陸哉はクラスでも自分が冒険者として活動していることを公言していた。当然、自身のギフトについても話している。
そのギフトは『拳骨』。
そこから連想される悪用方法はあまりにも単純――それは誰かを殴ること。
自然と視線がマスクをつけた綾へと集まる。誰も言葉にはしなかったが、その理由は明白だった。
綾はわずかに顔を俯かせる。陸哉が逮捕される原因となったのは、自分の怪我。
――だが、それ以上に彼女の胸にあったのは、高梨弘世を守れたという確かな実感だった。
その弘世は今、自分のためにギフトの力を使ってくれている。
だからこそ、綾はゆっくりと顔を上げた。
陸哉のことに囚われている暇などない。自分には水泳がある。勝つために、やるべきことはいくらでもあるのだから。
――陸哉の逮捕。
この時点では、彼の処遇がどうなるのかは明らかではなかった。だが、逮捕された以上、その先に待つ結末は――退学以外にありえなかった。
かつて陸哉に憧れの視線を向けていた女子たちは、やがて静かに興味を失っていった。
◇◇◇
「委員長、気にしちゃだめだからね」
『口歯改善』のスキルを発動し、綾の口の中に指を這わせながら弘世がそう言う。
「……んっ……ふあぅ……」
口に指を入れられている為、綾はちゃんと喋ることができない。
それでも弘世は、綾が頷いていることは感じ取っていた。
「俺が岡田くんの怒りを買っちゃったのが悪かったんだから、委員長は悪くないよ」
「ふわっ、ふぁっ! ふぁっ!」
「ふふ、何言ってるかわからないよ」
だが、おそらくは「高梨くんのせいでもない」と言っていたのだと伝わった。
この日は弘世の家で施術を受ける最終日だった。
今日で六度目の施術。毎度のように弘世の指を口に入れ、口内をおかしくされる綾だが、それに慣れることはなかった。
なぜなら、指を舐めっているだけで、気持ちよくなってしまうのだから。
(あ、ダメだ……また頭が持っていかれる……高梨くんの指、美味しい……もっと舐めたい、しゃぶりたいって思ってしまう……ああ、私の唾液がべっとり……今日はちゃんと歯を磨いてるけど……もっと、もっと……)
自ら頭を前後に動かし、弘世の指を咥えこむ。
じゅる、ちゅぱ。ちゅる、ちゅぱ。
体が熱くなり、頭がふわふわとして何も考えられない。
眼の前にある指がただただ美味しくて、ずっと吸ったり舐めたりしてしまう。
今はこんな状態になっているが、この三週間、綾は必死になってトレーニングしてきた。
水に入れないのはとてつもないストレスだったが、それでも綾は上位の実力者だ。それくらいではへこたれなかった。
でも、施術の反動を受けている時だけは、どうやっても抗えなかった。
六回目ともなると、内なる欲望が顔を出し、最初はそうは思っていなかったのに、求めてしまいたくなる。――指以外も舐めてみたいと。
「委員長、終わったよ」
「ふわぁ…………?」
夢心地になっていた綾。
弘世は唾液のついた指をウェットティッシュで拭き取っていた。
「……良い結果、出たら」
「ん?」
「良い結果出たら…………ご褒美、くれますか?」
「い、委員長……っ?」
「だ、ダメ……かな……」
顔を赤らめていた綾は、今自分が何を言っているのかわかっていなかった。
それでも、その欲求は止められなかった。
むしろ弘世を襲っていないだけ、耐えていたとも言える。
「えっと……うん。念のため、許可はもらってるから」
「許可……?」
「委員長は気にしなくても大丈夫だよ」
正直に言えば、この許可とはもう浮気を公認で認めるようなものだった。
でも、誰かを救うには避けては通れない反動――それに、最近はダンジョンマスターになったことでの性欲も爆発していたので、ひびき達も体が足りていなかった。
「じゃあ、本当に良い結果残したら――」
綾は家に帰ると、自分が何を言ってしまっていたのか思い出して発狂する。
弘世には彼女がいて、たくさんの女性たちが近くにいる。
それなのに、明らかに異性として弘世を求めてしまっていたのだから。
「でも……本当に勝っちゃったら…………っ」
綾はその先の未来を想像してしまった。
想像し、自分の体を一人で慰めた。
それは今までで一番気持ちの良いものだった。
◇◇◇
――呼吸が、すっと通る。
翌朝。自室のベッドで目を覚ました綾は、不思議とそんな感覚を覚えた。
「――――」
違和感の正体を確かめるように、姿見の前に立つ。無言のまま口を開け、そっと笑みを作ってみる。
「うそ…………っ」
そこにあったのは、歯だった。
ほとんど欠けていたはずの歯が、白く整った形で綺麗に並んでいる。
噛み合わせも問題なく、口の中が驚くほど快適だった。
「前より……ずっと綺麗……」
震える指でそっと触れる。確かめるように何度もなぞる。それは紛れもなく本物で、人工的に埋め込まれたものではなかった。
「はは……はははっ…………高梨くん、すごい。すごいよ……っ」
これで水に入れる。水泳ができる――。
この三、四週間、ずっと我慢してきたことが、ようやく叶う。その実感に綾の瞳には涙が溜まっていった。
◇◇◇
「うおわっ!? 委員長!?」
登校後、教室で美咲と顔を合わせた綾。久しぶりにマスクを外したその姿に、美咲は思わず声を上げた。言葉を交わした瞬間、違和感の正体にもすぐに気づく。
「すごいよね。前よりずっと綺麗に生えそろったの」
「う、羨ましい……っ」
「早瀬さんもやってもらいなよ。高梨くんの許可が必要だけど」
「やりたいっ! だって、そんな綺麗な歯見せられたら……っ!」
なお、美咲が後に弘世へ『口歯改善』のスキルを頼むことになるが、それはまた別の話である。
「――高梨くん。すごいよ。本当に生えてきた」
「良かった。これで委員長も完全復活だね!」
「うん、ありがとうっ」
弘世が登校してくると、綾は真っ先に駆け寄り、感謝を伝えた。人目を避けて廊下へと呼び出し、何度も何度も礼を口にする。
そしてついに、綾は水の中へと戻る。
――大会までは、すでに一週間を切っていた。
ラストスパートをかけるように、綾は再び練習に打ち込んでいくのだった。