美容スキルでクラスの女の子を可愛くしたい【4/1第1巻発売】 作:pelca
辿り着いた三階層の施術室。
草原のフロアの端に、岩に埋め込まれた鉄の扉があった。自然に溶け込まない異質な存在だが、それこそが施術室へと通じる扉だった。
「……あれが、オーガってやつ?」
扉の前に立っていたのは、三メートルを優に超える巨体。角を持ち、筋骨隆々の異形。三階層のフロアボスであると、すぐにわかった。
このダンジョンは、下層に行くほどランクが上がる仕組みになっている。この三階層は、Dランク下位に分類されていた。
「問題ありません。あれも、マスターと麻未様の魔力から生まれた魔物。家族のようなものです」
「いや、それはちょっと……なんか、言い方がイヤ……!」
魔力の大部分は麻未のものだが、一部には弘世の魔力も使われている。とはいえ、自分の魔力から生まれた魔物を家族と言われるのは、少し気味が悪かった。
「では、通りましょう」
エコアの案内で、フロアボスであるオーガの脇を通り抜ける。動かず、何もしないが、目だけはギロリと動き、しっかりと弘世たちの動きを捉えていた。
施術室は、事前にモニター越しで確認していたとおり、複数の施術台が整然と並ぶ空間だった。そんな中、なんとか髪を整えたひびきがふと気づく。
「何人同時に施術するのか分からないけどさ、これ、個室にした方がよくない? マッサージとかも普通は個室だよね」
「たしかに。陽鞠ちゃんと海莉ちゃん、お互いの施術丸見えだったし……。プライバシーは必要だよね」
ひびきの提案に小春が頷き、以前の施術風景を思い出す。
親しい仲とはいえ、裸に近い状態を見られるのは、誰だって恥ずかしいものだ。
「マスター、ご判断を」
「うん、個室でいいよ。いい感じに仕切っちゃって」
「かしこまりました」
弘世の指示を受けたエコアが静かに手をかざすと、ズズズ……と地面がうねり、複数の個室が瞬く間に形成されていく。完成した部屋は扉付きで内鍵もある、シンプルながらも十分に機能的な空間だった。
「あー、そうそう。エコア、こういうのって準備できる?」
「はい。確認しました。後ほど対応いたします」
ひびきがスマホの画面を見せ、エコアがそれに応じるように頷く。内容はよく分からなかったが、美容関連のことならひびきに任せるのが一番だと、弘世は判断した。
「――シャワールームになります」
施術室の確認を終えた後、続いてエコアに準備させていたシャワールームも見て回る。
隣接する部屋の扉を開けると、そこには浴槽のないシャワースペースが広がっていた。タイル敷きの床には排水口も完備され、どこか弘世の自宅風呂を彷彿とさせるデザインだった。
「……うん、ここも問題なさそう」
「あと残るは温泉ですが、こちらは別の扉になります」
「そっか。温泉は時間かかるもんね」
「はい。皆様がお帰りになった後、作成に取りかかります」
「うん、任せたよ」
「じゃあ今日は帰ろー! もう遅いしっ!」
確認が終わると、ひびきが天井に腕を伸ばしながら元気よく声を上げた。
一行は『マスタールーム』を経由して弘世の部屋に戻り、そこからそれぞれの帰路についた。
◇ ◇ ◇
「――母さん、みんな帰ったよ」
「あら、そう。ご飯はもう少しかかるから、ちょっと待っててね」
「うん、いつもありがと――って、え、えええええっ!?」
玄関でみんなを見送り、リビングに向かった弘世は、キッチンにいる母親・穂香に声をかけた。そして視線をテレビ前のソファに向けた瞬間、言葉を失う。
「き、君は……っ!?」
「ど、どうも……」
そこにいたのは、両手でコーヒーカップを包むように持つ――葵の親友、小塚理央だった。
「母さん! この子、どうしてうちに!?」
「スーパーの帰りにね、家の前に立ってたのよ。また弘世の知り合いかなって思って、中に入れたの」
「そんな……またって……」
穂香はもう慣れっこだった。
次々と現れる美少女たち。誰が本命か察しつつも、こうして一年以上も見ていれば、さすがに驚きもしなくなる。
「弘世が降りてくるまで待ってたの。ご飯ができるまで、ちゃんと相手してあげなさい」
「……う、うん」
さすがにここまで来られては無視できない。
弘世は頭を抱えながらも、理央を放っておくわけにはいかなかった。
「えっと……小塚さん、だよね。リビングじゃアレだし、ちょっと上に来てもらってもいいかな」
「ま、まさか……私に酷いことを……っ」
「ち、違うから! 普通に話すだけ! 母さんも家にいるし、そんなことあるわけないって!」
「それもそうですね……でも、変なことしたら絶対に許しませんからっ!」
とんでもない誤解を堂々と口にする理央。
だが、穂香はそれを聞いていたはずなのに、微笑みながら夕食の準備を続けていた。
二人で弘世の部屋へ移動すると、理央は遠慮がちにテーブルの前に腰を下ろす。
弘世はあえて少し距離を取り、ベッドの上から話しかけた。
「それで……どうして家の前にいたの?」
「…………」
質問を受けた理央は、答えずに部屋をキョロキョロと見渡すだけ。
「こ、小塚さん?」
「――私がはじめて入る男の人の部屋が、まさか……あなたになるなんて……っ」
「あ……ごめん」
問いに答えず、初体験のショックをぽつりと口にする理央。
(ついてきたのはそっちなのにな……)
と心で呟くが、声には出さない。
「――――あなたには、何もありません……っ」
理央の目が鋭くなる。
「え、どういう意味?」
「つまり、私が思っていたような酷い人ではなかったってことです。周りに女の子はたくさんいるけど……なんというか、皆楽しそうで」
(ああ……違和感の正体、これだったんだ。葵ちゃんにも、なんか言われてたな)
弘世は、理央の行動が自分を見定めるためだったと気づく。そして最近感じていた視線の正体も彼女だったのだと理解した。
「だから言ったよね。葵ちゃんに無理やりとか、そういうのはないんだ」
「……まだ完全には信じられませんけど……」
「俺だって、望んでこうなったわけじゃない。むしろ、振り回されてる側なんだ」
スキルの副作用、そして葵の変化――自分にも責任はある。でも、今の葵は元気で明るく、前よりも悩みが減ったようにさえ感じられる。
「――週末、時間をください」
「……え? それってどういう……」
「葵に何かしたんでしょう。だったら、私にもしてください。私は絶対に負けませんからっ」
「ちょ、ちょっと待って、それは……」
「う、うるさいですっ! いいから、葵と同じことしてくださいっ!」
本気なのか冗談なのか、判断がつかない。
だが理央の目は本気だった。
「いやいや……小塚さん、これはそんな軽い話じゃ……」
「あなたは、葵を変えてしまった。もう元に戻らないというのなら、私は……私も―――葵と同じになりたい」
――葵のすべてを、理解したいから。
理央は、友達のいなかった自分に手を差し伸べてくれた葵が大切だった。だからこそ、葵との距離が離れていくのが耐えられなかった。
「……わかった。とりあえず、ひびきに相談するよ。でも、一週間考えて。ゴールデンウィークも近いし、それまで時間とるから」
「…………はい」
弘世の言葉に、理央はようやく少しだけ落ち着きを見せた。
そして連絡先を交換する二人。――葵には言えないから、と理央は仕方なく交換した。
「もう暗いし、途中まで送ってくよ」
「……そういう優しさが一番ムカつきます。あなたのこと嫌いなのに、優しくしないでほしいです……」
「それでも放っておけないよ」
無言で立ち上がる理央に、弘世はほっと小さく息を吐いた。
夜の道を並んで歩き、途中まで彼女を見送ったあと――
「……ふう。これまでにないパターンだな……」
弘世は夜風にあたって深く息を吐き、翌日、ひびきに今日のことを相談する決意を固めた。