美容スキルでクラスの女の子を可愛くしたい【4/1第1巻発売】 作:pelca
「――わっ!? …………いたたた……え?」
気付いた時には痛みと共に床へ転がっていて、目の前には圧倒的な美が広がっていた。
ダークブロンドの長い髪にモデルのようにすらっとした体型、日本人離れしたその容姿は冒険者の範疇に収まらないオーラを放っていた。
床で抱きつくような形で接触していたのは高梨弘世とSランク冒険者である紅林渚《くればやしなぎさ》だった。
「ぁ……いやっ……近づかないでぇっ!?」
「ばっふぁろう!?」
上に乗った紅林渚に顔をぶたれた弘世は、そのまま意識が遠のいていった。
憧れの冒険者にビンタされて、どこか嬉しい気持ちになった反面、弘世は違和感を感じていた。
――変な匂いがする。
目の前の人は絶対に良い匂いがするはずなのに、そうではない鼻がツーンとする匂いがしたのだ。
◇ ◇ ◇
時は紅林渚が会場に入ってきた瞬間まで遡る。
颯爽と会場へと足を踏み入れたのは、日本全国でも十人に満たない人数しかいないとされるSランク冒険者。その一人である紅林渚だった。
会場の中央へ進んでいくと、知り合いを見つけたのか軽く会釈をする。
しかし一定の距離を保ったまま、近づこうとはしなかった。
それ以降も彼女は誰にも近づこうとせず、軽く会釈して挨拶を続けるだけだった。
「ほ、本物だ……っ」
冒険者を目指していた弘世は、紅林渚の圧倒的な存在感に目を奪われていた。
「ふーん。あの人がそうなんだ」
ひびきが頬を膨らませながら呟く。
もちろん弘世が恋愛感情を持って紅林渚を見ているわけではないが、憧れの目を向けていることに少し嫉妬したのだった。
「Sランク冒険者は強すぎるから基本的にはソロなんだけど、あの人はその中でも風系のギフトを持ってるらしい」
「へえ。風ね……使いようによっては、普段から使えそうなギフトだね」
「うん。空も飛べるって話だよ」
「それほしいっ!!」
「確かに楽しそうだね」
弘世の説明に目の色を変えたひびき。
空を飛べるというのは、一種の夢のようなものだ。
誰だって憧れてしまうものだろう。
その後、美鳥に呼ばれ、『トレジャーネクスト』の社長――宝来鷹夫《ほうらいたかお》と簡単に挨拶をした弘世たち。「美鳥をよろしく」と言われ、優しそうな言葉をくれた。
ただ、服装は豪華で、アクセサリーを多く身に着けるような人物だった。いかにも成金っぽい人物だった。
慰労会が始まると、『トレジャーネクスト』の社長が中心となって、マイクで話し出す。話題は今年度活躍した人物の話や今後の取組みについて。さらには授賞式も行われていった。
それが済むと懇親会へと移る。それぞれビュッフェ形式で料理を取っていき、空いているテーブルに座って食事をすることになった。
「うまー! こんなに美味しいローストビーフとか食べたことない!」
喉を唸らせていたのはひびきだ。
普段はお目にかかれない料理に目を輝かせる。
「ひびきちゃん食べすぎると太っちゃうよ」
「今日くらいは良いじゃんっ」
「普段から食べてる人が言う言葉じゃないよ」
「小春だって……!」
「私はちゃんと気をつけてるから大丈夫」
ばくばくと料理を食べるひびきに対して、小春が指摘する。
普段からお菓子などを食べているひびきだったが、弘世の『脂肪燃焼』のスキルで一度は痩せた。しかしあれから時が過ぎ、徐々にその体型を戻していってしまっていた。
「俺はもっと太っても良いと思うなぁ」
「太っていいなんて女の子に言うもんじゃないよっ」
「だって本当のことだし」
「じゃあその時は弘世のスキル――」
「スキルは使わないよ」
「ええ〜〜!」
「本当にヤバいと思うまではね」
そもそも弘世にとっては、十分に痩せている。
霧乃なんて特にだ。
ひびきは胸にも栄養がいってはいるが、正直もっと太っても良いと昔から思っていた。だからここにきてスキルの禁止を言い渡した。今までにない発言だった。
「麻未ちゃんもたくさん食べなよ?」
「あばっ……あばくばく……っ!」
妹のようにかわいがっている麻未もひびき同様にばくばくと普段は食べない料理をどんどん口に入れていた。
口の端にご飯がついた時には弘世が拭いてあげて、本当に妹のように接していた。
そんな和やかな雰囲気が過ぎて行く中、事件が起きた。
「きゃああああ〜〜〜!?」
突如として悲鳴が上がったのだ。
「な、なに!?」
弘世たちは反応し、悲鳴が上がった先を見渡した。
すると、『トレジャーネクスト』の社長である宝来鷹夫がテーブル前に座っていた椅子から転げ落ちて、口から泡を吹いていたのだ。
「み、見に行きましょう!」
「うんっ!」
霧乃の言葉で、五人は立ち上がり、宝来鷹夫が倒れている現場へと直行した。
「お父様! お父様っ!?」
すると倒れた父を介抱していた美鳥が必死になって声をかけていた。
見ると宝来鷹夫は白目を剥き泡を吹いたままぴくぴくと体が痙攣していた。
「あ、麻未ちゃん――」
「あばっ、わかった……!」
未だ倒れたままの宝来鷹夫に対し、霧乃が麻未にお願いをする。
全て言葉に出さなくても理解した麻未は宝来鷹夫に『鑑定』のギフトを使用した。
「毒……状態は毒……このままだと、危ない。もって三時間……いや、二時間」
「わかった! 麻未ちゃんは身を隠していて!」
「あばっ。『擬態』しておく……」
麻未の正体がバレないよう、『擬態』で背景と同化。その場から麻未の姿が消えた。
「――おじいちゃんっ! 毒です! 宝来鷹夫さんは毒の状態になっています!」
「霧乃……! それはどうやって……いや、いい。今は緊急事態だ。――貴様ら全員ホテルから出るなぁッ!! 警察と救急車を呼ぶ! 若槻《わかつき》、対応しろ!」
「はい。お任せください」
霧乃から毒の状態を聞いた冒険者ギルド協会の会長である氷堂源六は、その場にいた全員に声を飛ばし、秘書である若槻にその後の対応を任せた。
――二十分後。
宝来鷹夫は救急車で運ばれていき、宝来美鳥もそれに付き添って会場から出ていった。
現場に残ったのは、それ以外の参加者約百名だった。
警察が到着すると氷堂源六を中心に事情聴取が始まったのだが、ホテルの同じ階にいるのであれば問題ないということで、トイレに行くことだけは許可された。
エレベーター前や階段前には警官が立っており、簡単に外に出られる状態にはなっていない。
そこで弘世も一度トイレに行ってから会場へと再び戻ることにした。
と、そんな時だった。
前から歩いてきたのは、なんと憧れのSランク冒険者である紅林渚だったのだ。
「え……えっ!?」
しかし紅林渚は、弘世がそこにいることに気づかず、まっすぐこちらへ向かってきた。
なぜか鼻をくんくんと鳴らしながら、まるで何かを探しているかのようにあたりを嗅ぎ回っていた。
「――わっ!? …………いたたた……え?」
そして、弘世に気づかない紅林渚はそのまま正面からぶつかってしまう。
気がつくと弘世の上には覆いかぶさるように紅林渚が乗っていて、密着してしまっていたのだ。
「ぁ……いやっ……近づかないでぇっ!?」
「ばっふぁろう!?」
しかし、理不尽なことに弘世はビンタされてしまい、その強烈さに意識が薄れていった。
そして違和感に気づく。
紅林渚はとてつもない美人で、見るからに良い匂いがするはずの人物。
それなのに、なぜかその体からはツーンとしたような異臭がしたのだ。
「く……臭い」
「あぁっ……あぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ゴフッ!?」
意識を失う直前、呟いた弘世の言葉に発狂したのは、上に乗っていた紅林渚だった。
その言葉を聞いてか、彼女はトドメの一発を弘世の頬にぶち込んだ。