美容スキルでクラスの女の子を可愛くしたい【4/1第1巻発売】 作:pelca
――ゴールデンウィークに『美容ダンジョン』を解放する。
その決定は、翌日の会議で正式に決まった。
霧乃はすぐに祖父・氷堂源六へと連絡を取り、ダンジョンの出現情報を冒険者専用サイトへ流してもらうよう手配を整える。あとは、準備した舞台の幕が上がるのを待つだけだった。
『美容ダンジョン』は従来のダンジョンとは違い、内部でランク別にエリアが分かれているという特異な構造を持っている。どれほどの冒険者が殺到するか、正確な予測は立てられない。
そして実際に人を入れてみなければ分からないことも多い。運営において改善が必要な点も、実地で見えてくるものだ。
弘世は冒険者にはなれなかったが、こうして関係者としてダンジョンに関わる初めての経験を迎えようとしていた。その意味でも、今回のゴールデンウィークには特別な想いを抱いていた。
しかし、その前に、やっておくべきことがあった。
◇ ◇ ◇
「――弘世〜、また女の子連れてきてるの?」
「俺のせいじゃないって……」
放課後の学校、誰もいない空き教室。弘世の前にいたのは海莉、そしてその隣には後輩の小塚理央が立っていた。
今日は、以前から約束していた日。
ゴールデンウィークが始まれば多忙になると見越して、休日になる前の平日を選んだのだ。
すでにひびきには事前に話を通してある。葵の親友であると説明したとき、ひびきは一瞬だけ頭を抱えたが、自分の立場では止められないと悟ったようで、最終的には了承してくれた。
「はーい、『誓約』完了。じゃ、お二人さん、あとはごゆっくり〜」
海莉はにこやかに手を振ると、教室から出て行った。彼女は、理央が弘世について知った情報を外部に漏らさないよう、『誓約』を結ばせるために立ち会っていたのだ。
「……井原先輩って、言いましたよね。あの人、なんか勘違いしてません?」
「気にしないでいいよ。ああいう子だから」
「…………あの人のことも、手籠めにしたんですよね」
「言い方!」
海莉が教室を去った後、理央は無遠慮な視線でジトッと弘世を見つめながらつぶやいた。
彼女の言う「手籠め」という言葉には語弊があった。海莉との関係も、ひびきの友人という流れから自然に出来上がったもので、弘世が積極的に何かを仕掛けたわけではない。
「じゃ、行こうか」
「……はい」
二人は立ち上がり、連れ立って校舎を後にした。
◇ ◇ ◇
二人が向かったのは、弘世の家だった。
今回、あらかじめ『誓約』の内容には、弘世のギフトに関する情報だけでなく、施術に使用する場所についても盛り込まれていた。
理央がそれを聞かされた時は、まるで意味が分からないといった顔をしていたが、施術には人目を避ける必要がある以上、弘世の家にある“その場所”が最も適していたのだ。
「な、なにこれ……!?」
弘世の部屋に入った理央は、思わず大きな声を上げた。
壁の一角に現れた、黒く蠢く異空間――そこには『マスタールーム』へ繋がるゲートが口を開けていた。
「ほら、行くよ」
「い、行くって……なにこれ、本当に……うわあっ」
躊躇いながらも、弘世がゲートに身を投じるのを見届けた理央には、もう選択肢はなかった。恐る恐るその後に続く。
「お帰りなさいませ、マスター」
「エコア、お疲れ。今日は休憩室、使わせてもらうね」
「はい。準備は整っています」
ゲートの向こう側、マスタールームで彼らを出迎えたのは、長い金髪をなびかせる美しい女性――エルフと思しき存在であるエコアだった。弘世は耳の長さで彼女を勝手にそう認識している。
「な、な、なんですかここ……! 部屋が……普通にある……っ」
理央は驚きと混乱を隠せないまま、ぐるりと周囲を見回す。
初めて足を踏み入れた異空間。これまで“ダンジョン”という存在をテレビの向こうや他人事としてしか認識していなかった理央にとって、それはまさに異世界に近いものだった。
広々とした空間には、食器棚やテーブル、インテリアとして配置された花瓶や絵画など、生活感すら漂う設備が整っていた。
「小塚さん、こっちに」
「ちょ、ちょっと待ってください! ここ……ラブホテルじゃないですかっ!!」
案内された休憩室に入るなり、理央は顔を真っ赤にして叫んだ。
天幕付きの高級感あふれるベッドに加え、シャワールーム、そして何より誰にも邪魔されない密室空間――そう連想するのも無理はない。
「見た目はそうかもだけど、ここは静かだし、人目もないからさ」
「っ……そ、それは、まぁ……そうですけど……」
「不安なのはわかる。でも、施術以外のことは絶対にしない。そこだけは、信じて」
弘世の言葉は穏やかで、嘘がない。だが、それが逆に理央の胸をざわつかせた。
弘世は他の女性のときもそうだった。できる限り配慮を欠かさず、嫌がることは絶対にしない。だが、だからこそ理央は余計にドキドキしてしまう――そんな矛盾に戸惑っていた。
この一週間、考えに考え抜いた。
――葵と一緒になりたい。
ただその一心で、今日を迎えたのだ。
「それに、ここまで来たってことは……覚悟は決まってるんだよね? 俺は無理にやらせる気はない。今でも引き返せる」
「や、やめませんっ! ちゃんと、覚悟してきましたから……!」
顔を赤くしながらも、理央はしっかりと言葉を返した。
「わかった。じゃあ改めて説明するね。ソファに座ってくれる?」
「はい……」
二人はソファに腰を下ろすと、弘世は教室でも一度説明したギフトについて、もう一度丁寧に話しはじめた。
もちろん、その効果だけでなく――使用者自身にもたらされる反動についても包み隠さず伝える。
「聞けば聞くほど、とんでもない能力ですね……」
「俺もそう思ってる」
弘世の言葉に、理央は無言で小さくうなずいた。
やっと繋がった、葵があれほど美しくなった理由。
中学の夏休み以降、急激に綺麗になり、同性から見ても魅力的に映るようになった葵。だが、どうしてあそこまで変化したのかはずっと疑問だった。それが、いまようやく氷解したのだ。
理央だって、女の子だ。
目つきの悪さゆえに恋愛は無縁だと思い込んでいたが、それでも綺麗になりたいという気持ちがなかったわけじゃない。
弘世が覚えている九つのスキルを聞かされて、正直「こんなすごいことをタダで受けていいの?」と思ったのも事実だ。
でも、今日の目的は自分のためではない。葵と一緒にいるための決意だった。
「じゃあ、今日は『肌質改善』でいいかな?」
「えっ……あっ…………」
「言ったと思うけど、効果を出したいなら何度か繰り返す必要がある。……続けて触れられることに抵抗がないなら、だけど」
弘世は理央の意思を再確認する。
どうせやってもらうなら、自分にとって嬉しい施術が良い。理央の表情はそう語っていた。
「今日はとりあえず『肌質改善』で……お願いします」
「了解。じゃあ、一旦外に出るから、準備ができたら呼んでくれる?」
「……わかりました」
そうして弘世は部屋を後にし、休憩室には理央ひとりが残された。
「私、これから……あの人に触られるんだ……」
覚悟は決めたとはいえ、不安はまだあった。
今まで誰にも触れさせたことのない綺麗な肌だ。男子よりも気を遣っているし、最低限の匂いなどのケアもしている。
だけど、今日は――
「……なんで、こんな下着、選んじゃったのよ……」
自分の姿を見下ろして、理央は頭を抱えた。
赤とピンクのレースが可愛らしく配置された、普段なら絶対に選ばないデザイン。通販で一目惚れして購入したはいいものの、「こんなの私には似合わない」と引き出しの奥に仕舞い込んでいた。それなのに、今日に限って、なぜかそれを身に着けてきてしまった。
「バカ、私……これじゃまるで、誘惑してるみたいじゃん……」
顔を真っ赤にしながら、頭をかきむしる。そんな自分に呆れながらも、制服を脱ぎ終えた理央は、深呼吸をひとつ。
心の準備を無理やり終わらせて、ドア越しに弘世を呼んだ。
弘世が入ってきた瞬間、理央は無意識に右手で左腕を抱き、胸元を隠すような姿勢をとった。
そのせいで、かえって強調されてしまった胸。理央自身が思っていたよりも、存在感があった。葵よりも少し大きめのサイズだ。
(……思った以上に、派手な下着だな)
弘世は驚いたように目を瞬いたが、すぐに表情を元に戻した。
理央は、嫌いだとさえ思っていた相手にこんな姿を見られるのが、耐え難く恥ずかしいと思っていた。だからこそ、睨みつけるような鋭い目で彼を威嚇しようとしたのに――顔はすでに真っ赤に染まっていて、全く説得力がなかった。
「…………アイマスク、つけようか?」
弘世の優しさが、その一言に滲んでいた。
「っ……つけなくていいですっ!」
顔を背けながら、理央は強い口調で否定する。気遣いがありがたいと思ってしまう自分が、余計に恥ずかしかった。
そのままベッドに移動し、ふたりは向かい合った。
「触れない部分には、タオルをかけておくから。安心して」
「…………」
(やめてよ、そんな優しさ……もう、優しくしないで……)
理央の胸の内は、混乱していた。
もし弘世が、もっと無神経で粗雑な人間だったら、ここまで戸惑うこともなかったかもしれない。だけど彼は、必要以上に距離を詰めることもなく、終始穏やかな口調で接してくれる。そういうところが、理央にとっては一番困るのだ。
弘世は理央の頭側へと移動し、仰向けに寝かせた彼女の身体に大判のタオルをそっとかける。
(このベッド……びっくりするくらい寝心地いい……)
ふわりと身体を受け止めるベッドの感触に、緊張していた肩の力が少し抜けていく。油断したら眠ってしまいそうなほど快適で、逆に不安になる。
「じゃあ、はじめるよ。無理になったらすぐ言って。途中でもやめるから」
「わかってます……。だから、早く……はじめてくださいっ」
気持ちを振り切るように、理央は言った。
こんな状況、長く続けたくなかった。ただ、早く終わってほしかった。
葵と同じになるため。それだけが目的だった。
葵と並ぶために、少しの我慢。それだけでいい。そう自分に言い聞かせて――。
弘世はゆっくりとシャツの袖をまくり、両の手のひらを理央へ向けて差し出す。
「――スキル『肌質改善』」
弘世の手がうっすらと光を帯びる。
手が近づいてきた瞬間、理央はその輝きをじっと見つめながら、胸の内で強く言い聞かせるように呟いた。
「……何をされても、私は……絶対に負けませんから……っ」