美容スキルでクラスの女の子を可愛くしたい【4/1第1巻発売】 作:pelca
瑞希がスマホを取り、帰ったあとのこと。
雰囲気をぶち壊された二人は着崩れた服を着直し、軽く唇を重ねた。それからはテーブルの前に移動し会話だけして、そのまま弘世は家へと帰宅した。
瑞希にはとんでもなく恥ずかしい場面を見られたが、ひびきはそこまで怒っていない。いや、怒らないことにしたのだ。
『ああ見えて瑞希姉って処女なんだよ。強い冒険者だとなかなか男が言い寄って来ないんだって。だから……私、勝ってるよね!?』
茶化されたりとんだ場面も見られたりもしたが、恋愛的にはかなりリードしている、と。別に勝負しているわけではないが、こうやって弘世に瑞希の秘密を話すことで、その日の鬱憤を晴らしたのだ。
弘世も勝手に人の貞操事情を聞いても良いものなのかと思ったが、優先すべきはひびきの感情だった。弘世だって見られたことに少し思うところはあったのだから。
◇ ◇ ◇
翌日。この日は学校が休みの日だった。
ひびきは一人街に出ており、弘世との予定もなかった。
いつもなら、よく遊んでいる陽鞠や海莉と会うのだが、今日は違う。
「あっ、こっちだよ! 小春ちゃーん!」
「わぁ。ひびきちゃんっ」
と、手を振って待ち合わせ場所にやってきたのは、鎖骨まで伸びた黒髪の左側だけに三つ編みを一房作り、そこに赤いリボンを巻きつけた女性。お洒落を意識したヘアスタイルとは逆に落ち着いた印象のメガネをかけている。
「同じ学校なのに久しぶりに会った感じがする」
「クラスが遠いからかな……意外と会わないものだね」
久しぶりに会話した二人。
小春——九島小春《くしまこはる》は、ひびきの中学からの同級生だ。
同じ学校に進学したが、クラスが離れてしまったのと、新しい友達が互いにできたため会う機会も減っていた。
「というか、見ないうちにひびきちゃん綺麗になりすぎじゃない? 彼氏でもできたの?」
「もう……皆それ言うなぁ……できてないのに」
何度もひびきは思う。彼氏ではないが、彼氏に近い人物だと。
「……そっか。ひびきちゃん可愛いからすぐにできると思うんだけどな〜」
「ありがと。やっぱり小春と喋るのが一番落ち着く。ほら、早くカフェ入ろうっ」
長く一緒に過ごしてきた友人は、クラスの友人とは違った安心感がある。
ひびきは小春と会えてテンションが上がっていた。
そして、今日は弘世のことも少し話そうかと思っていたのだ。
今のところクラスメイトにも内緒にしている弘世との関係。でも、小春になら……と。
◇ ◇ ◇
天井にお洒落なプロペラのような空調器具がぐるぐると回る特徴的な店内。休みともあって人がひっきりなしに入ってきていた。
最近できたばかりだというこのカフェに入った二人は注文したものがテーブルに用意されると、互いの近況報告が始まった。
「本当に凄い。赤ちゃんみたいな肌……ひびきちゃん可愛くなったなぁ……」
「ちょっと……私に熱視線送りすぎ」
「だって見惚れちゃうんだもん、しょうがないよ」
少し会わない内に大きく変化したひびき。小春はうっとりした表情を向け、彼女の変わりようを喜ぶ。
小春はひびきほど明るめのお洒落はしない。どちらかと言えば暗い色が好きだし、落ち着いた服を着たい。文学少女で読書が趣味だが、ひびきは本も読まない。それでも二人は長く友達をやってきたのだ。
「……ねぇ、その腕、大丈夫なの?」
しばらく明るい話題に花を咲かせていたのだが、ひびきは我慢ができなくなり、ついに気になっていたことを口に出した。
その理由は小春の左腕にあった。
ブラウスの袖から手首に巻かれた包帯が見えていたことについてだ。
「あ、これ……今日はそれも少し話そうと思ってたんだ」
「うん……どうしたの?」
すると小春は袖を捲り、その細腕を晒した。
そこには手首から肘にかけて包帯が巻かれていて、痛々しい見た目となっていた。
ひびきは心配そうに眉を寄せると、小春が話しだす。
「お父さんにやられたやつ……だけど、それもやっと解決したんだ」
「……え、解決したの?」
中学の頃からひびきは相談されていた。
小春の父親のDVのことだ。
ひびきは小春と仲良くなると、次第に彼女の異変に気づいていった。体育の時間などで更衣室を使う時、皆とは時間をずらしたり、隠れて着替えたりすることを。
話を聞くと、父親に受けた傷の痣が残り、それを見られたくないとのことだった。ひびきは行動を起こそうとした。しかし小春はやめてと言い、何もさせなかった。
家族の問題は自分でどうにかすると言って、ひびきには介入させなかったのだ。最悪、ひびきにまで暴力が回るかもしれないと思ったから。
「少し前にちゃんと離婚が成立してね。今はお母さんと弟と三人で暮らしてるよ。だからもう大丈夫なはず」
「そっか。良かった……って言って良いのかな?」
「もっちろん! ふふ、私これでも結構強いの知ってるでしょ?」
そう言って小春は包帯が巻かれた腕で力こぶを作ってみせる。全く筋肉はないがそのポーズからは元気が伝わってくる。
ひびきは「もう……」と言いながら、小春の袖を直してあげた。
小春が泣いているところを見たことがなかった。けど、ひびきは理解している。そんなことをされて影で泣いていない女の子なんていないのだと。
「まあ、つけられた痣は消えないかもしれないけど……これはしょうがないよね」
「ほんと許せない……小春はもっと肌を出しても良いのに」
「もう寒い時期だし、出す機会ないけどね」
「そういうことじゃなくてー」
「ふふ、わかってる」
仲は良い——が、ひびきも小春の全身の痣を見たことがない。たまにこうして簡単に見れる場所だけ見せてもらっていた。
しかし、見えない場所に痣があることはわかっている。だから多分お腹や足だって……。
「暗い話はもうやめよ! せっかく遊んでるんだからっ。——ほら、ひびきちゃんがさっき言ってた男の子のこと……好き、なんだよね?」
「弘世のこと、ね……」
このカフェでの会話で既にひびきは弘世のことは伝えていた。と言ってもほとんどぼかしている。言えないことだってあるのだから。
そんな時、ひびきはふと思いついた。
「あれ…………?」
「どうしたのひびきちゃん。その弘世くんのこと思い出して何か妄想しちゃった?」
「妄想はいっつもして——じゃなくて! ええと……もしかしたら、その痣……治るかもしれない」
「……へ?」
自分の肌は赤ちゃんのように綺麗に変化した。それは誰が見てもわかるほどの変化。なら、痣だって治せるのではないか。肌の細胞が綺麗に変わるのであれば、どんなに黒い痣でも——。
そして、その思いつきと同時にひびきは自分の体の変化を感じた。
ひびき自身が持つギフト『願望』のスキル『叶視《きょうし》』ではない別のスキル——それが発現したことを。
「ちょっと待って……『叶者《きょうしゃ》探索《たんさく》』」
ひびきは二つ目のスキルを小春に向かって発動した。『叶者探索』は、対象に『叶視』のスキルをかけ、その対象が求めている人を探し出せるというもの。
ひびきが弘世を見つけ出したように、今度は目の前の小春の願望を叶えられる誰かを探し出せることになる。ただ、ひびきしかその対象が誰なのかはわからない。
「ひびきちゃん? どうしたの?」
「ちょっと実験中……さすがにカフェにはいないよね……うん、やっぱり弘世だよ」
ひびきは頭を左右に振り、店内の客から出ている光の強さを確かめる。しかし小春の願望を叶えられる人はいないようだった。
小春の痣を治せるのが弘世なのかはまだわからない。でも、ひびきはそれができると、謎の自信を持っていた。そして、『叶者探索』のスキルで確信へと変えられるはずだとも。
「——ねぇ、弘世に会ってみない? 小春の痣、本当に治るかもしれないから」
だから、ひびきは小春に提案をした。
◇ ◇ ◇
「えっと……初めまして。高梨弘世です」
一時間後、弘世はひびきに呼び出され、二人のいるカフェに足を運んでいた。
弘世は初対面の相手──小春に軽く自己紹介をする。
「九島小春です。あなたが……優しそうな方ですね」
先ほどまでとは違い、伏目がちだが小春は穏やかに挨拶を返した。
弘世はひびきの隣の椅子に座るも、ここに呼ばれた理由はまだ知らされていない。
「ひびき……服、可愛い……」
「えっ……ぁ……そっか。私服姿見るの初めてだっけ? ふふ、ありがと」
二人はずっと放課後に制服のまま会っていた。さらに言えばひびきの家以外で会うのも初めてだだった。
今日のひびきの服装は秋らしいえんじ色のカットソーにベージュ色のオールインワンチュニック。足元は黒のブーツで全体を大人っぽく引き締めていた。
「でも、弘世の私服はぱっとしないね。今度服選びに行こっか」
「え、良いの?」
「当たり前じゃん。かっこよくしてみせるから」
一方の弘世の服装はシンプルかつ目立たない。顔の特徴がそれほどないので、尚更印象が薄く見えた。
「それで、今日はどういう用事?」
「うん。まずは話を聞いてほしいんだけど──」
ひびきは予め了承を取っていた小春の身の上話を弘世に聞かせた。
聞いていくうちに弘世の表情が変わり、深刻そうな表情となった。
小春の話を全て聞かされるとここに呼ばれた理由を全て理解した。
「九島さん、俺のことも怖いかもしれないけど、ひびきの話聞いてどう思った?」
「小春で大丈夫だよ、弘世くん。……そうだね、まだよくわかってないんだけど、弘世くんが私の痣を治せるのならそれはとても嬉しいこと」
包帯を巻いている左腕に触れながら小春は弘世に治してもらえるかもしれない可能性に笑みを見せる。
「ただ……迷惑、じゃないのかな? だって弘世くんはひびきちゃんの……いや、私らしくないね。うん、可能性があるなら……もっと自分に自信持てるようになるかもしれないし」
「小春……ええとね、今日はとりあえず顔合わせってことで。一度持ち帰って考えてみてよ」
「わかった。ありがとう」
いきなりの話だったので、ひびきは小春に考える時間をあげることにした。
「弘世のギフトも小春の覚悟が決まった時に話す、で良いかな?」
「俺はひびきの大事にしている友達ならいつ言っても大丈夫だよ。あと、やり方や反動のこともあるから、その事もちゃんと説明してあげてね」
「あー、はは……正直治すことよりもそっちの方が抵抗あるかもね」
最大の問題はスキルを使って治すことではない。直接肌に触れるということが小春の壁だ。
小春は男性恐怖症に陥っているわけではない。父に対する恐怖はあるが、他の男性に同じことをされたわけではないので、ちゃんと区別できていた。
ただ、それでもだ。他人にしかも男性に肌を触れられるというのは高いハードルがあるはず。弘世はそのことを危惧していた。
「じゃあ俺は帰るよ。二人は楽しんでいってね」
「え、弘世くん帰っちゃうの?」
「だって今日は二人で遊んでたんでしょ。俺がいたら邪魔にしかならないよ」
今日は元々二人で遊んでいた。それを知った弘世は、用事が終わったならと帰ろうとしたのだが、ひびきではなく小春がそれを止めた。
「全然だよ! ね、ひびきちゃん?」
「私はいいんだけど……小春こそ大丈夫なの?」
「うん! だって弘世くんから見たひびきのこともっと聞きたいんだもんっ」
「それ目的!? ならやっぱり弘世には帰ってもらおうかなぁ……?」
「ひびきちゃん焦ってる。こんなひびきちゃん見たことないから新鮮だなあ。男の子でこんなに変わるんだ」
「ちょっと小春? 変な勘繰りしないでよ〜っ」
結局、弘世は少しだけ二人の会話に参加し、最後には二人に気を遣って少し早めにカフェを出ることにした。
小春に色々と聞かれたのだが、言えないことが多いだけに弘世は回答に困った。危ない時はひびきが肘で小突いてボロを出さないようにしてもらっていた。
「——弘世くんって、良い人だね」
「うん。でも、意外と気が遣えるのは初めて知ったかも。私もまだまだ弘世のこと知らないんだなって思わされたよ」
「だから、少し考えてから、またひびきちゃんに連絡するね」
「そうして。私のスキル、やっぱり反応してたから……」
ひびきは密かに『叶者探索』のスキルを発動していた。予想は的中、弘世が光に包まれているのを見て、小春の願望を叶えてくれる人が弘世だと確定したのだ。
そして、小春も痣を消したいと思っていることもちゃんと認識できた。
「うん……ひびきちゃんには隠し事できないね」
「まぁ、私たち親友だし……なんかあったら必ず言うんだよ」
「ありがとう」
そうして、二人は休日を楽しみ、解散した。
小春の選択はどうあれ、ひびきは良い提案をしたはず。弘世が自分以外の人の肌に触れるのは、正直言って嫌だが、小春のためを思うとそれは些細なことだった。
◇ ◇ ◇
小春に提案してから、一週間が経過した。
冬が近づき気温が下がっていく中、その人物はひびきの家を訪れていた。
インターホンを鳴らし、出てきたのは制服姿のひびき。その人物を中に招き入れると、二階の部屋へと通した。
「こんにちは。一週間ぶりだね——小春」
「うん、今日はよろしくお願いします。弘世くん」
小春は覚悟を決めてこの場所にやってきた。
もちろん事前にひびきからスキルのことを聞いた上でここまでやってきている。
「小春、絶対に恥ずかしいと思うけど、我慢してね。何度も言うけど、絶対恥ずかしいからね?」
「もう……そんなに怖がらせないで。そんなの承知できてるんだから……ひびきちゃんのお友達だから、信頼してるのわかってるでしょ」
小春は男子に肌を見せたことはない。女子にだって見せていなかったのだ。当然だ。
でも今日はその覚悟で来ている。だから小春はひびきのベッドに近づき、自らの制服に手をかけた。
「できれば、脱ぐまであっち向いててほしいな……弘世くん」
恥ずかしそうに顔を赤らめる小春。
そんな小春の痣を消すためのチャレンジがこれから始まるのだ。