美容スキルでクラスの女の子を可愛くしたい【4/1第1巻発売】 作:pelca
「弘世ぇぇぇ〜〜っ!?」
馬乗りになって殴られている。
そう見られてもおかしくない状況。
同じく時間をずらしトイレに向かっていたひびきが目撃したのは、Sランク冒険者である紅林渚にぶたれていた弘世だった。
「あっ……これはちがっ……す、すみませんっ!!」
これまでのクールな印象とは打って変わって、ぺこぺことひびきに向かって謝り倒した紅林渚。
「これには理由があって……! 本当に……すみませんっ!」
「…………弘世のラッキースケベが発動したかぁ?」
ただ、紅林渚からの真摯な謝罪から、わざとやったものではないと感じた。
冷静になり考えられたのは、弘世がラッキースケベに出くわしてしまったことだった。
――五分後。
「ん……あれ?」
「弘世起きた?」
弘世が目を覚ますとそこは宴会場と同じ階にあったラウンジのソファ――ひびきの膝の上だった。
「ありがと…………ぁ」
体を起こし、体勢を整えると、向かい側のソファには存在感あふれる人物が座っていた。
「す、すみませんでしたっ」
顔からはだらだらと汗を吹き出しながら謝罪する紅林渚がそこにいたのだ。
ただ、なぜか汗を掻いているはずなのに、次々とそれが霧散していくように消えていっているように見えた。
「いえ……俺も躱せなかったので……」
弘世は直前のことを思い出していた。
それは紅林渚から香った体臭――あれは本当だったのかと。
何かを煮詰めたような強烈な匂い。とてもじゃないが、彼女のような美人から発せられるとは思えない匂いだったから。
「あの、先程は何かされていたんですか?」
ただ、その前に弘世は気になっていたことを聞いた。
そもそも直前の紅林渚の行動が不審だったからだ。
「あれは、私のギフトで風を操作して、毒の匂いを辿っていたんです」
「そんなことができるんですか……!」
「はい。知っている人は知っていると思いますが、私のギフトは『そよ風』。簡単に言えば風を操るギフトです。毒ということを聞いたので、恐らく飲んでいたワインが原因。鼻も敏感なので、ギフトの力と合わせて毒の出どころを探ろうと思って」
紅林渚のギフト『そよ風』は、説明された通り風を操るギフト。
名前から小さな風しか起こせないかと思うが、彼女がSランクたる所以は強い風を巻き起こせることにある。
小さな風に小さな風をプラスしていくことにより大きな風になり、それを重ねていくと竜巻のような強力な風を起こせるほど増幅される。それを瞬時に作り出し破壊を巻き起こすことから、彼女はSランクなのだ。
「じゃあ、もしかして犯人は――」
「いえ、まだわかっていません」
「そ、その前にあなたとぶつかってしまったので……」
「あ……あぁ……」
それまでの流れを理解した弘世。
まだ時間があまり経過していないことからも、犯人は見つかっていないと思われた。
「あ、美鳥ちゃんから連絡…………お父さん、大丈夫だって。高位のヒーラーがすぐに来てくれて、解毒してくれたみたい」
「そっか。それは良かった……」
そんな時、小春のスマホに美鳥からメッセージが入り、それを読み上げた。
内容を聞いて一同はほっとして安心した表情を見せた。
「……そういえば、麻未ちゃんは?」
「ここ、ですっ」
「うわぁ!?」
すると、誰もいなかった場所に突如として麻未が現れたのだ。
いきなり現れた麻未に驚いた弘世は、ソファから転げ落ちそうになる。
「麻未ちゃん、どうでしたか?」
「あばっ……わかりません……ギフトを見て回ったけど、毒を使えるようなものを持ってる人はいなかった……です」
「麻未ちゃんでもわからないということは、今回の件はちょっと大変そうですね……」
麻未に質問したのは霧乃だ。
彼女が『擬態』で透明化し『鑑定』で参加者のギフトを見て回っていたらしい。
ただ、それでも犯人は絞りきれなかったそうだ。
現在も警察が宴会場や同じフロアの調査を続けている。
謝罪も終わったので一同は一旦紅林渚とは別れ、これからどうするか話し合うことにした。
紅林渚は去り際、個人的に調査を続けると言ってからどこかへと歩いていった。
「ねえひびき」
「ん?」
「紅林さんにスキルとか使ってないよね?」
「なあーにぃ? 気になるんだ」
「えっと、変な意味じゃなく、単純に気になることがあって……」
他意はない。気になっていたのは先程の匂いのこと。
もしそれが彼女の悩みだとしたら、自分が解決できないだろうかと考えたのだ。
「うーん。残念だけど、弘世は光ってなかったよ」
「そっか、見てくれてたんだね」
「まぁね…………その気になることって?」
「デリケートなことかもしれないからまだ言えない。もし言う時は紅林さんに確認してから」
「そう、わかった」
(もし、あの匂いが俺の想像通りのものだったなら、『肌質改善』で治せないかと思ったんだけど、だめってことか……)
弘世は新しいスキルを覚えていたわけではなかった。
もし紅林渚の悩みを解決できるとすれば、それは、新しいスキルに頼るしかない。でも、今の弘世には何もできなかった。
「俺もちょっと一人で歩き回ってみるよ。何か手がかりが見つかるかもしれないしね」
「一人ね……わかった。私たちはちょっとここでくつろいでるねっ」
弘世はソファから立ち上がると、一人どこかへと歩いていった。
◇ ◇ ◇
「バレたバレたバレた……っ!?」
弘世たちから離れた紅林渚は、一人でぶつぶつ呟きながらフロアを歩き回っていた。
ソファに座ってからは一旦落ち着いたものの、やはりバレてしまったことには変わりない。紅林渚はそのことを思うと、居ても立っても居られなかった。
「あの子、他の子に言ったりしないかな……? 言おうとしてるなら、その前に言わないでってちゃんと口止めしないと……」
体と服の表面に纏わせた見えない風のバリア。
その風が彼女の体から発せられた匂いを天井に向かって徐々に霧散させていく。
「有名になり過ぎた……私がワキガだってことバレたら、絶対に話題になる……っ」
Sランク冒険者といえば、芸能人でいう大御所俳優と同じようなレベルで知名度がある。
冒険者専門のニュース番組まで作られるようになった現代、Sランク冒険者の特集まで組まれたりもするため、紅林渚の名前を知っている人はかなり多い。
そんな彼女の小さい頃からの悩みである『ワキガ』。類まれなる容姿を授かったにも関わらず、それがあることで彼女は人との距離を一定に保つようになっていた。
もちろん恋人なんて以ての外。もし交際できたとしても、別れたあと暴露されては溜まったものではない。
そういったリスクもあるため、恋愛にも一歩踏み出せないでいた。
冒険者としてソロの理由は、Sランクで強すぎるといった理由もあるが、自身の体質が一番の理由だった。
元々、人前に出ることは好きなタイプだった。
だから冒険者として有名になった時、芸能事務所に入り、モデルの仕事だって受けた。
そこで活躍したのは、『そよ風』のギフトだった。
服を借りる時は、その服に匂いがつかないように風で調整し、汗染みや匂いがつかないようにした。
だからこそ今のギフトがあることで、モデルの仕事ができることに感謝していた。
「――あ、あのっ!」
「わっ」
そんな時だった。後ろから声をかけられ、ビクッとした紅林渚。
振り返るとそこにいたのは弘世だった。
「ささ、さっきの……!」
「自己紹介してませんでした。高梨弘世と言います」
「高梨、さん……」
弘世はぺこりとお辞儀をした。
「えっと……気絶する前に俺……変なこと言ってたと思うんですけど、それ謝りたくて……デリカシーがありませんでした」
「あ……ぁ…………」
弘世は自分が発していた言葉を覚えていた。
ビンタされたことは紅林渚から謝罪されたが、弘世は酷い言葉を言ってしまったことは謝罪していなかったから。
「誰にも言いませんので安心してください」
「えっと……ありがとう」
「そ、それとっ! ファンでした! 紅林さんの活躍をずっとテレビで見てました! 強くてかっこよくて美人で……それで、ともかくファンです!」
先ほどはそんなことを言える状況でもなかったため、一人になった今、改めて気持ちを伝えたのだった。
紅林渚は少し驚いたものの、弘世の純粋な目を見て「ありがとう」と言った。
「あ、握手、してもらえませんか?」
「…………」
「だめ、でしょうか?」
紅林渚は少し悩んだ。
(彼にはもうバレてるし……まあ、いっか)
普段は握手すらしない。そのことを考えると、これは特別待遇だった。
紅林渚は手を伸ばして弘世と握手をした。
「おおおおおお……っ! 小さい手……」
「高梨さんは思いの外大きいんですね。これは悪い意味ではなく」
「あはは……いいえ」
紅林渚は霧乃と同じくらい身長が高い。それ故に手の大きさも大きいかと思ったのだが、華奢で小さく女の子の手だった。
一方の弘世は身長は一般男性の平均的な身長だが、手のサイズは結構大きかった。
「……手、手の匂い、嗅いじゃだめですよ?」
「そ、そんなことしません……っ。へ、変態じゃないですか……」
紅林渚はクスっと笑い、手を離した。
弘世はテレビで見ていた彼女と比べ、印象は百八十度変わっていた。
クールで物静かな印象だったが、話すと穏やかで少し前の接触トラブルのように大声を出したりもする。ちゃんと感情の上下はあって、かつ握手もしてくれる優しい人だと感じた。
「あの、ギフトでまた犯人探しするんですよね?」
「そうですね。このまま長い時間拘束されたくないですし、私の力が役に立つのならそうしたいと思ってます」
「わかりました。――俺……俺たちも何か協力できるかもしれないので、その時は言ってください。ああ見えて、俺の友達は凄いギフト持ってるので」
「わかってますよ。時にいきなり現れたあの小さな子……只者じゃない。人見知りみたいだけど」
「麻未ですね。あの子の詳細は言えないんですけど……まあ凄いです」
紅林渚も麻未の突然の出現には驚いていた。
その時点で普通ではないことに気づいただろう。
「それじゃあ、何かあれば言ってください!」
「はい……また」
紅林渚は手を振ってどこかに歩いていった弘世の背中を見送る。
そうして、自分のギフトを発動し、毒の匂いを辿ろうと行動をはじめた。
ただ、そんな時だった。
「おぼ、えた……っ!」
歩いていったはずの弘世がハッとした様子で独り言を呟いたのだ。
「――『体臭改善』」
その言葉にビクッと反応した紅林渚は、その場に立ち止まった。