美容スキルでクラスの女の子を可愛くしたい【4/1第1巻発売】 作:pelca
「わ〜〜〜〜〜っ!」
水面に顔をつけたような不思議な感覚のあと、日本とは違う澄んだ空気を感じ、そして一面銀世界が広がっていた。
ここはダンジョン。外は夏間近なのに中は冬景色――ただ、気温はおおよそ二十度強。雲一つない青空から雪は降ってきてはおらず、地面に十センチほど積もっていた。
目線を奥に向けると凍っている湖や雪山も見える。ともかくこのダンジョンは気温と現象が相反しているような空間だった。
ひびきたちは目を輝かせ、初めてのダンジョンの雰囲気に見惚れていた。
もちろんダンジョンはこのような綺麗な場所が多いわけではない。しかし今回の観光場所はそういった場所だった。
(ん……Cランクダンジョン……だよな)
ダンジョンに入った瞬間、瑞希は違和感を覚えた。
スキル『魔力視』を持っている瑞希は目で視える魔力以外にも敏感になっていた。なんとなく普通ではない気配を感じたのだが、ゲート前に立っていた冒険者ギルドの管理職員も確認しているはずだし、間違いがあるわけもなかった。
(気休めだといいんだけど……一応亜澄と遥には言っておくか)
心配はあったものの、その違和感を二人に話しておくことにした。
「皆さん。とりあえずあの湖の近くまで移動します。もし魔物が出た場合は必ず私たちの指示に従ってください」
瑞希はそう言いながら参加者たちを率いてゆっくりと前に進んでいった。
「ねえ! この雪ちゃんと手で掬えるよ! でも……冷たくない」
言いながらひびきは両手で掬った雪を舞い上げてみた。
ぶわっと広がる粉雪はそのまま弘世の頭にかかるも、冷たくないお陰か、それほど嫌という印象は受けなかった。
「本当だ……不思議……! 凄い……日本とは全然違うんだ」
こういった通常ではあり得ない環境や現象もダンジョン内ではよくあること。弘世もその知識は持っていたが、実際に自分で確かめてみると嬉しさが込み上げてきていた。
「凄い……凄い……っ」
雪を掬い、それをひびきと同じように舞い上げながら、前についていった。
「弘世くん楽しそう」
「ふふ。ですね……私が作る雪とは全然違うようです」
「え、霧乃ちゃん雪も作れるの?」
「はい。氷を作れますから雪だって作れます」
「どういう理論なのかはわからないけど、凄いね」
すると霧乃は地面の雪を左手で掬い、何も持たない右手にさっと雪を作ってみせた。
それを小春に触れさせると、わっと驚く。
冷たい雪と冷たくない雪。同時にこの場に存在することになり、さらに不思議な感覚を感じることになった。
そうして先へ進み、凍った湖の前まで行くとそこで昼食を取ることになった。
それまで魔物は一切現れなかった。
「<黒狼ギルド>の皆さん。少し良いかな?」
「<天地ギルド>の……法坂だったか。もちろんオーケーだ」
昼休憩時間、瑞希が<黒狼ギルド>に話しかけると三人のリーダーである牧亮吾が応答。彼らも持参してきた折りたたみ椅子に座って食事をしていたところだ。
瑞希は感じていた違和感を彼らにも話すことにした。
「このダンジョンなんだけど……少しおかしいと思わないだろうか」
「どういう部分がそう思った?」
「そうだな……既に一時間近く経過しているけど、まだ魔物一匹すら現れていない……それにCランクにしては、この空間は異質だと思うんだが……」
実際、目に見えておかしい空間というのは、最低でもBランク以上。
瑞希たちも事前に渡されていたガイドマップからどんなダンジョンに向かうということは把握してはいたが、気温が高いのに雪が降っていることに違和感を感じていた。
「確かに……でも俺たちも依頼されて来ただけだからな。東京のダンジョンはそこまで詳しくはない。まあ、違和感はあるかもしれないが、Cランクだってこういった空間はないというわけでもないだろう」
「そう言われればそうとしか言えないけど……とりあえず、警戒だけはしていてほしい」
「そうだな。Cランクと言えども油断はいけないな。わざわざありがとう」
牧は瑞希に対して誠実に対応した。見た目は脳筋に見える牧だが、愛知では名の知れた知性溢れる冒険者だ。それなりの見識も実力も持ち合わせている。今回だって、他県のダンジョンがどういうものなのか見識を広げるためにこうして遠征に来ていた。
「お前らも言われた通り警戒していてくれ」
「わかりました」
「あいよ」
瑞希は話し終えると、自分たちが休憩していた場所へと戻っていった。
(……さすがはAランク。小さなことでも警戒は怠らないか。……まあ、そんな警戒をしても意味はないけどな)
男は昼飯を食べながら、瑞希の背中を見送った。
◇ ◇ ◇
「ここからはスケジュールの後半です。雪山の近くまで行ってみましょう。木の陰に魔物が隠れている可能性があるので、私たちから離れないように」
最初と同じように瑞希たちが先導して参加者があとを着いていく。
そこから十五分ほど歩くと、山の斜面が見えはじめる。ただ、登ることはしない。流石に山林まで入ると参加者を全員守ることなど不可能だからだ。
と、そんな時だった。雪山の木陰からゴソゴソとなにかが蠢く音がした。
「皆さん! 下がってください!」
瞬間、参加者たちに緊張が走る。
「弘世くん。私が皆を守りますから安心してくださいね」
「ありがとう」
霧乃が弘世に声をかけて安心させる。
Aランク冒険者とCランクの魔物との実力差はとても大きい。死ぬ可能性など万に一つはないが、初めて直に魔物を見る参加者にとっては、死の危険性があるというだけで恐ろしいことには変わらない。
瑞希が剣を抜いて前に出ると、そこに現れたのは『ホワイトベアードクロウ』という熊型の魔物だった。真っ白な毛で全身が覆われている体躯が二メートルほどの魔物。雪の色に隠れて見えづらいが、太い体に赤い目と黒く鋭い爪がその存在感を表していた。
「亜澄! 遥! 支援頼む!」
「任せて」
「わかった!」
陣形を組んだ瑞希が小走りで突っ込むと、『ホワイトベアードクロウ』が雄叫びを上げながら迎え撃つ。
『ホワイトベアードクロウ』が右腕を振り上げ瑞希に獣爪が迫る。しかし簡単なサイドステップでそれを躱すと、スキル『真空斬り』で横っ腹を一閃。
血しぶきが舞うと『ホワイトベアードクロウ』は痛みで叫び、のたうち回る。この時点でほとんど勝敗は決していたが、トドメは後方に任せた亜澄。
「行くよ――」
亜澄が両手を前に構えると瞬時に炎塊が生成される。その熱波だけで後方にいた参加者は「おおっ」と目を見張った。
亜澄は直径一メートルほどの大きさになった炎塊を『ホワイトベアードクロウ』に放つ。すると塵一つ残さず『ホワイトベアードクロウ』の体は燃えて消えていった。
「おおおおおっ」
参加者から称賛の声と拍手が送られた。
初めての魔物との戦闘と圧倒的なAランク冒険者の強さ。その事実に喜びと安心感を覚えた。
(ホワイトベアードクロウか。Cランクダンジョンに出ないことはないが……一階層にしては若干強い気もする)
またしても瑞希は違和感を覚えていた。
ダンジョンには階層が存在し、その階層はダンジョンによって変わるのだが、どんなダンジョンでも一階層の魔物はそのダンジョンランクよりも低級の魔物が出現し、下の階層に降りていくと段々と本来のランクの強さの魔物が出現する。
ただ、『ホワイトベアードクロウ』は、Bランク――いやAランクダンジョンでも一階層に出現する魔物。だからこそ瑞希は違和感を覚えていた。
と言ってもこの程度相手にもならない。
それにJTDから支給されている緊急脱出用のアイテムも持っている。緊急時には参加者丸ごとダンジョンの外に脱出できるという優れもの。これがあるからこそ、参加者も安心して観光ができるのだ。
それからは雪山近くで写真撮影が行ったあとは最終地点――低い丘の上にあった大きな一本の樹。黄色い実のようなものがいくつもぶら下がっており、緑の葉に積もる雪と重なり、どこか幻想的な樹となっていた。
「これきれーい! 皆で一緒に撮ろうよ!」
「そうだね」
ひびきの提案で、大きな樹をバックに写真撮影をすることになった。
四人で並ぶと、他の参加者にスマホを渡し、撮影をしてもらう。
皆でピースをしながら写真撮影を終えると、あとはダンジョンから出るだけだ。
「――弘世。どうだった?」
「えっと……楽しかった。何ていうか、言葉にできないくらい」
ひびきはずっと弘世の心境が気になっていた。
初めてのダンジョンを経験した弘世は、どこか清々しい気持ちになっていた。
どこかで避けていたダンジョン。でも、今回ダンジョンに来れたことで、冒険者やダンジョンに対して、心の壁が一枚取り払われたような感じがしていた。
だからお礼を言わなければいけない。
「ひびき、俺をここに連れてきてくれて――」
言おうとした瞬間だった。
――ドゴーンッッ!!
どこかで大きな爆発音が鳴り、皆がいた場所までその轟音が響き渡ったのだ。
「なんだっ!?」
瑞希は周囲を警戒し、三百六十度視線を走らせる。
そして異変が起きた場所を発見すると、それは雪山の中腹だった。
「――は」
瑞希が見たその現象――爆発が起きた部分を見ると黒い煙が上がっており、そしてゆっくりと雪の斜面が動いていた。
――雪崩だ。
ただ、雪崩と言っても今いる場所からは少し先。
直接的な被害はない。ないのだが――
「帰り道が……」
通るはずだった丘からの帰り道が次々と雪崩によって消えていくのを見守ることしかできなかった。
数分後のことだ。雪崩が終わり、舞い上がった粉雪も落ち着き、視界が良好になると、現状を全て把握することになった。
帰り道が塞がれてしまった。しかし問題ない。脱出用のアイテムがあるのだから、ダンジョンの外に出られないということはあり得ないのだ。
咄嗟の判断は二択に絞られた。
亜澄の火魔法で雪崩で積もった雪を燃やし尽すか。今すぐにでも脱出用アイテムを使ってダンジョンから脱出するか。
ただ、火魔法を使うことにより、その余波でさらなる雪崩が起こる可能性があった。そして長くこの場に留まることでの参加者の不安増加とパニック。瑞希の選択は自然と一つに絞られた。
「皆さん落ち着いてください。道が塞がれていても大丈夫です。我々は脱出用のアイテムを持っているので、安心して外に出ることができます」
そう瑞希が説明はしたのだが、参加者はまだ不安がっていた。
「弘世……私、私……っ」
「ひびき、大丈夫だよ。大丈夫だから……」
ひびきは後悔していた。
弘世のためを思いダンジョンに連れて来たは良いが、最後の最後で思いも寄らないトラブルが起きたのだから。
しかし、弘世は十分前向きになっていた。
だから安心させるようにひびきの手を握ってあげた。
現在の場所は丘を降りる途中の斜面。その先は雪崩により雪が数メートル高く積もっており通れない。
山側には魔物がいる可能性や深さのわからない雪があるため歩くことは難しい。唯一通れるとすれば、右側に広がる凍った湖の上なのだが、脱出用アイテムがあるのなら、通る必要はない。
「皆さん。アイテムを使います。一箇所に……私の近くに集まってください」
瑞希が参加者に指示をする。
そうして約二十名の参加者が瑞希の近くに集まると、懐からスクロールのようなものを取り出した。
弘世たちも身を寄せ合って脱出に備える。どのように脱出できるのか想像もつかないが、あとは瑞希たちに任せる他なかった。
「これを使うと一瞬のうちに外に出ます。では――」
瑞希はスクロールを広げ、魔力を流し込む。
すると次の瞬間には地面に巨大な魔法陣が出現。それは参加者や冒険者全員を取り囲むほどの大きさだった。
「――脱出!」
瑞希が唱えると魔法陣が強く光り輝き、そして――
「………………どういうことだ」
そのまま光が消え、何も発動しなかった。
「えっ、えっ……」
「どういうこと?」
「脱出できるんじゃ?」
どこへも移動できなかったことに対し、参加者たちが困惑の声を上げはじめた。
そんな時、
「――クヒヒヒッ」
どこかで笑い声が聞こえた。
「阻害魔法って凄いなぁ……」
そう呟いた誰かが瑞希と同じようにスクロールを開いた。
瞬間、突風が巻き起こる。それは人を吹き飛ばすほどの強い突風だ。
「きゃああああっ!?」
参加者たちが悲鳴を上げ、体が風に押されて湖の方へと流される。
突然のことに瑞希たちも対応ができない。それは<黒狼ギルド>のメンバーも同じだった。
次々と吹き飛ばされる参加者たち。
しかし、それでも対処できた者が数名いた。
「『軽減付与』っ!」
「雪よ――!」
小春が一気に全身の魔力を解放し、落下した参加者と冒険者全体に痛みを軽減するスキルを発動。もう一人、霧乃は体へのダメージを減らすよう凍った湖の上に十センチの雪を作りだした。否、今の一瞬だけでは十センチほどしか作れなかった、が正しい。
「――くぅっ」
丘の斜面から凍った湖に吹き飛ばされた参加者たちは、霧乃の作り出した雪のクッションの上に落下。しかし、五メートルほど上から落ちることになったため、十センチの雪だけでは全ての衝撃は緩和しきれなかった。
小春のスキルにより感じる痛みはほぼない。ないのだが、体への衝撃は残っていた。結果、数名が意識を失い、残る数十名はゆっくりと体を起こした。
「何が、起きたんだ……」
「瑞希――あれを」
当たりを見回す瑞希。
そして遥が丘の斜面に向けて指を差した。
そこにいたのは――
「きり、はら……?」
たった一人、丘の斜面から振り落とされず、元いた丘に立っていたのは<黒狼ギルド>の補助系魔法使い――切原真司だったのだ。
その切原は参加者たちを見下ろしながら不敵な笑みを浮かべていて――
「真司! お、お前どうしたんだ!」
「そ、そうです! あなたは……どうしてこんな!」
仲間である牧と平川が切原を見上げながら、なぜこのような行動を起こしたのか、理由を問いただしていた。
「――クヒヒヒッ……切原ってのは、誰のことやろなぁ?」
「なっ…………」
意味のわからない返答に、牧たちは動揺を隠せない。
しかし、次の瞬間にはその答えが明かされることになる。
「あぁ、もう関西弁じゃなくてもいいのか」
「お、お前は……誰なんだっ!」
切原が軽く自分の顔に手を触れると顔が変わっていた。
顔だけではない。髪型や髪色。そして声に至るまで。体や服装はそのままに見えるが、首から上が全くの別人になっていたのだ。
「俺のことはどうだっていいだろ。どうせ――もう会うことはないんだから」
「な、なにを――――」
「ポチっとな」
――ドッッッッ!!
ミディアムヘアの黒髪に爬虫類じみた蛇顔――切原だった人物が手の中で何かを押すと、凍った湖にひび割れが生じる。
そのひび割れは参加者がいる地面全体にバリバリと広がっていき――
「九割のやつらはとばっちりだ……。ただ――今日この日、この場所にいたことを不幸だと思うんだな」
参加者の誰かを狙ったというような男の発言。
次の瞬間には表面の氷がパリンという音と共に大きく割れ、足元がなくなる。
「その下は水じゃないから安心していいぞ――それ以上の場所ではあるけどな」
突然の浮遊感に襲われた参加者たち。
瑞希たちAランク冒険者にもどうすることもできず、ただ下へと落下するしかなかった。
「きゃああああああああっ!?」
「ひびきっ! 皆近くにっ!!」
「霧乃ちゃんっ!」
「――っ! 雪……雪よ……! もっと雪よあつまれ……っ!」
参加者たちが暗く深い穴へと落下していく。
水だと思っていたものがそこにはなく、ジェットコースターに乗った時のように内臓がきゅっと引き上がる感覚に見舞われた。
「ああ、言い忘れてたよ」
そして最後、切原だった黒髪の男が落ちていく参加者と冒険者を見下ろしながら、ぽつりと呟いた。
「――ここ、Cランクダンジョンじゃないんだ。クヒッ」