完全解呪のプリースト〜状態異常完治スキルで呪われた美少女を救うたび、俺への依存度がカンストしていく件〜【7/24第2巻発売】 作:pelca
「――カナン、お前に縁談が申し込まれた」
そう告げられたのは、シュウが元の姿で寮へ戻ってきて間もない頃のことだった。
寮の部屋に自分宛ての手紙が届き、指示通り王都にある家へ戻ったところで、父――ベルクハルト・アルトリアから、その一言を投げかけられたのだ。
「そんなの、いつもみたいに断ればいいじゃんっ」
「すまない。今回ばかりは、そうもいかなくてな……悪いがカナン、どうするかはお前に任せる。ただ、顔合わせだけでも頼みたい」
「…………お父さんなんて、大っ嫌い!!」
久しぶりに帰った家だったが、話を聞き終えるや否や、カナンは足早に自室へと引きこもってしまった。
「今回ばかりは、あなたが悪いわ」
怒りを露わにして去っていくカナンの背中を見送ったのは、母であるミレイユ・アルトリアだった。
ウェーブのかかった長いアッシュグレーの髪を背に流す、年齢を感じさせないとびきりの美貌。四十代のはずだが、夫のベルクハルト同様、どう見ても二十代にしか見えない。
「ああ……それは、わかっている。だが、どうしようもなかったのだ」
「ほんとお父さんって、いっつもカナンを怒らせてばかりだよね〜」
俯いたベルクハルトにそう声をかけたのは、ソファで紅茶を飲んでいたカナンの姉――カレン・アルトリアだった。今は別姓だが。
母と同じアッシュグレーの髪を肩まで伸ばした、こちらもまた目を引く美人。
カレンはカナンより少し年上の姉で、すでに結婚し家庭を持っている。今回の話を聞きつけ、わざわざ実家へ戻ってきていたのだ。
「しかも相手って、北方辺境伯のアクダ・イカーンでしょ? 趣味が最悪って噂のアイツ。ほんとに会わせて大丈夫なの?」
「あの場には王族もいた……話の流れで、断れなかったのだ」
「まあ、お父さんの立場もわかるけどさ……でもカナン、今は夢があるんだよ? 結婚なんてずっと先の話じゃない」
セイラのような神殿騎士を目指し、日々努力していることは家族全員が知っているし、応援もしている。
だが縁談が正式に進めば、教会学校は辞めさせられ、神殿騎士の道は断たれ、そのまま妻として迎え入れられる未来が待っているだろう。
「ともかく、決まった以上は仕方がない。なんとかして、顔合わせだけでもしてもらわねばならん」
「これ以上カナンに苦労かけたら、私だってお父さんのこと嫌いになっちゃうからね〜」
「ああ……」
ベルクハルトは深く頭を抱えた。
避けられない縁談だった。カナンのために何かしてやりたかったが、結局――彼には、どうすることもできなかったのだ。
◇◇◇
「しかも、なに? 一週間後だって!? 急すぎるよっ! ボクが、なんのために今まで教会学校に通ってきたと思ってるのさっ!」
自室に籠もったカナンは、ベッドに置いてあったぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、行き場のない怒りをぶつけていた。
「今、結婚なんて絶対にあり得ないのに……するとしても、もっとずっと先で……それに、どうせなら……好きな人と――」
カナンは、ぼんやりと未来の光景を思い浮かべてしまう。
そこには白い修道服を纏ったよく知っている少年が立ち、自分自身は白いウェディングドレスに身を包んでいた。
「っ…………ボク、なに考えてるんだろ。シュウくんとの結婚だなんて……今のボクじゃ、絶対にあり得るわけないのに……」
深く息を吐き、力なくベッドに身を沈める。
「……はぁ、憂鬱だよ……」
その翌日。
カナンは終始心ここにあらずで、授業もまともに頭へ入らず――そして気づけば、寮から姿を消していた。
◇◇◇
「――カナン。どこ行っちまったんだよ……」
なかなか寮に戻らないカナン。このままでは門限も過ぎてしまう。
俺は一人で街に繰り出し、当てもなく彼女を探し回っていた。
なんとなく、教会学校の敷地内にはいない気がしていた。
とはいえ心当たりは少ない。その僅かな可能性を、一つずつ潰していくしかない。
「ここでもないか……」
立ち寄ったのは、幼児化した時にカナンと一緒に来た洋食店だった。
夕食時だし、もしかすると……と思ったが、どうやら外れらしい。
いや、こんな状況で飯を食うわけもないか。
昼だって、ほとんど口にしていなかったはずだ。
…………まさか、な。
洋食店を後にし、そのまま流れで、思いついたとある場所へ向かってみる。
すると――
「……マジでいやがった」
「シュウ、くん……?」
一人、微動だにせずショーウィンドウを見つめる姿。
何をするでもなく、ただ立ち尽くし、その視線の先には真っ白なウェディングドレスが飾られていた。
「どうした。ドレスが気になるのか? カナンは可愛いからな。男だったとしても、俺は似合うと思うぞ」
「な、なに言ってるのさっ。ボクに似合うわけないよっ……だって、ボクは男の子なんだから…………」
その表情は、あまりにも悲しそうだった。
まだ縁談が始まったわけでもない。ただ断ればいいだけの話のはずなのに、カナンは深い悲壮感を漂わせて落ち込んでいる。
正直、俺にはカナンが何を考えているのかよくわからない。
人の気持ちを察するのは、昔から苦手だ。
してほしいことがあるなら言ってくれ。
望みがあるなら、わかるように示してくれ。
そう思ってしまうが、女という生き物は、どうにも単純じゃない。前世から続く、俺の永遠の課題だ。
――だが、自分で口にした言葉なら、俺は貫ける。
それがシュウとしてでも、ショウとしてでも、同じだ。
「――悩んでいるなら、俺に頼れ。俺はカナンのルームメイトで、大切に思ってる友達だ。その友達が悩んでるなら、俺は放っておけない」
「シュウ、くん…………」
翌日が休みだったこともあり、俺たちは門限を過ぎても寮には戻らなかった。
戻る手段はいくらでもあると言い訳しながら、俺はカナンを連れ回したのだ。
◇◇◇
「やっとシュウくんが、ボクのお買い物に付き合ってくれたと思ったのに……」
「また今度な。今はこれで我慢しろ」
「うん……」
街で一緒に食事をし、俺が見たいと言った店をいくつか回った。
結局、何も買ってはいない。
それでも、カナンの表情は少しずつ柔らいでいった。
歩き回ったせいか、カナンはすっかり疲れ切っていた。
だから俺は、彼女を背負っておんぶしてやっていたのだ。
今の状態でも、男装が完璧だと思っているのだろうか。
俺はカナンが女だと知ってから、どうしても意識してしまう。
今だってそうだ。胸は何かで押さえているようだが、すぐ横から漂ってくるのは、男にはない甘い香り――女の子特有の匂いだった。
「ボク、決めたよ。避けられないなら、真正面から縁談に出て、ちゃんと断る! それでいいんだからねっ」
「……そうか。それなら、よかった」
やるべきことは見えた。
カナンは俺と過ごした時間で、前向きに考えられるようになったらしい。
固く閉ざされた校門の前に着くと、俺は<エアブースト>を発動した。
驚きの声を上げるカナンを背に、俺は大きく跳躍し、寮の敷地内へと戻る。
――だが、カナンの縁談は、この先、思いもよらない方向へと転がっていく。
すべては、最初から仕組まれていたことだった。