美容スキルでクラスの女の子を可愛くしたい【4/1第1巻発売】 作:pelca
「あれ……高梨、どこいった?」
「ん、確かグラウンドの方に行くって言ってたけど……」
「そう、わかった」
翌日。美咲は昼休みに弘世へ話を聞こうと思っていた。昨日から気になっていた件だ。
しかし、気づけば彼の姿は教室から消えていた。
近くにいた男子生徒に尋ねると、「グラウンドの方へ行った」との答え。
その返事を聞いた美咲は、躊躇なく席を立ち、扉を押し開ける。
「……早瀬まで……チッ。なんなんだよ……こっちはEランク冒険者だぞ? 高梨の何がいいってんだよ……」
弘世の行き先を教えた男子生徒は、学校でも珍しい高校生冒険者だった。
しかもクラスカーストの上位に位置し、普段は女子に囲まれているタイプ。
ただ、美咲は冒険者という肩書きにも、彼の自尊心にも興味はなかった。
彼女の関心は、ずっとテニスだけに注がれているのだから。
「――高梨、何してんのよ」
「ん……ああ、早瀬さん。これ? 放課後に美化委員の仕事があるんだ。今日は俺が中心で進める予定だから、その準備」
グラウンド脇の水飲み場。
美咲が見つけた弘世は、スマホでメモをとりながら場所のチェックをしていた。
「今日は学校の外にある水飲み場を全部掃除するんだ。だから場所のチェックと、掃除用具の準備をしておこうと思って」
「……それって、今やらなきゃダメなの?」
「放課後でもいいんだけど……ほら、時間になって慌ててもしょうがないでしょ?」
「よくわかんないヤツ」
「はは、俺が好きでやってるからさ」
美咲は、この短いやり取りだけで混乱していた。
だってこの作業、誰も見ていない。放課後に美化委員が集まっても、裏でこんな準備をしていたなんて誰も知らないだろう。
それでも彼は言われもしないのに皆のため動いている――それが、高梨弘世という人間らしい。
「それでさ――」
美咲が本題に入ろうとした、その瞬間。
背後から影がひとつ、音もなく近づいてきた。
「うわ……弘世先輩、また女の子はべらせてる……これだからヤリチンは……」
声の主は少し目つきは悪くも、弘世によって美少女に変身した後輩の小塚理央だった。
鈴川葵の親友であり、弘世と同じ美化委員でもあった。
「ちょっ!? 人前でそんなこと言わないでくれる!?」
「……先輩の毒牙にかかる人が減ったほうが世のためじゃないですか」
言いたい放題。
しかも美咲とはまだそこまで親しいわけじゃない。弘世の額に、汗がじわりと浮かぶ。
「ふーん。高梨って、やっぱり悪い子だったんだ。美少女をはべらせてるって、そういう意味だったんだね」
「早瀬さん!? 今の話全部信じないで!?」
「本当のことじゃないですか」
「理央ちゃん!? 本当にやめて……まだ関係の浅いクラスメイトなんだから……」
この「ヤリチン」説を理央に吹き込んだのは彼女の親友の葵。
そして今、理央から美咲へ――見事な伝言ゲームである。
「ふふ、すみません。先輩っていつも可愛い子に囲まれてるから、たまにいじめないと気がすまないんです……あ、てか、美化委員の準備するなら言ってくださいよ。私だって手伝いますから」
「貴重な昼休みに後輩を巻き込むわけにはいかないでしょ。葵ちゃんとお昼食べるんじゃないの?」
「まあ、そうですけど……廊下歩いてたら先輩の姿が見えたので、つい来ちゃったんです」
「理央ちゃんは優しいね」
「っ! う、うるさい! 別に優しくなんてないですからっ! じゃあっ!」
頬を赤く染め、理央は逃げるように去っていった。
その背中を眺めつつ美咲はぽつり。
「……高梨って、本当に好かれてるんだね」
「今の会話……そう見えた?」
「あの子、ヤリチンって言うわりに楽しそうに話してたし……もしかして、あの子ともヤッた?」
「っ……してるわけないじゃん。後輩だよ?」
「高梨って、隠し事するの下手だよね」
「し、してないって!!」
一瞬の間を美咲は見逃さない。
目を細めて指摘され、弘世は慌てて否定する。
――実際はしているが、ここで認めるわけにはいかない。
「ふふ……高梨のこと、少しずつわかってきた気がする」
理央とのやり取りを見て、美咲は彼の人となりを掴みはじめていた。
最初の印象から大きくは変わらない。
けれど、それ以上に――お人好しで、どこか優しい。
そういう顔が、彼には確かにあった。
「――これでいいの?」
「あ、うん。ありがとう……でも、ここまで手伝ってもらわなくてもよかったのに」
二人は、美化委員の作業で使う掃除用具をまとめるため、倉庫に来ていた。
今日はチームごとに分かれて水飲み場を掃除する日で、それぞれのバケツに必要な道具を揃えているところだ。
美咲は、わざわざ弘世の準備を手伝ってくれていた。
「ここまで来ちゃったら、何もしないってのも落ち着かないしね……でさ、昨日のことなんだけど…………『ホクロ除去』って話、本当なの?」
「うん。本当。早瀬さんは、誰にも言わないって信じられるから言うけど――俺、『美容』っていうスキルを持ってるんだ」
最近なら、海莉の『誓約』でギフトの秘密を縛ることもできた。
けれど、美咲の性格やこれまでの言動を考えれば、わざわざ広めるような真似はしないだろうと判断した。
「『美容』……って、もしかしてかなりすごいギフトなんじゃないの?」
そのギフト名だけで、美咲は色々と考えを巡らせた。
「うん……その中にいくつかスキルがあって、そのひとつが『ホクロ除去』なんだ。覚えたのは最近で、まだ実際には使ったことがないけど」
「へえ…………あ、もしかして、それがあるから可愛い子ばっかり近くにいるの!?」
「まあ……そんな感じ」
「そっか……それなら納得。高梨ってパッとしないし、なんでだろうって思ってたけど……」
「普通にディスるね」
美咲の頭の中で、今までの疑問が次々と繋がっていく。
どうして美少女ばかり弘世の周りにいるのか。なぜ彼女たちは、弘世から近づいて行かなくても、わざわざ会いに教室まで来るのか――その理由が、見えてきた。
「でも……ギフトがあるだけじゃ、ああはならないよね……やっぱり高梨の性格がそうさせてるのかなぁ……」
「……本当にスキルを持ってるって、信じてもらえた?」
「辻褄は……合う」
ここまで聞けば、美咲も信じないわけにはいかなかった。
けれど、スキルの使い方まではまだ聞いていない。
「――それでね、ここからがすごく大事なことだから、ちゃんと聞いてほしい」
「う、うん……」
美咲は思わず息を呑んだ。
説明をするだけのはずなのに、弘世が真剣な顔をしている。
「『ホクロ除去』は、発動する時、その部位に直接触れなきゃいけない。時間は……前よりは短くなったけど、だいたい六分。それを数日おきに六回」
「じゃあ……スキル中は、私の太ももに触れるってこと?」
「うん……でも俺、まだ早瀬さんとは信頼関係ができてない。普通に考えれば、そんな相手に太ももを触らせるなんて無理でしょ?」
「…………」
これまで施術を受けた人たちも、最初は同じように迷っていた。
けれど、長年の悩みが改善できるなら――そのために触られるくらい、我慢できると答える人がほとんどだった。
「それと、もうひとつある」
「え、まだあるの?」
「うん……スキルを使ってる間、肌が敏感になって、体が熱くなるんだ」
「えっとー……はい?」
「敏感になって、熱くなるんだ」
美咲は瞬きを繰り返す。弘世は真面目な顔のまま、一切笑わない。
「び、敏感になったら、どうなるの?」
「心して聞いて。今まで施術した人は、例外なく……変な声を出しちゃうんだ」
その言葉で、美咲の中の点と点が完全につながる。
「も、もしかして……皆、高梨の手で……トロトロになっちゃうってこと!?」
「俺が言うのもあれだけど……そうなるね……」
弘世もさすがに、まっすぐ彼女の目を見られなかった。
美咲の頬が、うっすらと赤くなる。
彼氏ができたことはない。けれど、美咲はまったく無関心というわけでもなかった。
「人の悩みを改善できる代わりに、そういうリスクがある。だから、もし施術を受けたいなら、そのことだけは理解しておいてほしい」
(……この反動のこと、黙っててもよかったはず。でも高梨はちゃんと伝えてくれた。私に誠実さを見せてくれたんだ……)
あの美少女たちが、笑顔で弘世に接している理由もわかる。あれは作り笑いじゃない。本当に弘世を信頼し、惹かれているのだ。
ギフトだけじゃない、人を惹きつける何かが、この人にはある。
美咲は心の中で揺れていた。
「……しばらく考えてみて。同じクラスだし、いつ声かけてきてもいいから」
「わかった……」
そう言って話を切り上げ、二人は倉庫を出ようとした――その時。
「ぁっ!」
美咲の怪我をしていた足が、立てかけてあった箒に引っかかった。
その拍子に他の掃除用具も一斉に彼女に迫る。
「早瀬さん危ない!」
「きゃあっ!?」
土埃が舞い上がり、ゆっくりと晴れていく。
そこには、美咲を覆うようにして、倒れてきた掃除用具から守る弘世の姿があった。
「――いった……」
「た、高梨! 大丈夫!?」
「なんとか……それより、早瀬さんは?」
「高梨のおかげでなんともないけど……」
「そっか……大会に出られなくなったら大変だし、怪我がなくて本当によかった」
「――――っ」
(……顔が近い。息遣いがわかるくらい近い。それに、私より肌きれい……これもギフトの効果? 髪もサラサラだし、ほのかに香るこの良い匂いだって……)
弘世は美咲を起こし、土埃を払ってやる。
それから心配そうにもう一度、怪我がないか確かめた。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫」
「そう……」
わずかに漂う、妙な空気。
美咲は瞳を震わせながら、言葉を紡いだ。
「――ねえ、ホクロがなくなったら、水着……着られるのかな。温泉やプールも……それに、もし男の子と付き合ったら……恥ずかしくなくなった体も、見せられるのかな……」
それは、自分に語りかけるような問い。
でも、美咲が語りかけたのは弘世だった。
「……実は、似た悩みを持ってた人がいるんだ。好きな服も着られず、夏でも肌を隠して……水泳の授業は休んで、恋愛も諦めてた。でも――」
「でも?」
「施術を受けてからは、誰の目も気にせず好きな服を着て、性格も明るくなった」
小春と霧乃のことだ。
悩みが消えた途端、まるで世界が違って見えるように変わった。
彼女たちは施術のお陰で全てがプラスの方へ大きく変わったのだ。
「うん。うん…………」
美咲は優しい弘世の声音を聞きながら、気持ちを固めた。
そして――
「――私、高梨の施術、受けるよ」
『ホクロ除去』の施術を受けることに決めたのだった。