美容スキルでクラスの女の子を可愛くしたい【4/1第1巻発売】 作:pelca
「さあ、観念してください――副社長、そして見慣れない運転手さん」
慰労会を行ったホテルの地下駐車場で、紅林渚がギフトを使い、黒塗りの高級車を押しつぶした。
車内には『トレジャーネクスト』副社長の小早川耕司《こばやかわこうじ》とその運転手である薬師寺彰《やくしじあきら》が閉じ込められていた。
「おい! やれ!」
「はい!」
小早川から命令されると運転手は手袋を外した。そして両手を頭上へ向けると――
「溶けろ!」
次の瞬間、手に付着していた小さな汗が膨張――水滴が飛んでいくと車のボディが次々と溶けはじめた。
シュウウ……という車のボディが溶ける音と共にゆっくりと車内から二人が出てくる。
「……酸か?」
紅林渚は薬師寺が使ったギフトの効果を見て、目を細めた。
車のボディを一瞬で溶かすほどの液体だ。少しでも体に浴びれば一溜まりもないだろう。
ただ、渚には風のギフトがある。風で吹きとばせば水滴などかかるはずもなかった。
すると薬師寺は車内にあったらしいペットボトルを手に持っていた。
そのキャップを取り外すと宙に撒き散らす。
「アシッドカーテン!」
すると水の体積が増え、渚と薬師寺たちの間に透明な水のカーテンが広がった。
「行ってください!」
「頼んだぞ!」
「させないっ!」
一人で逃げた小早川。
渚は水のカーテンに向けて風を放った。
しかし、なぜか風ではそのカーテンを破壊することができずに、弾かれてしまったのだ。
「どういうことだ……?」
「喰らえッ!」
薬師寺の声と同時に今度は水のカーテンから複数の水滴が渚へ向かって飛んでいった。
しかし渚もその水滴を風のシールドで防御。水滴を弾き飛ばした。
「な、なんだこれは……っ!」
「はははッ……良い姿じゃないか」
なぜか一部の水滴を弾き飛ばすことができず、着ていたドレスに小さな水滴を浴びてしまう。
幸い肌に触れることはなかったが、ドレスに付着した水滴によって、突如布が溶けて、それが広がる。
渚のドレスに穴が開いていき、下着や肌が見え隠れしていた。
「――手加減はここまで」
渚は頭に血が昇っていた。
ただ、それでも彼女はSランク。大抵の修羅場はくぐってきている。
この程度では揺らがない。
「なぁッ!? ガハッ!?」
不可視の風がバット一本分ほどの大きさに圧縮。
その小さな筒状の風を一気に放出し、水のカーテンに向けて放った。
すると先程は破れなかった水のカーテンに穴が開き、そのまま薬師寺に直撃。
後方の溶けた車の残骸に突っ込んだ。
宙に浮かんでいた水のカーテンがドシャっと地面にこぼれ落ちると、陥没するようにしてアスファルトが溶けた。
単純に威力が足りなかったのか、渚の風は水のカーテンを貫通したのだ。
「――散風《ちるかぜ》」
右手をかざした渚。
次の瞬間には薬師寺が着ていた服だけが、ズタズタになって切り裂かれていった。
まるで、自分のドレスに穴を開けたことに対する報復のように薬師寺の服を切り刻み裸にした。
ただ、薬師寺本人はそのことがわからなかった。
車の残骸に突っ込んだ時、既に気を失っていたから。
「あとは任せたよ」
渚は虚空へ向かって、一人呟いた。
◇ ◇ ◇
「はぁ、はぁ、はぁっ……」
小早川は必死になって地下駐車場から駆け上がり、外へ出ようとしていた。
「あと一歩だ……あと一歩で……私のものに……!」
自分の野望のために、闇ギルドにまで依頼し、宝来美鳥を手に掛けようとし、さらには宝来鷹夫本人まで手に掛けようとした。
しかし、ここまでバレてしまえば、もう逃げても意味はなかった。
警察以上にギフトの能力者というのは、その力が大きいのだから。
「――あばっ」
「グアハッ!?」
地上へ続く坂を上っている途中、突如横から強い衝撃が加わり、小早川は壁にめり込んだ。
「なぁッ……だ、誰だ……」
「恨みはないけど、やらなきゃだから」
「はぁ、はぁ……ヤギ?」
めり込んだ小早川がなんとか脱出すると、そこには黒いヤギの被り物を被った小さな少女が立っていた。ただ、首から下はドレスを着ていた。
手には何も持っていない。つまり黒ヤギの少女は素手だった。
「ぐッ、グオオオオオオッッ!!」
その瞬間、着ていたスーツが破け、一気に体が膨張し、灰色の体毛が生えていった。
口の形が伸び、鋭いキバが生え、犬のような大きな耳に変化し――
「――オオカミさん?」
「はぁ、はぁ……月だ……月がある場所にさえ行ければ……!」
目の前には二メートルを超えた身長になった小早川がいた。
その見た目はまさに人狼。黄色く光る双眸が黒ヤギの少女を睨んでいた。
「どけぇッ!!」
小早川はめり込むほどに地面を蹴り、黒ヤギの少女の横を駆け抜けた。
「……?」
しかし何もしてこず、素通りさせた黒ヤギの少女。
小早川は変に思いながらもついには外に出た。
幸いなことに、今日は満月だった。
『狼』のギフトを持つ小早川にとって、一ヶ月の間で、一番力が発揮できる日だったのだ。
それもそうだ。満月の日を選んで慰労会をしようと提案したのが、この小早川だったのだから。
「アオーーーーーンッ!!」
内なる狼の血が燃えるように滾り、さらに体が膨張。
大きくなった体躯はゆうに三メートルは超えていた。
小早川は高くジャンプすると、目の前にあった広い芝生の公園に移動した。
そして、待ち構えた。
「――あれ、大きくなってる」
「貴様ッ! どこから!」
急に背後に現れた黒ヤギの少女に驚いた小早川。
二人の体格の差は大人と生まれたての赤ちゃんくらいの差がある。
「駐車場壊したくないから、外の方が良かった」
「そうか……だが、私とて、ここで終わるわけにはいかんのだッ!!」
小早川が黒ヤギの少女の周囲を回るようにして走り出す。
常人ではその動きを追うことは難しいだろう。
「――ッッ!!」
そして背後に回った小早川が黒ヤギの少女に鋭い爪を立てる。
一発でも喰らえば、大怪我では済まない。致命傷にもなり得る威力だった。
だが、黒ヤギの少女には誰も勝てない。
たとえ、巨大な人狼だったとしても、ただのアリと化してしまう。
「グッ、グアアアアアッ!?」
攻撃したはずが、次の瞬間には右手の指が全てもげていた。
指からは大量の血が流れ、小早川はその場にうずくまる。
「観念した?」
「ま、まだだぁッ!!」
今度は正面から左手の爪で攻撃――しかし、結果は同じだった。
指がもげ、爪が剥がれ、両手が使い物にならなくなった。
黒ヤギの少女は何をしたわけでもなかった。
ただ、『反射』のギフトを使い、相手の攻撃を倍返ししただけだ。
「貴様は何者なのだぁぁぁぁッ!!」
苦しみながらも、残った右脚を振り回し、黒ヤギの少女の頭部を狙った。
その叫びが小早川の最後だった。
右足の先が吹っ飛び、芝生の上に血を撒き散らした。
「…………オオカミさんの被り物、良いかも」
◇ ◇ ◇
「――紅林さんっ!!」
「あ……高梨、くん?」
「こ、これ着てくださいっ!」
地下駐車場で、警察や他の面々が来るまでその場で薬師寺を見ていた渚の下にやってきたのは、弘世だった。
弘世は着ていたスーツのジャケットを脱ぐと、それを渚に着せてあげた。
「ありがとう……でも、匂いが……」
「多分、渚さんのギフトでなんとかなるんでしょう? でも、そうじゃなくても良いです。そ、その状態は目に毒ですから……」
「……なら、受け取っておきます、ね」
渚は受け取ったジャケットの袖に手を通し、前のボタンを締めた。
それによって、穴が開いた部分が隠すことができた。
「そ、それと……後日でも良いんですけど、お時間とれませんか?」
「え……それって、もしかして――」
渚の脳裏を過ったのは、少し前に弘世から発せられた言葉だ。
「あの、まだ確証は得られてません。だから、その確証を得るために、ギフトを使わせてもらいたいんです」
「なぜ……そんな」
「紅林さんが、悩んでそうだったから……じゃ、だめでしょうか?」
「でも、私はあなたに何かしたわけじゃないし……」
これまでもそうだった。
弘世たちは、基本的には無償で誰かの悩みを解決してきた。今回だって同じ。
ただの善意で紅林渚の悩みを解決してあげたい。そう思っているのだ。
「俺は紅林さんのファンですから」
「…………希望、持って良いのかな?」
渚はジャケットの裾をきゅっと握った。
「わかりません。でも……希望を与えられたら嬉しいです」
「なら、高梨くんを信じます……よろしく」
二人は連絡先を交換し、後日、ひびきを加えて、弘世が渚の悩みを解決できるのか、確認することになった。
一方、『トレジャーネクスト』副社長の小早川耕司と運転手の薬師寺彰は今回の事件の主犯として逮捕。
冒険者業界では、『トレジャーネクスト』は知らない人がいないような大きな会社だったため、業界でも激震が走った。
社長である宝来鷹夫は、高位のヒーラーにより解毒されたため、すぐに復帰。
小早川が企んでいたことを知り悲しんだが、抜けた副社長の穴を埋めるため、断固たる思いで組織改革を行った。
娘の宝来美鳥も、後に弘世たちにこれでもかと感謝をし、頭を下げた。
ただ、過去に彼女の命が狙われていたことは、本人が知ることはこの先もなかった。
こうして、慰労会の場で起きた『トレジャーネクスト』社長暗殺未遂事件については幕を閉じ、紅林渚と高梨弘世の会う日がやってくる――。