美容スキルでクラスの女の子を可愛くしたい【4/1第1巻発売】 作:pelca
「――『体臭改善』」
弘世が覚えた新たなスキルだった。
なぜこのタイミングで覚えたのかよくわからない。いつもなら、ありえないタイミングだった。
ただ、少し前にも似た現象はあった。
それはひびきが尊敬する人気モデルである、二階堂恋と同じ事務所のアイドルグループ『SPICE MIX』のリーダー南雲美波の時。
あの時も二階堂恋経由で南雲美波の腰の悩みを聞いてから発現したスキルだった。
授かるギフトはどこか深層心理で自分に通ずるところがある――その傾向があるのだと、ギフトを研究する研究者が言っている。
それはスキルも同様であり、使い続けることで成長していく。
もし、自分が渇望するものが実現していくのなら、誰でも好きなスキルを手にすることができる。しかし世の中はそれほどうまくできていない。
一つ言えることは、弘世にとって紅林渚は昔から知っているずっと憧れていた冒険者だったこと。それは、今まで施術してきた相手とは全く違うもの。推しであり、根本から相手への気持ちの強さは違っていた。
彼女に悩みがあるのであれば、全力で解決したい。その気持ちを持っていたことは確かだった。
そして、悩みを持つ人を自分から見つけだしたのはこれが初めてだった。いつもならひびきやその周辺の人から弘世の耳に入ってきていたから。
結局、何が本当のことなのかわからない。
わからないが今の弘世には紅林渚の悩みを解決できるかもしれないということ。
弘世は今一度振り返り、彼女の下へ戻ろうとした。
「…………」
(いや……今、ぬか喜びをさせるわけにはいかない。それに毒のこともある。それが落ち着いたらにしよう)
衝動的に行動することで、紅林渚を悲しませる結果になっては元も子もない。
弘世はぐっと堪えて、また一人で毒の手がかりを探すことにした。
◇ ◇ ◇
「今のは、何だったの……?」
弘世が発した言葉を聞いていた紅林渚は、遠くに行ってしまった彼の背中をじっと見つめていた。
「体臭、改善? どういう意味……?」
自分にとってスルーすることのできない言葉が発せられ、反応してまった紅林渚。
ただ、弘世はそのまま戻ることなくどこかへ行ってしまった。
「…………」
不思議に思いつつも、どうすることもできなかった。
ただ、協力しようとも言われていたため、接触しようと思えばこちらからも接触できる。
渚も今一度考え直し、毒の手がかりを再び探しはじめた。
◇ ◇ ◇
ひびきたちがいたラウンジから離れた霧乃は、祖父の源六がいる場所に向かっていた。麻未も一緒だ。
「おじいちゃん、状況は?」
「おう、霧乃か」
源六は険しい表情をしていたが、霧乃が来た途端でれでれの顔になった。
いきなりの表情変化に麻未はぎょっとした。
「……今のところは進展なしだ。宝来のやつが直前口にしたのはワインと皿の料理らしいが……今、警察が料理とキッチンを調べてる」
「でも、それなら他にも口にしてる人もいるよね?」
「そうだ。だから席に運んでから毒が混入したということになると思うんだが、まだ誰が運んだのかわからないらしい」
「自分で料理を取りそうなタイプじゃないもんね」
「そうだ。俺だって若槻に取らせていたからな」
(鷹夫さんには秘書のような人物はいなかった。いたとすれば、『トレジャーネクスト』の関係者。美鳥ちゃん、副社長……あとはよくわからないけど)
現場の状況から、宝来鷹夫の席の左右には美鳥、副社長、向かい側には部長など役職を持つ社員が座っていたという。毒を直接で混入させられる距離にいたのは、美鳥、副社長の二名だが、霧乃には直接毒を仕込むことは考えられなかった。あまりにも人目が多すぎるからだ。
「……ん?」
そんな時だった。テーブルの下に不自然に置かれた五百ミリリットルのペットボトルが目に入った。
一見普通のペットボトル。清涼飲料水メーカーのラベルが張ってあり、中身は透明な水。そのはずなのだが、よく見ると薄っすらと白い上澄みのようなものが底に沈んでいた。
「…………」
「霧乃。近づいちゃだめだぞ」
「わかってる……けど、これって警察の人調べた?」
「いや、調べてないと思うが」
現場保存のため、テーブルまで近寄れない。
ただ、まだ警察が調べていないのなら、調べる価値があると思ったのは確かだった。
「……麻未ちゃん、あれ見れる?」
「……見れるけど、『鑑定』も万能じゃない、です」
「とりあえずお願い」
「わかった……!」
麻未はペットボトルに向かって『鑑定』のギフトを使用した。
『鑑定』は万能ではない。それには理由がある。
ペットボトルの中の飲料がもたらす効果はわかる。わかるのだが、その詳細な成分まではわからない。そういったものを調べるには別のギフト、スキルが必要だった。
「…………あばっ」
「どうかしたの?」
『鑑定』した麻未が何かに反応した。
つまりそれは、普通の飲み物ではなかったということだ。
「薬……」
「え?」
「毒、じゃない……病気を抑える薬が入ってる」
「…………どういうこと?」
霧乃には意味不明だった。
斜め上の答えだったからだ。
「わか、らない……毒じゃないのは確か……でも、私には効果しかわからない」
「そもそも薬が水に入ってる事自体おかしいけど…………あ!」
霧乃は一つだけ思い当たったことがあった。
ただ、そんなことは有り得るのか不思議だった。そして、それがわかっても犯人が捕まるか微妙なところ。なぜなら、この場に放置しておくなど、あからさまな証拠になるだからだ。それでも、犯人に一歩近づけるかもしれなかった。
「おじいちゃん。鷹夫さんが倒れた理由、わかったかも」
「言ってみなさい」
霧乃は一呼吸置いてから話した。
「ワインか料理に毒が入ってるかもって話だったけれど、原因は多分あのペットボトルの水だよ。答えはオーバードーズ。鷹夫さんって持病があったんじゃないかな? それで、その持病を鎮めるための薬を普段から飲んでいた。それを水の中に最初から溶かしていたのかわからないけど、大量の薬があの中に混入してると思うんだ」
「ほう……! さすがは霧乃だ! あいつは持病を持っていたはずだ」
「なら――」
「持病があることを知っていた人間、普段から飲んでいる薬を知っていた人間に限られる」
霧乃の推理が合っているならば、薬を飲んでオーバードーズの状態になったからこそ、宝来鷹夫が倒れた時の『鑑定』では、状態が毒を表していた。
薬も摂取しすぎれば毒になる。ペットボトルの中身が毒と認識されなかったのは、元々が薬として、世の中には浸透していたからではないのか。
ギフトがどう判断して、薬と毒を見分けているのかはわからないが、そうとしか考えられなかった。
「おじいちゃん、関係者を洗い出そう」
◇ ◇ ◇
ペットボトルの薬のことについて、その場の参加者全員に伝わった。
ただ、結局はその場にいた参加者も宝来鷹夫の持病を知っている関係者にも疑わしい点はなく、ペットボトルにも宝来鷹夫のものと思われる指紋以外のものは見つからなかった。
参加者たちは夜十一時頃にやっと解放され、帰宅することになった。
この事件は長期戦になる。そう、誰もが思っていた。
ただ、一人を除いては。
「――お疲れ様です」
「ご苦労」
ホテルの地下に止めてあった黒塗りの高級車に乗り込んだのは、『トレジャーネクスト』の副社長。そして出迎えたのは専属運転手だった。
「ドラレコは切ってます」
「そうか…………よくやった。後遺症でも残ればいいのだが……」
「どうでしょうか。ヒーラーが治してしまったらしいじゃないですか」
「ああ、ただ実験は成功だ」
「そうですか。でしたら、あなたが社長の座に就く日も近いですね」
「あの成金には早く退いてもらわんとな……はっはっは!」
運転手と共に豪快に笑いながら、副社長は自らの展望を語る。
彼の目的は社長を排除し、自らが社長にることで、『トレジャーネクスト』の実権を握ることだった。
そして、大量の薬をペットボトルに混ぜ、それを宝来鷹夫に手渡した――いや、車内にあったペットボトルを勝手に持っていくよう誘導したのは、この運転手だったのだ。運転手の手には手袋が装着されていた。
「美鳥の排除に失敗した今、もう直接あいつを葬らなければな」
「本当に恐ろしい方だ」
「私に着いてきているお前もな……」
そうして車は出発し、ホテルの地下通路から地上へと向かっていく。
そのはずだった。
「っ!?」
「どうした」
「前にっ! 車が前に進みませんっ!」
黒塗りの車のタイヤがキュルキュルと回転したまま、壁にぶち当たったかのように前に進まなかったのだ。
運転手はアクセルを踏むも、何度やっても前に進まない。
「――逃さない」
「なぁ!?」
車のライトが照らしたのは一人の女性だった。
ダークブロンドの髪にモデルのようなスタイル。それは、車に乗る二人もよく知っている人物だった。
「――紅林渚ッ!!」
Sランク冒険者の紅林渚が車の前に仁王立ちしていたのだ。
「ワインの匂いを辿っていたところから間違っていたんだな。ペットボトルの薬の匂いを辿り、そして外にさえ出られれば、私の鼻はいつまでも効く」
紅林渚は、ずっと宴会場から匂いを追っていた。
しかし、いくら赤ワインの匂いを辿っても行き着く先は会場内のワイン瓶。
その後、ペットボトルが毒の元かもしれないとわかってからは、その薬っぽい匂いを辿っていたのだ。
そうしてフロアから出ると、ほんの微かに残っていた匂いを辿り、行き着いた先がこの地下駐車場の車だったわけだ。
「出せ! 出すんだ!」
「ダメです! 前に進みませんっ!」
「まさか副社長だったなんて……残念です」
「うおおおおっ!?」
次の瞬間、ベコッと車体が潰れ、左右のドアが変形。タイヤもパンクし、車も停止した。
「く、くそっ! 扉が開かないぞ!」
「私の風で押しつぶしましたから」
風一つで様々なことができるのが、この変幻自在の風使い――紅林渚だった。
「さあ、観念してください――副社長、そして見慣れない運転手さん」