美容スキルでクラスの女の子を可愛くしたい【4/1第1巻発売】 作:pelca
第86話 大きなホクロ
三年生になって、はじめて同じクラスになった早瀬美咲。
高梨弘世は、ふいに転んだ彼女を支えたその瞬間――不運にも、いや幸運にも、スカートがめくれ上がる場面に遭遇してしまった。
そして視界に飛び込んできたのは、可愛らしいピンク色の下着……だけではない。
左太ももの付け根近くにあった、百円玉ほどもある大きなホクロだった。
「ええと………何を、見たってことかな……?」
美咲の問いかけに、弘世は何を見たのかと返してしまった。
太ももだけじゃなく、下着まで見えてしまった手前、その質問に正面から答えられるはずもない。
「…………高梨。昼、少しだけ顔貸してよ」
結局、「何を見たのか」という肝心な問いには答えてもらえないまま、美咲は短く告げた。
ただならぬ圧を感じた弘世は、頷くしかできなかった。
――昼休み。
教室を出たところで待ち構えていた美咲は、顎をふいっと動かし、「ついてこい」と無言のジェスチャーをした。
向かった先は外――テニスコート前。
「この時間、ほとんど誰も来ないから」
「そうなんだ。俺もテニスコート近くなんて滅多に来ないから、新鮮かも」
「あそこのベンチに座って」
「うん……」
身長は百六十センチほど。ひびきより少し高い。
歩くたびに揺れるミルクティー色のポニーテールが印象的な彼女は、テニス部男子の憧れの的でもあった。
「ほい、これ」
「えっ……ありがとう」
レジ袋から差し出されたのは、チョコサンドのパンと紙パックのコーヒー牛乳。
(てっきり短い話だと思って弁当は教室に置いてきたけど……これって、一緒に昼食を食べる流れじゃない!?)
もらったものを返すなんてできず、弘世はそのまま受け取った。
「あ、あの、ちょっと一本だけ連絡してもいい?」
「ん、いいけど」
弘世はスマホを取り出し、ひびきに「昼、一緒に食べられなくなった」とメッセージを送信。
返事は「浮気だ」だった。
浮気――と言われても、数えきれないほど既にしている。
しかもそれは公認。最近では「報告しなくてもいいよ」とまで言われたが、ギフトを使う時だけはちゃんと報告するようにしていた。
「それでさ……さっきの休み時間のことなんだけど……」
「――――ごめん! パンツ見ちゃった!」
「ぇ…………」
怒られる前に先に謝罪してしまおう――そう考えた結果の言葉だった。
「バカ! そっちじゃない! パンツはどうでもいいの!」
「いいんだ」
「よくないけど……あー、もう! そういうこと話そうと思ってなかったのにぃ! 高梨が変なこと言うから変に恥ずかしくなったじゃん!」
「ご、ごめん……」
美咲は顔を赤くし、プンプンと怒る。
「だ、だから………見たでしょ……パンツじゃなくて…………ホクロ」
「ええと……うん。見た、かも」
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜」
美咲は額に手を当て、深くため息を吐いた。
「この学校の男子に見られたの……はじめてだ」
「そうなんだ」
「今日は体育もないし、部活前にトイレで貼ろうと思ってたの。……いつもは肌色のテーピングか絆創膏貼ってるからさ」
「……部活で着替える時に、女子には見られちゃうってことか」
「そゆこと」
百円玉サイズのホクロ――確かに目立つ。
美咲はこれまでの水泳の授業も極力欠席し、出るときは絶対に外れないテープを貼ってしのいできたという。
「大丈夫。俺、言わないよ」
「ほんと……?」
スカート越しに自分の太ももに触れながら、美咲がまっすぐ見てくる。
その瞳には、わずかな怯えと警戒が混ざっていた。
水着姿はもちろん、温泉やプールなど肌を見せる場面すべてが彼女にとって負担なのだろう。
弘世は人前で肌を見せることに抵抗があった小春や霧乃の抱えていた悩みを思い出していた。
「もしかして高梨って、人の悩みを見抜くギフトの持ち主とか? それで可愛い子の弱みを握って……あんなことに……」
「想像力膨らませすぎ! だから俺そんなことしないって!」
「でも、ギフトがあるってのは否定しないんだ」
「ぐ……」
会話の中で、弘世のボロが出る。
美咲は、なぜ弘世の周囲に美少女ばかり集まるのか――そこにギフトの存在を疑っていた。
「無理に聞くつもりはないけどさ……」
「…………それと、一つだけ気になってたんだけど、足、大丈夫なの?」
話題を変えるように、弘世は美咲の足元を見る。
「あー、これね。まあ、大したことないから大丈夫。私よりも……いや、これはいいか」
「そっか。テーピングでぐるぐる巻きだから大丈夫かなって。大会もあるだろうし」
「そうだね。次の大会までにはちゃんと治る予定」
美咲は副部長として最後の大会に臨もうとしている。
関東大会には出場経験があるが、全国にはまだ届いていないという。
「それじゃあ。時間とってもらって悪かったね」
「うん……」
ベンチから立ち上がる美咲の表情に、わずかな影が差していた。
弘世は思わず呼び止める。
「早瀬さんっ!」
「ん、なに?」
だから、選択肢だけでも与えてあげたいと思い――
「――俺が持ってるギフトのスキルの中に『ホクロ除去』があるんだ!」
美咲にそう告げたのだった。
◇ ◇ ◇
五時間目。
(どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう)
同じ教室の美咲の背中を眺めながら、弘世はさっきの自分の発言を思い返し、後悔していた。
『――高梨、人を馬鹿にするのも大概にしなよ。そんな都合の良いギフト、持ってるわけないじゃん』
鋭い視線を向けられ、ギフトを信じてもらえなかった。
(俺はまだ早瀬さんとの信頼関係ができてない……今まではラッキーだったんだ。誰かを通して信頼を得られたから、ギフトのことも信じてもらえた。でも今回は……)
「はぁ……」
弘世は机に突っ伏し、深いため息を吐いた。
◇ ◇ ◇
「美咲〜、どしたん? なんか今日調子悪いじゃん。可愛い顔が台無しー」
放課後のテニス部。同級生の部長に肩を組まれ、美咲は苦笑した。
練習に身が入らない自分に気付かれたのだ。
「最後の高体連はもうすぐなんだよー? まあ国体もあるけどさ、悩みがあるなら、今のうちに言いなよー」
「うん……ありがと」
部長の言葉で気持ちを切り替えようとするが、もやもやは消えなかった。
休憩時間、スポーツドリンクを飲みながら座ったベンチ――そこは昼に弘世と話した場所だった。
自然と、あの会話を思い出す。
(『ホクロ除去』って何……? そんな都合よくホクロが消えるわけ……)
だが冷静になると、弘世の性格が少し見えてきた。
美少女に囲まれても驕らず、クラスでは普通の立ち位置。
でも、話したことがない相手にはオドオドしている――それが彼の本来の性格。
そんな人物が、嘘をつくだろうか。
嘘で元気付けようとするタイプには見えない。
(本当にホクロをなくせたら……私、水着着て海にも行けるのかな)
小学生のとき以来、水着は着ていない。故に海も温泉も避けてきた。
すべては、あのホクロを誰にも見せたくなかったからだ。
「一回。一回だけ、ちゃんと高梨に話を聞いてみようかな……」
信じたわけじゃない。
けれど、真剣な表情で告げたあの顔が、どうしても頭から離れなかった。
美咲は立ち上がり、練習に戻っていった。
そして翌日、もう一度弘世に声をかけようと心に決めたのだった。